私のリアルの生活の忙しさによって、このブログは放置されていた。
しかし、今日私は休日を取ることにしたので、このブログに何か書くことにする。
ブログを放置していた間、あらゆるメディアで話題になってきたのが五輪エンブレム問題だった。
この件については、数多のデザイン関係者がネット上に考えやら意見を吐露している。
だから、門外漢の私が新たに書く必要など何もないのだが、それでもすごく興味深いと思った点がひとつあるので、そのことについて触れておきたい。
今回、はじめて私は亀倉雄策の様々なデザインを目にした。
それがあまりに素晴らしかったので、今更ながら私は「デザインって面白いなあ」と急に思い出したのである。
素人の感想で恐縮だが、私が目にした様々な彼のデザインには、ものすごくエネルギーを感じた。単なる幾何学模様でも、その色合いや歪み方、配置の妙によって、奇妙にも生命力感じたのである。
私が見た亀倉のデザインは、主に1950年代から60年代のものだった。
50年代は特に後半から日本が劇的に変化しはじめた時期である。政治上ではいわゆる「55年体制」が成立。ばらばらだった日本の政党は、保守と革新それぞれで一応の統合を果たし、国内冷戦は激しくなるにせよ、それなりに安定しはじめた。
朝鮮戦争による特需によって、日本の経済復興および成長が始まったのも50年代後半。
安定と豊かさを目指して邁進する日本社会がモデルにしていたのは、当然のことながらアメリカだった。
アメリカの文物が大量に流れ込み、占領政策の影響もあって、日本のあこがれがアメリカのデザインに象徴された。
日本の新たなデザインの時代の始まりを示すものとして、松下幸之助の「これからはデザインの時代」(1951)発言もあった。
亀倉のデザインの時代背景には、敗戦した日本の新たな出発と巨大なアメリカという存在があったはずだ。
私は当時のデザインがオリジナリティ溢れるものだったと手放しに称賛するつもりはない。
そこまで内実を知らないのであって、もしかしたら、当時のデザイナーだってアメリカのデザインを模倣していたかもしれないじゃないか。
そうではなくて、私が面白いと思うのは、今の日本のデザインが置かれている時代状況の違いなのである。
今回の騒動の中核的な問題意識は、「世界中の様々なデザインのパクリによって、日本の(一部の?)デザインが作られているらしい」ということだ。
だが、多くのデザイン関係者によれば、デザインとは何かしらの既存のアイディアを参考にせざるを得ないのであり、今回の五輪エンブレムもそうしたデザイン業界の「常識」の範囲内である、ということだった。
もちろん、そのまま既存のデザインを転写したようなものは許諾なしにはアウトだとしても、そこまでではない場合、基本的にセーフだということらしい。
けれども、ネット上の一般市民の多くが(統計データはないから多数派なのかは不明だが)、佐野デザイン問題に死ぬほど噛み付いている。
そこが非常に現象として興味深いのである(彼らの一部のハラスメントは最悪であるが)。
何が言いたいかというと、インターネットが爆発的に普及した21世紀の社会の「デザイン」って一体何だろう、ということだ。
パソコンやスマートフォンひとつで、世界中のあらゆるデザインを探し出せてしまう。
デザイン業界のリテラシーは無くても、デザインだけはとにかく大量に発見できてしまう時代。
そこが異常だ。
音楽ではヒップホップのサンプリングという手法が定式化している。
既存の音楽を世界中から探してきて、その一部を切り取って貼り付けて、ループさせたりして、その上に歌やらラップやらを乗せる。
そもそも新しいものを生み出すには、既存の何かを参照しているわけだが、それをはっきりと定式化したのがサンプリングだった。
デザインがサンプリングに向かっても、まったく不思議ではない。
ネット上の写真、百円ショップの商品、マニアックな国の誰も知らないようなポスター、過去のデザイナーによる忘れ去れたデザイン。
それをサンプリングして、加工して、新しいデザインにする。
それを肯定するかどうかはともかく、サンプリングによるデザインはひとつの時代精神のように見える。
重要なことはここからで、こうした時代精神の一種に見えるサンプリングによるデザインがネット上で叩かれる、という現象はきわめて意味のある逆説だ。
サンプリングによるデザインのサンプル先をすべて暴露し、デザインの正統性を否定すること。
これは一体何を意味するのか?
