思想家ハラミッタの面白ブログ

主客合一の音楽体験をもとに世界を語ってます。

言霊は創造エネルギー

2014-02-14 13:20:39 | Weblog
真の実在である言霊は創造エネルギーであり、万物はその内部に言霊を有し

その力によって進化成長していく存在です。


現代の物質文明は言霊の存在を理解せず、かえって人間の霊的成長を阻害し、

エゴイズムを助長する結果となってしまいました。


これからの文明は、内なる創造エネルギーを活性化させ、

万物の進化成長を促すような精神文明でなければなりません。

これに貢献すると考えられるのが、ゼロエネルギーである縦波電磁波です。


創造エネルギーの働きは、その物質の構造の複雑さに比例します。

物質より生命、特に人間の脳が、最も創造エネルギーの働く場所といえるでしょう。



神道イストを自称したJ・メーソン

2014-02-13 14:22:56 | Weblog


http://www.25w.sakura.ne.jp/sekai-nihon/901-sekaigamitanihon.htm


■神道イストを自称したJ・メーソン
 ジョセフ・ウォーレン・ティーツ・メーソンは、アメリカ人でありながら、神道を信奉したアメリカ人でした。1879年生まれのメーソンは新聞記者となり、ロンドンに行って日露戦争の記事を書きました。それが、彼が日本に関心をもつきっかけとなりました。アジアの小国日本が大国ロシアを破ったことが、彼の心を揺さぶったのです。

 メーソンは、日本が急速に近代化できたという事実に驚きました。そして、その理由は、神道にあるのではないかと考えるようになったのです。昭和7年(1932)、満州事変の翌年に、彼は初めて来日しました。その年、30年間続けた新聞記者を退職すると、その後は晩年まで神道の研究に没頭しました。そして自分を「神道イスト」と規定して、神道への信奉を隠しませんでした。

 著書『神ながらの道』(たま出版)に、彼はこう書いています。

 「日本が有する永久的進歩の力は、日本民族の創造的精神に基づく。…人類と自然とを、全能の神によることなく、自ら物質的進歩を創造する神霊だと考える一つの原始的直観である。日本を知るには神道を理解する必要がある」


≪私見≫日本神道の本質

1) 神道のご神体である鏡・・・・・神道では鏡がご神体。そのご神体である鏡に映し出されている自分自身が神(創造主)であり完全円満であることを直感せしめている。創造の主体は人間を超越している「神」でなく、人間そのものが創造の主体である。

2) 教義(ドグマ)教典が存在しない神道・・・・・教義がないということは、物事の考え方(教義)などというものは、一人一人が自由に創造し得る自由裁量があるということが秘められている。神道以外の他の宗教には大なり小なり教義が存在するが、教義の存在自体がそれを信ずる人々に創造活動の自由裁量を制限することになる。つまりその教義(物事の考え方)の枠に縛られてしまうことになる。宗教の教義というものはえてして人々を一定の考え方(思想)にコントロールしようとする願望の表明とも言い得る。
※『日本待望論』でオリヴィエ・ジェルマントマは ≪神道とは、普遍的世界の広がりの浄化をもとめての、ドグマなき 「信」≫と定義している。

3) 万物を拝み大自然を神と観る神道・・・・・全ての存在にはそれぞれ自由な創造活動があり、それぞれの自由な創造活動は互いに尊重すべきものであるという他者尊厳の観方が自然に養われる。

4) 罪穢れを禊祓いで清浄化する神道・・・・罪穢れは水による禊、言葉による祓い祝詞で清浄化せしめるという考え方は、大自然と人間の本来の姿が清浄であり完全円満であることを人々に直感せしめている。水で洗い清めれば罪穢れが消えてなくなるのは、罪穢れが完全円満な本質の表面にのみ付着している付着物に過ぎないことを表しており、祝詞により罪穢れがなくなるのは、罪穢れなどというものは、簡単に言葉のみで消え去るものであり本来実在しないということを暗示している。

