思想家ハラミッタの面白ブログ

主客合一の音楽体験をもとに世界を語ってます。

voice-of-brothers-246

2018-04-30 16:06:54 | 思想、哲学、宇宙論
https://ascension21.com/voice-of-brothers-246/




韓国と北朝鮮のトップがようやく話し合いのテーブルに着くことが出来たね。

それは各国の首脳がだいぶ、君たちの魂魄から抽出したエネルギーを配合した

神性復旧の生命波動に慣れ親しんできたからこそ実現したと言える状況なんだよ。

ここに至るまでには、世界各国の首脳の脳髄に神性の蘇りを促す生命光を

これでもかというくらいに入れ込んできた。

それが出来たのも君たちの無償の愛があったればこそで

君たちの協力なしにはとても成し得なかったことなんだ。







金正恩の心は今年に入って以降、カルマ想念よりも神性意識が優位になっていた。

そのように彼の意識を変えたものこそが、君たちの日々の神性復活の祈りだったのだよ。

ものすごい大光明の生命根源の光に君たちの魄要素をブレンドして

オブラートにくるまれた優しい光が、カルマコートの着込んだ金正恩の心を

一時的にせよ闇の支配から抜け出せたんだよ。

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voice-of-brothers-242

2018-04-26 13:59:43 | 思想、哲学、宇宙論
https://ascension21.com/voice-of-brothers-242/


もう少し時代が進めば口に出さずに心の中だけで思っていることや

秘密にしてきた悪事などが全部その人の額に書いてあるように

一瞬のうちに伝わりあう世の中になるんだよ。

世界が霊化するということは、そのように全てが筒抜けになることをも意味しているのだからね。
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voice-of-brothers-237

2018-04-24 11:14:22 | 思想、哲学、宇宙論
https://ascension21.com/voice-of-brothers-237/


本来なら今頃は地球人類の住む大地は海の底に沈んでいるはずだった。

50年ぐらい前にね。過去幾度も地球上で文明の崩壊があったのは知ってるでしょ。

それらの事態はいつの時代も人類意識の荒廃による大地の水没と海底の隆起だった。

それは人類自身がもたらした自壊作用とも言えるし地球のお叱りによる浄化作用ともいえる。
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なぜ神はユダヤの跋扈を許してきたのか

2018-04-19 15:37:26 | 思想、哲学、宇宙論
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-62.html



なぜ神はユダヤの跋扈を許してきたのか

人の魂は3次元に未練を残すと、波動の低いまま幽界にいるので、波動の高い霊界に行くことができません。もし、波動の高い霊界に行けば、自分の波動が消されてしまうからです。
幽界より霊界のほうが数段高い波動です。高いエネルギーで猛烈な勢いで振動する波の渦(霊界)に入っていったら、波動の低い霊はその高いエネルギーの波によって、打ち消されてしまうのです。
これは、自然界を見ればよくわかります。
小さな波が、大きな波に打ち消されてしまうのに似ています。
低い音が高エネルギーの音に消されてしまうのと同じです。

それぞれの次元は、この波動の振動数の領域によって一定の幅をもった世界なのです。
3次元の世界の波動は低い波動です。

3次元は、たとえれば社宅のようなものです。
神(宇宙)の経綸は、まず3次元に、たくさんの人間が安直に暮らせる住処を作ったのです。

ここに宇宙を彷徨っていた低い波動を呼び寄せ、肉体というこれも重い波動を着せて生活させるようにしたのです。肉体がなければ魂がむき出しになってしまい、とてもではないが、お互い向き合うことができなくなってしまうからです。肉体をという衣を魂に着せることによって、魂の醜さを隠すことができるからです。

そして、肉体を着せただけでは、粗末に扱うので、「美」というものを与え、肉体の快楽を与えたのです。

そうしてたくさんの霊を地球に集め、御霊磨きの場として、地球社会を創ったのです。
さらに宇宙は、ユダヤという物質文明の大工さんを使って、地球上に物質的な豊かさを生み出しました。さらに、ユダヤの医学を作り出して寿命も長くしました。
その目的は、できるだけ地球時間での滞在時間(3次元での生活)を長くして、人間が「悟る」チャンスを増やすためです。孤独な作業ですが、自分で「悟る」こと以外に波動を高くする方法はないのです。

