思想家ハラミッタの面白ブログ

主客合一の音楽体験をもとに世界を語ってます。

●知のパラダイム変換のとき(EJ第368号)

2009-07-31 13:46:24 | Weblog
●知のパラダイム変換のとき(EJ第368号)
 なぜ複雑系の話をしているのかについてお話ししておく必要があると思います。それ
は、ひとことでいうと、複雑系のものの考え方が現在の世界、すなわち自然現象、生命
現象、社会現象について、一番よく説明できるような気がするからです。
 このことは逆にいうと、今までの科学や学問、常識的なものの考え方では、説明でき
ない現象が最近あまりにも多くなってきているからです。つまり、「知」というか「思
考」というか、ものの考え方のパラダイム変換がいま必要になってきているのです。そ
ういうわけで、もう少し複雑系にお付き合い願います。
 イリヤ・プリゴジンは、彼の散逸構造理論の中で、自己組織化が起こる条件というも
のを3つ上げています。
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       1.外部との開放性が確保されていること。
       2.非平衡な状態(非線形性)にあること。
       3.ポジティブフィードバックが存在する。
---------------------------------------
 第1の「外部との開放性が確保されていること」というのは、そのシステムの内部と
外部の間でエネルギーと物質の出入りがあるということを意味しています。システム内
で生成されたものを外部に放出できる存在であるということです。
 これは、生物そのものをあらわしているといえます。生物は食っちゃ出しを繰り返し
て生きているからです。そういう意味では生物は、開かれたシステムであるということ
ができます。
 第2の「非平衡な状態(非線形性)にあること」というのは、平衡状態ではないとい
う意味です。本来「平衡状態」というのは熱力学で使うことばですが、生物で平衡状態
というとそれは死んでいることを意味します。外に開かれていなければならないシステ
ムが閉じたシステムになってしまっているからです。「平衡状態ではない」とは、非線
形性であることを意味しています。
 第3の「ポジティブフィードバックが存在する」とは、ある化学反応が起こると、そ
れがますます加速されることをいうのですが、このことばは、例の収穫逓増(increasing return) の概念と同義語と考えてよいと思います。ポジティブ・フィードバック(positive feedback) は工学用語であるのに対して、収穫逓増は経済用語であるだけの話です。
 イリヤ・プリゴジンは、これらの自己組織化の条件に関連してもうひとつ重要なこと
を述べているのです。化学反応の内容なので、少し難しいですが、がまんして、読んで
いただきたいと思います。
---------------------------------------
      『平衡状態において、分子は隣の分子だけを見ているが、非平
      衡状態においては、分子は系全体を見ている。そして、非平衡
      状態において、これらの分子が「コヒーレンス」を起こしたと
      き、自己組織化が生ずる』。
---------------------------------------
 ここで注目するべきは、「コヒーレンス(coherence)」 なのです。プリゴジンは、
非平衡な状態における分子の動きを観察しているのですが、分子を「個」とし、系を
「システム全体」と考えると、上記のフレーズの意味は、次のように解読することがで
きます。
 システム全体に関する情報が、システム内部のすべての個に伝達され、共有化される
ことによって、個と個の間にコヒーレンスが生じやすい状態が生まれるといっているの
です。こういう状態になると、自己組織化が行われることになります。
 さて、「コヒーレンス」は、一般的に「干渉性」と訳されるのですが、田坂広志氏は
「コヒーレンス」をあえて「共鳴」と呼んでいます。つまり、情報共有が起こると個と
個が共鳴することにより、ポジティブ・フィードバックのプロセスが加速され、自己組
織化が生じやすくなるということになります。
 この考え方は、昨日お話しした「ミクロのゆらぎがマクロの大勢を支配する」という
ことばにも結びつきます。組織の構成員が「組織全体」の情報を共有して持つと、組織
を構成する個人の相互間に「共鳴」現象が生じ、組織が自己組織化して「進化」すると
いうことになります。こういう状態では個のゆらぎがマクロの大勢を支配するのです。
田坂氏は、「組織の総合力ということばがあるがそうではなく、それは組織の共鳴力なのである」と述べておられますが、何となく理解できるような気がします。
 現在、企業組織にはコンピュータが大量に導入され、情報共有が可能なインフラがで
きています。もし、情報共有がうまくいくと、自己組織化が起こり、企業自体が進化す
るのです。しかし、インフラはできたが、肝心の情報共有の方はさっぱりという企業が
ほとんどなのです。「どうして情報共有は進まないのか」という問題については改めて
取り上げますが、それは従来の企業文化が邪魔しているからです。
 日本の企業では、企業の進化という点においては、ソニーがそれに該当するのではな
いかと思います。それは先日テレビ朝日で放映された「サンデープロジェクト特別版」
を見てそう考えたのです。ソニーの社内での情報共有化の状態がどうであるかは知りま
せんが、最近のソニーは外から見ていると、明らかに自己組織化が起こり、企業が進化
しているように見えるからです。この点については、EJの読者の1人であるソニーの
向井氏にコメントをお願いしたいところです。向井氏によると、ソニーの出井社長は、
複雑系に強い関心をお持ちとのことです。
 現代の企業経営者に求められていることは、情報の共有と共鳴を利用した市場戦略を
展開することです。この情報の共有は企業内だけでなく、市場に向けても行われる必要
があります。
 消費者に対してどのような情報を公開し、どのレベルの情報を提供すべきかを真剣に
考える必要があるのです。逆にいうと、どのような情報を消費者と共有できれば、消費
者の共感と共鳴を形成できるかという一点にかかっていると思うのです。それには、マ
スメディアの戦略を経営者は重視するべきです。     ・・・[複雑系の話/02]