※※※当教えにおいても、教義が存在する。聖典といい、聖経といい、講習といい、教義と化す。教義はドグマであり、独断の要素を持つにいたる。そのドグマの中で教え学ぶ者たちは、いつの間にか「ドグマなき信」の生き方から自縄自縛されることになる。一種のドグマ、教義、教典に枠内に自らを縛りつける。人間本来の大らかさは失われ、自由なる創造活動はそこにはもはや存在しない。(2012/10/18感想)





『神ながらの道』に関する参考サイト

メーソンの神道解説



汎霊論
 メーソンは、神道は日本人が原始時代に発見した直観的真理であり、日本民族の創造活動の原動力であるととらえました。メーソンは、神道は一神論・多神論・汎神論ではなく、「汎霊論」であると主張しました。そして、一切は神霊であり、神霊は万物を離れては存在しない、万物そのものが神霊であり、物と神とは表裏一体であり、万物は神霊の自己表現である、と考えました。


日本型新世界秩序の構想 日本文明の時代

2014-02-13 11:54:20 | Weblog
物質と経済が中心で、人間が自然を支配するというユダヤ文明から

物質と精神が調和し、自然との共生を目指す日本文明に時代は移行していくのではないでしょうか。

そこで日本型新世界秩序というのを考えてみました。




日本型新世界秩序の構想と理念



物質と精神の調和 

神と人間の共存

自然との共生 

多民族多文化の共存共栄

自然を支配する道具としての科学技術から、自然と共存するための科学技術への転換





 生命場(ライフ・フィールド)の科学みえざる生命の鋳型の発見

2014-02-11 16:06:20 | Weblog
内容紹介

~◎生体エネルギー研究の古典的名著が待望の復刊!
すべての生命にはその青写真である電磁気的な鋳型=「生命場(ライフ・フィールド)」があり、それは宇宙の構造の一部をなしていた。その実在を30年以上にわたる研究でつきとめたバー博士による、唯一の著書。
1988年初版のロングセラーを改訳し、未収録の資料を加えた、待望の新版。代替医学、波動、気、プラーナなど、生命力の神秘について深く学びたい人々の必携書。
*あらゆる生物は、「生命場=ライフ・フィールド」の電場に導かれて発生・成長する
*生命場は、月や太陽黒点など宇宙の力の影響を受けている
*人間の生命場の変動は、心身の異常を引き起こす。がんや精神疾患の予防的診断は、生命場の測定によって可能である
*すべての生命は偶然にできたのではなく、宇宙の秩序あるデザインのもとに造られた~


抜粋

第1章  科学の冒険
 1 はじめに

 われわれは、問題の多い苦難の時代に生きている。戦争と、戦争の脅威が存在し、世界の多くの地域では対立や暴動、犯罪や無法が絶えない。そのうえ、核の脅威という「ダモクレスの剣」がいつも吊り下げられているのである。
 生命には、はたして意味や目的があるのだろうかと絶望的に問いつめる人が、ますます多くなっている。人間は偶然の産物であり、無慈悲で理不尽な宇宙の中のつまらぬ惑星の上で孤独な運命にしばられている存在なのだ、と考えたがる人も多い。
 今のような唯物論的な科学の時代においては、今日同様に困難で危険な時代に生きた先祖たちが心の支えとした宗教的信仰を受け入れるのはむずかしい、と多くの人は考える。そういう彼らも人類は偶然に生じたのではなく、法則と秩序と目的のある宇宙に生きていると信じたいと思っている。しかし、科学の手法と科学の勝利に眩惑されているために、何らかの「科学的」証明や証拠がないと何も信じられなくなってしまったのである。
 およそ四十年ほど前までは電子機器や電子技術が未発達だったので、こうした要請に応えることはできなかった。しかし、条件が整ったことで、人間の本質および宇宙における位置づけについて、まったく新しいアプローチが可能になった。というのは人間、いや、あらゆる生物が、正確に測定し、図にあらわすこともできる「動電場」(エレクトロ・ダイナミック・フィールド)の指令と統御のもとにあることを、これらの機器が明らかにしたからである。
 この「生命場」は、ほとんど信じられないほど複雑なものではあるが、現代の物理学で知られている、もっとシンプルな場と同様の性質をもち、同じ法則にしたがっている。物理学的な場のように生命場も宇宙の構造の一部であり、宇宙空間の巨大な力の影響を受ける。そして何千という実験の結果、物理学的な場のように組織化と誘導を行なう性質をもっていることもわかった。
 組織化と誘導は偶然とは相容れないものであり、そこには目的があることを意味している。だから、生命場は人間が偶然の産物でないという電子工学的証拠なのである。それどころか、人間は宇宙の不可欠の一部であり、その巨大な力をもつ場の中に組み込まれ、その不変の法則に支配され、目的と運命を同じくする存在なのである。
 本書は、科学における、ある冒険の記録である。それは長い、地道な探求であり、今日の多くの人が待望している疑問に対して、大自然からようやくにして得た答えなのである。