そして、3次元のひとつ上の階層に「幽界」という世界を創り、ここを想念の世界にしました。

幽界は、その上の神霊界でできた雛形を反映する世界でもあります。同時に3次元の人間が送った想念を蓄積してエネルギー化し、それを3次元に顕現する役割を持った階層です。

戦争が終わった直後までの日本人には、復興の希望というプラスの想念が満ち溢れていました。「これ以上悪くなるはずがない、後は良くなるしかないんだ」という若草の息吹に溢れていました。
3次元に住む人間に悟る機会を広げるために、神の経綸は幽界を大きくしてきました。そこは、本当にプラスの心地よい念が渦巻く世界だったのです。

もちろん、3次元の人間でも、悟りの高い魂が発する想念は、幽界を突き抜けて上層の神霊界にまで到達します。稀なことですが、こういう魂は亡くなった後は、いきなり幽界を突き抜けてより高い次元に昇華してしまいます。
たとえば、こういう魂がそうなのです。
http://labaq.com/archives/51292330.html
この世に生まれてくる前から、過酷な宿命を自分で選んで、縁の深い両親のもとに生まれてくるのです。

戦後、物の欠乏する時代は、自分は食べなくとも子供には十分な栄養を与えたい、と自己犠牲の精神に溢れた親がたくさんいました。こうした想念は、幽界の上層部、あるいは幽界を突き抜けていきなり神霊界に届いて、いい雛形を創ったのです。これが幽界に反映されて、日本は奇跡的に復興できたのです。

反面、当然、こうした想念ばかりでなく、人を呪う、嫉妬するという悪い想念も生み出します。
物質が足りてくると、人間はろくなことを考えません。
これも同じように幽界に蓄積されていきます。幽界には、広いスペースが必要だったのです。
3次元の広がりと呼応するように幽界も、どんどん広くなっていたったのですが、あまりに幽界に、こうしたゴミ(悪想念)が溜まりすぎたので、そろそろ大掃除をしようと、まず神の経綸は、幽界での大建て替えを始めたのです。

幽界の大掃除で、幽界にいた不成仏霊たちは、上の五次元(霊界)にすっと上がっていけばいいのですが、波動が低いので高い波動の世界である五次元に行けば、そのとたんに自分の波動を消されてしまいます。
各次元には、それぞれ波長領域があって、自分のほうも、その範囲の波長(周波数)でないと、その次元において同化できないからです。

それで、行き場を失った幽界の憑依霊が、下の次元の私たちの住む3次元に入ろうとするのです。3次元に入ろうとしても、幽界の憑依霊には肉体がありませんから、人に憑依するのです。
憑依されても、悪さをしなければかまわないのです。現代人のほとんどがこの状態にあります。

ただ、中には本当の悪霊がいて、これに憑依されてしまうと、幽界、3次元(この次元も縮小が始まる)の消滅とともに、いよいよ行き場がなくなって、完全に魂が消えてしまうのです。せっかく悟るべく3次元に生まれてきた人間も、「抱き憑かれ心中」で自分の魂まで消されてしまったのではたまりません。

これは、神が怒ったからなどではなく、神の経綸で、宇宙変化の期限によるものです。その周期に入ったということです。

これが各次元で起こってくるのです。やがて、霊界である五次元でも起こるでしょう。その次は六次元というように。
ですので、人は魂の修養を重ねて、早く昇華しなければならないのです。

といっても、人の魂は、一朝一夕には悟ることなどできません。悟りを早めるためには「悪」が必要だったのです。この悪の大元をつくったのが西洋で言うルシファーと言われ、日本の神道ではスサノオと言います。鬼門の考え方は、ここからきているのです。

つまり、言い換えれば、ルシファーとは悪を教える「教師」なのです。
悪を知ってこそ、初めて悟ることができるので、悪も必要なのです。

これは、どんなに信仰しても、反省してもダメなのです。
心の底から=「心底」という言葉がありますが、霊界では肉体がなくなり、魂が丸裸にされますから、どんなに「ポーズ」をしてもダメです。本当に「骨身に滲みて」悟らなければ五次元霊界に行くことはできません。

