読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

ヘニング・マンケル『北京から来た男(上/下)』を読む

2015年02月12日 | 読書

◇ 『北京から来た男(上/下)』 著者: ヘニング・マンケル(Henning Mankell)
                     訳者: 柳沢 由実子 2014.7 東京創元社 刊

  

   アメリカ大陸横断鉄道建設が始まったのは1863年。僅か6年でアメリカ大陸が鉄道で結ばれた。大西洋側
 
からはウニオン・パシフィック鉄道が、太平洋側からはセントラル・パシフィック鉄道が敷設を開始した。この間
 工事には多くのアジア系移民とりわけ中国人が携わった。その多くは移民業者の手によって半ば拉致のよう
 に連れてこられた貧窮難民だった。
  この物語は3年間は働けば自由の身になれるという約束を頼りに、奴隷のような扱いを受け死と向き合いな
 がら困難な工事を成し遂げた中国人兄弟の死の記録から始まる。

  主人公はビルギッタ・ロスリンというスウェーデンの地方裁判所の女性裁判官。鉄道車掌の夫と一男三女の
 子供がいる。
  スウェーデンの寒村で17人もの残虐な大量殺人事件が起きた。ビルギッタはその村が今は亡き母がかつて
 養子として育ったところだと気付き、母の養父母が被害者だったことを知る。持ち前の探究心から事件を探って
 いくうちに事件の前夜、不審な中国人が現れていたことを知る。
  しかし地元の警察は見当違いの自供者を犯人と決めつけて、ビルギッタの情報に取り合おうとしない。

  ビルギッタにはカーリンという中国文化史を専門とする大学教授の友人がいる。過労からくる高血圧の治療の
 ため休暇を貰ったビルギッタは学会で中国に渡るカーリンの誘いで北京を訪れる。実はビルギッタとカーリンは
 中国文化大革命の頃学生運動の活動家の一員として毛沢東信仰に染まった時期があった。
  そこでビルギッタは殺人事件の前夜、犯人と思しい中国人が泊まった宿で入手した監視カメラの写真を手に
 動き回ったためか、なぜかハンドバックを奪われ、官憲に執拗な取り調べを受けることになる。
  
  この背景には150年前の昔に、中国広東から拉致されアメリカ大陸横断鉄道敷設に携わったワン・サンとい
 う兄弟の苦難の記録がある。その末裔の一人であるヤ・ルーという成功した企業家はこの記録を読んで復讐
 を誓う。そして
鉄道建設当時ワン・サン等を家畜のごとく扱ったスウェーデン人の工事監督ヤン・アウグスト・ア
 ンドレン(A・J
)に対する復讐として、スウェーデンに住むA・Jの家族と親族を虐殺したのであった。

  ビルギッタはハンドバック強奪事件がきっかけでホンクィという中国政府の要人と知り合う。彼女はなんとヤ・
 ルーの姉だった。しかしホンクィは野心家で冷酷な弟の復讐心と相容れず、中国経済の支配から政治の支配
 まで手を伸ばそうとする弟をいさめようとするがヤ・ルーは復讐劇に邪魔な姉を殺す。
  ビルギッタを危険な存在と知ったヤ・ルーは再びスウェーデンに渡り、ビルギッタを殺そうとするが、姉ホンクェ
 の息子に射殺される。

  150年前のアメリカ大陸横断鉄道敷設工事に端を発する復讐劇。この間、中国という共産党一党支配の実態、
 党幹部と企業家の汚職と腐敗、都市と農村の格差拡大からくる暴動多発の実態、この圧力をかわすためにアフ
 リカ大陸諸国に援助を持ちかけながら中国農民の大量移民をさせようとする新植民地主義のたくらみ等々、中国
 の最近の動きまでおおりこんだめずらしい作品である。 舞台は北欧のスウェーデン・デンマーク、ロンドン、アメ
 リカ、北京、アフリカと目まぐるしいが、語り口も明快で飽きさせない。劇作家であり舞台監督も手掛けるという多
 才の人。
   
                                                          (以上この項終わり)
  

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