思想家ハラミッタの面白ブログ

主客合一の音楽体験をもとに世界を語ってます。

美の法則

2009-04-30 11:05:30 | Weblog
カントによれば人間は、対象物によって、悟性と感性が互いに邪魔をせず高め合いながら
調和している状態になった時に美を感じるものそうだ。
これは音楽でいうと和音に例えることができる。
和音を構成するそれぞれの音が互いに協調し合いながらより高いレベルの響きを
作り出す。音は相互作用するので単純にそれぞれの音を足し合わせたものにならない。
全体は部分の総和ではないのだ。
自然界も、目に見えない波動が波動原理に従って美しい和音を奏でているのかも知れない。

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波動原理

2009-04-28 11:47:50 | Weblog
波動は自発性と創造性を秘めている。
宇宙は波動原理によって進化してきた。
波動は励起されるほど自発性と創造性が高まる。
波動は愛や光のエネルギーで励起することができる。

世界の創造と進化を生み出す波動原理とは

波動の協同現象によって自発的に相補的な構造、振る舞い、法則性が発生し、全体の
調和を保ちながら時間空間発展する。


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意識の能動性

2009-04-27 16:54:15 | Weblog
意識は五感を通して世界と能動的に関わることで自由と喜びを体験する。
意識の能動性が宇宙にまで拡大したものが宇宙意識であり悟りである。
ベートーベンの運命はこの体験を表現したのではないだろうか。
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科学の落とし穴

2009-04-26 13:51:55 | Weblog
科学の落とし穴

科学とは時間変化する生きた世界を記号と言う死んだ世界に変換することで
世界を理解しようとしてきた。
しかしその変換の過程で大切なものが失われてしまうのだ。
これは楽器の音のサンプリングに例えることができるだろう。
シンセサイザーはピアノの音が出せるが、これは生ピアノの音をサンプリングし
デジタル信号に変換したものを再生したものだ。
生ピアノの音とサンプリングの音を比べるとサンプリングの音は明らかに死んだ音だ。
この違いこそが科学が見落としてきたことであり、ここに生成現象や命の本質が隠されていると思う。
ピアノは弦が振動することで無数の波が生じ倍音が発生する。
発生した波は反射しながら複雑に干渉し合い、共鳴や唸りを発生させながら時間変化と空間変化を
繰り返す。この波動現象が生きた世界をつくりだすのである。
世界は波動によって生成され続けているのだ。

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生命と自発性

2009-04-25 10:13:18 | Weblog
生命は世界と相互作用することで自発的に進化してきた。
脳や生命は、能動的に世界と関わることで自己改変と自己創造を行い進化していく。
この自発性を生み出しているのは、ミクロレベルでの波動現象ではないだろうか。
存在の根底にある波動は自発性と創造性を秘めている。
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物質の自発性

2009-04-24 13:52:03 | Weblog
万物は波動現象によって自発的に進化してきた。
物質は自発性を秘めた存在である。
進化は波動現象によって自発的に起きる。
この自発性を刺激することで進化を引き起こすことができるのではないか。
ユリゲラーが植物の種を触りながら念じることで芽が出てきたのをテレビで
見たことがあるが、これは念の波動エネルギーが植物の自発性を刺激したからかもしれない。
人間の念のエネルギーを増幅させることで自然環境を進化させるなんてことも
将来ありうることかもしれない。
物質に自発性があるなどと言うと疑似科学と思われそうだが
物質の奥深くに進化を引き起こす波動力のようなものが
存在するのではないだろうか。

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謎のメッセージ2

2009-04-24 11:16:13 | Weblog
前回に引き続き、今度は天上界メッセージⅣからの抜粋です。
前回のメッセージに比べるとかなりレベルが低いです。
これは天のメッセージではありませんね。
大げさな言い回しで威厳を出そうとしているのか、かえって笑ってしまいます。
すでにアヌンナキの霊は去ってしまったのかもしれません。