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複雑系

2009-07-30 14:14:13 | Weblog
●ミクロのゆらぎマクロ制す(EJ第367号)
 ここから4回は「複雑系」に関する話をします。これは、2000年4月25日から
28日までの4回にわたって連載したものであることをお断りしておきます。
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 今朝は複雑系の話です。
 「複雑化すると新しい性格を獲得する」ということばがあります。これをごく簡単に
説明すると、次のようになります。
A、B、Cというパーツがあって、これらのパーツが集まってそれに何らかの環境変
化がキッカケになり、Xというシステムになったと仮定します。この場合XはAでもB
でもCでもない性格を持っており、まさしく新しい性格を持っていることになります。
これはパーツA、B、Cが自己組織化して、Xという新しい性格を持つシステムを生み
出した現象と説明されます。今朝はこの「自己組織化」について考えることにします。
 人工生命の開発者であるラングトンがハンググライダーで事故を起こし、意識が戻っ
たとき最初に感じたのは、「以前の自分ではない」ということだったそうです。ところ
が、朝目が覚めるたびに少しずつ自分が戻ってきてやがてそれらの“自分”のパーツが
自己組織化して、自分を取り戻したといっていますが、自己組織化とはまさしくこのよ
うな現象をいうのです。
 この自己組織化の研究でノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジンという人がい
ます。彼は、次のような身近かな例で自己組織化を説明しています。
 鍋の底に水を張り、この鍋を底から加熱します。鍋の底面の温度が上がるにつれて、
最初は底面に細かな気泡がランダムにあらわれて、これらの気泡が成長していきます。
そして、水の温度がさらに上昇し、ある臨界温度に達すると、突如自己組織化が起こる
のです。すなわち、鍋の底面には、あたかも蜂の巣のような幾何学模様の秩序立った気
泡構造が生み出されるのです。これがわれわれが身近に見ることができる自己組織化現
象です。
 イリヤ・プリゴジンは、この自己組織化のプロセスが成立するための基本条件につい
て研究し、「散逸構造理論」をまとめ上げノーベル化学賞を受賞したのです。
 この自己組織化の生成プロセスは、化学の世界だけではなく、さまざまなところで見
られます。例えば、古典的な企業組織に電子メールシステムを導入し、情報の共有化を
はかることに成功すると、組織は自然に自己組織化をはじめ、組織がやがて大きく変質
してしまうことになります。
 この自己組織化に関連して、もうひとつ重要なことばがあります。「ミクロのゆらぎ
がマクロの大勢を支配する」ということばです。このことばは何を意味しているのでし
ょうか。
 イリヤ・プリゴジンは、彼の散逸構造理論において「平衡状態においては、マクロの
挙動がミクロの挙動を支配する」

と述べています。この「平衡状態」というのは、一定
の条件下における閉じたシステムにおける安定した状態を意味しています。
 しかし、閉じたシステムなどというもので現実の現象は説明できないのです。現実の
システムはつねに動いており、推移の途上にあるのです。これを「平衡状態」に対して
「非線形性」といいます。現実の現象はつねに「非線形性」なのです。
 この「非線形性」をよくあらわしているのが地球規模の大気の運動です。大気の運動
は天気予報の判断に使われるのですが、これは「非線形性」の強い現象なのです。天気
予報が正確に当らない原因もこの「非線形性」にあるといわれます。
 この大気の運動を数学モデルであらわすと、「非線形方程式」になります。この方程
式は、入力データをほんの少し変更するだけで、その計算結果は大きく違ったものにな
ります。大気の運動は、あるちょっとした局所的条件が違っただけで、その広域的挙動
は大きく違ってしまうのです。
 このことをさして「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークでハリケーンが生ずる」と
いう例えが使われるのですが、これが「ミクロのゆらぎがマクロの挙動を支配する」と
いうことばの意味なのです。宇宙、地球、自然、生命、社会、市場、企業などはいずれ
も非線形の性質を持っており、「ミクロのゆらぎがマクロの挙動を支配する」という現
象はよく観察されるのです。
 『第3の波』のアルビン・トフラーは、『戦争と平和』という本の中で、次のような
意味深長なことを述べています。
--------------------------------------- 『システムが「まったくバランスを欠いている」場合には、通
      常の法則を破る奇妙な動き方をする、ということだ。そんな時
      システムの動きは非線形的なものになる。つまり、些細な原因
      が、巨大な結果を引き起こすこともあるのだ。遠い国で起きた
      「些細」な戦争が、予測しがたい出来事に何度もぶつかってい
      くうちに、雪だるま式に大きくなり、しまいには大戦争に発展
      することだって考えられるのである』。(アルビン・トフラー
      著、徳山二郎訳『戦争と平和』フジテレビ出版)
---------------------------------------
 このあとトフラーは「世界システムはプリゴジン的性格を帯びつつある」といってい
るのです。これは、世界のほんの片隅で起こった民族紛争によってさえそれが大戦争に
発展し、世界平和が崩壊する恐れがあるということを述べているのです。
 これは、システム内のわずかな「ゆらぎ」がシステム全体の大きな変化に発展するこ
とを示唆しています。ここで、大きな変化とは、新しい構造変化への進化もあるし、シ
ステム全体の突然の崩壊も意味しているのです。
 米国の一人のアントレプレナーであるビル・ゲイツという青年が起こした創意と情熱
が、世界全体を巻き込むウインドウズブームに発展したのも、ミクロのゆらぎがシステ
ム全体の大勢を支配する現象といえると思います。
 さて、ここでいう「ゆらぎ」は人間の脈拍にもあります。それは健康な人ほど多く、
心臓疾患を持っている人ほど少ないといわれます。また、起きているときよりも眠って
いるときの方がゆらぎは大きいこともわかっているのです。
 実は、この「ゆらぎ」だけで何冊も単行本が出ているのです。最近出版された一冊を
添付ファイルでお見せしておきます。         ・・・[複雑系の話/01]


