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森男の活動報告綴

身辺雑記です。ご意見ご感想はmorinomorio1945(アットマーク)gmail.comまで。

日本陸軍四式自走砲・ホロ ファインモールド1/35(IJA SP GUN Type4 Ho-Ro Finemolds 1/35)その2・完

2020年07月11日 | AFVの模型
というわけで、ホロの2回目です。今回は車両の装備品とかジオラマとかフィギュアについて書きたいと思います。

前回書いたように、ジオラマのイメージとしては「南方!」だったので、地面の植物や、擬装のヤシの葉など、南方っぽいものをあしらいました。


ヤシの葉、シダなどは「紙創り」のジャングルセットから。このセットはほんと重宝しますね。写真では分かりにくいですが、一色ではなく、葉の中心部と端を塗り分けて、最後にクリアーを吹いてみずみずしくしてます。ちょっとしたことですが、こういうひと手間をかけると見栄えが違ってくるんじゃないかなーと。合間には、近所で採取した草とか、麻紐とかを植えて密度感を出しています。
ジャングルには行ったことないんですが、近所の山とかを散策しても、日本ですら植物の密度感ってすごいんですよね。とても再現できるようなもんじゃないです。でも、そういうイメージを持ちながら、できる限り執拗になんでんかんでん(方言・なんでもかんでも、とにかく、の意)植えていくわけです。

これはベースの塗装前の状態。茶色っぽいのは、山の沢とかで採取したコケです。採取してからもう何年も経ってるのでカラカラになってるんですね。でも葉とかのディテールは保ってますので(ドライフラワーみたいなもんですね)、全然使えるわけです。白いのは紙粘土。スチレンボードを積層して、それを被うようにしてベースとしてます。
なんかこれを焼いたらおいしそうな食べ物になりそうな予感もしますが(笑)もちろん焼きません。
こういう感じに地面を作ってから、さっきのような植物を植えていく訳です。
山道を歩くと、基本的に植物の下には枯れた植物の葉とか枝とかが土の上にかぶさってて、その上に緑の草とか木が生えているんですね。そういう「層構造」を意識するとそれっぽくなるようです。

って、なんか偉そうですが、私も生物学や植物学とかそういうのは全然知りません(笑)普段なんとなく見聞きしてるものを「こういうのがそれっぽいよなー」という「それっポイント」(造語)をいかにひねくり出せるかがジオラマ製作のキモではなかろうか、と思っています。まあ、要するに「見てきた様なウソをいかにつくのか」ってことじゃないかなあ、と。って、こう書くと実にテキトーでイイカゲンなんですけど、ほんとそうなんですよね、、。

装備品は、いろんなメーカーのそれっぽいパーツを寄せ集めてます。ジェリカンはタミヤのです。
ジェリカンって、鹵獲してよく使われてそうですが、写真では見かけません。という疑問をツイッターで書いたら、グランドパワーの九五式軽戦車の号にそういう写真があることを某氏が教えてくれました。多分、写真に写ってないだけなんですよね。ほんと便利ですものね。

ポーチも確かタミヤの米軍装備品セットから。鉄帽や水筒はファインモールドの日本軍セットから。

しかし全部の荷物を作ったり塗ったりするのはメンドクサイので、薄く延ばしたエポパテでシート状のものを被せたりして、むにゃむにゃお茶を濁して終了(笑)
固定用の紐は、イイ感じの太さまで麻紐をほぐして、木工ボンドでより合わせていかにも結んだようにしています。あまりスタイリッシュじゃないんですけど(笑)日本ってとにかく基本的に「紐・縄」文化ですので、これくらいの方がそれっぽいですよね。実際、戦場での写真を見ると、欧米軍のそれに比べると心配になるくらいテキトーに積んで結んでますね。

車体前部の履帯については前回書きました。その奥の土嚢は、タミヤのエポパテ(速硬化型)製。被弾して中身がこぼれ出た感じにしてます。中身の土は木の切り粉。

泥はねは、アクリル溶剤で溶いたピグメントを筆に含ませ、楊枝でピッピッとはじいて表現。この技法は実に古典的ですが、実に簡単で効果的ですね。
フェンダーや入り角の泥は、お湯で溶いた木粉ねんど(100均の)で表現。

