思想家ハラミッタの面白ブログ

主客合一の音楽体験をもとに世界を語ってます。

宇宙の膨張と虚次元宇宙

2016-12-29 11:35:21 | 思想、哲学、宇宙論
宇宙の膨張は、虚次元空間の中を実次元の空間が広がっていく現象と言える。

我々の宇宙の外側には、虚次元エネルギーに満ちた広大な虚次元宇宙が、

果てしなく広がっているのだ。

この宇宙の果てでは、虚次元エネルギーと実次元エネルギーの

ダイナミックな相互作用が起きているのかもしれない。
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波動上昇? 波動とは何か?

2016-12-28 14:08:24 | 思想、哲学、宇宙論

波動上昇? 波動とは何か?
2009/01/27 04:21



 多くのスピリチュアル関係の本で「アセンション」について書かれている本には「波動の上昇」という言葉が必ずと言って良いほど出て来ます。「5次元世界への移行にはあなた方の波動を上昇させなければなりません」とか、「荒々しい波動ではなく精妙な波動が要求されます」という言葉が良く述べられています。


 それでは、この「波動」とはいったい何なのでしょうか?
 「波動」の本質とは何を示しているのでしょうか?
 大変素朴な疑問でありながら氷解する解答は不明です。


 私たちは、何気なく「波動」とそのまま捉えていますが、「波動」とは物理的に何を示すのか明確に書かれている部分はありません。ただ、そう書かれているだけです。何となく「私たちの身体から放射されているもの」と推測できますが、その実体については全くわかりません。「愛の精神を高めていくことによって波動が上昇する」と言われ、人を愛するときに心に生じる「暖かい気持ち」がそうなのか?とも思います。しかし、どのようなものなのでしょうか?





「アセンション宇宙からのメッセージ」のHPの中に以下の文面がありました。


波動とは全てのエネルギーの根源となるものです。これは我々を理解する上で大切な事です。全ての心も体もこの波動のエネルギーによって影響を受ける事になります。波動とは見えないエネルギーが振動しているものです。

これは電気の様に測定出来るのですか?



測定できます。これが大橋さんが考えたものです。これが大切なポイントになります。エネルギーが振動する事によって波動ができ、これが全ての物質を作り上げているのです。


 このことから「波動」が私たちの「生命の根源」を成すものであり、「宇宙の全てに行き渡っているもの」と推測できます。そして、この中の「大橋さんが考えたものです」という一文が注目する部分でした。


「大橋さん」とは誰のことでしょうか?「大橋さん」と述べているのですから日本人のようです。


1993年10月12日に「たま出版」から「新波動性科学入門 大橋正雄 著」という本が出版されています。1993年当時は「プレアデス銀河の夜明け」などのプレアデス関連の書籍を盛んに読み浅っていた時期でもありました。そのときにも「波動の上昇」という言葉がいたるところに出てきて、ちょうど、「波動」について興味を持って色々と考えていた時でした。一度書店でこの本を眼にしていましたが、また、「とんでも本」のたぐいかと思い、購入していませんでした。でも数ヶ月後に再度手に取ったときに購入していました。


 そのため、今この本が私の手元にありますが、先述の「アセンション宇宙のメッセージ」を読んで「大橋さん」という言葉が出てきたときにこの本だと言うことがわかりました。


 この本は量子力学や天文学、そして宇宙創成について書かれていて、物理公式などで説明している部分があり、中々読み辛い部類に属します。ある程度数式を理解する必要があるため一般の方で購入された方は少ないだろうと思います。でも、高校物理の理解があれば何とか読みこなせますのでAmazonなどで購入して読まれるのも良いかと思います。


 大橋氏が述べる「波動」とは「原子波」のことだと書かれています。「生命現象は原子波があるからこそ営まれるのであって、ただ単に物質を集めただけでは生命体は発生しない」と述べています。


 それでは「原子波」とは何か?