2 生命の鋳型

 動電場は目にみえず、触れることもできないので、想像するのはむずかしい。そこで、この生命場これから「Lフィールド」と呼ぶことにしようは、どういう働きをして、なぜそんなに重要なのかをわかっていただくために、身近な例を使って解説しよう。
 ハイスクールで科学の授業を受けた人なら、磁石の上に紙を置き、その上に鉄粉をまくと、鉄粉はひとりでに磁場の「磁力線」のパターンを描き出したことを覚えているだろう。鉄粉を入れ替えて別の鉄粉をまいても、まったく同じパターンが再び出現する。
 これよりはるかに複雑ではあるが、よく似たことが人体の中でも起こっているのだ。体内では分子や細胞がたえまなく破壊される一方で、食物から供給される新たな物質によって再生されている。しかし、Lフィールドが統御しているおかげで、新たな分子や細胞が従来どおり再生され、以前と同じパターンに配列されるのである。
 成分に「荷札」をつける最近の研究によってわかったのは、われわれの体や脳の物質は従来知られていたよりずっと早く入れ替わっているということである。たとえば、体内のすべてのタンパク質は六カ月ごとに入れ替わっており、肝臓などの組織では、それがもっと早いという。半年前に会った友人と再会したとすると、彼の顔の分子はそっくり入れ替わってしまっているというわけだ。しかし、彼のLフィールドが統御しているおかげで、新しい分子たちが元の場所に収まり、彼の顔だと認識できるのである。
 現代の測定器が生体を統御するLフィールドの存在を発見するまで、生物学者たちは、たえまない新陳代謝と物質交代の中で、生体がどうやって「形態を保って」いられるのか説明に困っていた。今や、その秘密は解かれた。いかに物質が入れ替わろうとも、体の動電場が、「形態」や供給された物質の配置を保つ母胎または鋳型としてはたらいているのである。
 ゼリーをつくるとき、ゼリーを流し込む型をみるだけで、どんなものができあがるのかがわかる。これと同様に、初期の段階でLフィールドを観察すれば、それが将来どのような「形態」または配列をかたちづくるのかわかるのである。たとえば、カエルの卵のLフィールドは形態形成を決定する 母胎であり、Lフィールドを電気的に調べれば、将来神経系が生じる場所などを知ることができる(七四~七五ページ参照)。
 Lフィールドを観察するためには、手短に言うと、特殊な電圧計と電極を用いる。これによってLフィールドのさまざまな場所の電位差または電位勾配を測定することができる。
 料理の話に戻ろう。くたびれたゼリーの型を使う場合なら、ゼリーに何らかのでこぼこができることが、あらかじめ予想される。これと同様に、くたびれたLフィールドの場合、異常な電圧パターンとしてあらわれ、ときには体の異変を前もって警告することが可能になる。
 たとえば、卵巣の悪性腫瘍などは、いかなる臨床的兆候が観察されるより以前にLフィールド測定によって発見されてきている。だから、がんの早期発見にも役立ち、治療を成功させるチャンスがそれだけ増えるわけである(第3章5〔六三~六六ページ〕および第2部1のラングマン博士の論文「子宮がんの電気測定」〔一七一ページ〕参照)。
 大自然は無限に多様な動電気の「ゼリーの型」を内包しており、それによって、この惑星上の数え切れない種類の生命形態を形成している。Lフィールドは人類だけでなく、動植物、種子、卵、それに粘菌のような、もっとも下等な生命においても計測されている。
 樹木は動かず、寿命が長く、長期間電極を付けっぱなしにできるので、Lフィールドについて他の生物では得がたい情報がとれる。コネティカット州で、ニューヘヴンにあるカエデの木とオールドライムにあるニレの木に長年にわたって電圧計を装着して記録をとったことがある。人間の男女では、こんなことはもちろんできっこない。
 その結果、樹木のLフィールドは、昼夜のサイクルだけでなく、月や磁気嵐や太陽黒点の周期に伴って変動していることがわかった(第6章2〔一二〇~一二三ページ〕および第2部3のマークソン氏の論文「環境が植物電位に及ぼす影響」〔二〇四ページ〕参照)。
 このように地球外の力が比~~較的シンプルな樹木のLフィールドに影響を及ぼすのなら、より複雑な人間のLフィールドはもっと大きく影響されるにちがいないと当然考えられる。事実、そういう証拠があるのだ。
 コネティカット州のたくましい樹木たちのおかげで、哲学者たちが何世紀にもわたって議論し、現代人の多くも切望している問いに対する答えを解く鍵がここに得られた。この惑星の生命は宇宙と無関係なのではなく、その一部なのであり、広大な空間の彼方から及ぶ抗しがたい宇宙の力に敏感に反応していることがわかったのだ。





