思想家ハラミッタの面白ブログ

主客合一の音楽体験をもとに世界を語ってます。

神は神的エネルギーの統一体

2014-05-20 09:34:37 | Weblog
神とは、多様化、進化、創造というベクトルを持つ、高い振動密度の神的エネルギーの統一体であり
人間の精神もこの一部である。

従って神は一つであると同時に無数に分割され得る。

水の流れのように分割と統合を繰り返すことが可能な存在だろう。

このエネルギーによって宇宙は進化していくのだ。





そして神自身も進化していく存在かもしれない。



神的エネルギーは共鳴によって統一力が働く。

生命や精神の自己組織化は、この統一力によって引き起こされるだろう。


物質は、神的エネルギーが相転移し、波動密度が下がったものである。

太陽は、神的エネルギーを宇宙の高次元から取り込み放出している。

そのエネルギーで地球が進化してきたのだ。


人格神は、宇宙の神的エネルギーと融合し一体となった魂である。

人間も意識の共鳴によって神と一体となることができる。


おすすめの曲

http://musicmaterial.jpn.org/new_music/being_blue_earth.htm
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太陽の神的エネルギー

2014-05-11 12:56:35 | Weblog
太陽の神的エネルギー

太陽は単に光の電磁エネルギーを放出しているだけでなく、秩序性の高い根源的な生命波動エネルギーを放出している。
このエネルギーが地球を活性化し秩序立てているのだ。
人間の精神活動もこのエネルギーによって励起され秩序化されていく。
古代の人間は直感的にそれを感じとって太陽を信仰の対象にしたのだろう。
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創造主 の呼び名

2014-05-05 22:38:58 | Weblog
http://www.meshiya-hirakata.com/index.php?%E7%A5%9E%E3%81%AE%E5%91%BC%E3%81%B3%E5%90%8D
より抜粋


ここでいう『神』とは、創造主、です。

 様々な世界の宗教で呼び名が変わっています。






 日本では天之御中主神(あめの みなかぬし のかみ)ですが、

 これは古事記などからきている神名です。
 
 書物ではなく、神からの直接啓示を受けた聖人や、宗教教祖は、

 創造主とは、『主神』 『主之大神』 『主之大御神』と知らされています。


 世界では、『エホバ』 『天の父』などと呼ばれています。

 世界の終末において、『メシヤ』 『キリスト』が降臨するといわれていますが、

 「主神が救いの働きをするときの御神名」と知らされています。

 『メシヤ』と唱えると、主神様が救いの御働き専門になられます。

 神は、御神名(言霊)によって御働きが変わる、とされています。

 家内、お母さん、などご本人は同じでも、呼び名が違うような感じです。







 