 大橋氏は、自身の弟の精神分裂病の治療に「悟霊の方法」を行うことで、劇的に改善することが出来た。その後40例ほどの研究の末に、私たちの生体から固有の生体波動が放射されていることを実験的に知った。この波動エネルギーの本体が何であるか不明であったが、肉体は究極的には原子で構成されているので、このエネルギーも原子から放射されているだろうと推測した。氏はそれが1923年にド・ブロイが予言した物質波ではないだろうかと考えたが、その後この研究は誰も行っていないため、物質波の解明は進展していなかった。そして、このエネルギーは私たちの周りにある電磁波でも磁気でも熱波とも異なるものと理解した。


 氏はこのことを解明するために「ボーアの原子模型」に基づいた研究を行ったが、どうしても「ボーアの原子模型」では説明がつかなかった。


注)ボーアの原子模型(Wikipedia)
 原子の構成を模型化したもので、、ラザフォードや長岡半太郎の土星型原子模型のもつ物理学的矛盾を解消するために考案された原子モデルである。このモデルは1913年にコペンハーゲン大学のニールス・ボーアによって提唱された。従来の古典電磁気学では電荷を持った粒子が円運動をすると、その回転数に等しい振動数の電磁波を放射しエネルギーを失ってしまう。そのため正の電荷を帯びた原子核の周りを負の電荷を持った電子が同心円状の軌道を周回しているという土星型原子模型では、電子はエネルギーを失って原子核に引き寄せられてしまうはずであった。一方で、分光学における原子の発光スペクトルの研究により、原子の発する光は特定の振動数のみに限られ、各振動数の間には一定の法則(Ritzの結合則)が成り立つことが知られていた。上述のような不安定な電子は、連続的な振動数を放射し、古典的な描像では説明ができない。ボーアは、ボーアの量子条件とよばれる仮説を用いることによってこれらの矛盾を解消した。この理論はかなり大胆な仮説を用いたものだったが、水素原子に関する実験結果を見事に説明できたため、この理論は量子力学の先駆けとなった。


•電子は特定の離散的なエネルギー状態(エネルギー準位)に属し、対応する軌道を運動する。この状態を定常状態という。定常状態では、電子は電磁場を放出することなく、古典力学にしたがって運動する。
•エネルギー準位と対応する軌道は、古典的に可能なものから、量子条件が満たされるもののみが選択される。
•電子はある定常状態から別の定常状態へ、突然、移行する。これを状態の遷移という。そのときに放射(吸収)される光の振動数は振動数条件を満たす。


 「ボーアの原子模型」が提唱された後、原子核が陽子と中性子で構成され、原子核の周囲を電子が周回しているというモデルが発表されることで、原子核内で万有引力が発生していることを推測するに至った。現在ではこれは湯川博士の「中間子理論」で原子核内の陽子と中性子の結合が証明されている。 (現在では9個の中間子が発見されている)


 原子核の周囲には2個の電子が存在し、電子2個について1つの電子軌道がある。電子自体はマイナス電荷を帯びているため、その反発作用から互いに軌道上で反対に位置して周回していると解釈した。そして、それぞれの電子が同方向へ回転し180度異なる電磁波を発生する。しかし、それぞれが逆位相となるため、互いに打ち消し合い電磁波は発生しない。しかし、電磁エネルギーは消滅せず、転化して原子波として放射されるとした。この原子波については現在の測定機器では検出不可能なため、原子波を人工的に発生させる装置を作り、生物学的に検出を行い確認した。


 そして、その研究から、物質はそれぞれ固有の原子波を輻射し、その原子波の波長が近似しているものは互いに干渉して唸り波を形成する。その唸り波を作った時にその物質同士が化合し、原物質とは性質・機能・形態の異なる物質となる。そのような化学結合が繰り返されて人体の複雑な生体波動を放射していると結論づけたのです。


 簡単に言うと、原子から電子の相互作用により電磁波ではなく原子波、つまり生体波動が放射されていることを明らかにしたのです。そして、私たちの生体を構成している物質は通常考えられている化学物質としての分子の相互作用ではなく、波動的結合を通した反応が生体内で行われていて、生体の基本は波動によって成立しているとしたのです。