擬装のヤシの葉も紙創り製。地面に生えている植物よりもトーンを落として、ちょっと枯れかけてる感じに塗装してます。ツヤも付けてません。

トンプソンは確かドラゴンのです(覚えてない、、)。ちまちまと手を加えてます。榴弾の薬莢はランナーとプラ板(リム部)で自作したものです。この薬莢、かなり大きいので床に捨てたままにしたらゴロゴロして危険だと思うんですが、1発撃つごとに外に捨ててたのかな?でもそんな余裕があったのかな?とよく分からないことのひとつです。実際はどうしてたんでしょうね。

ファインモールドの銃器はどれも傑作です。このキットの九七式車載重機も、最高の出来栄え。なんつーか、インジェクションの限界ですよこれ。銃身の先端部の段差まで再現してますからね。こんなの、再現する必要なんて全然無い(笑)
「ファインさんは工作精度が凄い」「資料をちゃんと調べてる」から、こういうのが作れてるんだなあ、と思います。しかし、それはあくまで「手段の凄さ」であって、それはそれでとても大事なのですが、それよりなにより「うちらはきちんとこれを再現したい!」という「目的」がきちんとあるからこそ、こういうパーツが作れるんですよね。私が感服しているのは、そういう「心意気」の部分なんです。

そういうのって、メーカーであろうとモデラーであろうと「何かを作る人」のスタンスとしてはとても大事だと思います。逆に、そういう凄い製品をダメにすることなく、キチンと、出来るだけいい作品(これはあくまで当社比ですが(笑))として完成しなきゃだわ!と。こういうキットと出会うたびに思いますねほんと。

閑話休題。撃ち殻受けは、ほんとはこれの倍くらい長いです。この頃はまだそれを知らなくて、こういう感じに作ってしまいました(エポパテ製)。長年、ほんとの長さを知りたかったんですが、ある日、ファインの九七式軽装甲車のインストを何気に眺めてたら、キッチリ図示されていたという(笑)先のグランドパワーも私実は持ってて、その写真も見た記憶があったんですね。要するに、資料をちゃんと読んで覚えてないわけで。ほんと、アカンですねえ、、。脳のメモリーが残り少ない上に、入力したデータがどんどん勝手に消去されていっているわけで。いろいろ、もうダメだなあと思ってるわけで、、、、。(北の国から)

で、まあそういう個人的な脳みその問題はおいといて(笑)閑話休題。過去に何度も書いてますが、九七式はZB26のコピーです。構造的にほぼまんま、です。ひょっとしたらマガジンが共用できるくらいの勢いじゃないかと、、(これは、両方の無可動実銃を持ってる方に(いるのか?)ぜひ確認して欲しい)。一方、九六式軽機はZBのコピーでは断じてありません。九六は構造的にはZBはじめ欧米の銃と類似している点がほとんどありません。肝心かなめのロック機構は恐らく唯一無二じゃないかと。バレルの交換システムもそうですね。また、九六式の採用時、トライアルで九六の原型とZBのコピーが争って、九六が採用されています。この事実からも、コピーではないことの証明です。

この点については、隙あらば何度でも書きます(笑)設計者の南部氏の名誉の問題ですからね。なので、九七と九六は似てますが、基本的なボリュームやフレームの構造から何から全然違うので、九七ベースで九六を作るのはちっとキビシイんですね。私もタミヤのチハの九七で九六を作ったりしましたけど、そうじゃなくて、ほんとファインさんに九六式軽機を作って欲しいです。次の日本軍アイテムのおまけにさりげなく混ぜて欲しいなあ、、と。

さらに言うと「ZB幻想」って案外蔓延していて、この時期の似たような銃って「ZBファミリー」みたいに括られてるっぽいんですが、実はZBの直系って英のブレン(ブルーノ・エンフィールドの略)だけなんですね。例えば仏のMle1924/29はBARの発展形で、ZBとは無関係なんですよ、、、。

って、銃の話になるとどんどん脇道にそれますね。ホントすいません。

で、キットでは九七を取り付ける指示はありません。創刊直後のアーマーモデリング誌に、スクラッチのホロが紹介されたことがありまして、ファインの鈴木社長によるホロの戦記と実車解説も掲載されました。そこでは車載重機が取り付けられいたと解説されています。記事とキット発売までの間に「ホロには車載重機は据え付けられてなかった」という新たな事実が明らかになったのかな?と。

でも、車載重機が付いてる方が圧倒的にカッコイイので、作例では付けちゃった次第です(これも、イメージ優先モデリングですね)。模型的に考えると、こういう細い物体でも上に向かって付けることで上方の空間が広がって、付ける付けないで全体の印象が変わります。なのでこういうアレンジはいいんじゃないかと思います。