すべての生命を優しく包み込む地球の生命場?



意識、心、精神とは

2014-02-11 11:27:47 | Weblog
音楽体験は意識の場の運動である。

意識の場は無数の言霊(生命波動エネルギー)の集合体である。

音楽によって脳神経に電気パルスが生じると

意識の場が振動し、ダイナミックな場の運動が生じる。

意識の場の振動が心と言えるだろう。

心が動くとは場が強く振動するということである。

音楽によって意識の場は秩序だった運動をし、複雑な構造物を発生させる。

精神とは意識の場の振動が作り出す複雑な構造物と言えるだろう。

人によって脳神経活動に対する意識の場の感度が異なる。

言霊によって構成される意識の場の構成要素は、電子、光子、重力子などが考えられる。

意識の場は学習と経験によって、より複雑な構造に進化し体系化されていく。

意識の場の振動エネルギーは、波動として外部空間に伝わっていく。





まとめ


意識は無数の言霊の集合体であり、意識の場の振動が心である。


精神とは、意識の場の振動が作り出す複雑な構造物である。






時空の場の記憶

2014-02-08 15:01:22 | Weblog
過去の出来事は時空に刻まれ、意識の共鳴によってそのエネルギー情報を引き出すことができる。

この能力が高いのは芸術家である。



過去の歴史は、時空の場にエネルギー振動として刻まれ、そのエネルギーは現代に流出し

われわれの精神に何らかの影響を及ぼしているのではないだろうか。

世界の2つの側面

2014-02-07 13:55:09 | Weblog
http://www.flow-stock.com/kenjya/kenjyasimikusekaino2tunosokumen.html