 中々理解しづらい内容です。でもその片鱗が少しでもつかんでいただければと思います。
私たちの生体だけでなく、全ての物質が波動としての性質を持つならば、私たちの思念も波動で成り立つことになります。

アセンションで出てくる波動の上昇とは、本来私たちの生体を構成する原子は精妙な波動で構成されていて、普段はそれにアクセスすることは出来ません。しかし、思念の波動を上昇させることで、相互作用が発生するようになり思念によってアクセス可能となり、コントロール可能な状態になると言い換えることも出来ます。そして、思念の波動上昇により私たち自身の生体波動も同時に上昇する相互作用をもたらすのでしょう。だから、私たちの思念が精妙な波動状態を維持できるようにならないといけないと言うことになります。




 物質はアインシュタインのE=MC2という方程式にあるようにエネルギーそのものです。波動は波としての性質を持ち、空間ではエネルギー密度の濃淡として伝播します。特定の周波数を持つ波動は近い周波数を持つ波動とぶつかるとエネルギーの相互干渉を起こし、そこに唸り波が生じます。その結果新たな現象が引き起こされ変化が次々と起こり、私たちの時空間の歴史を作り出していきます。日常生活の人と人とのふれあいというマクロ的な現象も突き詰めていくと原子同士の相互干渉というミクロな変化が集積して起こったものです。




 そして、先述した「唸り波」は波動の相互作用から、「類は類を呼ぶ」とか、「妙に気が合う」とというように、互いの思念の波動が「唸り波」を生じて干渉し合った結果から、例え言葉を交わさなくとも、相互干渉した結果が私たちの脳細胞の原子波を刺激し、そのように感じるのだろうと思います。思念の届く範囲は無限で次元を超えると書かれている本もあります。



 プレアデスの「銀河の夜明け」の中に「私たち自身が銀河の図書館です。時期が来ればその膨大な図書館にアクセスすることが出来るようになり、全ての情報がもたらされるでしょう」と書かれています。恐らく、私たちの波動が精妙になり原子に直接アクセス可能になれば相互作用によりDNAに蓄積された情報を読み取れる日が訪れるのかもしれません。


 私たちの思念にはそのような力があり、その利用方法は明らかにされていません。でも、ナポレオン・ヒル博士の思念が現実を作り上げるというこれまでの事例から、本来そのような力が備わっているような気がします。


 私たちは現在科学万能主義に犯され、物質中心の見方をし、思念の役割に触れないように教育されてきています。だから、その真実に気付くことを求められているのだと思います。




















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宇宙は虚次元空間から始まった

2016-12-28 13:51:27 | 思想、哲学、宇宙論
以前、宇宙の最初に在ったのは超高次元空間と書きましたが

超高次元というよりは、虚次元空間と言った方が正しいような気がします。

虚次元空間でエネルギーが生産されて流出し、あらゆる情報を含んだ

広大な虚のエネルギーの海が出来ました。

その中でビッグバンが起こり、エネルギーが実のエネルギーに変化して

宇宙に拡大したのです。

虚のエネルギーの海は、現在でも我々の宇宙を包み込んでいます。
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物理学における実在性

2016-12-27 13:30:39 | 思想、哲学、宇宙論
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4ba8aaf71522671511fd21d3ad6f43f2


日常的な意味での実在性とは

人間の五感でとらえられるものを実在と呼ぶのなら、それはそれで完結した話だ。だが、もちろん私たちはそうではないことを知っている。電磁波や赤外線、紫外線(、そして放射線)は目に見えないけれども、それらが「在る」ことは物理学を学んでいなくても一般常識だ。

物理学の範疇にこだわらなければ、観念的な世界で実在性を問うこともできる。友情や愛情は目に見えなくても確かに「在る」ものだし、親子関係や師弟関係など、人と人のつながりも「在る」か「無い」かのどちらかなので「数学的な実在性」の有無を問える対象だ。だが、以下は物理学で扱える対象に話を限定しよう。

