さすらうキャベツの見聞記

Dear my friends, I'm fine. How are you today?

笑い飛ばそう(^^)/

2013-03-24 22:28:04 | 日々の雑感
 どうやら、キャベツは、“ネタ”には困らない運命のようだ。

(最近も、“ネタ(pl.)”を笑い飛ばしたところ、友人各位口々に
「いや、何それ、ひどいな。笑えんよ」と言われた程・・・

 いやいや、“事実は、小説よりも奇なり”と言うじゃないか。



 だからこそ、
きっつい時ほど、笑い飛ばさねば。



どのみち、




宇宙から見たら、どうでもいいことだ。
 

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笑いとばそう(^^)/ 2

2013-03-24 22:27:06 | 日々の雑感
(2011年夏 メコン川上空)


 飛行機に乗ると、家々がミニチュアのように小さく感じる。

 人ひとり、もはや見えない。

 ましてや、

 たとえ、どんなに辛いことであっても、

 海の底まで落ち込むような苦しみであっても、

 宇宙から見たら、豆粒よりも小さな、どうでもいいことだ。


         **************


 だが、こんな小さなことさえ、主は知って下さる。

 なにせ、

 私たちの髪の毛の数さえ、覚えていらっしゃる程なのだから(マタイ10:30)。

 現時点でも、60億人はいるだろう人類の、一人ひとりの祈りも皆、

 聴いてくださっているのだから。

 それも、ことばが口にのぼる前に(詩編139:4)。

 この、どうしようもないうめき声(ローマ8:26)さえもまた、聴いて下さっているのだから。

 ・・・っていう、おめでたい野郎が、このキャベツってもんだ。




 ならば、『すでに受けた』(マルコ11:24)と確信して、

 待たねばならんだろう?




     ほら、思い出してみろ。





 …ならば、感謝しつつ(コロサイ4:2-4,テサロニケ第一 5:16-21)努力しつつ、信頼しつつ、

 待たねばならんだろう。

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2013 上野の桜

2013-03-23 13:56:18 | Thursday 生活
 東京では、もう桜が満開。

 某平日、上野公園を歩いたら、人・人・人の群れ、でした。


・・・もう、春ですね。


    

(公園内に比べると、不忍の池周辺は、比較的まばら。
 近くの、ドンレミー・アウトレットでお菓子を調達して、まったり桜を愛でるのもいいかもしれない)



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マーラー『巨人』

2013-03-22 06:04:43 | Wednesday 芸術・スポーツ
 先日、東京アマデウス管弦楽団の創立40周年記念 演奏会に行ってきた。
 久しぶりに、マーラーの『巨人』を聴きたかったからだった。


         ***************

       
 そうしたところ、先ず、そこの管弦楽団の「曲目紹介」で、くすっと笑わせられた。そこから、少々抜粋。


         ***************


 グスタフ・マーラー Gsutav Mahler (1860-1911)

交響曲第1番 ニ長調≪巨人≫ Sinfonie Nr.1 D-Dur


 近年まで、個性的な(あるいは支離滅裂な)曲想、長大な演奏時間、巨大な編成などのために敬遠されることもあったマーラーであるが、本日お送りする交響曲第1番≪巨人≫は、編成が(マーラーにしては)小規模で、演奏時間も(50~60分とマーラーにしては)短くてなじみやすい、マーラー青年期の熱意溢れる名曲である。

 元気になれることうけあい。どうぞお楽しみあれ。


【マーラーの生い立ち】

 グスタフ・マーラーは、ボヘミアの辺鄙な村カリシュトに生まれ、緑なすゆるやかな丘陵地帯の街イーグラウ(現在のチェコ。当時はオーストリア=ハンガリー帝国)に育った。

近くに兵舎があったので、マーラーは、合図のトランペット、号令の太鼓、兵士が歌う軍歌や民謡、軍隊の行進といったものに幼いころから慣れ親しんでいた。

12人の弟妹がいたが、半数以上が生まれてすぐ、あるいは幼くして死んでしまい、特に仲の良かった一歳下の弟エルンストが13歳で病死したことに大きな衝撃を受けた。

マーラーにとって、死はいつでも身近だった。


        
        (1913年 オーストリア=ハンガリー帝国)


