思想家ハラミッタの面白ブログ

主客合一の音楽体験をもとに世界を語ってます。

共鳴の法則

2013-07-31 13:36:48 | Weblog
この宇宙は二つの法則に支配されている。
一つは物質法則であり、もう一つは波動法則である。
波動法則は物質法則より高次の法則であり物質法則より精妙である。
特に心や生命現象には波動法則が深くかかわっている。

波動法則の代表が共鳴の法則である。

共鳴の法則とは 

共鳴するもの同士が引き寄せあい、まとまり、相互作用によって秩序と調和を作り出す。
ミクロな世界からマクロな宇宙まで、この法則によって秩序立てられている。

共鳴の法則によって、それぞれの波動が理想的な形で共存できるような、美しい動的秩序が作り出される。

理想的な形で共存するとは、

波動が互いに生かし合い、響き合い、高め合い、補い合うような形で共存すること。


生命場や精神場もこの法則に従いながら成長していくのではないだろうか。

生命が健康でいられるのも、この法則のおかげである。

体内の波動の共鳴バランスの崩れが,、病気をもたらすのではないだろうか。




対称性は共鳴の法則によって生み出される。

この世界は共鳴の法則が物質次元で反映されたものといえる。




自然界の絶妙なバランスは共鳴の法則で成り立っている。

それぞれの波動が理想的な形で共存できるような、秩序パターンは無数に存在し

これが多様性を生み出すのではないか。

名曲がたくさん存在するのも、このためだろう。

我々の住む物質世界はこの法則が不完全な形で現れた世界であり、

より高次の波動世界はもっと美しい世界だろう。

芸術家は波動世界と共鳴して芸術作品を生み出している場合もあるだろう。





優れた芸術作品はこの法則を具現化したものといえる。

和音が美しいのは、それぞれの音が互いに生かし合い、
理想的な形で共存できるような美しい秩序が作り出されているから。

生命の形についても同様である。

美しい花の形も、目に見えない波動が理想的な形で共存しようとした結果の産物である。

花の形の多様性は、理想的な共鳴パターンが複数存在することを意味する。

色についても同じことが言えるだろう。

美しい色とは、共鳴によって複数の波動が互いに共存し、生かしあっている状態であり
汚い色とは互いに邪魔し合っている状態である。

美は宇宙法則の現れである。

宇宙法則を理解できるのは高い美意識を持つ人類だけである。

共鳴の法則は共存共栄の法則でもある。



この宇宙はミクロからマクロまで、耳には聞こえない美しい共鳴和音が鳴り響いているのだ。



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神の意志、宇宙の意志

2013-07-26 08:49:28 | Weblog
神の意志、宇宙の意志は霊的進化した人間の意識を通じて発現する。

人類が生まれた理由は、神の意志が発現した人間を利用して

宇宙を進化させるためかもしれない。
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宇宙自我

2013-07-25 18:03:46 | Weblog
自我意識を持った人間の意識が拡大し宇宙と融合することは

宇宙が自我意識を持つことと同じことを意味するのではないだろうか。

宇宙が自我意識を持つために人類を生み出した可能性もあるだろう。
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悟りとは

2013-07-25 13:43:50 | Weblog
悟りは山登りに例えることができる。
普通の山登りと違うのは、登れば登るほど
隠れていた自己が顕在化していくことである。頂上から見下ろす山全体が、
隠れていた自分自身なのだ。それは宇宙とつながり神(宇宙の摂理)の一部である。
我とは神の一部が脳を介して、自己意識を持ったものだったのだ。

自我意識を持たない神が自我意識を持つために、人間という神の分身を作ったのかもしれない。
そうだとすれば人間は霊的進化によって、いづれは神の意識を持つようになるだろう。
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シルバーバーチと千乃正法の比較  善について

2013-07-05 10:48:28 | Weblog
シルバーバーチ


•人間の誰もが持っている善悪の判断装置=良心・道義心
…自分の思考と行動を監視する絶対誤ることのない装置
•真の自我は良心の声がわかっている

*地上で生活している私たちは、住む国によってあるいは地域によって、会社や学校などの集団によって様々なルールがあります。全体としてうまく運んでいくために、個々の勝手な行動が規制されているわけです。そうしたルールが守られれば、その集団は安定します。ところがそのルールを守らず身勝手な事をするものが現れると、全体の調和が乱れ、皆が不快な思いをすることになります。神の摂理はそれ以上に大きく広い世界を支配しているルールです。国も民族も宗教も関係ない普遍的なルールです。そして人間はその摂理に合わせれば霊的成長する道へ、摂理に背けば霊的成長を阻害する道へと進むことになります。その時に働くのがこの善悪の判断モニター(良心・道義心)です。