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朝鮮人の反日が永久に終わらない理由より

2009-07-29 18:28:24 | Weblog
朝鮮人の反日が永久に終わらない理由


私はこの3年間ほどenjoy koreaという日本人と韓国人が相互翻訳で討論するサイトに、ほぼ毎日アクセスしてきた。
 だから、現在の平均的朝鮮人の対日感情と歴史認識については誰よりも分かっているという自負がある。

結論から先に言えば、朝鮮人は2つの歴史的妄想の上に立って「自我の安定」を保っている。
彼らはこのように思っているのだ。
「古代日本は朝鮮が支配して最新文化を伝え、天皇も朝鮮人だった。にもかかわらず、近代になって日本は
武力で朝鮮を植民地にして歴史上類を見ない過酷な弾圧をした。だから、日本は古代史に関しては朝鮮を尊敬
すべきであり、近代史においては朝鮮に謝罪すべきである」というものである。

もしこの二つの妄想が崩れたらどうなるだろう。古代から朝鮮は日本の属国だったし、近代における韓国併合
は土人なみの朝鮮人を近代化するための救済合併だった、と知ったとき、朝鮮人は「口から泡を吹いて卒倒
する」と言っても過言ではない。
 喩えて言えば、非常に見栄っ張りで家系を誇る人物がいるとする。その人物に「あなたのお母さんは売春婦
だったし、明治時代の戸籍には新平民(江戸時代はエタ・非人だったということ)と書かれている」
と言って、その証拠を示したとしよう。彼は、気が狂うか、自殺するか、そう言ってきた人物を殺して
嘘をつき続けるだろう。
 朝鮮人はまさに、自分の屈辱的な過去を直視することができないために永久に嘘をつき続けねばならない
民族なのである。


                         韓国併合の真実

一つずつ検証していこう。少なくとも、enjoy koreaの議論の中では、近代において日本が武力で朝鮮を植民地とし、過酷な略奪を行った、という妄想は日本人に徹底的に論破され、さすがの韓国人も口に出さなくなっている(但し、韓国の国定教科書ではそのように教えられているので一般の韓国人はこの捏造の歴史を信じ込んでいる)。
 韓国併合がどういうものだったかについては、このHPの「井筒和幸よ、本名を名乗れ」の中にすでに記しているので、その文章から引用することとする。

(以下引用文)
李氏朝鮮は一部の特権階級(両班)が90%以上の国民を「奴隷」として搾取していた蛮族国家だった。その結果、韓国併合前の朝鮮は世界の最貧国であり、政治的にも経済的にも完全に行き詰まり、中国に事大する一方で、実質的にはロシアが支配していた。
 そこで朝鮮最大の政治団体「一進会」を中心に「韓国併合論」が生まれ、時の総理大臣・李完用が「自ら」日本に併合されることを望んだのである。一つ資料を提示する。

朝鮮時代、全権大使としてアメリカに渡った李成玉が各民族に接してみると、朝鮮人は米国人に軽蔑されているインディアンより劣り、その他メキシコ、インドなどの民族より劣っていることを知り、衝撃を受け、次のように述べている。「現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面をもつことはできない。亡国は必死である。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。日本は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして、日本人は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外に我が朝鮮民族が豚の境涯から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。日韓併合が問題になるのは、変な話だ。我輩の併合観は欧米人の朝鮮人観を基に考察したのだ。」                         朝鮮全権大使 李成玉 「李完用侯の心事と日韓和合」

 一方、日本は朝鮮に対して領土的野心はなかった。より正確に言えば、賛否両論があった。陸奥宗光などは「朝鮮などロシアにくれてやればいい」と公言していたし、経済学者・財界人の中にも「朝鮮は日本と比べて1000年は遅れている。そんな国家を日本並みに近代化するのは税金の無駄遣いだ」という主張もあった。伊藤博文もまた、朝鮮併合に関しては消極論者だったのだが(伊藤は朝鮮が自力で独立国家になることを期待していた)、愚かなことにその伊藤を安重根という朝鮮人が殺してしまったために、防波堤がなくなり、朝
鮮の申し出もあって、韓国併合に至ったのだ。(安重根は今でも朝鮮の英雄だが、客観的に見れば、敵を誤った愚か者である)
 併合に当たっては日本は莫大な税金を投入し(現在に直すと16兆円になる)、インフラを整え、教育を施し、文盲ばかりの朝鮮人にハングル文字を教え、土人なみの国民を日本人と同等なレベルまで引き上げようとした。その結果、日本統治時代に韓国の人口は2倍になり、また平均寿命も2倍になったのだった。
(以上、引用終わり)


上記の通りである。略奪も何も、当時の朝鮮にはろくな資源はなく、日本人は禿山に植林することから始めて朝鮮を近代化したのである。また驚くべきことに朝鮮にはこのときまで紙幣が流通しておらず、「現代的貨幣制度」が確立されたのも伊藤博文が朝鮮総督時代だったのである。
 こういう事実がありながら「植民地支配に謝罪せよ、弁償せよ」と言って1965年の日韓基本条約で当時の韓国国家予算の2・5倍もの経済援助金を受け取り、その上にこの条約の存在を昨年まで国民に隠し続けていたのが韓国政府なのである。