 4歳頃からピアノを弾いたり作曲をしたりと才能を見せていたマーラーは、15歳の時(1875年)、オーストリア=ハンガリー帝国の首都、そして音楽の中心地、ウィーンにやってきた。

マーラーは、ウィーン音楽院やウィーン大学で、音楽や文学、哲学などを学んだ。

ブルックナーの和声学の講義にも顔を出し、このときからのブルックナーとの親しい交流は後年まで続いた。


           ~~~~~~~~~~~~


 さて、21歳の若きマーラーは、1シーズンの契約でライバッハ州立劇場の常任指揮者に就任した。

楽員はたった18人、合唱は素人同然だったが、マーラーはここで50の公演をこなし、指揮者として輝かしいキャリアの一歩を踏み出す。

ライバッハは現在のスロベニアの首都リュブリャナである。


           ~~~~~~~~~~~~


 当時のウィーン音楽界は、ワーグナー派と反ワーグナー派(あるいはブラームス派)の対立が激しかったが、マーラーはワーグナーに心酔しており、23歳の時にはバイルイトで、その年に没したワーグナーの追悼公演≪パルジファル≫を見ている。

そして、マーラーは文学青年でもあったので、バイルイトからの帰り道には、愛読するジャン・パウルの生地を訪ねた。


           ~~~~~~~~~~~~


 ところで、なかなかのイケメンでありながら身長約160センチと小柄で、ちょっと面倒くさい文学かぶれの青年だったと思われるマーラーは、若い頃はソプラノ歌手に思いを寄せて振られたり、大尉夫人と不倫をして駆け落ちを画策したりと色恋沙汰もこなし、音楽家として成功した後は、41歳で19歳年下の美女アルマと結婚した。

アルマに対しては、「君の仕事は、僕を幸せにするということだけ」などと言って作曲の才能があった彼女の作曲活動を禁止するなど、自己中心的な関白亭主であったが、一方でアルマの浮気に悩まされてもしている(極めて多忙な仕事人間の夫と、寂しい若妻という構図で見てもよい)。


          


 そして、ボヘミアで、ユダヤ教の家に生まれたユダヤ人であったマーラーは、

「オーストリアではボヘミア人、ドイツではオーストリア人、世界ではユダヤ人」

として扱われ、どこにいても異邦人であった。



【マーラーの曲】

 マーラーの交響曲は、それまでの交響曲とは比べられないほど大きな編成のオーケストラ、舞台裏での演奏や独唱・合唱などを大胆に採用していて、オペラの舞台のように立体的でドラマチックである。

マーラーはオペラ作品こそ残していないが、好きな詩や自作の詩に曲を付け、歌曲の傑作を生み出している。

歌曲の旋律をそのまま交響曲に転用したりもしていて、マーラーにとっては歌曲と交響曲の区別はあまり厳密ではなかったようだ。

歌のない交響曲でも、まるで歌曲のように歌を感じることができる。


            ~~~~~~~~~~~~


 マーラーは、青年期には、文学青年らしい青臭い哲学的な手紙を書いたりもしていて、その内容があまりに妄想的なので精神病を疑う者すらいる程であるが、まじめに言っているのかパロディなのかが判然としないところが、マーラーの特徴かもしれない。

マーラーの曲には、奔放な空想、グロテスクなユーモアがあふれ、まじめなのかパロディなのか判然としない混沌さがある。

そして、マーラーにつきまとった死の影、幼いころから慣れ親しんだ軍隊ラッパの音やボヘミアの民謡・舞曲、かっこうの声などのモチーフは、頻繁にマーラーの曲に表れる。


            ~~~~~~~~~~~~

 ブルックナーが神を知っていた作曲家であるとすれば、マーラーは神を探していた作曲家であり、マーラーの曲には人生に悩める若者は登場しても、崇高で不可侵なキリスト的な神を見ることはできない。