私はあえて酷く乱暴に勝手な示唆を導き出したい。
もう日本社会の大半は、デザインに希望など持っていない。「これからはデザインの時代」というあの至言は、もう意味をなしていない。
あの時の(つまり1950年代から60年代の)「デザイン」は、「生活を豊かにするもの」という強烈な希望がその本質的な意味だった。
あの時代はパクリかどうかなんて、誰も問題にしなかった。
そんなことより、デザインが商品と生活の豊かさ、未来の希望をつなげてくれれば、それで良かった。
亀倉雄策は言った、「デザインとは明るい生活の歌でなくてはならない」と。
それより何より、商業デザインを生み出していた人たちが、新しい領域としての商業デザインを立ち上げるために、強い責任感を持っていた。
しかし、今は違う。
デザインはどこにでもある何か、どれかと似ている何か、せいぜい言っても、「永遠の日常」のなかでわずに小さな明かりを灯してくれる何か。
デザインに大きな予算が付いて、何やら権威づけされ、偉いだの、凄い成功者だのと讃えられる、そうした全てが時代の逆鱗に触れているように思えて仕方ない。
しかし、私が言いたいのは「だからやっぱり五輪エンブレムは問題だ」とか、「作者のやり方は良くない」ということではない。
そうではない。
われわれは、デザインがサンプリングに向かう必然性と、デザインへの失望から出てくる怒りに決着をつけるべきだと言うことだ。
まず、デザインを相対化しよう。デザインはユニークなものではない。だから、デザインを生業とする多くの人は、クリエーターというよりはサンプリング職人。
そのなかに時々クリエーターが潜んでいるが、それは稀。
現在の資本主義の要請はそんなユニークさを求めていない。
もっと消費しやすい軽くてキャッチ―な象徴を求めている。
われわれはそれを認め、大人になるべき時期にきている。
しかし、今日私は休日を取ることにしたので、このブログに何か書くことにする。
ブログを放置していた間、あらゆるメディアで話題になってきたのが五輪エンブレム問題だった。
この件については、数多のデザイン関係者がネット上に考えやら意見を吐露している。
だから、門外漢の私が新たに書く必要など何もないのだが、それでもすごく興味深いと思った点がひとつあるので、そのことについて触れておきたい。
今回、はじめて私は亀倉雄策の様々なデザインを目にした。
それがあまりに素晴らしかったので、今更ながら私は「デザインって面白いなあ」と急に思い出したのである。
素人の感想で恐縮だが、私が目にした様々な彼のデザインには、ものすごくエネルギーを感じた。単なる幾何学模様でも、その色合いや歪み方、配置の妙によって、奇妙にも生命力感じたのである。
私が見た亀倉のデザインは、主に1950年代から60年代のものだった。
50年代は特に後半から日本が劇的に変化しはじめた時期である。政治上ではいわゆる「55年体制」が成立。ばらばらだった日本の政党は、保守と革新それぞれで一応の統合を果たし、国内冷戦は激しくなるにせよ、それなりに安定しはじめた。
朝鮮戦争による特需によって、日本の経済復興および成長が始まったのも50年代後半。
安定と豊かさを目指して邁進する日本社会がモデルにしていたのは、当然のことながらアメリカだった。
アメリカの文物が大量に流れ込み、占領政策の影響もあって、日本のあこがれがアメリカのデザインに象徴された。
日本の新たなデザインの時代の始まりを示すものとして、松下幸之助の「これからはデザインの時代」(1951)発言もあった。
亀倉のデザインの時代背景には、敗戦した日本の新たな出発と巨大なアメリカという存在があったはずだ。
私は当時のデザインがオリジナリティ溢れるものだったと手放しに称賛するつもりはない。
そこまで内実を知らないのであって、もしかしたら、当時のデザイナーだってアメリカのデザインを模倣していたかもしれないじゃないか。
そうではなくて、私が面白いと思うのは、今の日本のデザインが置かれている時代状況の違いなのである。
今回の騒動の中核的な問題意識は、「世界中の様々なデザインのパクリによって、日本の(一部の?)デザインが作られているらしい」ということだ。