物理学における実在性とは

たとえば「実数で量があらわされる対象」ならば「実在する」と決めてみてはどうだろう?電場や磁場は実数(実数ベクトル)であらわさられるから電磁波や赤外線、紫外線が「在る」ことの理由付けとしてはよさそうだ。直接目に見ることができない「空間」や「時間」も実数で量を測れるのだから、この考えはいいかもしれない。

時間と空間が伸び縮みするアインシュタインの相対論の世界であっても大丈夫だ。1つの時間座標軸と3つの空間座標軸の目盛の幅を時刻と場所ごとに少しずつ変えればよいだけの話で、実数で量を測れることに違いはない。ただし世界が1次元の時間と3次元の空間という2つの独立した実在の概念を捨て、4次元の時空という1つの実在を受け入れることになる。

けれども、量子力学を学ぶとその考えではダメなことがわかる。電子を始めとする素粒子の有り様を示すシュレーディンガーの方程式と呼ばれる基礎方程式には虚数 i が含まれているし、この方程式の解は複素数の値をとる波動関数だ。私たちが日常感じている時空間以外のどこかに、この複素関数が「在る」ことを認めなければ、私たちが日ごろ見たり、触ったりできる物質の有り様が成り立たないのだ。元来「この世界に存在しない想像上の数」として定義された虚数が、この世界の実在性を保証するために不可欠になったわけなのだ。

物理学で扱う物質や現象は、数式であらわされ、数式のもつ意味合いの正当性や物理現象をあらわす解の存在は数学における証明によって裏付けられる。これを物理法則の数学による定式化という。

物理学が発展するにつれて実在性の意味はさらに怪しくなった

量子力学以降、物理学はますます多様で高度な数学理論が必要になった。高校で学ぶ微積分や微分方程式はニュートン力学やアインシュタインの特殊相対論を記述するには十分だが、一般相対論にはリーマン幾何学、リーマン・テンソルが必要になり、量子力学では複素数のヒルベルト空間(純粋に数学的な空間)が登場し、場の量子論や素粒子物理学には、リー群論や微分幾何学、位相幾何学(トポロジー)、フォック空間などの数学理論が高次元で使われる。本来4次元の時空に収まっている現象を説明するために必要になる高度な数学的な関係式はますます増えている。

補足:上記の高度な数学理論を、説明の正確さが犠牲になることを承知の上で、一般の方向けに解説すると次のようになる。

- リーマン幾何学: 曲がった多次元空間を記述する幾何学理論。曲がった多次元空間で既存の数学理論がどのように修正され、一般化できるかを研究する。
- テンソル: 複数の数をまとめて1つの大文字の英字であらわし、複数の添字(i,j,k,..)でその中の数を指定する記法。ベクトルや行列を拡張したもの。テンソル代数と呼ばれる規則に従って計算が行われる。物理では力による物体の歪みをあらわす応力テンソルや、時空間の歪みを表すリーマン・テンソルなどで使われる。
- ヒルベルト空間: 複素数を使って構成されるベクトルを座標軸として張られる数学的空間。
- リー群論: 何種類もある素粒子やその物理量(性質)、時空間などの間に成り立つ複雑に関連している対称的な関係を表現するための数学理論。連続群論とも呼ばれる。
- 微分幾何学: 無限小の線分をなめらかに無限個つなぎ合わせて物体や空間を構成する多次元の幾何学。アイザック・ニュートンが創始者。
- 位相幾何学: 自由に変形しても変わらない物体や空間の性質を代数学的に研究する幾何学。もちろん多次元の物体や空間が研究対象。点と点の間に「距離」という概念を持たないのが特徴。
- フォック空間: ヒルベルト空間を無限個使って拡張した数学的空間。

これらの数学理論は高度で難解ではあるものの、非常に美しい形で物理法則を表現している。そしてその結果、直接目に見えない物理現象や直観とは全く異なる摩訶不思議な「この世界の本当の有り様」を私たちに教えてくれているのだ。たとえば時空の歪みや反粒子の存在、量子テレポーテーションなどがあげられる。物事の実在性を「数学で表現される関係」にまで拡張するならば、私たちはこれら高度な数学で記述された物理法則も「実在するもの」として認めることになる。