この「捏造の韓国併合の真実」は、幸いなことに時代が新しいために日本の統治の実際を知る韓国人が生きており、韓国人自身による証言(「日韓併合 韓民族を救った日帝36年の真実」チェ・ケイホ著、祥伝社、平成16年初版)などがあるので比較的真実が突き止めやすい(とは言っても、韓国は今年に入って親日派の摘発と財産の没収を決議したので、このような書籍が韓国で出版される可能性はまずない)。

一方、古代史に関しては、驚くべきことに韓国最古の文献は12世紀に入って作成された「三国史記」しか残ってなく、しかも現代韓国人は漢字が読めないために、中国や日本の古文書を解読する能力がない。つまり、拠って立つ資料が皆無に等しいのだ。このため逆に、韓国人の「こうであってほしい」という妄想がそのまま教科書に書かれている、という滅茶苦茶な現状が生まれた。そのためにenjoy koreaでも、韓国併合の捏造を論破された韓国人が、今度は古代史を捏造し、現在でも繰り返し「日本は百済新羅の属国だった」と書き込んでいる。真実はどうか、以下、古代史に目を向けてみよう。


                     
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音楽と感情エネルギー

2009-07-29 15:38:45 | Weblog
優れた音楽は、理想的な感情エネルギーの流れを作り出す。

エネルギーの流れが互いに邪魔をし合わず、相補的に協調し合うような多様な構造を作り出す。

これは非線形非平衡系における自己組織化の一種と言える。

物質と精神に共通する進化の法則であろう。

花が美しく咲くのは、まず美しいエネルギーの流れが発生し、それに従って花が咲くからではないか。

生命の形はエネルギーの流れが作り出すのかも知れない。

自然の摂理に従ったエネルギーの流れは対称性を持った美しい構造をしているだろう。

この美しいエネルギーの流れが仏性でありイデアである。

あの世はエネルギーの世界でありイデア界なのだ。

天使や菩薩の美しさはエネルギーの織りなす理想の姿なのである。

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公式に否定された絶滅収容所より

2009-07-28 16:12:36 | Weblog
公式に否定された絶滅収容所
「ダッハウ収容所」

 

 

●今ではホロコーストの「絶滅収容所」といえば、ポーランドにある「アウシュヴィッツ収容所」が有名である。「アウシュヴィッツ収容所」はホロコーストの代名詞にまでなっている。しかし1960年代までは、「絶滅収容所」と言えばミュンヘン郊外にある「ダッハウ収容所」のほうが有名だった。「ダッハウ収容所」がホロコーストの代名詞だったのだ。

(※ 「ダッハウ収容所」はナチスが一番最初に作った収容所である。戦争が始まるより6年も前(1933年)、ナチスの政敵や同性愛者、売春婦など「非社会的」とされた人々を収容するために建設された)。

 


ホロコーストの代名詞だった「ダッハウ収容所」

 

●「大量ガス殺」の現場証拠として、「ニュルンベルク裁判」で、唯一、法廷に提出されたのは、記録フィルムの上映による「ダッハウ収容所」のシャワールームの水栓の映像のみであった。裁判では、このシャワー栓の映像が法廷で映写されただけで、「ダッハウ収容所」は「絶滅収容所」だと断定され、「絶滅収容所」はドイツ各地に存在したとされたのである。そして、反対尋問も許さず600万人のユダヤ人虐殺が認定された。

世界の人々は、長い間、この裁判結果に基づいて、大戦中に大量のユダヤ人が「ダッハウ収容所」のガス室で虐殺されたと信じてきた。


●しかし今では、イスラエル寄りの学者でも、「ダッハウ収容所」が「絶滅収容所」だと言う者はいないし、ドイツ国内に「絶滅収容所」があったと言う者もいない。なぜならば、ドイツ国内に「絶滅収容所」は無かったことが公式に発表されたからである。「ニュルンベルク裁判」から15年後の1960年のことである。

当時、西ドイツ政府の第二次世界大戦や「ホロコースト」に関するスポークスマン的地位に会った歴史学者、マーティン・ブロサット博士が、突如として、ナチスが大戦中「ガス室」を作ったのはドイツ軍に占領されたポーランドだけで、ドイツ本国に「ガス室」はなかったという趣旨の声明を発表した。

「ダッハウでも、ベンゲル=ベルンゼンでも、ブッフェンヴァルトでも、ユダヤ人その他の収容者がガスで殺されてはいない。……ガスによるユダヤ人の大量絶滅が始まったのは1941年から1942年であり、……(旧ドイツ帝国の領土内ではなくて)占領下のポーランドの、アウシュヴィッツ=ビルケナウ、ソビボル、トレブリンカ、ヘウムノ、ベウツェックにおいてである」(1960年8月19日付『ディー・ツァイト』紙)





●このようにブロサット博士は「ニュルンベルク裁判」の判決に全く反する声明を発したのである。ブロサット博士はその後、1972年に「ミュンヘン現代史研究所」の所長に就任したが、この研究所は、それまで「大量ガス殺」の存在を「証明」するために実に多くの発表を行なっており、西ドイツ政府の歴史に関する見解を代弁する団体とみなされていた。しかしブロサット博士の影響で、従来の見解を捨て去ったのである。

今では、あの「ナチ・ハンター」として有名なユダヤ人活動家、サイモン・ヴィーゼンタールまでが、「ダッハウ収容所」を否定し、ドイツ国内には「絶滅収容所」はなかったと言わざるを得ないのである。