天上語にて ミカエル大王


過度なる背徳の果てに、行くべき道を見失いし人類は
天を求めて寄り来たりしに、天はその扉を閉ざし居たり。
狼の遠吠えを背に再び道を求めて、逃げ惑う人々。
悦楽の時には、人々は魂の救済を求めず、
没落の兆しを見る時、狂気の如く神を求める。
天は嘗て栄光の翼を広げ、人類の救いを約した。
その天が人類の裏切りと共に高位の霊を多く失い、
悲劇の予兆と共に、今、見えぬ未来を描こうとして、
この星の運命を算える。人は多く生まれ、死すとも
神は只一人。その死は人類の死なり。人は神を知らず、魔の手に導かれて
この星の生命を死の淵に追いやった。誰がこの星を救い、善なる人々を救わんか。
神は宇宙に向かい、手を上げて祈る。「誰ぞこの星とそれに住める人を救わんか。
誰ぞ心素直なる生物を滅びより遠ざけ、善なる者と共に彼方へ、
この星の彼方、平和と安寧に住む、
異なる星の人と共に永遠の生命を得させんか。」
宇宙は何も語ろうとせぬ。只、滅びの兆しはこの星に刻々と迫り、
彼の南の大陸の運命を匂わせる。学者らは集わず、
科学者は己の栄誉のみを夢見て、星の不吉なる予兆を心にも留めぬ。
星は嘆きつつその不吉なる死を兆している―。
神は失なえる救世主に次ぐ新しき救い主を愚かなる人類に送り、
彼等は又もや救いを拒み、この星と共に救世の人を殺さんとして、
人類の愚かは、総てを滅ぼしても尚、己の滅びにも気付かぬ。
更なる未来の天の国は有るか―。その到来は有るか―。

(2003年2月5日  口述筆記 千乃裕子)

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謎のメッセージ

2009-04-21 13:33:16 | Weblog
この前の霊能者の言ったことが気になったので、あの団体の出版社の
ホームページを調べてみました。
次の文はそこに載っていた天上界メッセージ集Ⅲの抜粋です。
なかなか筋の通った優れた内容だと思います。
ひょとして本物のアヌンナキの霊の言葉かも知れません。