ユダヤの役割は、物質文明を発達させて、「悪」を教えること。これは神が仕組んだことなのです。






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幽界が消滅する

2018-04-18 14:24:08 | 思想、哲学、宇宙論
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-60.html




幽界とは、精霊界とも、アストラル界とも言われています。四次元のことです。
人は亡くなってから、地球時間で四十九日の間、幽界にとどまります。
亡くなったばかりのときは、まだ波動が重い(波長が長い)ので、半霊半物質の状態。人(現界にいる私たち)によっては、その亡くなった人を見ることができる場合があります。

最初から悟りの高い人、つまり、自分の死期を悟り、人生の来し方を顧みる機会を与えられ、死を自覚してこの世から旅立っていった人は、最初から幽界でも波動の高い上層部に行きますから、多少、霊感の強い人でも、その存在に気づくことはありません。
ただし、亡くなった人(魂)の側からの働きかけによっては身内に自分の存在を気づかせたりします。これがラップ現象です。もちろん、悪霊の仕業であることもあるので注意です。

反対に、この世に未練や怨念を強く残してきた魂は、波動が低いので、この現界(三次元)のすぐ際の付近を浮遊しています。波動(振動数)が低いので、可視領域を広く持った人には、見ることができます。
あるいは、霊の波動を脳が感知し、これを映像化します。これが、俗にいう「幽霊」です。「幽界」にいる魂だから、「幽霊」と書くのです。
このことは、「色即是空 空即是色」で若干ですが書きました。
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-41.html

幽霊の状態から、少しずつこの世に対する執着を取り除いていくと、だんだん軽やかになって、朗らかで執着の少ない魂になります。
この世界のすぐ隣の幽界にとどまることを許される四十九日の間、家族、お世話になった人や、思い出の場所に飛んでいきます。そして、少しずつ「自分が死んだ」ことを悟っていくのです。
その仕上げが、地球時間で四十九日目なのです。

交通事故や遭難などで、突如として命を落とした魂は、自分の肉体が死んだことを悟れないので、四十九日期限が来ても、そのまま幽界にとどまってしまいます。
さらに、この世に執着が強い魂、たとえば財産を残してきた人、愛する恋人や、逆に恨んでいる人に対する執着が強く残っている場合は、そのまま「幽霊」になってしまいます。
また、因縁の強い場所の周辺から離れられない自縛霊などにもなってしまいます。

「ゴースト/ニューヨークの幻」というロマンティックな映画がありましたが、あれは実は良くないことで、あのまま恋人に執着していると、いずれ恋人を自分と一緒に連れて行こう、と悪霊になってしまいます。映画の中だからラブストーリーになりますが、実際は、おどろおどろしい話なのです。

四次元の幽界で、執着を取った後、その上の次元の霊界に上がっていきます。
波動の高い(振動数が高い)霊界に上がると、通常の霊は二度と現界には姿を見せることができません。(「色即是空 空即是色」の稿の、飛行機のプロペラのたとえ)
どうしても、自分の家族や友人に知らせたいときは、夢枕に立ったりします。

ですので、四十九日過ぎても、夢の中ではなく、昼間から幽霊となって姿を現すなどは、とても大変なことです。祈りによって、「死んだこと」を悟ってもらい、早く上の霊界に上がっていってもらわければなりません。
そのままでいると、執着の念が怨念になってしまい、悪霊(あくれい)になってしまいます。現界の私たちにいろいろ干渉するようになってしまうので恐いのです。

これが、もっと大きなエネルギーを持った霊ですと、悪霊(あくりょう)になってしまい、地球の建て替えが起こるまで、幽鬼のようになってさまようのです。悪霊自体ももがき苦しみ、しまいには魔物になってしまいます。これが、日本で昔から言われている「キツネ」、「タヌキ」の類なのです。もとは、普通の人間でした。
地方に行くと、集落の入り口に鳥居がやたらあるのですが、これが結界。悪霊を集落に入れないための防波堤の役目をしているのです。結界を切る、というのも強い念を出して悪霊を追い払う、ということです。