私たち人間には、必ずこの善悪の判断モニターが備わっています。神の分霊として生まれてきた私たち人間は、神の望まれる霊的成長の方向、つまり善の方向を志向するようにできています。それに背こうとすると嫌な感じがしたり躊躇したり、疑念が湧いてきたりしてきます。ところが肉体を持っているがゆえの本能的な思い、利己的な思いがあるためにその良心が知らせてくれる信号を素直に受けとめず、何とか理屈をつけて自分の都合のいいように解釈してしまうのです。ここでも地上ならではの様々な葛藤があるわけです。とはいえ、間違った選択をすれば間違った選択に対する答えが出るのが摂理です。要は「カルマ」をつくるということです。そして私たちは否応なくカルマを清算する方向へ歩み出さなくてはならなくなるのです。本当に神の造られた摂理はすごいですね。

http://www.asahi-net.or.jp/~ey9h-tngc/gakusyu/gakusyu2013.html





千乃正法


まず善我というのは、善なるものについて深く追求し、偽らざる善の心を披瀝することを理想とする生活態度をいいます。自然であるがままの気取らぬ自己を感じ取ることに始まり、偽らざる自己であり、また他と全面的に協調し調和する心に終わるということ。
すなわち善なる心という安定した曇のない良心に支えられ、何ら心を乱すものなく、流動的でいかなる人にもその心情を等しくあわせてゆくことができる水の流れにも似た心であり、少しも偏ることも、ゆがむこともない。真理を常に求めて真理を学ぶことに喜びを見出す心の余裕を持つことのできる精神のあり方なのです。正しきを喜び、自己の過ちを認め、悪びれず、素直に正していくことの出来る柔軟な心構えなのです。

調和のとれた永続性を持つ自然環境は決してその中に余分な偏りすぎた要素を含みません。
このように全てにおいて調和と過度に過ぎぬこと。つまり中庸が自然と宇宙の法則であり、ひいてはその宇宙に含まれる有機物、無機物、そして生態の法則でなければならず、またそうすることを余儀なくされてきたのです。
これを広義における善といい、人間に当てはめると同じような自然の法則に心身を従わせることになります。 
己の節制を図り心のあり方を律すること。
それが大自然の中の一環である人類の為すべき務めでありまた責任でもあるのです。

http://www.lr-p.com/pdf/e_7.pdf





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シルバーバーチと千乃正法の比較  贖罪について

2013-07-04 15:52:38 | Weblog
シルバーバーチ


●罪の償いについて
•キリスト教の贖罪説(イエスを信じることで罪が許され救われる) → 間違い
•自分で作った罪は自分で償う(自己責任の法則・償いの法則)
•罪の告白は正しい方向への第一歩に過ぎない

*キリスト教では、どんな悪事を働いてきた人でも、イエスを信じることでその罪は許され救われるとされます。これがいわゆる「贖罪説」というものです。シルバーバーチはその人がいくら改心しても、これまでになしてきた悪行は消えない、作り上げた罪は自分自身で償わなければならない、それが摂理であると説きます。キリスト教の牧師はそれでも、愛の宗教としてのキリスト教の教義の正当性をなんとしても認めてもらいたいと、シルバーバーチに必死に食い下がります。しかし、神の摂理を説くシルバーバーチは一歩も譲りません。スピリチュアリズムを推進する高級霊の貫禄がよくわかるところです。罪の告白も心からの後悔・改心も「正しい方向への第一歩に過ぎない」という摂理に則った厳しい事実を伝えています。もっとも、その摂理の働きは、私たちが正しい方向へ歩み始めれば必ず良い結果をもたらしてくれるようになっています。苦しみを味わい、罪を償うことで、最終的には霊的成長の道をちゃんと歩めるよう、微に入り細に入り摂理の隅々にまで神の愛と配慮が施されているのです。

http://www.asahi-net.or.jp/~ey9h-tngc/gakusyu/gakusyu2010.html




千乃正法

天上界メッセージ集(III)

