◇ 『月の満ち欠け』 著者: 佐藤 正午 2017.4 岩波書店 刊
第157回直木賞受賞作品。
作品の筋の構築と展開はおなじみの佐藤正午流。物語の時系列が相前後し、一気
読みでもしないと登場人物の出入りのが輻輳し、素直についていけなくて何度も読
み返したりする。正木龍之介、その妻瑠璃、その不倫相手の三角哲彦。小山内堅と
その妻藤宮梢、その子瑠璃。その友人緑川ゆい、その子るり。正木龍之介の働く小
沼工務店の娘小沼希美(瑠璃)。小山内堅が出会った荒谷清美、その娘みずき。
登場人物はそう多くはないが、登場人物相関図を作って読み進むことをお勧めする。
登場人物は多いわけではないが、テーマが人の生まれ変わりなので、名前が「瑠
璃」という人物が4人出入りする。初代正木瑠璃、第2代小山内瑠璃、第3代小沼希
美(瑠璃)、第4代緑坂るり。彼女らは少女時代に事故死等で亡くなっているが、記
憶を共有し、自分の両親など周りの人たちを困惑わせる。
語り継がれるキーワードは「瑠璃も玻璃も照らせば光る」。彼女らは胎児の裡か
ら母親に「名前は瑠璃にして」と頼んだりするし、小学生の頃から瑠璃にちなんだ
短歌や諺、思い出の品を口にしたりし不思議がられる。そして幼いうちに死ぬ。
同じ人格が幼いうちに死んでは何度でも生まれ変わりを繰り返すそういう特殊な
子を「くりかえしの子」というのだそうだ(p270)。
本作のテーマは輪廻転生(生まれ変わり又は生まれ代わり)か。
ホラーではないが、異界を想像させ、ミステリーでもある。
なぜホラーっぽいかというと、この生まれ変わりの彼女らは、記憶を共有してい
ることから、年齢にかかわりなく記憶をもとに話したり行動する。周りは当然困惑
し不気味に思う。緑川るりの母親るいは言う「まだ7歳の子供が、放っておけば三角
とセックスまでしかねないほど本気で追いかける」。
そして終盤。年老いた母の面倒を一緒に見てくれている荒谷ゆいとみずき親子が
なぜ小山内のそばに寄って来たのか。みずきはなぜ亡き妻梢のことを事細かに知っ
ているのか、まして「堅さん」などと呼んで、しかもそのイントネーションたるや
まるで…。
さらに追い打ちをかけるような感動場面。第3代瑠璃の緑坂るり(小学2年生)が
「前世の恋人三角哲彦」(いまは還暦を越えている)に会いに八戸から東京まで出
かける。そこで家出した小学生と間違われ警官ともめたときに「親戚の子です」と
言ってるりを抱きとめた男の顔は、正木瑠璃が初めて出会った懐かしい哲彦だった。
生まれ変わりという現象があると思うか信じないか。作者はあると信じて書いた
のだろう。
「神様は、この世に誕生した最初の男女に、二種類の死に方を選ばせた。一つは樹
木のように、死んで種子を残す、自分が死んでも子孫を残す道。もうひとつは、月
のように、死んでも何回も生まれ変わる道。そういう伝説がある。」つまり人類が
月の満ち欠けのような死の道を選んでいたら、何度でも生まれ変われただろう。そ
んな世界を巧妙に小説に仕立てたのが本書『月の満ち欠け』であろう。
(以上この項終わり)