この幽界は、言うなれば「仮住まい」、「仮登記」、「仮免許」の状態。引越し先(霊界)が決まれば、すうーっと上に吸い込まれるように上がっていきます。

この中間地帯である幽界の領域が、どんどん狭まっているのです。
ですから、四次元=幽界に漂う執着の強い霊や、悪霊たちが苦しんで、その上の霊界には波動が高すぎて行けないものですから、私たちの住む三次元に移ろうとします。これが憑依を容易にしている理由です。

ですので、私はこのブログで、オカルトには一切興味を持ってはいけません、タロットカード占いや、コックリさんなど、とんでもなく危険なのです、と書いているのはそういう理由からです。
ちょっとのきっかけがあれば、簡単に憑依されます。芸術的な才能のある感受性の強い人ほど憑依されます。これが、うつ病のひとつの原因です。
うつ状態になりやすい人は、一般の人より、もともとは優れた感性や頭脳を持った人が多いのです。こういう人たちに無関心でいる私たちは実は罪が重いのです。

ここ数年の自殺者の増加のひとつの原因も、ここにあります。もともとは執着が強くで霊界に上がっていけなかった霊ですから、宿主である三次元の私たちに憑依したら、しがみついて離れようとしません。
最近の若い人には、表情がなくなった、といいます。これは「死んだ霊」が憑依しているので無表情になってしまうのです。
消滅する四次元とともに、自分たちが削除されないように憑依する側も必死なのです。おぞましい形相で、私たちに憑依しているのです。こんなこと、見えなくて良かったです。「They Live」
のメガネをかけたら、おそらく卒倒してしまうでしょう。

上の「伊勢白山道」にもあるのですが、最近は大企業の経営が立ち行かなくなっています。JALがいい例です。
これを、もっと分かりやすく説明するのは難しいのですが、手短に言えば、こういうことです。

企業は、社是や社歌、スローガンをつくって社員の心に一つにしようとします。これは、四次元世界に向けて、同質のエネルギーを送り込む作業なのです。
「会社が繁栄するように」と社員一人一人の潜在意識に働きかけ、強烈なエネルギーを四次元界に注入することによって、四次元界では「売り上げが上がり、会社が繁栄する」という「ヒナ型」がまず作られます。これが時間を置いて醸成されると、三次元界に形となって反映されます。実際に、売り上げが上がる、という現象となって顕現するのです。
人の念とは、恐ろしいほどのエネルギーがありますから、逆に幸福をイメージする念ではなく、不幸をイメージする念を送ったら大変なことになってしまいます。その会社は決して存続できないでしょう。
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精神世界の落とし穴

2018-04-18 13:57:59 | 思想、哲学、宇宙論
http://www.y-asakawa.com/message2009-1/09-message39.htm


精神世界の落とし穴


『内在神への道』の著者、伊勢白山道氏のHPの記事が知人から送られてきたので拝読したところ、そこには滝行などの精神修行に対する警告が 記されていた。その記事は、私が普段講演会などでお話ししていることが、霊眼をもった専門的な立場から裏づけられたものであったので、転載させて頂くことにした。

近年、精神世界を目指す人が増えてきているが、こうした人の中には、滝行に限らず、聖地の巡礼や神社仏閣などを回られることを、ご自分の霊格を高めたり予知能力を 向上させる上で 、重要なことだと考えている人が多いようである。

そのせいか、滝に打たれたいとか、久高島の聖地や神社仏閣を巡礼したいとおっしゃられる方が最近多くなってき ており、講演会に参加された方からその種の相談を受けることが増えてきている。私はその都度、あまり賛成できませんね、と答えるようにしている。

それは、 伊勢白山道氏が語っているように、得るものがあるないだけでなく、そうした行為は危険が伴うからである。

有名な滝行の地を訪ねてみると、周辺の宿泊所には団体で修行に来られた老若男女が、行を終えた後、グループごとに集まって会食をしている姿を良く見かける。そこにはリーダー格の方がいて 、朗々とご自分の滝行の経験を語って聞かせている。