 なお、唯物的には、『宇宙潜在エネルギー』 『無の次元』などと言うことがあります。








神々の種類




 なお、神様は、神様の世界があって、神界といいますが、

 そこに神々がおられ、様々な特性や力、光、位をもっておられます。





 【最奥神界】

 主神様(メシヤ様)・・・一番上で御一柱のみ

 ※ みろく大御神様、伊都能売(いづのめ)大御神様、
   は主神様の代理神・表現神となります。



 【第一天国】

 一流の神様(天照皇大御神様など)・・・さらに上の20層



 【第二天国】=仏界の最高に相当

 二流の神様・・・さらに上の20層

 ※ 生まれ変わって、神仏教などにおける聖人となったこともあります。
   一流の邪神によって、この層の大半は邪神界に落ちていました。


 【第三天国】

 神格者(人魂が行ける最高)・・・20層

 ※ 仏教などにおける聖人、上魂者

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太陽系霊団

2014-05-05 18:04:35 | Weblog
機関紙「GLA」1976年7月号より引用

引用開始
≪ 太陽系霊団の系図 明かされた高次元世界の仕組み

 高橋信次先生の霊的(または心のひろがり)ご自覚によって、高次元の仕組みが
いっそう明らかにされました。これは、さきの関西本部白浜研修会、そして東京本部
主催の青年部研修会で、明確にされたものです。
 しかし、この発表によって、一部に動揺を与えたことも事実のようです。先生の
お口を通して、これまで主として仏教的立場による正法神理が説かれてきたからで
ありましょう。
 しかしながら、神理は万人共通であり、仏教もキリスト教も、ユダヤ教も回教も、
その根源はみな同じであり、また同じでなければ正法ではないといえるでしょう。
そのため、いずれは、信次先生のお口から、立場をかえた視野から、神理がお説きに
なられることがあろうと、関係者の間で、すでに予想されていたのであります。
 研修会のご発表はまさしくそれでありまして、そして、近いうちに、『新・復活』
-よみがえる聖書の原点-と題してご著書が刊行され、こと細かに、その全貌が明ら
かにされます。これによって、神理は一つであり、人類はみな兄弟であるという正法
の全体像が浮き彫りにされてくるでしょう。
 こういうことで、仏教的立場のみに固執せず、大宇宙のなかの人類的視野から、
正法神理の全体像を把握され、心の大いなる糧として前進されることが、強く望まれ
ます。
 さて、『新・復活』の著書が一般に公開される前に、信次先生より太陽系霊団の
高次元の系図が本誌を通して公表されました。会員諸賢は、それをご覧になって高次元
の仕組みがとのように成り立っているのかを、つぶさにご理解願えることと確信いた
します。

 図(18頁)にありますように、太陽系霊団は、大宇宙大神霊の神の光(太い黄金
色の霊子線)が、エル・ランティーという人格を持たれた方を中心として成り立って
います。エル・ランティーは客観的には霊太陽として、地上にあっては万生万物を生
かす中天に輝く太陽のようなエネルギーの塊りであります。そうして次元的にはそれ
は宇宙界に位置され、人類の目から見れば、太陽のような存在なので、太陽界にある
ともいわれます。もちろん太陽界は如来界の上段階を指し、この界はミカエル天使長
の役割の場でもあります。

 ともあれ、真のメシヤ(救世主)エル・ランティーを中心として、光の直系の方々
によって高次元世界が成り立っています。
 光の直系は力の直系ともいわれ、エル・ランティーの下に七大天使が配置されて
います。つまり、エル・ランティーの光がプリズムを通すと七色の光に変化します。
七大天使とは、その七色の光が、それぞれの人格を持たれた姿であります。ちょうど、
太陽の光を分光すると七色に変化するのと同じです。
 その七大天使の長が、七色の翼を持つ大天使、ミカエルといわれる方です。ミカ
エル天使長は、如来界と宇宙界をつなぐ光の直系であり、真のメシヤの助力者でも
あります。翼は自由の象徴として、エル・ランティーより与えられたものです。
 そして、ミカエル天使長の下に、六人の大天使が配置され如来界の大指導霊の役
を果しています。
 すなわち、六人の筆頭に、ガブリ・エルがおられます。ガブリ・エルは大天使は、
ミカエル天使長、イエス、ブッタ、モーゼのお三方に報告するための通信・伝達の
業務を担当されています。
 次いでウリ・エル大天使は、政治、経済、自治を、サリ・エル大天使は医学、薬学、
ラグ・エル大天使は律法、パヌ・エル大天使は科学全般、ラファ・エル大天使は、
芸術・文学・歴史を担当されています。
 こうした大指導霊は、いわゆる、あの世、この世を通して、エル・ランティーの力
の直系として、人々を導き、魂の進化に力をつくされているわけです。