マーラーは、ユダヤ教の家に生まれたが、36歳の時、反ユダヤ主義を唱えていたワーグナーの影響の大きかったウィーンで仕事を得るためにか、ユダヤ教からローマ・カトリックに改宗した。



【交響曲第1番】

 マーラーは、24歳から28歳にかけて、指揮者として、カッセル王立歌劇場、ライプツィヒ市立歌劇場を歴任し、その傍ら交響曲第1番の作曲に没頭して1888年に完成した(奇しくも本日のマエストロと同年代である。若い)


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 そして、29歳の時、主席音楽監督を務めていたハンガリー王立歌劇場で、自らの指揮で交響曲第1番を発表した(この時は「2部からなる交響詩」と呼んでいた)。

ベートーヴェンが交響曲第9番を発表してから65年が過ぎ、ロマン派の作曲家たちがこれを超えようとして越えられずにいたところに、マーラーが、新しい予感に満ち溢れたピアニッシモの「ラ」(A)の音で始まるこの曲を世に送り出したのである。

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 もっとも、曲が斬新過ぎたのか、初演の評判はさんざんだった。


            ~~~~~~~~~~~~

 そこで、マーラーは、次の発表の機会(33歳。ハンブルク)ではジャン・パウルの小説の題名をとって「交響曲様式の音詩(交響詩)≪巨人≫」というタイトルを付け、しかも、各楽章を解説する自作のパンフレットを配布して、聴衆の理解を得ようとした。

この涙ぐましい努力にもかかわらず、良い評判は得られなかった(ジャン・パウルの小説は、主人公の王子が波乱万丈の人生を送り、王座につくという単純なストーリーであるが、多くの人物が登場して、哲学論争や美学論争を繰り広げるという複雑で難解な教養小説らしい)。


            ~~~~~~~~~~~~

 マーラーは、1896年、その少し前に交響曲第2番を発表して大成功していたことで自信を取り戻したのか、≪巨人≫というタイトルについて「一般の人々にわかりやすくするために付けただけのもので、誤解を生むおそれがあり不適切」として削除し、現在の第1楽章と第2楽章の間に入れていた「花の章」も削除して、4楽章形式の交響曲として発表した(35歳。ベルリン)。


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 なお、マーラーが捨てた≪巨人≫という題名が、我が国では現在に至るまで使われているのは、題名があった方が集客しやすいという商業主義のたまもの、らしい。


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 マーラーが聴衆の理解を得るために付けた解説を参考にすれば、交響曲第1番は、

「巨人」と呼ばれる若者が、美しい自然の中で育ち(第1楽章)

力強く帆をいっぱいに張って順風満帆の人生を歩み出したところ(第2楽章)

座礁して死に、一度は地獄に堕ちてしまうが(第3楽章)

地獄から天国への道を歩む(第4楽章)という物語
である。

若者はマーラーそのものであるという説もある。


             ~~~~~~~~~~~~

 マーラーは交響曲第1番とほぼ同時期に歌曲≪さすらう若人の歌≫を作曲しており、この2曲目と4曲目の旋律をそのまま交響曲第1番に用いている。


(以下、略。)            (文:勝又 来未子)



          ********************


 曲目紹介にもあったように、今回の指揮者は、1985年生まれの石川星太郎という人だった(芸大音楽部指揮科を首席で卒業し、現在デュッセルドルフ在住)。指揮のことはなおさら、わからないが、・・・良かった。

 ところどころ、管がもったいない・・・(>_<)という部分もありつつも、来て良かった。


 ちなみに、東京アマデウス管弦楽団、というという東大オケ卒中心のアマオケの演奏も 初めて聴いた。
 最初、「アマデウス」ということばを見た時、「モーツァルトばっかりやっているのかな?」とも思ったが、実は「アマデウス」(神に愛される者)の意のほうなのかな、とも思ったり。