車長は、ミニアートの日本戦車兵セットの1体を改造したものです。ヘッドは全くいじってないんですが、それでもこの渋さ!素晴らしいです。九三式双眼鏡は、、えーとどこのだったかな、、。マジで忘れました。すいません。双眼鏡ケースはタミヤの日本兵セットのです。

ブローニングのホルスターや弾倉嚢はエポパテ。図嚢はこれまたタミヤ製。軍刀はミニアートのだったかな?
ちなみに、将校のゴーグルのバンドは白です。これは日本戦車兵を作るときに、いいアクセントになってくれますね。

これが大体下ごしらえが終わったところ。ゴーグルの金具とか、ディテールの潰れてる耳とかをちまちまと足してます。

キットではゲートルなので、ブーツにしてます。ブーツはカッコイイんですけど、南方ではかなりキビシイ靴ですね。ファッションとしては、アッパークラスの象徴としてビシッと決まるアイテムですが、ネクタイや背広同様、熱帯地で身につけたくないファッションのひとつです。「オシャレは我慢だ!」ですねえ、、。

そういえば大西学園で、学長が「下駄を履いてる戦車長がいた」とおっしゃってましたね。ドラム缶風呂かよ!ですが、南方の戦車内ってまあドラム缶風呂並みでしょうから、さもありなん、という(笑)

砲手は、ファインのノモンハン日本兵セットの一体を改造してます。操縦手は何を使ったっけなあ、、。記憶がほんとあやふやになってるのですいませんほんと。
ほんとなら、装填手がいるはずなんですが、車内が見えづらくなるのと、時間的な制約(これがどっちかというと大きい理由、とは絶対言わない)とでオミットしてます。

これが砲手の後姿。ほぼファインのキットのままです。ヘッドに、エポパテで戦車帽を足したような。
写真でもお分かりかもですが、かなりテキトーな感じです。見えにくくなるところはどんどん手を抜いちゃうんですね私。確か、顔はノッペラボーで済ませました。

前回も書きましたが、模型の作例ってタイムアタックなので「見えないところに時間を割くなら、見えるところにその時間を転化する」という感じなんですね。ほんとなら、見えないところにもキチンと時間を割きたいのは山々なんですが、現実的にはほんと難しいんです、、。

突撃する日本兵は、ICMの日本兵セットから。このICMの日本兵は傑作ですねマジで。メチャクチャ良くできてます。塗装前の状態を見ると、顔や服の造型が半端無いです。作者の腕前のせいでイマイチっぽく見えてるかもですが、ほんと騙されたと思って買ってみてください。凄いキットです。
ポーズも躍動感があってとてもいいです。顔つきも、そんなにエキセントリックじゃないです。普通のアジア人顔です。ミニアートの戦車兵セットもそうですが、欧米人視点の「アジア顔のイメージ」からは完全に脱却してますね。メーカーにもよるんでしょうけど「イメージじゃないリアル」を追求するムーブメントは世界的なものになってるんだろうなあ、という気がしますね。また、ここでは使いませんでしたが、このキットには九七式手榴弾がパーツ化されている(多分唯一。もちろん素晴らしい出来)のもポイント高しです。

肩から斜めに下げてるのは、背負い袋という、雑嚢と背嚢の間くらいの装備品です。なんかいかにもアジアっぽいのか、欧米メーカーの日本兵ではこれが定番(マスターボックスもそうだったな、、)になってますね。
でももちろん間違いじゃなくて実際にあった装備なので、全然OKなんですが。

このフィギュアのポーズも素晴らしいです。顔も、ステレオタイプじゃなくて、日本人っぽさを探った感じがするのもいいなあ、と。

装備品も、キチンと再現されてます。なんつーか、海外のメーカーさんが、頑張って日本兵士を再現しようとしてくれてるのをキットとしてみるだけでほんと嬉しくなりますね。
キットでは三八式歩兵銃装備だったので、時期的にファインの九九式短小銃に置き換えてます。この九九式もマジで凄い出来です。スリングは、釣り用の板鉛で自作。

指揮官もイイ感じです。図嚢の鉛筆は、色鉛筆もあったようなのでアクセントの意味で赤や黄色のを差してます。
ひげの表現は難しいですね。ラッカーの灰色を塗ってますが、ほんとは灰色じゃないですし。でも、黒っぽくするととても浮いちゃいますし。35の限界かなあ、という気もしますが、あきらめずにもうちょっと頑張ってみたいところです。