●もっとも、ドイツ国内に「大量ガス殺」収容所、すなわち「絶滅収容所」が存在したことは完全否定されたが、「ガス室」そのものは存在したとされる。場所は収容所ではなく「精神医療施設」。そこでは何万という精神障害者が「ガス室」で密殺されたのである。また、最近では、収容所内でも「実験的ガス殺」が存在していた、という研究報告も出されている。しかし、この「実験的ガス殺」は「絶滅収容所」のものと比べると非常に小規模なもので、そこでの死者は恐らく数千人程度で、1万人以下であることはほぼ確実だという。





●ホロコーストの代名詞として、「絶滅収容所」として名をはせた「ダッハウ収容所」は、現在は記念館になっていて、そのパンフレットには「このガス室はシャワー室に偽装したものですが、一度も使われたことがありませんでした」と書いてある。

こうして、「ニュルンベルク裁判」で決定された「ドイツ国内にも絶滅収容所があった」という通説は、完全否定され、「ニュルンベルク裁判」で採用された唯一の映像は、決定的な物的証拠ではなかったことが判明したわけである。

それまでは、ダッハウ以外のドイツ国内の収容所(ベルゲン・ベルゼンなど)でも、それぞれ「ガス室」における処刑を告発し、または自供する山ほどの「証言」があった。しかし、これらも吹き飛んでしまった。


●この一連の騒動のあと、「ダッハウ収容所」に代わって「絶滅収容所」として注目されたのが「アウシュヴィッツ収容所」である。

「アウシュヴィッツ収容所」は、戦後10年間、ソ連が立ち入りを全面的に禁止していたため、十分な調査(実地検証)がなされていなかった。そのため、「アウシュヴィッツ収容所」の実態に関しては不明な部分が多く、現在も「アウシュヴィッツ収容所」を巡る論争は尽きない状態である。

 


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アシュケナジ ~ ロスチャイルド ~ シオニズム ~ ナチス関連年表

2009-07-28 13:51:13 | Weblog
アシュケナジ ~ ロスチャイルド ~ シオニズム ~ ナチス関連年表
http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/300.html
投稿者 たけ(tk) 日時 2004 年 1 月 12 日 18:44:20:SjhUwzSd1dsNg

(回答先: ホロコーストが本当に意味するもの 投稿者 戦争屋は嫌いだ 日時 2004 年 1 月 12 日 03:57:33)


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ところでヨーロッパにおけるユダヤ人の受難が、イスラエル国家を建設する際に大きなテコとして利用されたこと、さらにイスラエル国家建設にはロスチャイルド財閥の巨大な利権が絡んでいたことはよく知られている。従ってユダヤ人の受難はイスラエル国家建設(ズバリ言えばロスチャイルドの金儲け)、という文字通りの偉大な大義のために貢献した、ということができる。これは見方を変えれば「ユダヤ財閥の頂点にあるロスチャイルド家(ドイツ系)が、偉大な大義(イスラエル国家の建設=自らの巨大な利権)のために、身内(下々のユダヤ人、特に東欧系アシュケナージ)を犠牲にした。」ということに他ならない。ちなみに初期のナチス関係者は「ユダヤ人を欧州から追放する(この時点ではまだ抹殺ではなかった)」という目的を共有するシオニスト(ロスチャイルド)とは一種の協力関係にあったくらいなのである。
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この部分に関する関連年表。「ヘブライの館」の年表からの抜粋です。

http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/ 正式な入り口
http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/floors/floorA2F.html ここから入るといろいろな情報を読める。
抜粋したのは下の2個のページ。
http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/texts/textA2F/a2f2002.html
http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/texts/textA2F/a2f2003.html
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●740年頃
 カスピ海沿岸の「ハザール汗国」のオバデア王、国民もろともユダヤ教に改宗させ、国難を乗り切る(ユダヤ人以外のユダヤ帝国の誕生)。

●954年
 コルドバのカリフの総理大臣だったユダヤ人ハスダイと、ハザール王ヨセフとの間に『ハザール書簡』がかわされる。

●965年
 キエフのスビャトスラフ、ハザール汗国へ遠征し、首都イティルを破壊。

●1016年
 ビザンティン―ロシア連合軍、ハザール汗国と会戦。

●1078年
 ローマ教皇グレゴリウス7世がキリスト教国でのユダヤ人の「公職追放令」を布告。

●1099年
 十字軍、パレスチナを支配(~1291年)。
 十字軍の暴徒、ヨーロッパ諸都市でユダヤ人を虐殺。

●1243年
 キプチャク汗国成立。ハザール汗国はバトゥ・ハーンの権力下に吸収され、ハザール汗国滅亡。
 改宗ユダヤ教徒ハザール人たちはロシア・東欧に大量移住し、後のいわゆるアシュケナジー系ユダヤ人の中核を形成する。

●1290年
 イングランドのエドワード1世が、ユダヤ人を国内から追放。

…追放、虐殺、迫害が延々と続くが省略…

●1554年
 「ユダヤ人集団隔離居住区(ゲットー)」がヴェネチアに初めて設置される。

 一部のユダヤ人はゲットーを逃れて、「宮廷のユダヤ人(ホフ・ユーゲン)」「サロンのユダヤ人」「保護されたユダヤ人」と呼ばれるグループを形成する。

●1801年
ロスチャイルド家の公式な歴史は、1743年にドイツのフランクフルトで生まれた、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド(ロスチャイルド1世)の活動とともに始まっている。…1801年、ロスチャイルド1世はヘッセン侯爵家の「銀行事務弁理人」に任命され、当時のヨーロッパ最大の資本国の金庫の管理を任されたのである!(http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/texts/textA2F3/a2f1000.html)