しかし場の量子論で導入される「ゴースト場」や「ゴースト粒子」は計算のつじつまを合わせるために導入された数学的な手法から持ちだしたものであり、物理的に存在するものではない。(もちろん幽霊やスピリチュアル系とは関係ありません。念のため。)

実験や観測による理論の裏付けの大切さとその限界

物理学には数学理論による裏付け以上に重要なことがある。「実験や観測による裏付け」だ。これがないとすべての物理法則は単なる仮説でしかなくなる。裏付けのない仮説は「妄想」でしかない。もちろん実験して検証できるのは4次元の時空内で起きる現象だけであるし、使える装置のサイズやエネルギー、実験できる場所などの制限があるから、私たちが検証できるのは物理的世界の中のごく一部にすぎない。4次元以上の物理世界、広大な宇宙空間で起きるあらゆることのうち、ごく一部を狭い隙間から覗いているようなものだ。

今年の7月4日にCERNで行われた「ヒッグス粒子発見の報告」は素粒子物理の一部である「標準理論(統一理論)」の正しさを裏付けた、実験物理学の大勝利であるとともに、この粒子を予言した場の量子論と数学理論の有用性が実証された稀有な例である。ただ標準理論ですべてが解決したわけではない。第一、標準理論には重力理論が含まれていないし、解明されていない謎がいくつも残っている。

最先端物理学が描く世界像、数学的実在性と物理的実在性

その後も理論物理学は発展し、標準理論は拡張され、超対称性理論や11次元や26次元の物理的空間を前提とする超弦理論、ミクロな世界で不連続で離散的な時空間を前提とするループ量子重力理論、リー群のうちの例外群の1つ「E8群」の対称性で記述されるE8理論など私たちの実感ではますます受け入れ難い理論が打ちたてられている。物事の「実在性」を問うことは難しくなる一方だ。数学的な無矛盾性と美しさゆえに、実在するのはむしろ高度な数学理論で表された抽象的な世界のほうであり、私たちが日常の空間と時間の中で実感している世界は幻影にすぎないことが強く示唆されてくるのだ。

冒頭で引き合いに出した「親子関係」や「師弟関係」は在るか無いかを問える「論理関係」であるから数学で扱う対象である。方程式や不等式、論理関係をはじめ上で例示した高度な数学理論で使われる式も同様で、変数と変数の間に成り立つ関係(構造)を示したものであることに変わりはない。

物理学で予想される「高度な数学的な関係式であらわされた構造」の実在性が数学上の実在性にとどまらず、物理的な実在として受け入れる必要がでてくる場合もある。

超弦理論やループ量子重力理論では、数式で表現された11次元(または26次元)空間や離散構造を持つミクロな空間は数学的であるにとどまらず、物理的な空間だと主張し、それらの空間でおきている物理現象を論じることで、現在抱えている物理学上の難問を解決しているのだ。しかし、難問が解決できるからといって、そのように飛躍してしまってよいのだろうか?

私たちは、このような数学的な実在性から物理的な実在性への飛躍をすでに経験している。それはアインシュタインの4次元時空の物理的な実在性のことであり、おおかたの人が同意しているところだ。「そんな同意をした覚えはない。」とおっしゃる方もいるだろう。しかしその同意は、高校までに学ぶ数学と正確なカーナビの精度を受け入れることで、すでになされているのである。特殊相対論は高校までの範囲の数学で記述されるし、相対論による影響を計算に含めなければ、カーナビは実用的な精度を得られないからだ。

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物質と場

2016-12-27 12:54:25 | 思想、哲学、宇宙論
http://ziomatrix18.blog68.fc2.com/blog-entry-294.html