 大天使の側面からの助力者として、ガブリ・エルの下に、セラ・ビム(水)(菩薩)、
ケル・ビム(火)(諸天善神)の光の天使が、それぞれ数百名ずつ配置されています。
それらの天使は光の助力者として、または、動・植・鉱物などの動物霊、自然霊、を
含めて、地上の調和の役を担っています。
 アラーを信奉したマホメットは、ガブリ・エルの直接指導をうけ、さまざまな奇跡
を現わしましたが、アラーはエル・ランティーの当時の別名です。したがって、回教
の神はエル・ランティーであります。ただ、マホメットの器に問題があって、平和と
剣を両立させたところに、正法からみると回教の異教性がみられるわけです。
 次に、エル・ランティーの光の分霊として、イエス、ブッタ、モーゼのお三方が、
おいでになります。
 イエス様は、エル・ランティーを指して、エホバと呼び、アガシャー系を形作って
います。ブッタは、ブラフマンと呼び、カンターレ系をつくっており、モーゼ様は、
ヤハウェーと呼び、モーゼ系をつくっています。
 地上人類は、この三つの系列のどれかに属し、イエス、ブッタ、モーゼを頂点に、
ピラミッド型を示し、末広がりになっています。しかし各人の霊子線は、すべて神
の光に直結しているので、霊的には七大天使を通してつながるわけです。
 現代文化の源流は現証(モーゼ)、理証(イエス)、文証(ブッタ)による正法
の確立にありました。しかし、このお三方の背後には、エル・ランティーの光が
あって、これなくして、ユダヤ教、キリスト教、仏教は実現し得なかったといえる
でしょう。
 いずれにせよ、高次元の世界は、概略、以上のような光の直系、分霊という形で
組み立てられ、運営されています。それは地球という場が完成される以前から、
神の経綸のなかに計画され、つくられていたわけです。
 高橋信次先生の高次元の名を、エル・ランティーと呼び、この名を知る者は、
高次元の世界でもほんのわずかの人びとであります。

 正法は中道を軸に、慈悲と愛の調和のリズムによって生きているものであり、この
神理は、大宇宙が存在し、人間が生存するかぎり、永遠にして変わることなき不変的
なものであります。
 仏教にこだわらず、真のメシヤの復活を前に、われらは、その信ずる法と神の光を
いただき、宇宙的視野に立って、たがいに励まし、助け合い、ユートピアをめざして、
前進しなければなりません。それは、畢竟、自分自身の問題でもあるからです。
 信ずる信じないにかかわらず、時とともに、その真実の全貌が明らかになってくる
でしょう。

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エーテル体とアストラル体

2014-05-05 13:44:41 | Weblog
エーテル体とアストラル体

エーテル体、アストラル体のイメージエーテル体、アストラル体ともに霊的質料をあらわす言葉です。
エーテル体(幽体)とは人間の霊体を形成する粒子の中で一番レベルの低いもので、肉体と不可分に密着しており、肉体が生存・活動していく際にその機能のバランスを保ったり、宇宙エネルギー(気・プラーナ)を体内へ取り込むチャンネルとなったりするなどの役割を果たしています。霊眼では多色の発光体としても見ることができ、一般に言われるオーラはこのエーテル体のことを指しています。
人間が死を迎えるとエーテル体も自動的に消滅しますが、通常60日前後は残存し続け、その間、人は物質界と幽界のはざまで崩壊していくエーテル体をまとった中間的な霊体(幽霊)として存在することになります。その間は生前に自分がいた物質界に半ば足を突っ込んだ形で留まるため、ときにはそこへ関与して物理現象を引き起こすことも可能です。幽霊の目撃やポルターガイストなどの心霊現象が起きるのは多くの場合、こうした期間にいるエーテル体霊の仕業です。
なお仏教ではエーテル体の崩壊期間を「四十九日」と定めており、死去から49日目に法要を開いて成仏(幽界・霊界へ完全移行)したと見なします。

いっぽうアストラル体とは幽界および低~高位の霊界を構成している霊的粒子のエネルギーのことです。別名、星幽体とも呼ばれます。エーテル体の上からすっぽりと肉体を取り巻く形で存在しており、主に感情と欲望を司る質料とされています。人間が物質界の生を離れて幽界や霊界へと移行したとき、その肉体の外皮はこのアストラル体によって形成されることになります。

ちなみに古代秘教の集大成とも言える神智学の教典によれば、人間の身体は肉体・エーテル体・アストラル体(感情体)・メンタル体(精神体)・コーザル体(思考体)・ブッディ体・アートマ体・モナド体の八層から成っていると説かれています。このうち、エーテル体は肉体とほぼ重なって存在しており、アストラル体、メンタル体、コーザル体の各体はその上部に順次、層を形成して広がっています。一方、ブッディ体、アートマ体、モナド体は人間の真我(魂)を形成する質料であり、肉体の内部に眠っている状態で存在します。