 アマデウス・・・モーツァルト。
 アマデウス・・・神に愛される者。エディ・デヤ。須賀しのぶ(゜_゜

 エディデヤ・・・「主に愛される者」(サムエル第2 12:25)・・・ソロモン。


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一日千秋の思い

2013-03-20 22:47:01 | Sunday 写真&みことば
 しかし、愛する人たち。
 あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。

 すなわち、主(しゅ)の御前(みまえ)では、

 一日は千年のようであり、千年は一日のようです。





 主は、ある人たちがおそいと思っているように、

 その約束のことを遅らせておられるのではありません。

 かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、

 ひとりでも滅(ほろ)びることを望まず、

 すべての人が悔(く)い改(あらた)めに進むことを

 望んでおられるのです。


(新約聖書・ペテロ第二 3章8-9節)

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7歳の英才教育

2013-03-16 11:05:11 | Thursday 生活
(つれづれなるままに。)

 先日、あるママさん達が、お子さんの話で盛り上がっていた。
 今はちょうど、卒園の頃。
 スーツの話や子どもの話、仕事と育児の両立の難しさ…。

 そんなとき、ちゃきちゃきしっかりしている、あるママさんの話に、驚いた。
「うちの子、春から小学校だというのに、夜、絵本を読まないと泣くし、まだまだ甘えたい頃なのよね。一人でお留守番なんて、ムリ」

 それを聞いたとき、キャベツは心底驚いた。

(私は、親と仲は悪くはないが、小学校に上がる頃、「絵本を読んで♪」などと親に言った記憶が・・・ないぞ(゜_゜ )

(どんな1年生だったっけ?)


        *******************

 ・・・・・・・・(゜_゜


 あの時は、キャベツ兄弟が生まれた頃だった。
 キャベツは既に鍵っ子で、その日は、キャベツひとりだけで家で寝泊まりした。


 いや、その前に、5歳のときに、あることを決意していた。
 それは、子ども用の マリー・キュリーの伝記を読んで、非常に衝撃を受けたときだった。


「・・・なんてことだ。

 マリー・キュリーは、3歳のときに、難しい本をすらすら読んでいたなんて。

 私は、もう5歳だというのに、まだこんな簡単な本しか読めてない。

 あぁ、、、私は、凡才だ。

     ・・・・・・


 仕方ない。

弟を英才教育しよう。」




 5歳のキャベツは、大真面目にそんなことを考え、

―「トンビが鷹を産めるのかね?」と、つっこむ人もいなかった―



 7歳のとき、母親に、「は 私が育てる!」宣言をした。



(その際、「あれ? その前にYを育てるって言っていなかったっけ?」と聞き返されたことは、脇に置く

      **************


 だが、「英才教育」― 基(もとい)、「子育て」― というものを、7歳のキャベツは甘く見ていた。


 ミルクを飲ませる。
 おむつを交換する。
 お布団を整える。


 それは、これまでと一緒だ。

 ― 「英才教育」をするには・・・?

 先ず、文字や勉強も知らなければならない。それについては、「私が教わっていることを教えればいい」。

 そんなあまっちょろいことを考えていた。
 まだ、「成長発達段階」さえ知らなかった。


(そもそも、「英才教育」の定義はなんぞや?と、今の私なら、つっこむ



 あのとき、「たまひよ」などの育児雑誌がそばにあったら、また違ったかもしれない。

 模索しつつ、ようやく小学校2年生のとき、何かに応募して、うすっぺらい育児書を頂いた。


       *****************


 その本には、その当時としては珍しく、

「子どもは、叱るより、ほめて伸ばすほうがいい」

と書かれており、目からうろこだった。


(そうか!! 「は~~~? なに? 95点? なんで、100点じゃないんだ!」「は? 100点? それが何だって言うんだ?」って、あんな風に ガミガミ叱るより、子どもは、誉めた方が伸びるのか!!)