その中には、アルコールを口にされてほろ酔い気分の団体もある。これでは霊格を高めたり精神力を鍛えるというより、自己満足の体験ツアーに参加しているようなものである。それはそれで良いにしても、恐ろしいのは その種の体験は、悪霊に憑依される危険性が大きいことである。

もし滝に打たれて俗世で背負い込んだ邪霊を追い出すことができたとしても、追い出された霊は人に取り憑くことに必死であるため、同じ行に来ている別人に憑(つ)く ことになる。だから全てとは言わないが、一部の滝行の場の中にはまるで「邪霊の交換の場」と化している所もあるようだ。

滝壺から発散するマイナスイオンが体に良いことは確かであるが、寒さや足場の悪さで体調を壊したり、よからぬ霊に憑依される危険性を考えたら、八ヶ岳山麓でも散策して景色を楽しみながら、樹木が発散する良質のマイナスイオンを取り込んだ方が安全で効果的 かもしれない。

同じ事が、聖地巡りや神社巡りでも言える。かって聖地と言われた場所や神社仏閣の中には、神々が霊的世界に引き上げてしまって、 本来おるはずの神がそこに留まっていないケースも発生しているようである。

それゆえ、訪ねる先をしっかり選別しないと、むやみに訪ねてみたところで、祈願が叶(かな)えられないだけでなく、元の主に変わってその地に集まった おかしな霊に憑依され ることになりかねない。それゆえ十分な注意が肝心なのである。

修行や徳積みには、人それぞれにさまざまな方法があるので、一概に滝行や神社参りを間違いと言うつもりは毛頭ないが、精神世界へ顔を突っ込むのには、 修業先を見極める感性と、それなりの覚悟や強い気構えが必要であることだけは忘れないでおいて欲しいものである。

 

もっとできるのに(伊勢ー白山道より)

昔から滝行をする修行者が多いです。滝に打たれると、自分の悪い物が落ちると錯覚しています。
心身共に凍る様な低温と水圧による苦痛が、憑き物を落とす様なスッキリ感を事後に錯覚させます。
苦しい状態から解放される爽快感を感じているだけの事です。

霊的には、苦痛から来る意識の集中状態において、憑き物の交代が発生しています。苦痛により心の余裕が無くなる隙に、その滝場に居る霊が交代しています。憑依物が変わった違和感を、自分が少し改善したと毎回思う訳です。

同じ滝場に出入りする人達は、同じ様な雰囲気の色に染まって行きます。滝場に集まる霊を憑けたり離したりと、集まる人達の間でキャッチボールをしているからです。滝行を始めると定期的に行くハメに成るものです。憑依した存在が戻りたがるからです。

滝場には、幽界の天狗霊が仕切っている事が多いです。集まる人が多い滝ほど、霊的垢が蓄積しています。中には霊的商売で蓄えた大きな悪い垢を滝場に残し、違う垢を憑けて帰る行者もいます。知らずに軽い気持ちで滝に入る人は、大きな負のハンディを憑けます。

先祖の守護が薄い人は、滝場に近づくだけで憑依状態に成る人もいます。水による浄化は、温かい御風呂が一番です。りラックスした状態が、深からの癒しをもたらします。衣類の洗濯も、低温水よりも御湯の方が汚れが良く落ちる事と同じ事です。 

滝行などの人工的な苦痛感と平常時の感覚の差を修行としては生けません。なんの霊性の向上も本人にもたらしません。50年間、滝に打たれても心境は同じです。

わざわざ滝に打たれなくても、日常生活には修行の場面が沢山有ります。 自分で意識すれば、生活全てが霊性を向上させる場面です。生きる上で自分の心を痛める場面が訪れたならば、心の神様
と共に「明るく」受け止める気持ちが大事です。

沢山の苦労を明るく受け止めた人ほど、良い顔に成って行きます。 苦労を苦痛と受け止める人ほど、寂しい顔に成ります。苦労を明るく受け止めたところで、結果には関係ありません。
現実界での良い結果も、悪い結果も有るでしょう。