物理で扱う対象は大きく二つに分けられます。

一つが物質、もう一つが場です。

物質は言わずと知れた、その辺にある物ですね。

で、場ってのは例としては電磁場です(ちなみに重力場も場です)。



この二つはそれぞれ異なる物理対象なので
異なる理論によって記述されています。

古典的には
物質はニュートンの運動方程式(ニュートン力学)に従い、
電磁場はマックスウェル方程式(電磁気学)に従います。



しかも、物質が帯電している場合は、物質と電磁場は相互作用するので
ニュートンの運動方程式とマックスウェル方程式は絡まりあうので
同時に解く必要が発生します。

実は、この辺でごちゃ混ぜになっちゃうんですよね。



物理の「対象」というのは物質だけでなく、
電磁場のような目では見えないもの含まれます。

その辺を整理して勉強したほうがイメージが湧きやすいので
理解も進むと思うんだけどな。



ちなみに量子論を基礎にした場合、
物質を扱うのが量子力学、場を扱うのが場の量子論です。




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唯物論についての解りやすいブログを見つけた

2016-12-26 13:49:16 | 思想、哲学、宇宙論
http://ihojin88.blog.fc2.com/


2.存在論の答え


・この世界は物質のみより成ります。
・この世界の全ての現象は物質が物理法則に従って運動することにより生じます。

これが存在論の真の解であり唯一の解です!!
これは唯物論と呼ばれる主張です。
この唯物論こそ存在論の唯一にして真の解です。
これ以外に存在論の真の解は存在しません。

この世界の全ての現象は物理的現象です。
精神現象も物理的現象です。
精神現象は物理的現象と異なる現象ではありません。
精神現象は物理的現象の一部です。             
この世界の全ての現象は客観的現象です。     
主観(的現象)は客観(的現象)と異なる事柄ではありません。
主観(的現象)は客観(的現象)の一部です。

生命は人間も含め純粋に物理的な機械です。
これは純粋機械論と呼ばれる主張です。

<結論>
・この世界は物質のみより成ります。(唯物論)
・この世界の全ての現象は物理的現象です。(唯物論)
・人間(生命)は純粋に物理的な機械です。(純粋機械論)

物質のみが実在です。(唯物論)
精神現象は物理的現象の一部です。
主観は客観の一部です。
精神現象は古典物理学の範囲で物理的現象として説明可能です。
精神現象を説明するのに現代物理学(量子力学)は必要としません。
精神現象は古典物理的現象です。
精神現象は時計仕掛け(古典物理的機械)の働きとして説明可能です。



反論 

精神現象は脳内における高次元エネルギーの複雑な振動現象です。
高次元エネルギーは宇宙を満たしているので、精神現象は波動として外部に伝わります。
人間は精神活動によって高次元エネルギーを吸収、放出しています。
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光の世界(微細レベル)

2016-12-23 16:09:13 | 思想、哲学、宇宙論
>普段は隠された微細な場の活動が顕在化する機会(あるいは手段)は、少なくとも二つある。
その一つは「死」を迎える際(臨死)である。死の間際、場の粗大な活動レベルがゆっくりと後退してゆけば、場の微細な活動レベルは「光」の体験として現れて来る。チベット密教が伝えるところによれば、死のプロセスの進行の程度に応じて、その光の様相は変化してゆく。その変化の度合いは、意識状態の変容の程度を示す指標(死のしるし)となる。死に行く者は、日頃慣れ親しんだ世界(粗大レベル)から、光の世界(微細レベル)へ突入する。




光の世界(微細レベル)がこの宇宙の根源的な世界でしょう。

意識はこの光の世界で生まれ、物質的身体に宿ると思います。

物質世界は、この光の世界の影のようなものかもしれません。
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意識場

2016-12-22 16:13:35 | 思想、哲学、宇宙論
http://cocoro-cocoro.net/?page_id=127


意識場


東洋の心理学を考慮するならば、私たちの意識経験は〈意識の場〉と〈意識内容〉の二つに区別することができる。意識の場とは「知る」という主観的作用の生じる「ところ」である。それはあらゆる主観的意識事象/クオリアが発現し、踊る「舞台」である。(ここで述べるクオリアは、赤さ、音色、芳香、苦み、痛み、喜び、悲しみ、欲求、意志、自我感覚・・・等の意識経験の内容の全てを意味する)
 磁力や電力が作用する場が「電磁場」と呼ばれるように、知るというはたらきが作用する場(ところ)が「意識場」である。この「場」の活動の内に、多彩な意識内容/クオリアが生まれる。場の活動状態の変化がクオリアとなる。