霊能者が霊視を行う際に問題となるのは、人間の霊的質料のうちどのレベルのものを見ているのかということです。エーテル体(オーラ)のレベルしか見えない霊能者では、その人の感情や健康状態などはかろうじて分かりますが、深い部分での気持ちまで具体的に読み取ることはできません。人の気持ちや欲望・意欲を正確に読み取るにはアストラル体のレベルまで霊視することが必須となります。アストラル体が見えるということは、すなわち幽界や霊界の状況自体を読み取れるということでもあり、霊能者としての能力もそれだけ高いということです。
亡くなった人が幽界や霊界でどんな生活を送っているか、人の隠された気持ちとその具体的内容、前世や過去世の状況などを見ることができるのは、アストラル視力を有した霊能者に限られます。
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高橋信次が伝えた サタンからの通信

2014-05-05 11:47:28 | Weblog
サタンからの通信

黄金の翼を持った天使よ、
我は実存せる魔界の帝王なり。
我はそなたらの正法に阻まれず、我思うところに、我あり。
前途をはばむ者は、すべて抹殺せん。
そなたらの生命は、我が手にあり。
この地上界より抹殺せんことを、今、そなたらに通告する。
我がこの現象界において、そなたミカエルと戦いしとき、予期に反して敗北し、爾来
そなたへのうらみ、つのるばかり。
そなたが転生を繰り返し、エル・ランティーの命をうけ、この地上に生まれたる時は、
我はそなたに苦しみを与えん。
我らは、すべての時を超え、そなたらを、いつの日か暗黒の我らの世界へ誘わん。
暗黒は、我らが安住の世界にして、我が母なり。
人として地上に生まれたる者、弱きものなり。
我らの願いは、人の恐怖心なり。
恐怖は、己を忘れ、迷いを生むものなり。
我らの生命、そこにあり。人が墓穴を掘り、右往左往するとき、至上の喜び我を
つつむ。
暗黒の星、それは我なり。
すべての者、我が命(めい)に服せり。
我らは、所在なき、魔神なり。
暗黒に君臨せる偉大なるサタン、そは、我の名なり。
我が手下は多く、我にかしずく・
次元に左右されず、我らは、どこへなりとも姿を見せん。
地上界は、我の思うままの世界にして、人間は、我の下僕なり。
者に溺れ、金に迷い、情欲に流され、地位、名誉にとらわれる。
これこそ、我が意中にあって、我らの思うところなり。
我らの頭上に栄光あれ。
我らは、真の強者(つわもの)であり、力であり、力は常に、勝利する。
勝利のために、愛は無用なり。
慈悲を施す者は、反逆なり。
人に尽すは、小善なり。
我らは、思うままに、そなたらの心の中に忍び入り、我が思いを果たさん。
我らの体、動物より与えられ、ゆえに、強く、激しく、本能的に動くものなり。
真の強者は、情無用であり、獣の姿なり。
戦い、そして戦い抜いて、それに勝利したる者が真の王者であり、支配者なり。
反抗せる分子は、問答無用にして、抹殺すべきものなり・
我らの思想、赤い国に君臨せり。
我、思うままに支配せり。
そなたらの思うままに、我らはさせじ・
我は、真の帝王なればなり。
我らを憎み、我らをのけ者にし、我らをいみ嫌う、黄金に輝くそなたたちよ。
我らは、そなたたちと同じ意識を持つ者なり。
我らは、そなたたちと同じ、魔の使者なり。
我らの仲間、我らを含めて、七人の魔の使者あり。
しかし、我らの世界は、そなたらの世界の極に位置し、君臨する。
同じ型の、逆ピラミッドがその世界なり。
その頂点に我あり。
人は、魔の法に、魂を売り安し。
これ、すべて、魔神の大慈悲なればなり。
我らが正しきこと、いつの日か実証せるとき来たらん。
その時、そなたたらは驚き、仰天し、我らに服するものなり。
必ず、必ず、その時を得ん。
そのとき、そなたら、我の下僕とならん。

