「地獄に落ちた男(1)」
「地獄に落ちた男(2)」
「地獄に落ちた男(3)」
(
「地獄に落ちた男(1)」の続き)
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ある男がいた。
1)
彼は、地獄(じごく)にいた。
それは、火と硫黄(いおう)の池だという。
2)
彼は、焔(ほのお・炎)の中で、
もだえ苦しんでいた。
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火に焼かれるとはどんなものか。
やけど、ならある。
…足の一本とそこら、やけどを負ったことがある。
(一晩中、のた打ち回っていた。)
…マイナス196℃の液体窒素で、肌をほんの少々焼いたこともある。
(激痛だった。)
どちらにせよ、もう味わいたくないものだ。
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火を味わった人がいる。
魔女狩りで、火あぶりにあった女性たち。
殷の紂王の炮烙(ほうらく)。
3)
古代ローマの「ぺリルスの牛」。
4)
江戸時代の「温泉岳地獄」。
5)
1998年のジャカルタ(コタ)で起きた暴動…暴行後、燃え盛る火の中に投げ入れられ、炭化した遺体。
・・・等々。
「死んだ方がましだ」という気がする。
彼らは、死によって、この世の地獄と別れられた。
だが、死さえ、もはや憩(いこい)とはならない。
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(なぜなら、)
彼は、すでに死んでいる。
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そんな激しい、逃れようのない苦しみの中、
彼は、あることを願った。
(続く)
【注】
1)新約聖書・ルカの福音書16章19-31節参照。
2)新約聖書・ヨハネの黙示録20章10節。
西洋だろうと東洋だろうと、「地獄」「ハデス」のイメージの多くは、「炎」らしい。
3)炮烙(ほうらく):猛火の上に多量の油を塗った銅製の丸太を渡し、その熱された丸太のうえを罪人に裸足で渡らせるもの。
4)ぺリルスの牛:古代ローマにおける、真鍮(しんちゅう)でできた巨大な牛の姿をした処刑器具。
牛像の胴体部分の扉をあけ、罪人を中に押し込めて錠をおろすと、中からは二度と出られない。
そして、牛の下で薪を積み上げて火を焚くと、真鍮のためすぐに牛像は高熱を帯び、真っ赤に焼ける。
中でいぶされる罪人は苦しみのあまり絶叫するが、その声は牛の吠え声そっくりに聞こえるという。
シチリア王パラリスの命で、ぺリルスが発案したが、発案者自身が最初の犠牲者となった。
最近では、映画『赤ずきん』(ハードウィック監督)にて、パロディのひとつとして登場する。
5)温泉岳地獄:江戸時代のキリシタン弾圧で使用された拷問。
雲仙岳の硫黄泉に信者を浸して、転宗を迫るもの。
まず、キリシタンを裸にして両手両足をしばり、地獄谷の池に立たせ、背中を断割って、傷口に熱湯をひしゃくで注ぎ込む。
次に、硫黄がたぎっている中に、キリシタンの全身を浸けたり、引き出したりするのを、繰り返す。体中がただれ、皮膚がやぶれ、つぎつぎと苦しみながら息絶えていくという。
この拷問にあって棄教したものが60数名、殉教したものは33名にのぼった。