塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

過去に面影を求めること

2020-12-16 20:21:39 | 日記
 僕の様な40代前半の方ですと、音楽はCDとカセットテープ、いずれかを購入していたと思います。

 今の若い方はご存知ないでしょうが、レコード会社が歌手の新曲を発売する際

 アルバム、ミニアルバムは現在同様の梱包で
 シングルは8センチの梱包が縦長の形から、現在の梱包へ変更

 という、不規則な形を用いていました。

 同時に今の若い方は音楽、映像、ゲームのいずれも配信に慣れているはずですが、購入する、所有する、そして聴くすべてが物珍しいのでしょう、レコードとカセットテープの需要が急増しています。

 確かに、CDというものはプラスチックケースという環境負荷が大きな形で梱包、出荷されていますし配信はごみを出さないという、大きな特徴がありますからね。

 サッカーでも1980年代、90年代の風景が懐かしいのか、懐古主義的な形で特集されます。

 その代表格が
 
 「欧州サッカー批評13 80-90年代のフットボールはなぜ美しかったのか」

 という書籍ではないでしょうか、

 表紙にはマラドーナ、ルート・グリットやルイス・フィーゴが登場しインタビューにはアリゴ・サッキとブライアン・ロブソン、そしてデヤン・サビチェビッチが登場します。

 今でもキリアン・アムバッペやアーラン・ハーランドなど、規格外の選手がいますが、彼らのために何かしらの戦術が生み出されたわけではありません。

 マラドーナを封じるために、ゾーン・プレスは誕生した
 3-5-2の登場で、2トップに対して優位な守備陣形が誕生した
 リベロは巧にフィールドを操った

 というように、その時代には風景もさることながら、現在のより硬直的、つまり金銭やビジネスが色濃くなかったことが影響していると思います。
 
 1997年、ロナウドがバルサからインテルに移籍した際の32億円は、今から思うとはした金ですし、ジダンですら100億円を動かすことはありませんでした。

 このハイパーインフレがはじけた瞬間、ある種サッカーの概念も変化するように思えてなりません。

 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 今、モスバーガーを用いるよ... | トップ | 新年最初のワールド・サッカ... »

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事