「サタンからの通信」にみるようにサタンは、私たちにこのように通告して来た。
しかし、おそれるものは何もない。なぜなら、心を常に調和させ、慈悲と愛の心で
行為するなら、彼らの忍び入る機会はないからである。法の前に、魔は跳梁する。
正しき法が地上に満つると、彼らの生活は断たれるからだ。
 ゆえに、法を求め、調和に心が向うとき、魔は手をかえ、品をかえて、人の心を
誘惑し、そして、脅迫しよう。
 誘惑と脅迫から自己を守るためには、大慈悲の神を信じ、愛の防壁によって道に
通ずるしか法のないことを知るべきである≫

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魂の消滅

2014-05-04 13:14:22 | Weblog
木花咲耶姫(このはなさくやひめ)様からの神示

2010年02月03日




【再掲】約束

今迷いし心あるなれば、宇宙の神秘を思えよ。
数知れぬ星の中の一つの星。
そこに人間として生きる事の不思議さに想いを馳せよ。
人間の人生は限りあり。
されど魂は永遠に続くものなり。
転生を繰り返し何度も生まれかわりし。
されば人間として肉体を持ち地上に生きる事の意味をあたら疎かにするべからず。
肉体ありて生まれしは修行の意味ありき。
神との約束事なりき。
神との約束事はすぐ忘れゆくが、魂にはしかと記憶されるものなり。
その声に従いて生きよ。
魂穢し、汚れゆくなれば神との約束一生思い出せず。
皆々この地上に生まれし事の神秘を思えよ。
さすれば神ありきこと、生かされている事に気付くなり。
肉体は借り物なり。
魂は何度も生まれ変わるものゆえ穢し、曇らせ、魂が消滅することなきよう大事に磨けよ。
立て替え立て直しの終わりし次の世に連れ行く魂、今は少なし。
一人でも多くの魂連れゆくこと神はひたすら願い、人の口を借り、手を借り、書物を通して神はこの時、人に伝えんとす。





ひふみともこ 著書 「神から人へ (上)」

http://plaza.rakuten.co.jp/poohsanmama/diary/201311280001/

最期の時に、人は、最期の悟りを与えられる。しかし、最期の時では既に遅し。

悟りを得ても、肉体は既になく、魂の消滅と共に、永遠の時の中から消え行くなり。

時は短し。与えられし時は短し。

いかなる努力も、神の御心に適わぬ努力、自らのみ役を担わぬ努力は、

ただ我欲からなされる行いにて、神は見捨てられよう。

そして、魂を消滅させられよう。






神々からのメッセージ 予言編 
新星出版   長田 明子 著


http://blogs.yahoo.co.jp/ryo_smileforme/12701681.html

これより生まれ変わりも許されることのない、人間、霊ありまする
宇宙より消滅する魂これより増えることとなりまする
生まれ変わりのない抹消、消滅の魂を選ぶか
それは一人一人の人間自らが選択することになりまする





天国の証

「第一章 ミカエルの章」より



「...そして来るべき新しき世紀とは、神の声を聞きながら、宗教を持たぬ、あるいは持っても、それは心の問題であり、一人一人が魂の内奥にある善我に呼応する神と結びつくものであることが望ましい、そのような世紀なのです。
 神と結びつく善我とは真に悔いなく働きかける心-すなわち憐れみをかけたいと願い、与えたいと願い、働きたいと願い、尽くしたいと願う-それが素直な心の動きでなければならないのです。自己を偽り、強制することは真の善我ではありません。なぜならば、強いられてする行いには、いつも後で不快な気持ち、疲労を覚えます。その行為に喜びと満足感がついて来なければ、それは善我ではなく、偽我なのです。神と結びつく善に苦しみや、悲しみや、功名心、見栄、虚栄は存在し得ません。もしそれらがあれば、それは偽善なのです。善に基づく自然な心の流れ、が第一です。...
 ....この最後の審判の時は、その悪の魂を消滅してゆく時でもあり、善なる心の人々が守りが豊かにあることを間もなく感じるようになるようなときなのです。
 願わくばこの最後の審判がいままでの乱れに乱れた末法の世に一つのピリオドを打つものとなり、新しき心と魂と世界が生まれるものであれと私達は祈っております。」








『マタイによる福音書』

体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。

むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。

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