 だが、ここで一つ、問題があった。


 幼いキャベツには、「誉める」ことと「ねこっ可愛がりする」ことの区別がついていなかった、ということだ。


       *****************


 はっきり言って、はそれまでの子どもたちの中では最も手がかかる子だった。

 他の子たちは、元気いっぱいだったのに、Kは、ある晩だけで3回も嘔吐して、そのたびに、キャベツはシーツを洗った。
(とはいえ、キャベツ自身が、しまいには、を自分の布団から追い出した酷いヤツであったことを、告白する)

 文字を教えようとしても、なっかなか覚えない。
(結局、キャベツ自身が「私が3歳の時には、これくらい覚えてたのに…」などと癇癪を起して、文字を教えることを放棄)

 だが、可愛かった。

 親がガミガミしても、可愛がった。

       *****************


 そして、・・・キャベツが小学校6年生には、手が付けられない程、はわがまま坊主になっていた。

 キャベツは、母親から金切り声で言われた。

「お前が育てたから、はあんなわがままになったんだ!!」


(ああ、英才教育はいずこに・・・?)



 ・・・おかげさまで、小学校を終える頃には、「『子育て』って大変なんだな」と、世の中の親御さんの苦労を少しばかり想えるようになりました。・・・

 (P.S- でも、あの子、結局、それなりに良い子に育った、よね?)

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再生医療:ジャック

2013-03-13 22:04:22 | Tuesday 医療ニュース
 (数日前から、今日の午前が気になっていたが、)

 本日、7774 J-TEC(ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング)のジャックが、保険適用となることが決定

 再生医療分野で、保険適用になるとは(…とはいえ、適用基準はキビシイし、まだ変形症には適用されないが…)
初じゃないか・・・w(゜0゜)w!!!?などと思っていたら、

実は2007年に、日本初の再生医療製品「ジェイス」が出ていたことを知った(→2009年保険収載)。



 すごいな、J-TEC。



膝関節の治療用、培養軟骨に保険適用へ…2例目(読売新聞)


(ちなみに、再生医療製品、お隣の韓国はすでに19・・・、日本は今2つ)

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祖父からの宿題

2013-03-10 07:25:29 | Sunday 集会・生活

 実は、友人との宿題をすでに3つ、溜め込んでいる。
 12月は、どう  にか終えた。
 4月になったら、4つになる。
 その前に、宿題を少しは片(かた)さないと。


          **************


 それにしても、もう13,4年前の祖父からの宿題さえ、まだ終わっていない。

 高校生のとき、母方の祖父からの宿題(として、明確に与えられたもの)は、これだった。


「みことば1節で、

 1時間話せ」



 他の箇所を決して引かずに、そこだけで1時間(福音を)話せ、と。


          *************

 私は、未だに、自分の基準を満たすレベルでさえ(⇔基準未満、「1節のみで1時間話す」準備ができていないことを認めざるを得ない。
(「1節のみ」でなければ・・・と、何度思った事か

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【news】イナゴの大群@エジプト

2013-03-09 06:25:28 | Friday -news-
 現在、エジプトで、イナゴが異常発生しているそうです。

 “Farmers brace for locust invasion in Egypt's Nile Delta”(2013.02.26, Ahram)
(=現在、イナゴ(バッタ)の大群が押し寄せているエジプト・ナイル川沿岸。エジプトは、2012年に8.5万トンの小麦を生産しているアフリカ最大の小麦の産地だが、イナゴによって農作物が被害を受けることによる食料供給への影響が懸念されている)

 Israel on alert as locusts swarm Egypt(2013.03.05, news.com.au)
(=破壊的な数のイナゴの大群がエジプトで発生しているが、隣国であるイスラエルも警戒態勢に入った。)