結果よりも、その過程で自分が何を思い、どんな行動をしたのかが大事なのです。結果が重要では無い事の証明は簡単です。どんな結果も、あの世には持参できないからです。悪い結果も良い結果も、この世に必ず置いて行く事に成ります。 心だけが移動して行くのです。

心さえ健康ならば、この世の出来事の全てが大成功の結果であり、成長の為の神様からのプレゼントなのです。あの世に帰ると、全員が後悔する事が1つだけあります。「もっと頑張れたのに・・・」と思う事です。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

 








https://ameblo.jp/14ad75/entry-11971466951.html


開運のために(滝行するべからず)


2017-05-03 20:16:14

テーマ:神様・仏様・霊能・霊障・開運・神社仏閣


(この記事は2014年の大晦日に記載し今回加筆します)









国民的アイドルグループの中のお一人が、グループ内の人気投票で1位になれず福井県内の某御滝で滝の水に打たれたり、紅白歌合戦で赤組が負けたら自身の所属するグループ全員で滝行をするとか、年末の特番でお笑い芸人の二人が我慢比べと称して水行+滝行をしていましたが、



滝行を罰ゲーム的に捉えたり、お笑いのネタにするなど甚だ危険な行為です。
バカも休み休みにしろ、と云いたいです。

最近のお笑い番組でも芸人が罰ゲームで御滝に打たれてましたが、
心臓麻痺の危険よりも、霊能の面から甚だ危険な行為なんです。


滝行の案内をしている人もしている人です。恐らくは出演料など幾ばくかのお金をもらっているのでしょうが、より罪は重いです。



アイドルグループの方に関しては、タモリさんは止めたらしいですが、本人さんと周囲が強行したみたいで、今のところ表面的には大丈夫そうですが…。



身を浄めにきたつもりが、要らんもんに憑かれて要らんもんを持って帰ることになります。

特に一般人や素人にはそのリスクが高いのです。



過去のブログの「修行」の項目にも記しましたが、
素人は近付いてはいけない世界なんです。



密教や神道にも水行や滝行はありますが、
お滝や行場には修験者がやってきます。
この修験者が背負っているものは半端なモノではありません。



修験者はお滝で憑き物を落としていきますが、修験者から離れた憑き物は川の流れと共に下ったり、或いはお滝や行場の周辺をウロウロしています。


そして次に憑く人間を狙っているのです。


お滝に行って、行場に行って下界で付いた汚れを清めた・浄めたつもりでも、帰りには別のモノを背負って帰ってくる……………
しかも修験者が背負っていたものを憑けて帰ってきたりする……
そのリスクがとても高いのです。


一時的にスッキリした気分になっても、それは錯覚です。下界に降りれば直ぐに元に戻ってしまいます。
究極の自己満足です。

 
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「プレアデス星訪問記」 上平剛史著 たま出版

2018-04-17 17:54:35 | 思想、哲学、宇宙論

すでにある自然の中にすべての真実が隠されている




   小型宇宙船は大きな皿状の構造物の上にゆっくりと降り立った。
   タラップを降りて自走機に乗り、市長室の前に着くと、友人の宇宙大使がドアの前で手をかざした。するとドアは、音もなくスーッと開いた。中にはにこやかな若い女性が待っていた。

   「どうぞお入り下さい。お待ちしていましたよ。
   私はこの首府の都市アーラの市長、アーサです。慣れない宇宙の旅でお疲れでしょう。どうぞかけて楽にしてください。今、元気の出る美味しい飲み物を差し上げますから。」

   「始めまして。私は地球にある国の一つの、日本に住んでいる剛史というものです。」

   「剛史のことはわかっています。
   私たちはある大事な目的のために、あなたをずっと待っていました。」

   アーサは指をピン! と鳴らした。
   すると私の前にピンク色のジュースの入ったグラスが出現した。彼女はもう一度指を鳴らして、今度は宇宙大使の前に同じものを出し、最後にもう一度鳴らして自分の前にも出した。私は手品でも見せられたのかと思ったので、飲んで確かめてみたが、一口飲んでその美味しい味にびっくりしてしまい、一気に飲み干してしまった。見ると宇宙大使も飲み干している。アーサが言った。

