◇『死者の国』(原題:La Terre des Mort)
著者:ジャン・クリストフ・グランジェ(JeanーChristoph Grannge )
翻訳監修:高野 優 訳者:伊禮 規与美
2019.6 早川書房 刊(ハヤカワポケットミステリー)
ポケット版ながら772ページのしかも2段組みの大作である。英米や北欧のミステリーや
警察ものは多く読むが、フランスの作品はの『悲しみのイレーヌ』のピエール・ルメートル
以外ほとんど読むことがなかった。しかしこの作品は面白い。
ノンストップサスペンスといって良いくらい、ページを繰るの手が忙しい。
先ず主役のパリ警視庁コルソ警視の人物造形が卓抜である。コルソはそもそも施設育ちで
荒れた少年時代を送っていた。高層マンションの地下室でホモの麻薬売人に監禁・陵虐され
殺人を犯し茫然自失状態でいたところ、今は犯罪捜査部長になっているボンパールに助けら
れて警察の道に入った。
元来人づきあいが苦手なのであるが、バカロレアに合格、捜査に抜群の力を発揮し捜査第
一課長にまで栄進している。しかし互いに気に入って結婚した才媛の妻サマンサとは離婚調
停の真っ最中。息子のタデの親権を巡って争いが続いている。
パリの路地裏で発生したストリッパーの猟奇殺人事件。捜査に行き詰まった捜査第三課か
ら引き継いだものの、手掛かりがなく五里霧中。事件捜査と離婚抗争の股裂き状態にある。
そんな中、第二の殺人事件が発生。被害者はまたもストリッパーであり手口が第一の事件
に酷似していることから同一犯人の犯行と断定、捜査を進めるうちに被害者の共通項からソ
ビエスキという元服役囚が重要容疑者として浮かび上がる。ところがこの人物なかなかの狡
猾なところがあり事ごとに、コルソを翻弄する。
実はソビエスキは刑務所で絵の才能が開花し、出所後も美術界の有名人になっている。し
かも多くの女性にもてもてもで、アリバイ証言でも彼女らは偽証している疑いがある。
重要参考人として捉えたものの物証に乏しく釈放したところ、ソビエスキはユーロスター
でロンドンに逃亡する。コルソはこれを追うがその夜第三の事件が発生。海中で発見された
遺体は先の猟奇事件と全く同じ手口で殺されていた。ただ今度の被害者は男。
コルソは有能な部下の一人バルバラの手を借りてソビエスキの第二のアトリエを発見する。
指紋等から殺人現場と断定ソビエスキを犯人と断定し逮捕する。これで犯人は予審判事の手
にわたった。
コルソはようやく事件捜査から解放され離婚調停に取り組む。
ここまでが第二部。この後とんでもないことがコルソを待ち構えていた。
いい話と悪い話があって、いい話からすると、コルソはサマンサを脅して共同親権を勝ち
取った。サマンサには過激なSM嗜好があり、コルソは息子に母親のこうした実態を知られ
ることを恐れ、協議離婚に追い込むために、部下のバルバラに頼んで証拠写真を撮りマスコ
ミへの公表をちらつかせたのである。
さて悪い話。コルソはその後薬物密輸取締本部の幹部に栄進し、穏やかな日を得たのであ
るが、ある日予審判事に呼び出されて「ソビエスキが犯人とどれだけ確信があるのか」と聞
かれた。裁判における彼の弁護士クローディア・チュレージュは名うての法律家で、心して
かからないと危ういというのである。
さて事件から1年半もたってようやく予審法廷が始まった。コルソは怜悧で美人のクロー
ディアによって完璧な捜査との自負を完膚なきまでに打ち砕かれるのである。
法廷審理の進行、クローディアの死、二転三転の末に悪夢のような真相にたどり着く驚愕
の結末はどうぞ読んでのお楽しみ。
この作品を読むと犯罪捜査で最も重要なのは「動機」であることがわかる。
次作が待たれる。
(以上この項終わり)