 “Locust Swarms Descend on Egypt Like Biblical Plague” (2013.03.04, TIME)
(=イナゴの大群が、聖書にある十の厄災のごとくエジプトに舞い降りた。)



 これらのイナゴ異常発生の記事に出て来る、「過越祭 (ペサハ(pesach),英語:Passover)」。
これは、聖書由来のお祭りで、今もユダヤ教の人は、「過越の祭り」を行う。

 今年の、ユダヤ教における「過越(すぎこし)の祭り」は、3月26日~4月1日、らしい。
(TIMEの記事によると、3月25日から4月2日? とりあえず、西洋諸国におけるイースターとほぼ同じ頃)


          **************


 詳細は割愛するが、この「過越しの祭り」が行われるようになった経緯には、その昔、イスラエル人がエジプトで奴隷となっていた頃、エジプトに起こった10の災いがある。
 その順番としては、

1.川が赤くなる(出エジプト記7章)
2.かえるの大群(同8章)
3.地のちりが ぶよ になる(同8章)
4.あぶの群れ(同8章)
5.家畜に疫病が起こる(同9章)
6.人と獣にうみの出る腫物が出来る(同9章)
7.雹(ひょう)が降り注ぎ、外にいる家畜と草木が打たれる(同9章)
8.いなごの大群が押し寄せ、雹の被害を免れた草木を食い尽くす(同10章)
9.三日間、エジプト人が住むところが真っ暗闇となる(同10章)
10.人、家畜…すべての初子が殺される(同11章~)

 であり、その8番目が、「イナゴの襲来」。それを想起させるような状況らしい。

 こんな大群が押し寄せてくるなんて・・・イヤですなぁ・・・

 それから、数日が経っていますが、今現在、どんな状況なんでしょうか…。


  
   (こちらの写真は、2004年の時だそうですが、、、それより酷い、のか…?)



『モーセとアロンはパロのところに行って、彼に言った。

「へブル人の神、主はこう仰せられます。

 『いつまで私の前に身を低くすることを拒むのか。

わたしの民を行かせ、彼らをわたしに仕えさせよ。

  もし、あなたが、わたしの民を行かせることを拒むなら、見よ、わたしはあす、
いなごをあなたの領土に送る。』

      ・・・・

  主はモーセに仰せられた。

  「あなたの手をエジプトの地の上に差し伸ばせ。

   いなごの大群がエジプトの地を襲い、
その国のあらゆる草木、雹の残したすべてのものを食い尽くすようにせよ。」


      ・・・・

  それらは全地の面(おもて)をおおったので、地は暗くなった。

  それらは、地の草木も、雹を免(まぬが)れた木の実も、ことごとく食い尽くした。

  エジプト全土にわたって、緑色は木にも野の草にも少しも残らなかった。・・・

(旧約聖書・出エジプト記 10章3-20節)」』

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Goose house

2013-03-06 22:38:40 | Wednesday 芸術・スポーツ
 キャベツ亭にはテレビがないため、尚のこと、ここ最近の音楽には疎いのだが、
フォンツつながりで、“Goose house(グースハウス)”なるものを知った。

「YouTubeの動画総再生回数が 1億回を超える男女8人のシンガーソングライターユニット。
 8人組全員がボーカリストで曲ごとにユニットが変化し、メインボーカルも変わる」



たまには、(今の)若者の音楽も知っておかないと、な…ふむふむ(゜_゜


にんげんっていいな(Cover)



(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナウい、よね?


手をたたけ/NICO Touches the Walls(Cover)



チェリー/スピッツ(Cover)


Prisoner Of Love/宇多田ヒカル(Cover)



Cover曲しかまだ聴いていないが、なかなかオモシロい(=興味深い)。映像(エンターテイメント性)と音楽。声もいい。


恋におちたら/Crystal kay(Cover)



残酷な天使のテーゼ/高橋洋子(Cover)

(そういえば、「大涌谷」には、しばらく行けないな…火山活動活発化しとる…)



You Raise Me Up(Cover)

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