だが、多くのデザイン関係者によれば、デザインとは何かしらの既存のアイディアを参考にせざるを得ないのであり、今回の五輪エンブレムもそうしたデザイン業界の「常識」の範囲内である、ということだった。
もちろん、そのまま既存のデザインを転写したようなものは許諾なしにはアウトだとしても、そこまでではない場合、基本的にセーフだということらしい。
けれども、ネット上の一般市民の多くが(統計データはないから多数派なのかは不明だが)、佐野デザイン問題に死ぬほど噛み付いている。
そこが非常に現象として興味深いのである(彼らの一部のハラスメントは最悪であるが)。
何が言いたいかというと、インターネットが爆発的に普及した21世紀の社会の「デザイン」って一体何だろう、ということだ。
パソコンやスマートフォンひとつで、世界中のあらゆるデザインを探し出せてしまう。
デザイン業界のリテラシーは無くても、デザインだけはとにかく大量に発見できてしまう時代。
そこが異常だ。
音楽ではヒップホップのサンプリングという手法が定式化している。
既存の音楽を世界中から探してきて、その一部を切り取って貼り付けて、ループさせたりして、その上に歌やらラップやらを乗せる。
そもそも新しいものを生み出すには、既存の何かを参照しているわけだが、それをはっきりと定式化したのがサンプリングだった。
デザインがサンプリングに向かっても、まったく不思議ではない。
ネット上の写真、百円ショップの商品、マニアックな国の誰も知らないようなポスター、過去のデザイナーによる忘れ去れたデザイン。
それをサンプリングして、加工して、新しいデザインにする。
それを肯定するかどうかはともかく、サンプリングによるデザインはひとつの時代精神のように見える。
重要なことはここからで、こうした時代精神の一種に見えるサンプリングによるデザインがネット上で叩かれる、という現象はきわめて意味のある逆説だ。
サンプリングによるデザインのサンプル先をすべて暴露し、デザインの正統性を否定すること。
これは一体何を意味するのか?
私はあえて酷く乱暴に勝手な示唆を導き出したい。
もう日本社会の大半は、デザインに希望など持っていない。「これからはデザインの時代」というあの至言は、もう意味をなしていない。
あの時の(つまり1950年代から60年代の)「デザイン」は、「生活を豊かにするもの」という強烈な希望がその本質的な意味だった。
あの時代はパクリかどうかなんて、誰も問題にしなかった。
そんなことより、デザインが商品と生活の豊かさ、未来の希望をつなげてくれれば、それで良かった。
亀倉雄策は言った、「デザインとは明るい生活の歌でなくてはならない」と。
それより何より、商業デザインを生み出していた人たちが、新しい領域としての商業デザインを立ち上げるために、強い責任感を持っていた。
しかし、今は違う。
デザインはどこにでもある何か、どれかと似ている何か、せいぜい言っても、「永遠の日常」のなかでわずに小さな明かりを灯してくれる何か。
デザインに大きな予算が付いて、何やら権威づけされ、偉いだの、凄い成功者だのと讃えられる、そうした全てが時代の逆鱗に触れているように思えて仕方ない。
しかし、私が言いたいのは「だからやっぱり五輪エンブレムは問題だ」とか、「作者のやり方は良くない」ということではない。
そうではない。
われわれは、デザインがサンプリングに向かう必然性と、デザインへの失望から出てくる怒りに決着をつけるべきだと言うことだ。
まず、デザインを相対化しよう。デザインはユニークなものではない。だから、デザインを生業とする多くの人は、クリエーターというよりはサンプリング職人。
そのなかに時々クリエーターが潜んでいるが、それは稀。
現在の資本主義の要請はそんなユニークさを求めていない。
もっと消費しやすい軽くてキャッチ―な象徴を求めている。
われわれはそれを認め、大人になるべき時期にきている。
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