真空の相転移というアイデアによって、何もない基底状態から物質が生成される可能性が明らかにされた。
しかし、これだけではまだ、宇宙における安定な物質の存在を完全に説明することはできない。実は、
上に述べた素朴なバネのイメージは、光や中間子など「ボーズ粒子」と総称される素粒子にしか適用すること
ができず、固体を形作る陽子や中性子(あるいはその構成要素であるクォーク)のような「フェルミ粒子」
の生成を考える際には、もう少し掘り下げた議論が必要になるのだ。
フェルミ粒子とボーズ粒子の最大の相違点は、粒子数保存則の有無である。ボーズ粒子の場合、粒子数が
保存されないので、余分なエネルギーがあると、次々と新しい粒子が生まれてはあちこちに飛散してしまい
、安定な構造を保つことができない。これに対して、フェルミ粒子には、(陽子と反陽子、電子と陽電子
というように)「物質」粒子と「反物質」粒子の2種類があり、それぞれの粒子数の差は一定に保たれる
という性質がある。この2種類の粒子は、狭い領域に大きなエネルギーが集中したときにペアで生成されたり
、逆に、衝突して一緒に消滅してしまうことはあるが、どちらか一方だけが、突然に発生したり消滅したり
することはない。このため、「物質」粒子(あるいは「反物質」粒子)だけから作られた構造物は、
「物質」粒子と「反物質」粒子をペアで生み出すだけの巨大なエネルギーがなければ、粒子数保存則の結果
として安定性を獲得することが可能になる。
この説明は、物理学的にはかなり杜撰なものである。より正確なところが知りたい人は、素粒子論の教科書を
繙いていただきたい。
われわれが住む天の川銀河がエネルギーを放出して崩れていかないのは、銀河を構成する天体が「物質」
粒子だけからできているからである。宇宙線の観測を通じて、近隣の銀河集団にも「物質」しか存在しない
ことが確かめられており、遠方の銀河に関しても、いくつかの理由から同様だと推測されている。
それでは、なぜ「物質」しか存在しないのか。ビッグバンの高温・高密度状態の中では、「物質」粒子と
「反物質」粒子がペアで生成・消滅を繰り返しているはずであり、そのうちの「物質」粒子だけが生き
残った理由は、長い間謎とされてきた。この謎は、吉村太彦の「CPの破れ理論」(1979)によって
、初めて解き明かされた。
素粒子の振舞いを記述する最も基礎的な方程式において、「物質」と「反物質」の項は対称的な形で現れる。
相転移前の原初の宇宙では、「物質」と「反物質」は、完全に等量存在していた。ところが、相転移に
よって、真空の側に両者を区別する要因が生まれてくる。これを「自発的な対称性の破れ」といい、
この世界が複雑な構造を持つ要因である。
「自発的な対称性の破れ」を理解するには、ワインボトルの底の形をした膨らみの上にビー玉を置いた
状況を思い浮かべれば、わかりやすいだろう(右図;これは、物理学者がポテンシャル関数として想定して
いるものと同じ形状である)。ビー玉が膨らみの頂点に置かれているときには、ワインボトルを中心軸の
周りに回転させても、状況に変化はない。このことを、(軸の周りの回転について)対称性があるという。
しかし、ビー玉が底の凹みへと落ち込むと、この対称性は失われ、軸から見てある方向が特別な意味を持つ
ようになる。
こうした現象は、自然界ではごく普通に見られる。例えば、鉄に代表される強磁性体は、高温に熱している
ときには磁気を帯びていないのに、温度を下げていくと自然に磁化することが知られているが、これは
、鉄に含まれる電子1個1個が小さな磁石になっていて、各磁石が同じ向きに揃った方がエネルギーが低く
なるために生じた「自発的な対称性の破れ」だと考えるとわかりやすい(下図)。高温状態では、熱振動に
よって磁石がバラバラの向きになっている高エネルギー状態に押し上げられ、ある向きが特別の意味を
持っている訳ではない(=回転対称性がある)。温度が下がり始めると、磁石をいろいろな方向に向ける
揺動力が弱くなり、最終的には、磁石が同じ方向を向いた低エネルギー状態に落ち着くことになるのだが、
このとき、磁石が揃った向きが鉄全体の磁化の向きという特別な意味を持つので、(どの方向も同じという)
回転対称性は破れたことになる。しかも、この対称性の破れは、外から磁石を操作した結果ではなく、
温度が下がるときに、ある方向を向いていた磁石がたまたま多かったというような偶然の作用によって
実現されたものである。この過程は、(ボトルの底の中心のような)エネルギーの高い対称的な状態から
(周辺のへこみのような)エネルギーの低い対称性の破れた状態へと、(外部からの操作によらずに)
自発的に(spontaneously)相転移したものと解釈される。