   「これは手品でも魔術でもなく、私の思念が創造した産物です。
   『思考は目に見えなくても生きているものであり、精神は感応する』という性質を、私たちは宇宙科学に応用しました。宇宙ジャンプやテレポート、非物質化、物質化現象を応用することで、光よりも速く飛べる宇宙船を開発しました。ですから光の速さなら何百年、何千年、何万年かかる距離であっても、我々の宇宙船なら一瞬のうちに目的地に着くことができます。」

   「それはここに来るまでに船長に見せてもらいました。
   そのときにも思ったのですが、普通の生活でもこのようなことができるのであれば、野菜を作ったり、魚を獲ったりする必要がないですね。自分の思いによって、好きなものや料理を出せばいいわけですから」

   「剛史、それは違います。
   私たちはいつもこの能力を使うわけではありません。ちなみに我々は日常生活で、農業や漁業、園芸もやります。また必要な生産作業によって得た収穫物を加工し、利用して、食糧や飲み物にしています。私たちも額に汗して、地球人と同じように働くのです。それもできる限り、自然を尊重して自然の姿に従うようにしています。

   ただ地球人と私たちの違いは、私たちはあらゆる面を機械化、ロボット化しており、大半の作業はそれらに任せているというところです。先ほどお見せしたジュースの物質化は、「人間にはこういうことも可能で、私たちはそれを宇宙科学に応用している」ことを、あなたに教えるためにやって見せました。私たちも家庭ではちゃんと料理をして食事を作ります。」

   「また地球と私たちプレアデスの社会では、人が亡くなった時の処理の仕方は違います。街にはどこでも必要と思われる場所に、『平安の家』という小さな家が設置されており、そこには『やすらぎの器』という機械が置かれています。これは突然行き倒れになった人のためのもので、そういう人を見かけたら、通りすがりの人がその人を「平安の家」に運び、「安らぎの器」に乗せてあげます。機械はその人の魂が身体を離れて昇天しているかどうかを判断し、まだ死亡していなければ生存していることを知らせ、どこへ連れていくべきかの指示を出します。

   なぜなら誰もが必ず連絡先の書かれたカードかチップを携行しているので、それを見て家族に連絡します。家族がない人の場合は役所へ連絡が届き、奉仕希望者に来てもらいます。魂が身体を離れている場合には、本人の所持品のカードやチップから家族に連絡がいきます。家族が近くにいる場合はそこまでやってきますが、ほとんどの場合連絡を受けた時点で家族は、「カードを入れてください」と頼みます。

   つまり『やすらぎの器』という機械は遺体処理機であり、カード(チップ)を機械に入れると遺体処理機が作動し、肉体は完全に分解されて跡形もなく消滅します。しかし魂がまだ肉体にある場合は、処理機は絶対に作動しない仕組みになっています。カード(チップ)に残る記録や遺体の記録、死亡原因なども含めて、それらは役所のコンピューターに送られて記録されます。

   人が亡くなった時、私たちの社会では地球人のように悲しんだりしません。
   なぜなら『肉体の消滅とは、本人が次の生まれ変わりに向かったことであり、それは本人にとって喜びであることを知っている』からです。また私たちの科学は、本人に会おうと思えばいつでも会えることを可能にしているからです。

   私たちの科学は進歩したので、過去や未来に自由に行くことができます。
   つまり霊界という別次元にも自由に出入りができるので、本来の姿である魂本人に会って話すこともできます。地球人にとっては未だ信じられないような話かもしれませんね。」

   「日本にも『イタコ』と呼ばれる霊媒の人たちがいます。自分の霊を飛ばして、使者の霊と対話するそうです。」

   「まさにそうで、私たちはそれを分析し、応用したのです。
   すでにある自然の中には真実が詰まっており、そこにはすべてが隠されています。私たちはすでにある自然の中からそれを見つけ出し、解明していかなければならないのです。それをするために神は人間に知恵を与えられたのです。その知恵を使ってあらゆる困難を乗り越えていくようにと。」