東洋心理学の視点から言えば、この場には大きく分けて、二つの活動レベルが存在している。その二つとは、場の〈微細〉なレベルと、〈粗大〉なレベルである。日常生活において私たちが認知しているのは、後者の〈粗大〉な場の活動レベルである。前者の〈微細〉な場の活動レベルは潜在的なものであり、通常、認知されることは無い(図1)。




場の微細な活動レベル


普段は隠された微細な場の活動が顕在化する機会(あるいは手段)は、少なくとも二つある。

その一つは「死」を迎える際(臨死)である。死の間際、場の粗大な活動レベルがゆっくりと後退してゆけば、場の微細な活動レベルは「光」の体験として現れて来る。チベット密教が伝えるところによれば、死のプロセスの進行の程度に応じて、その光の様相は変化してゆく。その変化の度合いは、意識状態の変容の程度を示す指標(死のしるし)となる。死に行く者は、日頃慣れ親しんだ世界(粗大レベル)から、光の世界(微細レベル)へ突入する。

そして、もう一つの微細な場の活動が顕在化する機会(手段)は、極度の注意集中である。仏道では「止観」と呼ばれる注意集中の技法を駆使した瞑想が実践されるが、この止観の行では注意集中した箇所に、「ニミッタ」と呼ばれる特殊な心像が現れて来る。注意集中が深まるにつれてニミッタは、より澄み、光り輝くものへと変貌してゆく。その光の心像の変化の具合は、注意集中の程度を示す指標となる。

熟練した止観の行者は、この澄んで輝く「光」を、非常に微細な場の活動(ルーパ・カラーパと呼ばれる微細な粒子の集団)として認知するようになるが、彼らの指摘によれば、光の世界(場の微細な活動)は、各種の感覚刺激に応答し、多彩なクオリアの世界(場の粗大な活動)へと分化発展しているようである。光の世界は私たちの感覚世界の根底に位置しており、それは成熟なクオリアが分化発展する以前の世界である。

場の粗大な活動レベル


最近の欧米の一部の意識研究者が指摘するように、また、アジアの止観の行者らが古くから伝えて来たように、非常に短い時間スケール(おそらく数十ミリ秒程度以下)においては、私たちの意識経験は映画のコマ(あるいは連続するスナップショット)のような、離散的な在り方をしている可能性がある。私たちが認知する意識世界は油絵のようにべったりとクオリアで塗られているが、止観の行者らが認知する刹那レベルの意識情景は、クオリアの有る瞬間と無い瞬間が分別された無常の世界である。彼らはクオリアの塊ではなく、クオリアの波動を認知する。意識経験は本来、波動性を有しており、水面上に広がる波のように、成熟したクオリアは意識の場上に波動的に展開してゆく。

今この瞬間において生起する意識経験の一コマ(スナップショット)、そして既に過ぎ去ったスナップショットの記憶(メモリー)は統合し、普段私たちが感じているような「今現在の意識シーン」が出来上がる。「今」と「過去」の情報群は混和し、数百ミリ秒程度以上の時間スケールの「今現在の意識シーン」が形成される。

今現在の意識シーンの内で混和した「今」と「過去」の情報群は統合し、そのタイムスケールの中で「主」と「客」の二極の心理学的構造が生まれる(それ以前は主客未分の境地である)。視覚、聴覚、触覚といった感覚情報群は統合し、感覚世界(客体)が仮構される。また、情動、感情、思考、概念化作用、欲求、意志といった精神の作用と、身体の感覚(体性感覚)は統合し、自己の感覚(主体)が仮構される。

この主客二元の心理学的形式の下で、意味処理や概念化作用のプロセスは進む。人間は言語活動によって、その能力は著しく増強されており、そこには高次の意味の世界、概念の世界が構築されている。