もはやキリスト教の歴史は贖罪の意味さえ伴わない流血の歴史と化し、イスラム教の歴史は戦いの歴史としてしか存在しなくなりました。イエス様の十字架の贖罪がある限り、それを信じる者を狂気の道から呼び戻し、私たち天が説く、良識的で正しい人生を歩ませるのは、不可能に近くなったのです。

http://www.lr-p.com/pdf/e_9.pdf
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シルバーバーチと千乃正法の比較 キリストと霊力 

2013-07-03 13:48:59 | Weblog

シルバーバーチ

霊力を過去のものとして考えるのは止めにしないといけません。ナザレのイエスを通して働いた霊力は今なお働いているのです。あの時代のユダヤの聖職者たちは、イエスを通して働いている霊力は悪魔の力であるとして取り合いませんでしたが、今日の聖職者たちもスピリチュアリズムでいう霊力を同じ理由で拒絶します。しかし、地上界も進歩したようです。その霊力を駆使する者を十字架にかけることはしなくなりました。

イエスが放った光輝は、あの時代だけで消えたのではありません。今なお輝き続けております。そのイエスは今どこにいると思われますか。イエスの物語はエルサレムで終わったとでも思っておられるのでしょうか。今なお苦悩と混乱と悲劇の絶えない地上界を後にして天上界で賛美歌三昧に耽っているとでもお思いですか。

私たち霊界の者からの働きかけを信じず悪魔のささやきかけであると決めつけているキリスト教の聖職者たちは、その昔ナザレのイエスに同じ非難のつぶてを浴びせたユダヤ教の聖職者たちと同列です。イエスは私たちと同じ大霊の霊力を携えて地上界へ降誕し、同じ奇跡的現象を起こして見せ、同じようなメッセージを届けました。即ち、喪の悲しみに暮れる人々を慰め、病める人々を癒し、暗闇に閉ざされた人々に光をもたらし、人生に疲れた人々には生きる勇気を与え、何も知らずにいる人々には霊的知識を授けてあげなさい、と。




千乃正法

奇跡についてお話ししましょう。
たとえば超能力のある者がおり、病を癒し、物品を移動させ、数々の不思議な現象を見せるとしましょう。
あなたはその者についてどう思いますか。神のような人だと感嘆しますか。
また、非常によく当たる予言をするものがいたとしましょう。あなたはそのものに従いますか。
これぞ神の奇跡だと感じますか。もしあなたがそう思うなら自分に問い返してください。
病が癒えたなら、それまでの自分の苦しみや悩みがなくなったか、物品移動を見て過剰な欲求が解消されたか、予言が当たって予言を聞くのと聞かぬのでは違いがあったか。
今はわからずとも数か月、数年先には、真に道を求める者には気づくでしょう。
否、と。それでは神の奇跡とは言えません。神の奇跡とは救いを含みます。
救いとは迷わなくなること、諸問題の解答を自己で見つけうることを意味します。
愛と正義と信義の確立です。
そして汚だくと混迷の中にあり迫害と敵視の中で義をとおす者、愛を貫く者のことを神の奇跡というのです。たとえ山を動かす超能力があろうと、人を救えなければ何になるでしょう。
山はいつか自然に崩れていくのです。人ひとり救うのは超能力でもなんでもない愛と義なのです。
たとえ山を動かした者として史上に残ろうと、後世にはせいぜい幻のような夢を残す程度ですが、神の義をとおした者はイエスキリストのように人々に指針を与え続けるのです。
あの方は地上において病をいやした精霊の力で人々に救いを与えたのではなく、生命をかけた流布活動に真価があったのです。その勇気を起こさしめたものが奇跡と呼ばれる神の光です。

http://www.lr-p.com/pdf/e_7.pdf












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シルバーバーチと千乃正法の比較  霊界の美しさ

2013-07-02 11:14:10 | Weblog
シルバーバーチ


あなた方はまだ霊の世界の本当の素晴らしさを知りません。肉体の牢獄から解放され、痛みも苦しみもない、行きたいと思えばどこへでも一瞬の間に行ける、考えたことがすぐに形をもって眼前に現れる、追求したいことに幾らでも専念できる、お金の心配がない……こうした世界は地上には譬えるものがないのです。その楽しさは、あなた方はまだ一度も味わったことがありません。

肉体に閉じこめられた者には、美しさの本当の姿を見ることができません。霊の世界の光、色彩、景色、樹木、小鳥、小川、渓流、山、花、こうしたものがどれほど美しいか、あなた方はご存じない。それでいてなお、死を恐れます。