   「ところで地球人の目から見て、私は何歳くらいに見えますか?」

   「若い女性ですから、20歳前後くらいでしょうか」

   「まあ、剛史は口が上手ですね。私はその十倍は歳を重ねています。」

   「エッ、200歳ですか! とてもそのようには見えませんが」

   「私たちの社会は『愛の奉仕行動を基本とする社会』なので、争いや競争がなく、貨幣経済に振り回されて精神的にダメージを受けることがありません。ですから医療費に悩むこともなく、バランスのとれた食生活が送れて栄養も行き届いています。、そして自然と共生する生活を送っているので、歳を重ねても若さが失われないような体質になっているのです。

   この母星のプレアデスは寒からず、暑からずの温暖な気候なので、地球人のように体力を消耗することがありません。また科学と医学が高度に進化していることから、プレアデス人は地球人の数倍は長生きできます。それに太陽と私たちの惑星はバランスがいいので、生命の発生や成長、細胞維持のためによい条件が揃っており、肉体が長持ちするのです。だからすべてがイキイキしています。さあ、時間を無駄にしないように、宇宙大使に次を案内してもらってください。」


             「プレアデス星訪問記」 上平剛史著 たま出版

                        抜粋したもの




     
   





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voice-of-brothers-234

2018-04-17 13:56:47 | 思想、哲学、宇宙論

https://ascension21.com/voice-of-brothers-234/


幼少期の子供たちには、難しい学問を教えるよりも生命の法則を教え、

それを使いこなせるように導くことだよ。

それには道徳という科目を生命に置き換えて子供が命の何たるかを知り、

その使い方を覚え実際に彼ら自身が自らの想念言行に顕せるような環境を

整えてあげるのが一番いいね。

そのうえで教えることが、生命大調和の法則に基づいた知育であり

魂の躍動を肉体に修めさせるように導く体育であるならば、

精神と肉体にいのちの光を輝かせて生きることのできる大人に成長してゆくんだよ。

社会に出てから出世するためとか、人生の勝者になるためだなんて

子供だましな動機付けは今どきの子供たちには通用しないよ。

どうしてかというと、今頃生まれてくる子供たちは地球を立派な星に

仕立て上げるために生まれてきた高級神霊であることが多いからだよ。
コメント

voice-of-brothers-233

2018-04-16 13:23:52 | 思想、哲学、宇宙論
https://ascension21.com/voice-of-brothers-233/


今が大事な時だ。

今を逃したら地球は終わるんだ。

君たちは地球を平和な星としてよみがえらせるために

今この時代を選んで生まれてきた。

君たちの生まれる年代が50年早くても、遅くてもタイミングが合わなかったというくらい

絶妙かつ最適なときに君たちは肉体に誕生したんだよ。


君たちが地球をアセンションさせる中心の働きを担うことは

遠い昔君たちが他の星から地球神界に転籍した時点に既に決まっていたことで

君たちは僕たちの星にいたときから、たぐいまれな愛の持ち主だった。

だからこそ未開の星である地球へ

これまでにない新たな開拓を目指して覚悟を持って旅立った。

その時、金星に残る僕たちは君たちと固い約束を交わした。

地球世界に生命の真実を映し出す時代が来たときにまた会おうねと。
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voice-of-brothers-231

2018-04-14 13:00:00 | 思想、哲学、宇宙論
https://ascension21.com/voice-of-brothers-231/


とりあえずは150歳や200歳ぐらいまでには肉体を離れる時期を

延ばす人々がこれから数百年の間にたくさん現れるだろう。

君が自分の本質を思い出して神性意識に生きるなら

君自身が人類に先駆けて、ギネスブックを更新するような年齢まで生きて、

隣の部屋に行くような、あの世への意識意向を体験することになるんだよ。

だけど君がいつまでも、何歳になったらもう自分は老いさらばえるしかないんだ、

なんて自己限定した想いを抱きしめ続けていたり、

みんなが言っているような老人にいつかは自分もなるんだろうな

って漠然と信じて過ごしてるならば、君が思った通りの人生を生きることになるだろう。
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