●1882年
 平等と自由を求める「ホバベイ・ジオン」や「ビールー」という団体に組織されたユダヤ移民の第一波がパレスチナに到着。

●1891年
 モスクワとペテルスブルグからユダヤ人追放。
 ユダヤ人モレヒバが「シオンを愛する人々」を創立。

●1892年
 「シオンを愛する人々」の理論的指導者ピンスケル、「自力解放」に共鳴して、パレスチナに最初のユダヤ人コロニーを成立させる。

●1894年
 フランスで“ユダヤ禍”を宣伝した「ドレフュス事件」発生。

●1896年
 「ドレフュス事件」にショックを受けたテオドール・ヘルツルが『ユダヤ人国家』を出版。政治的シオニズム運動の始まり。

●1897年8月
 テオドール・ヘルツル、スイスのバーゼルにて「第1回シオニスト会議」を開催。この会議で「シオニズムはユダヤ民族のためにパレスチナの地に公法で認められた郷土を建設することを目的とする」という「バーゼル綱領」が採択される。

●1901年
 「ユダヤ国民基金」が誕生。パレスチナの土地を買い求め、ユダヤ人移民に貸し与えた。その土地をパレスチナ人に貸与することは禁止された。

●1909年
 ユダヤ人最初の町「テルアビブ」が創設される。

●1910年
 最初のキブツ(共産村)である「デガニア」がガリラヤ地方にできる。

●1917年11月
 大英帝国がユダヤ人大富豪家のライオネル・ロスチャイルド卿に「ユダヤ国家樹立」を約束する書簡(バルフォア宣言)が取り交わされる。

●1922年7月
 国際連盟(1920年1月に成立)がイギリスのパレスチナ支配を正式に承認。イギリスは全パレスチナの77%を占めるヨルダン川東岸のパレスチナを、イギリスの傀儡アブドゥラ王(現フセイン国王の祖父)に与え、トラスヨルダンと名付けた。
 また、イギリスはパレスチナへの移民を1年間に7万人と制限したが、これにユダヤ人は激しく反発。この移民制限が、結果的にやがて台頭してきたナチス・ドイツにユダヤ人の大量虐殺を許す原因になった。

●1929年
 ユダヤ人のパレスチナ入植を進めるため、現地での警備から世界的な農業輸出、ニューヨークでの資金調達までを行なう「ユダヤ機関(JAFI)」という強力な組織が作られ、これが臨時政府として最大の役割を担うことになる。

●1933年1月
 ドイツでナチスが政権を握る。



コメント

ナチスに資金を提供していたのはロスチャイルドと言われています。

一説には、ヒトラーはロスチャイルドの孫でありナチスはイスラエル建国のために

作られた組織ではないかと疑う人もいるようです。

もしそうだとするとユダヤ人の迫害はカムフラージュだったのかも知れません。
コメント

朝青龍はなぜ怒ったのか

2009-07-27 14:43:27 | Weblog
韓国が圧倒的に嫌われている理由himazin96auさん

韓国が圧倒的に嫌われている理由

あるサイトで、嫌いな国のアンケートで、韓国が80%以上を占めてるのを見ました
2位が中国で、3位が北朝鮮 4位がロシア

何故韓国は嫌われてるのでしょうか
自分が知っている韓国の悪いところは
レイプ大国と反日国ということぐらいなのですが…

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質問日時: 2008/1/27 17:10:59
解決日時: 2008/2/3 17:13:56
回答数: 22
お礼: 知恵コイン 500枚
閲覧数: 22,923
ソーシャルブックマークへ投稿: Yahoo!ブックマークへ投稿 はてなブックマークへ投稿 (ソーシャルブックマークとは) ベストアンサーに選ばれた回答longe25_omoshiro_longe25さん

健全な自尊心なら人間誰にも必要なものですが、韓国人のプライドは本当の自信や自尊心ではなく「虚栄心」と聞きます。
虚栄心というと、どこか自信がなく、病的な感じがしませんか?
たとえばある韓国の人によると「日本人はプライドゆえに嘘をつかないが、韓国人はプライドゆえに嘘をつく」そうです。
つまり虚栄心、嘘でも良いから見たくれでは負けたくないという気持ちが強いため、敬愛を得づらいのではないでしょうか。

また韓国マスコミの嘘の多い偏狭報道は日本だけでなく、中国でも知られています。
一昨年はイチローが韓国マスコミの虚偽報道の犠牲になりました。
イチローが「相手のチームが日本に30年手出しできないと思うほどの勝ち方をしたい」と語ったところを韓国マスコミは
「『韓国』が日本に30年手出しできない・・・」とすり替えて韓国中に報道したため、イチローはひどい嫌がらせを数多く受けて大変な目に遭いました。
韓国マスコミ関係者は反日を煽るために必死で誘導質問なども行います。たとえば朝青龍に対しては・・・



韓国「横綱はちゃんこ鍋が好きですか?キムチは食べないのですか?」
朝青龍「好きだ。キムチは食わんな」
韓国「キムチは優秀な食べ物で体によく、食べれば食べるほど壮健になります」
朝青龍 「食べないと言っているだろうが!!」
韓国「キムチはSARSも予防するし、たとえモンゴル人であろうとも食べなければならない」
朝青龍 「うるさい!キムチ野郎!」
韓国「日本での差別はひどかったでしょう?」
朝青龍「いや、別になかったっス」
韓国人記者「隠さなくてもいいですよ。どんな差別にあいましたか?」
朝青龍「いや、だから特になかったっス」
韓国人記者「"特に"ってことは、やっぱりあったんじゃないですか?! どんな差別でした!?」
朝青龍「だから、ねえって言ってんだろ!このキムチ野郎!!」