・・・ あの世はエネルギーの高い光の世界だとすると美しい対称性が保たれているのかも知れない。
しかし、これだけではまだ、宇宙における安定な物質の存在を完全に説明することはできない。実は、
上に述べた素朴なバネのイメージは、光や中間子など「ボーズ粒子」と総称される素粒子にしか適用すること
ができず、固体を形作る陽子や中性子(あるいはその構成要素であるクォーク)のような「フェルミ粒子」
の生成を考える際には、もう少し掘り下げた議論が必要になるのだ。
フェルミ粒子とボーズ粒子の最大の相違点は、粒子数保存則の有無である。ボーズ粒子の場合、粒子数が
保存されないので、余分なエネルギーがあると、次々と新しい粒子が生まれてはあちこちに飛散してしまい
、安定な構造を保つことができない。これに対して、フェルミ粒子には、(陽子と反陽子、電子と陽電子
というように)「物質」粒子と「反物質」粒子の2種類があり、それぞれの粒子数の差は一定に保たれる
という性質がある。この2種類の粒子は、狭い領域に大きなエネルギーが集中したときにペアで生成されたり
、逆に、衝突して一緒に消滅してしまうことはあるが、どちらか一方だけが、突然に発生したり消滅したり
することはない。このため、「物質」粒子(あるいは「反物質」粒子)だけから作られた構造物は、
「物質」粒子と「反物質」粒子をペアで生み出すだけの巨大なエネルギーがなければ、粒子数保存則の結果
として安定性を獲得することが可能になる。
この説明は、物理学的にはかなり杜撰なものである。より正確なところが知りたい人は、素粒子論の教科書を
繙いていただきたい。
われわれが住む天の川銀河がエネルギーを放出して崩れていかないのは、銀河を構成する天体が「物質」
粒子だけからできているからである。宇宙線の観測を通じて、近隣の銀河集団にも「物質」しか存在しない
ことが確かめられており、遠方の銀河に関しても、いくつかの理由から同様だと推測されている。
それでは、なぜ「物質」しか存在しないのか。ビッグバンの高温・高密度状態の中では、「物質」粒子と
「反物質」粒子がペアで生成・消滅を繰り返しているはずであり、そのうちの「物質」粒子だけが生き
残った理由は、長い間謎とされてきた。この謎は、吉村太彦の「CPの破れ理論」(1979)によって
、初めて解き明かされた。
素粒子の振舞いを記述する最も基礎的な方程式において、「物質」と「反物質」の項は対称的な形で現れる。
相転移前の原初の宇宙では、「物質」と「反物質」は、完全に等量存在していた。ところが、相転移に
よって、真空の側に両者を区別する要因が生まれてくる。これを「自発的な対称性の破れ」といい、
この世界が複雑な構造を持つ要因である。
「自発的な対称性の破れ」を理解するには、ワインボトルの底の形をした膨らみの上にビー玉を置いた
状況を思い浮かべれば、わかりやすいだろう(右図;これは、物理学者がポテンシャル関数として想定して
いるものと同じ形状である)。ビー玉が膨らみの頂点に置かれているときには、ワインボトルを中心軸の
周りに回転させても、状況に変化はない。このことを、(軸の周りの回転について)対称性があるという。
しかし、ビー玉が底の凹みへと落ち込むと、この対称性は失われ、軸から見てある方向が特別な意味を持つ
ようになる。
こうした現象は、自然界ではごく普通に見られる。例えば、鉄に代表される強磁性体は、高温に熱している
ときには磁気を帯びていないのに、温度を下げていくと自然に磁化することが知られているが、これは
、鉄に含まれる電子1個1個が小さな磁石になっていて、各磁石が同じ向きに揃った方がエネルギーが低く
なるために生じた「自発的な対称性の破れ」だと考えるとわかりやすい(下図)。高温状態では、熱振動に
よって磁石がバラバラの向きになっている高エネルギー状態に押し上げられ、ある向きが特別の意味を
持っている訳ではない(=回転対称性がある)。温度が下がり始めると、磁石をいろいろな方向に向ける
揺動力が弱くなり、最終的には、磁石が同じ方向を向いた低エネルギー状態に落ち着くことになるのだが、
このとき、磁石が揃った向きが鉄全体の磁化の向きという特別な意味を持つので、(どの方向も同じという)
回転対称性は破れたことになる。しかも、この対称性の破れは、外から磁石を操作した結果ではなく、
温度が下がるときに、ある方向を向いていた磁石がたまたま多かったというような偶然の作用によって
実現されたものである。この過程は、(ボトルの底の中心のような)エネルギーの高い対称的な状態から
(周辺のへこみのような)エネルギーの低い対称性の破れた状態へと、(外部からの操作によらずに)
自発的に(spontaneously)相転移したものと解釈される。
・・・ あの世はエネルギーの高い光の世界だとすると美しい対称性が保たれているのかも知れない。