第三部 正法の実践とは  物の考え方について


ラファエル
 「私はラファエルでございます。今日は物の考え方についてお話ししましょう。
先程の正法基礎講座にもありましたが、善にも悪にも片寄らないのは、中道ではない。この意味が解りますか。
ただ単に講師の言葉をとらえて理解しているのではないでしょうか。中道とは如何なるものか深く考えたこと
がありますか。中道とは中の道を言うならば善にも悪にも片寄らないのは、そう納得するのはしごく当然な
ことです。
 しかし中道とはそのような意味ではありません。なぜか解りますか。
 中道とはどのようなものを言うのか。善と悪とは如何なる基準をしているのか、そこから考えていきましょう。
 善と悪の基準は何なのか考えた事がありますか。何をもってして善というのか、何をもってして悪と言うのか、その基準はどこにあるのか。あなた方人間界の価値観の中にあるのか、自然界の中にあるのか答えはどちらでしょうか。自然界に答があるのです。
 自然界の中に善悪を求めるならば、どのようになるでしょうか。自然界に悪はありません。自然界は善です。宇宙の法則が正法だと言うのはそこにあるのです。
 なぜ、自然の法則が善なのか、それは他者を生かすからです。どのようにして他者を生かしているか。適者生存、弱肉強食です。どのような意味かお解りですか。
 生き残れる必然性のある者が生き残るということです。基礎になっているのは必然性なのです。必然性とはそうあらねばならないことを言います。何故そうあらねばならないのか、お解りでしょうか。それは生物が皆生きていかねばならないからです。それ故の自然淘汰であり、弱肉強食なのです。
 ならば自然の法則とは、自然の法則を元にした善と悪はどのようなことを言うのか。他者を生かすものが善であるのです。あなた方人間界の価値観で決めてはいけません。他者を生かすものが善であるのです。他者を生かすものが善であるとするならば、それを中庸と言います。それ故に善に片寄るのが中道というのです。お解りですか。
 中道とは単に中の道を言うのではありません。他者を生かす道において最適な方法を言うのです。その基礎となる価値基準は自然の法則の中に探らねばなりません。あなた方がものを考える場合にもそうです。
 理性を持ちなさいと私達は言います。どのように理性を持たなければならないのか。理性とはいかなるものかと何回もお話ししました。
 さて理性とは如何なるものですか。メッセージにもあったように正しく認識しよう、正しく理解しようとすることです。それはどういう意味でしょうか。正しく理解する、正しく認識するとはどのような意味か。それは自分に都合の良いところだけをとるものではありません。正しく理解するということは物事の本質をつきとめることです。どのようにしてつきとめるのか。感覚でつきとめるのではないのです。なぜそれはそのようになっているのか。なぜそうおこっているのか。何故今のような状態になっているのか。それを考えなければならないのです。それを正しく認識する態度と言います。
 正法は科学で宗教ではないと言います。どのような意味かお解りですか。科学とはどういう態度を言うか。物事の本質をつきとめることです。
 どのようにしてそれは動いているか、どのようにして成り立っているのか。それを考えていくのが科学です。ならば正法の態度もそれと同じなのです。
 正法は苦しみがあれば、それを神にあずけるものではありません。神に助けてくれと手を延べるものではないのです。正法とは苦しみがあれば苦しみの根源をつきとめるものなのです。苦しみの根元をつきとめてどうするか。解決するのです。原因が解れば結果が解り、解決策もわかるでしょう。
 例えば、何故自分の悪い性格が直らないのかを考えたことがありますか。何故自分が何十年間もこの癖が直らないのか。端的に言えば、直す気がないからだと言えるでしょう。なぜ直す気がないか、自分が楽だからです。自分を容易に生かしてくれるからその道を選んでいるのです。
 メッセージを受け取る場合にも自分の都合の良い所だけを受け取り、他のものを切り捨てる人が多いのです。そのような人は進歩しないでしょう。自分の性格の悪いところが何故悪いのか、他人にどのような影響を与えているのか、そして何故自分はそのようになってしまったのか、なぜ、そのままで放任しているのか、なぜ、なぜと繰り返さなければならないのです。そうすればやがてベールがはがれ、自分の性格の本質が解るでしょう。
 あなた方に繰り返して申し上げますが、なぜ、なぜと聞くのではありません。なぜ、なぜと考えていかなければならないのです。あなた方はただ単に生きているのではない。衣食住が足りれば生きていけるでしょうか。そうではないはずです。
 あなた方は考えて生きなければならない。何故考えて生きなければならないのか。それは、より良く生きていかなければならないのです。より良く生きるとはどのようなことを言うのか。生き易く生きるのではありません。正しく生きることを言うのです。
 正しく生きるとは自分に安易な方法で生きるのではありません。他者を生かす道へと生きなければならないのです。
 他者を生かすこと、どのようなことを言うか解りますか。他人の成長を促すことです。自己満足ではない善行を施すことです。・・・」


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甘酒

2009-04-20 13:23:14 | Weblog
自分は酒が飲めないので甘酒を作ってみた。
お湯に砂糖を混ぜワンカップのお酒を少したらしてみた。
なかなかうまい。


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天皇家のルーツはユダヤ王族?

2009-04-19 13:46:11 | Weblog
天皇家のルーツはユダヤ王族?
アヌンナキはユダヤ人を導いたらしいがなぜユダヤ人を選んだだろうか。
もしかしたらユダヤ王族はアヌンナキ王族の血を引いていたのかも知れない。
だとすると日本へ移住したユダヤ人も王族の血を引いていただろう。
初代天皇はユダヤ王族の血を引いていた可能性がある。
われわれ日本人はユダヤ王族とアヌンナキ王族の血を引いているのかも知れない。
天皇家が長く存続しているのはアヌンナキの霊が協力しているからではないだろうか。
日本は島国で単一民族で歴史も古い。王族の血は日本人全体に
広まっていった可能性がある。
日本人が優秀なのはこの辺に原因があるんじゃないだろうか。





火星からやって来たアヌンナキによって生まれた地球人は再び火星を目指す?


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