モンゴルでは子供ができたらしばらく内緒にする風習があるため、朝青龍は第一子が誕生したとき
「しばらくは報道しないで」とマスコミに頼んでいたので、各社しばらく報道しなかったが、
この韓国人記者が無視して報道したから、元々、韓国記者に対して怒っていたらしい。
しかも質問内容は無理やり朝青龍が人種差別された事にしようとする誘導尋問と韓国ネタばかりでとうとうブチ切れ「キムチ野郎」発言となった。

違反報告 編集日時:2008/1/27 18:37:54 回答日時:2008/1/27 18:36:20
質問した人からのコメント
ひどいですね…

韓国についてよく分かりました
他の皆さんもありがとうございました コメント日時:2008/2/3 17:13:56

コメント

ホロコースト考 第ニ回 ~ユダヤ人とは誰か? その2

2009-07-27 13:32:53 | Weblog
ホロコースト考 第ニ回 ~ユダヤ人とは誰か? その2~2005.12.26 Monday
■第二回 ユダヤ人とは誰か? その2

現在、イスラエルに住む90%のユダヤ人とは何者でしょうか?
彼らは一般に、『アシュケナジー・ユダヤ人』と呼ばれています。
私達が現在、ユダヤ人と聞くと思い浮かべるのは、アルバート・アインシュタインに代表される『アシュケナジー・ユダヤ人』なのです。
それに対し、先のユダヤ人は『スファラディ・ユダヤ人』または『アラブ・ユダヤ人』と呼ばれています。
「アシュケナズ」とは、ノアの息子、ヤフェトの子孫であるゴメルの子です。
『アシュケナジー・ユダヤ人』と呼ばれる彼らは、かつて中央アジアに住んでいたトルコ系の人々であり、ソ連や東欧、主にポーランドでコミュニティを作っていた『カザール(ハザールとも)』という民族なのです。
この事は、アーサー・ケストラーというユダヤ人作家が『ユダヤ人とは誰か?』という書で詳細な考証を行っています。

カザール人は今から一千年以上前、中央アジアに帝国を作っていました。
しかし、ロシア正教・ロシア帝国、キリスト教・ビサンチン帝国、イスラム教・アラブという強大な勢力に囲まれていて、それぞれから改宗を迫られていました。
しかし彼らはどちらにも改宗しませんでした。
なぜなら、改宗したところで他方を敵に回してしまうのが理由です。
そこで人種的にではなく、宗教的にユダヤ人になれば、他宗教からの憎悪を上手くかわす事が出来る、そう考えた彼らは西暦七四〇年に両宗教の根本であるユダヤ教を国教として全国民が改宗したのです。
つまり、彼らは厳密には『ユダヤ人』ではなく、『ユダヤ教徒』なのです。
「カザール人は今日ユダヤ人として偽装している」



H・G・ウェルズ『歴史の輪郭』より



「時の経過に伴って、ロシア人を憎みバビロニア・タルムードの下で生活していたこれらのカザール人は、彼らの居住地と経典からロシア系ユダヤ人として知られるようになった。」



元アメリカ情報局員コール・ジョン・ビューティ『アメリカを覆う鉄のカーテン』より

『見えざる帝国 宇野 正美著』より転載






カザール人がユダヤ教に改宗して百年後、東から蒙古が侵入して来ました。
彼らはその情報を受けると、難を避ける為に北方に移動して行きました。
そして、ロシア、東欧(主にポーランド)、ドイツなどに流入していったのです。

そして、一九四八年、『ヨーロッパにおける迫害およびナチスによるホロコースト』と『バルフォア宣言』を理由に『ユダヤ人国家イスラエル』が、狂信的なシオニズムを信奉するアシュケナジー・ユダヤ人武装組織のテロによるパレスチナ人の虐殺から強引に建国されるのです。
本来なら、黒海北方のカザール帝国に帰還するのが筋なのですが、本来のユダヤ人『スファラディ・ユダヤ人』を虐げながら、未だにパレスチナの地を占拠し、自らをユダヤ人と騙っているのです。
そもそもユダヤ人とは何か。ユダヤ人として生まれたことは必要条件でしかない。
ユダヤ教を信奉してこそ、初めてユダヤ人だと認められる。
私はユダヤ人の両親から生まれたが、自分をユダヤ人とは思っていない。
私はユダヤ教を信じない。安息日にも休まない。
私はアメリカ人であるが、ユダヤ人ではない。
ユダヤ人がユダヤ人であるためには、何よりもユダヤ教徒でなければならないのだ。


コロンビア大学名誉教授ハーバード・パッシン(『文芸春秋一九八七年四月号)
『ユダヤ 幻想の歴史 彩 明日迦著』より転載
(強調、下線は管理人による)





『ユダヤ人国家イスラエル』が一九七〇年に制定した「帰還法」によれば、ユダヤ人の定義は「ユダヤ人を母とする者、およびユダヤ教に改宗した者」とあります。
だから、たとえ『アシュケナジー・ユダヤ人(=カザール人)』であったとしても、「ユダヤ人」である、という詭弁が成り立つのです。












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今日の韓流通信 Act.Ⅲより

2009-07-26 14:13:10 | Weblog
ホロコースト考 第ニ回 ~ユダヤ人とは誰か? その1~2005.12.19 Monday
■第二回 ユダヤ人とは誰か? その1