自己


私たちの意識経験を意識場(知ること)と意識内容(知られたもの)の二つに分けた場合、心の中心機能である自我(私)は「意識場」と「意識内容」の両方によって仮構されるが、自己感覚の根幹は前者の意識場(知ること)の方にある。自己は常に「知る」というはたらきと共にある。認知の流れの中で明瞭に知られたモノは、自己とはならない。自己は常に知る者である。

意識内容を伴わない「場のレベルの本来の自己」は、特定の内容や構造によって条件付けられない。そこにおいて自己は無定形であり、自己は意識内容(知られたもの)によって制限を受けない、純粋な知る者である。しかしながら、意識場の活動〈識〉によって、そこに様々なクオリアが発現するようになれば、知る者は特定の意識内容によって肉付けされ、それは具体的で条件付けられた者へと移り変わる。

身体各所の体性感覚は集束して一つのボディ・イメージ〈色(しき)〉を形成し、自己に物理的基盤、個体としての感覚、同一性、安定性を付与する。そこにはボディ・イメージを基軸にした三次元の空間の感覚(そしておそらく、時間の感覚)が生まれる。このボディ・イメージという「身体場」の中に、情動・感情〈受〉、思考〈想〉、欲求・意志〈行〉の流れは集束してゆく。これら五つの要素(識、色、受、想、行)の活動の総体は、「今現在の意識シーン」の内に、リアルタイムに自己の感覚を仮構する。

日常生活においては、五つの要素(識、色、受、想、行)は健全なバランスを保ち、正常な自己の感覚が形成されている。しかしながら、心理学的条件、神経生物学的条件などによって、このバランスが崩れることになれば、様々なタイプの自己感覚の変容体験(離人症、神秘体験など)が生じることになる。

絶対知(無分別智)


意識場の活動の結果、場には意識の「波動特性」「統合作用」「概念化作用」といった、様々な一般的性質が現れて来る。場はこれらの心の一般的性質群によって構造化、機能化され、日常的な意識経験となる。

しかしながら、これらの心の一般的性質が一掃される「或る特殊な条件」においては、「場」の最も純粋な性質が直知されることになる。その瞬間、心の本性は如実に理解される。この純粋な場のレベルの心は、取られる(認知される)対象と思考から離れた「空(くう)」の状態であり、主客二元の認知構造も消失している。

東洋で言うところの「覚り」とは、この「場」のレベルでの心の本性を、直知することである。心の様々なはたらきが払拭され、心の本性があらわとなった瞬間、心の本性を知る根本的な智慧、絶対知(無分別智)が訪れる。



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宇宙は巨大な命

2016-12-22 12:21:58 | 思想、哲学、宇宙論


命とは自発性を持つ高次元波動エネルギーであり、この宇宙の根源的存在である。

統合場は、このエネルギーで構成された場であり

意識もこのエネルギーによって生じる。

宇宙とは巨大な命であり、生きた存在である。

すべてはこの巨大な命のバイブレーションの中に存在している。

この巨大な命のダイナミックな活動が、宇宙を調和させ進化させるのだ。

宇宙意識や進化の意志も、巨大な命のバイブレーションから発生したのだろう。



命のヴァイブレーション






>意識場と物質場を包括する統合場は、本来の「自然そのもの」の活動である。それは意識場の基盤となり、物質場の実体性の根拠となる、自然そのものの活動である。この「自然そのもの」という言葉は、統合場の物的性質を強調するものだが、その心的性質を強調するのならば、統合場は「命そのもの」と表現する方が相応しいだろう。心あるもの、すなわち命あるものの根源的な場である統合場は、「命そのもの」の活動である。
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統合場と統一力

2016-12-20 13:33:29 | 思想、哲学、宇宙論
統合場、いわゆる高次元生命波動エネルギー場は統一力の源です。

統一力とは精神や物質を秩序立てる力で、万物の根源的な力、進化の原動力です。

統合場は複数の階層で成り立ち、それぞれの階層で固有の秩序があります。

霊界も統合場の一部分です。

物質場は統合場の物質的表現であり、生命は命の物質的表現と言えるでしょう。

従って生命は命を失えば、生命でなくなるのです。
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