千乃正法


 「天上界は人の心によって美しいところです。くもりない人々の集うところであれば、目のさめるような景色になります。高次に住む天使や如来もまた景色と同じく、浄化され、姿形を超えた美しさがあります。
 天上界の美しさは、長い年月と多くの労苦と厳しい修行の積み重なった姿です。やさしさは鋭さを含み、暖かみは批判眼を備えています。自己中心的ではなく、相手の成長と幸福を願っての姿なのです。これを愛といいます。特定の人や物にではなく、ありとあらゆるものへの尽きることなく、飽きることない献身としなければならぬことをわきまえた心です。
 天上界の人々は、特殊な能力を持って人の心を読み、導くのではありません。物事を見きわめる判断力に依るのです。もちろん、人の考えることは波動となって伝わりますが、その中に正邪を見つけるのはこの判断力なのです。判断力は死後、急に身につくものではありません。地上に生きている間に大方の可能性が決まるのです。
 魂の研磨は、自己の魂にのみ必要なのではなく、死後も天上界の一員として建設の為に働くのにも必要なのです。生命あるもの、存在するものとして生まれてきたからには、自分が生きるように同じく、他をも生かす手伝いをせねばなりません。
 天上界高次元の人々の姿形を超えた美しさとは、単に暖かさややさしさの現れでなく、正しさの姿なのです。この正しさとは愛、宇宙の法則を意味します。


http://www.lr-p.com/2_serumesu/2_tie.html
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シルバーバーチと千乃正法の比較  神とは

2013-07-01 18:15:40 | Weblog
シルバーバーチ

大霊とは宇宙の自然法則です。全生命――物質界のものと霊界のもの全て――の背後の創造的エネルギーです。完全なる愛であり、完全なる叡智です。それが全宇宙のすみずみまで行きわたっているのです。人間の知り得た限りの小さなものであろうと、まだ物質界には明かされていないものであろうと、同じです。

千乃正法 続天上界メッセージ集

一度あなた方が今の生活の視点から目を転じ、目を閉じてごらんなさい。母なる大地の鼓動が聞こえ、父なる法則性のリズムが聞こえるでしょう。それこそが神と呼ばれ、宇宙の法則と呼ばれ、私があなた方に伝えるところの、具体的な神と呼ばれるものなのです。
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シルバーバーチと千乃正法の比較 宗教の弊害

2013-07-01 16:50:54 | Weblog


シルバーバーチ


私たちが携わっている仕事には確固たる目的があります。意図があります。宇宙に絶対不変の摂理が存在することを証明するだけではありません。地上の人間に慰めを与え、霊的知識を広めるという目的もあるのです。物理的法則だけでなく霊的法則も存在することを証明してあげることも私たちの仕事の一環です。

その仕事の前途に立ちはだかるのは、誤った宗教的教義によって築かれた巨大な組織です。何世紀にもわたって続いてきたものを元に戻さなくてはなりません。誤った教義を土台として築かれた上部構造を取り壊さなくてはならないのです。

私たちは物質の世界の子等がいかにすれば伸び伸びと生きることが出来るか、いかにすれば霊的真理の光に浴することが出来るか、いかにすれば人間的産物である教義への隷属状態から脱け出せるかをお教えしようとしているところです。もとよりそれは容易な仕事ではありません。なぜなら、いったん宗教的束縛を受けるようになると、その迷信の厚い壁を真理の光が突き抜けるには、永い永い時間を要するからです。






千乃正法 天上界メッセージ集より

正法流布の目的は人々をして迷信から合理的思考へと導きだし、徹底的に霊の世界と三次元との関わり合いにおいて不明の点を明らかにし、私たち天上の者の知る限りの真実と真理を与え宗教という有名無実のかえって人々の魂の修行の妨げとなり、神についての知識を迷妄に導く宗派、団体を解散させこの世から去らせるものです。

僧職の解釈があるために、牧師の説教と独断的解釈があるために、どれだけ天上界と人々は遠きに隔てられ、理解を阻まれたことでしょう。世の中があらゆる分野において科学優先となり、人々の学習レベルが上がり、知的水準が高くなり、私たちの語るごく人間として当たり前であり、常識的に物事を見極めて行こうとする態度を理解してくださるまでに成長された、それが故の私たちの証です。


http://www.lr-p.com/pdf/e_7.pdf


















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