現在、ユダヤ人というと恐らくイスラエル人を指すと思う人が多い事だと思います。
しかし、その認識は正しくありません。実は現在、イスラエルに住む「ユダヤ人」には2種類の人がいるのです。
ユダヤ人とは何者かを説明するならば、話は古代イスラエル王国に遡らなければなりません。

ユダヤ人とは本来、古代イスラエルに居た十二の支族の内、ユダ族の末裔です。
古代イスラエル王国からは二つの民族が誕生します。
ユダ族(ユダヤ人)とイスラエル族(失われた十支族)です。
ユダ族とイスラエル族の確執から紀元前九二二年、南北イスラエル王国に分裂しました。
この辺りの経緯をキチンと語るとなると旧約聖書丸々全ての解説が必要となるのでここでは触れない事にし、大まかな歴史で説明します。
北イスラエル王国は紀元前七二二年、アッシリア帝国により滅亡します。その際、首都に住んでいた貴族階級約三万人を捕虜にしました。これがアッシリア捕囚です。
その後もアッシリア帝国は勢力拡大を続けましたが、新バビロニアとメディアの連合軍により、アッシリア帝国も終焉を遂げます。
北イスラエルの十支族は「列王記」、および「歴代史」より、アッシリア捕囚より三百年後まで、その存在を確認できます。しかし、その後記述が一切なくなり、歴史の表舞台より姿を消してしまいます(一説には日本の天皇家もその内の一支族と言われている)。


一方、ユダ王国(南イスラエル王国)はアッシリア帝国の滅亡後、バビロニアに隷属していたが、アッシリア滅亡後二十五年たった時、バビロニアに反旗を翻します。
その結果、王は捕らえられ、王子は全て殺されてしまいました。
さらに翌年には町は焼き払われ、エルサレムに居た民のうち、貧民を除き全ての民がバビロニアに連行されました。これが『バビロン捕囚』です。
ユダヤ人は達はそれまで『旧約聖書』の影響のみ受けていました。しかし、『バビロン捕囚』の間に彼らは変節してしまったのです。彼らは、捕囚中、バビロニアの宗教や商法に触発され、『旧約聖書』とは全く違った発想を持つようになってしまいました。それが「タルムード(教訓)」と呼ばれる物です。
その後紀元前五三七年、ユダヤ人達は解放されて、再びパレスチナに戻る事になりますが、その後様々な事情を経て、スペインに流れていきます。
彼らは一四九二年までスペインに居ました。その後スペインから追放されて、北アフリカへと移住し、アラブ人と共に生活していました。
彼らはアブラハムからイサク、ヤコブの血を引いていて、容貌はアラブ人とほぼ同様です。そして、現在のイスラエルにおいて彼らの人口はたったの10%にしか過ぎないのです。


では、イスラエルに居る残り90%を占めるユダヤ人とは一体何者なのでしょうか?


その2へ続く






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FRB

2009-07-26 12:31:03 | Weblog
 彼らは今や第2の世界恐慌を準備している

  今日、連邦準備銀行の決定は、アメリカばかりでなく、世界経済全般に大きな影響を及ぼしている。FRB(連邦準備制度理事会)は、アメリカの資金供給や金利を統制することによって、世界経済全体を操作している――つまり彼らは、世界のインフレやデフレ、不況や好況、あるいは株式相場の高低などを意のままに操作することができるのだ。かつて下院金融委員会の議長を務めたライト・バットマン議員は、このような強大な権限をもつFRBについて次のように述べた。

  今日のアメリカには、事実上2つの政府がある‥‥ひとつは合衆国憲法に基づき、国民の合意によって形成された正当な政府であり、もうひとつは、国民の合意によらず、国民の手の届かないところにあって、無制限な力をもつ“連邦準備政府”である。

  現在、アメリカの国民は、大統領や議員、財務長官といえども、誰もFRBには命令できない。むしろアメリカから世界に出回る資金の量と金利に関しては、FRBが政府に指令を与えている。 

  彼らが再び近い将来、1929年型の世界恐慌を準備していることは間違いない。当時の大恐慌は一般に偶然の事件か愚かな対応の結果であると教えられているが、この事件は計画的に仕組まれたものだ。それまでインフレ政策をとって実質賃金を抑えたり、パニックを演出して独占的な利益をあげるなど、過去何世代にもわたる経験を引き継ぎ、数多くの専門知識を身につけてきた国際的な金融資本家たちが、1929年のこの時期に限って大きなヘマをやらかしてしまったということは全く考えられない。
  ロックフェラー・グループは、1913年に連邦準備銀行を設けることに成功すると、この第2の“見えざる政府”を使って、アメリカの政治・経済に対する支配をさらに強化するため、好況と不況を意図的につくり出した。
  1929年の大恐慌に先立つウナギのぼりの好景気は、彼らが連邦準備銀行に発行させた大量の通貨が原因でつくり出された見かけ上の好景気にすぎなかった。1929年のニューヨーク株式市場の大暴落に至るわずか6年間に、彼らは資金の供給量を62%も増やし、市場の株価を故意につり上げて中産階級の投資意欲を煽り、やがて刈り取るべき中産階級の資産を株式投資に向かわせた。
  こうして何も知らない羊たちは狼のいる柵の中に囲い込まれ、高い額面で買わされた株をタダ同然の安値で手放さなければならなくなった。そして1929年の大恐慌はロックフェラー・グループの刈り取りが済むまで長びかされ、すべてを失った中産階級がロックフェラーの代理人ともいうべきルーズベルトのもとに走って、経済に対する政府支配の拡大を喜んで受け入れる状態をつくり出したのである。


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