思想家ハラミッタの面白ブログ

主客合一の音楽体験をもとに世界を語ってます。

歴史の場に働く統一力

2013-12-30 12:56:36 | Weblog
喜多郎の古事記を聞いていると、日本の歴史の時空の場が古代から現代まで一つにつながり

美しく体系化されているように感じる。


複数の場の体系が統一力によって一つに融合され、大きな場の体系を形成するのではないか。










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G線上のアリア

2013-12-28 15:31:05 | Weblog

バッハのG線上のアリアは統一力によって
美しく体系化された、理性的な愛のイデアといえるだろう。

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波動体系場

2013-12-28 13:24:41 | Weblog
波動体系場

高次元空間で、統一力によって体系化されている波動場を、波動体系場と名づける。

波動体系場は一つの統一体であり、全体と部分が生命体のごとく有機的に機能している。

生命場、精神場も波動体系場の一つである。

一つの波動体系場が一つの世界を形成しているといえるだろう。

物質世界の秩序形成には波動体系場の働きが大きな役割を果たしている。

生命や精神の統一的な活動は波動体系場の働きによるものである。

波動体系場は進化という方向性を持っている。

日本の過去の歴史の場は、統一力によって一つに体系化され

ているのではないか。





波動体系場






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トランスパーソナル体験の正体

2013-12-27 11:39:35 | Weblog


宇宙には無数の体系化された場が存在する。

その一つと意識が共鳴し、その中に入り込み、

自分の意識が、その体系の一部分になって

融合してしまうような体験が、トランスパーソナル体験である。


宇宙には無数の体系化された場が存在し、相互に関連し合いながら進化し続けているのだ。


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場の体系化

2013-12-26 12:53:48 | Weblog
統一力の働きで場が体系化される。

場の体系化は相補性が基本となる。


イデアとは統一力によって美しく体系化された場である。

より複雑で精緻な波動の場の体系を生み出すことが、進化と言えるだろう。

宇宙にはミクロからマクロまで、無数の体系が重なり合い相互作用しながら共存している。

生命体の持つ複雑な体系は、生命場が体系化されることで作られる。


神は精緻で美しい体系を持つ存在だろう。



たいけい【体系】とは。


個々の部分が相互に連関して全体としてまとまった機能を果たす組織体。







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海の見える窓から オリジナル  さとうささら

2013-12-24 17:13:57 | Weblog
海の見える窓から オリジナル  さとうささら
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統一力と渦の生成

2013-12-24 13:39:55 | Weblog
統一力は波動の場に無数の渦を発生させる。

渦によって要素全体の秩序と調和を生み出すのである。

宇宙の法則、秩序は渦から生まれるのだ。

宇宙の根源的な力、それは渦を発生させる力である。

宇宙はミクロからマクロまで無数の渦によって成り立ち、調和が保たれていると思う。


霊界最高次元に発生する波動の渦

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高次元波動は二重螺旋

2013-12-24 10:58:53 | Weblog
高次元の波動エネルギーは二重らせん構造をしているのではないだろうか。

そのため互いにエネルギーを打ち消し合い測定できない。

二つの波が対をなして、左右対称で渦を巻くように進んでいく。

高次元波動は対称構造の美しい波である。

自然界の対称性の大本がこの渦巻き波動だと思う。

気功や想念は互いに打ち消し合う螺旋形波動なのだ。

遺伝子が二重螺旋なのは高次元の波動を取り入れるためではないだろうか。
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波動相互作用による高次元空間の体系化

2013-12-23 14:28:58 | Weblog
ヴァンゲリスの螺旋は、高次元空間の波動エネルギーが衝突と融合を繰り返すことで、

統一力によって、空間構造が階層化、体系化されていく過程を表現したものではないだろうか。





ベートーベン運命が表現する意識の場の体系化と

ヴァンゲリス螺旋による高次元空間の体系化は、同じ原理によるものではないか。
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ヘーゲルとベートーベン

2013-12-23 12:00:10 | Weblog
ベートーベンの運命から西田幾多郎やヘーゲルの弁証法に

通じるものを感じていましたが、

ヘーゲルとベートーベンは同い年に生まれていたそうです。

運命は,、弁証法によって進化し続ける絶対精神を表現したものかも知れません。



http://mic.itconsult.co.jp/lw/lw307-oomura.htmより



アドルノ 「ベートーヴェン 音楽の哲学」 にみるヘーゲルとベートーヴェン 

 ところで、かねてから私は、ベートーヴェンの音楽とヘーゲルの哲学は「弁証法」という共通項でくくられるのではないかと漠然と考えていました。ベートーヴェンの音楽を聴くとどうしても正・反・合の弁証法の構成に思いが及んでしまうのです。この偉大な音楽家と哲学者とが1770年という同じ年に生まれたということもすごいことであると思っていました。 ところが、昨年2月、紀伊国屋書店で<テオドール・W・アドルノ(ロルフ・ティーデマン編)『ベートーヴェン 音楽の哲学』 (大久保健治訳)1997年 作品社:独文原著出版1993年> という本を手にし、そのブックカバーの帯の文言をみておどろきました。曰く、

『 ベートーヴェンの音楽にヘーゲルの哲学を読む / アドルノ畢生のライフ・ワーク 

     ベートーヴェンの音楽はヘーゲル哲学そのものである。しかし同時にこの音楽は、

ヘーゲル哲学以上に真実でもある。 ベートーヴェンの意思、つまり、形式を運動

させているエネルギーは、つねに全体、つまりヘーゲルの世界精神にほかならない。』
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