「私たちが『世界(世の中全体)』と認識しているものは
性質の異なる2つの側面から成り立っている」

古代より、多くの賢者が同じような指摘を行っています。


1つは、流れを持ち、変化を生じ、相対的な理によって成り立っている側面。

そしてもう1つは、蓄積し、安定し、絶対的な理によって成り立っている側面。


仮に前者を「フロー(流れ)の側面」、後者を「ストック(蓄積)の側面」と呼ぶことにします。


この2つの側面に気づいた賢者たちは、様々な名称を用い
世界(世の中全体)というものの2つの側面の概念化を試みてきました。


例えばこんな風に。



フローの側面  ストックの側面
相対界 絶対界
有の世界 無の世界
この世 あの世
変化の世界 安定の世界
我(アートマン) 梵(ブラフマン)
明在系 暗在系
イデアの影 イデア
実時間 虚時間
名のある領域 名の無い領域



私たちが今生活し、「現実」と認識しているものはフローの側面。
無常なる変化の側面です。

そしてそれとは別の目に見えない世界(ストックの側面)について、
非常に多くの賢者がその存在を指摘しています。


また、この2つはそれぞれ別々のものではなく、
1つの世界を成り立たせている相互に関連しあう異なる側面なのだと、
多くの賢者たちはその特性を説いています。


フローの側面の基本的な特性は「変化」です。
その変化によって次々と新しい情報が生まれていきます。

それらの情報は、ストックの側面にすべて蓄積されていきます。
ストックの側面に蓄積された情報の一部は、フローの側面にフィードバックされ
フローの側面を動かす原資(源)となっていくのです。




焦点があたるものを創造する

2014-02-06 17:17:22 | Weblog
http://www.flow-stock.com/kenjya/kenjyasimikuhousokusyoutennsouzou.html



創造の力は、私たち誰もが持つ偉大な力です。


私たちが絵を描いたり何かを組み立てるといったことは、
この創造の力の発揮によるものです。


私たちが創造というものをイメージするとき、
手や体を使って何かを実際に作り上げる場面を想像します。

しかしそれは、創造の一面にしかすぎません。
創造のもう一つの面は、明確なビジョン(心象・結果に関する想念)を描くことです。


例えば絵を描くとき、描く前には必ず「このようなものを描こう」という
ビジョンを頭の中で思い描いています。

何か構造物を組み上げる際にも、まず頭の中でその組み立て方や
プロセスをイメージすることから始めます。



このビジョン(心象や結果に関する想念)は、創造をもたらす起爆剤のようなもので
創造の本質と言っても良いかも知れません。

なぜならこのビジョンの起爆によって、ビジョンで描いた求める結果に向け、
「創造の力」が動き始めるからです。



何か具体的なビジョンを描いたとき、そのビジョンを実現するための閃きを得たり
夢を見たり、人に出会ったりということを経験したことがあると思います。

それはビジョン実現に向けて、「創造の力」が動き始めている証です。


自分の中の潜在意識に刷り込まれた強い思いが、
過去の記憶から参考になりそうなヒントを探り出したり、無意識の行動に
かりたてているのかもしれません。

または、ビジョンを描くことでバイブレーションのパターンが変化し、
そのバイブレーションに同調した人や出来事が引き寄せられているのかも知れません。

もしかすると、ビジョンが世界のストックの側面にインプットされ、
それがフィードバックの流れに乗り、フローの側面に現れ出でたのかも知れません。


「創造の力」というものの解釈はいろいろ考えられると思います。


ここでしっかり認識したいのは、
ビジョン(心象や結果に関する想念)は創造の力を動かすという点。

そして、強い想念はビジョンとなり、好むと好まざるとに関わらず、
その結果を生み出すための動きを始めてしまうという点です。


怖ろしい出来事をビジョン(心象・結果に関する想念)として思い描けば、
創造の力はその出来事を生み出すために動き始めます。

もしその創造の力の動きを止めようと思うなら、(私達が無意識で行っているように)
そのビジョンを打ち消すようなビジョンを描くこと(創造すること)です。


私たちは創造の力をもち、焦点があたるものを創造するのです。