これが塗装前の状態。指揮官は腕をちょっといじってます。略帽と鉄帽の星章は板鉛で作り直してます。あとはほぼキットのまま。
この写真を見てもらうとよく分かっていただけるかと思うんですが、いやほんとICMのこのキットは傑作です。ICMのキットは、これのほかにはパナール装甲車しか作ったことがないんですが「模型に対する愛」がビシバシ感じられるんですよ。なんつーか「血が通ってる」んですよ。ファインモールドも、ミニアートもそうです。作ってたら分かるんですよそういうの。「俺らはこういうの好きなんだよ。頑張って作ったんだよ。いいだろこれ?な!な?」というような感じ。私はそういうメーカーを応援したいなあと思ってます。ほんとに。マジで。

軍刀は、キットのも良かったんですが、塗装ではどうしてもキラキラした感じにできないので自作しました。前々から一度やってみたかったんですね。洋白線を叩いて延ばして自作しました。
銃と違って刃物って凄いキラキラしてますよね。そしてそのオーラはホント凄い。「俺に触れると切れるぞ」みたいな(笑)そういう感じを模型でも表現できないかなあ、と思ってたんですね。なのでやってみた訳です。

1ミリの洋白線を万力の上で叩き延ばして、削って研磨しました。刃の部分は、ある程度モーターツールで削ってから、デザインナイフでカンナがけしてそれっぽくしてます。左のは、タミヤの日本兵セットの軍刀です。

あまりに小さいので、ピンボケになってますが、刀身と刃の部分との違いくらいは再現できたかなあ、と。柄は、タミヤのを切って差し込んでます。
刀剣って、ちょっと調べたんですがかなり奥深くて、ニワカでは言葉通り太刀打ちできない(笑)世界ですね。同じ武器でも銃器とは全然ちがいますね。銃器も奥深いんですが、なんというかベクトルが違うような、、。でもまあなんであれ、作っててとても楽しかったです。これからも作ってみたいなあと思ってます。

というわけでお終いです。いやー、今回もアレコレ脱線してしまいました(笑)ほんとすいません。しかし、それにしてもジオラマを作るのってほんと楽しいです。

プラモデル自体は市販のものですが、過程過程でちょっとづつ自分なりのアレンジやエッセンスを加えていったら、かなり個人的な自分なりの「作品」にすることができます。そしてそのハードルは全然高くなくて、誰にでも「それ」ができます。プラモってそういうところがいいし好きだなあと思ってます。

それでは。


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日本陸軍四式自走砲・ホロ ファインモールド1/35(IJA SP GUN Type4 Ho-Ro Finemolds 1/35)その1 

2020年06月27日 | AFVの模型
今回はファインモールド1/35 日本陸軍四式自走砲「ホロ」を紹介します。月刊ホビージャパン2018年3月号掲載の作例として製作したものです。

ご存知の通りファインさんは、ずっと一貫して日本軍の兵器を模型化している超偉いメーカーさんでして、日本軍好きの私としては愛知県豊橋市方面には足を向けて寝られません。とはいえ、日本軍のAFVキットはなぜかまああんまり売れないようで、そんなにバンバン発売されているというわけではありません。で、このホロは、久しぶりのガッツリした日本軍AFVアイテムだったのでとても嬉しかったですね。

なので、HJ誌から作例の依頼をいただいたときは「よっしゃ!!」という感じでした。そんなこんなで、出来る範囲で出来るだけ頑張りました。
簡単に実車の解説をします。ホロは、九七式中戦車の車台に、三八式十五糎(センチ)榴弾砲を搭載した対戦車自走砲です。昭和19年(1944年)に試験的に4門(自走砲なので数詞は「両」じゃなくて「門」なんですね)が作られ、20年に2門が比島(フィリピン)に到着。ルソン島クラークフィールド飛行場周辺の戦闘に参加。日本軍が終始劣勢だった比島戦の渦中、たった2両としては瞠目すべき戦果を挙げました。

ジオラマではその獅子奮迅の活躍を再現するべく製作。ICMの日本兵セットを配置し、「新式自走砲と共に敵陣に突撃する日本軍」といったイメージ。フィリピンなのでいかにも「熱帯!」といった感じにするべく、ヤシの葉の偽装や地面の植物を配置してみました。
んが、HJ誌の記事にも書いたんですが、実はクラークフィールド周辺は結構な高地(標高148メートル・例えばマニラは16メートル)でして、グーグルマップでウロウロしてみると全然熱帯っぽくないんですね。日本とそんなに変わらない感じです。見に行って「はにゃ?」となりました(笑)。しかも、戦闘は1-3月だし、、。

余談ですが、グーグルマップはおもろいですね。行きたくても行けないようなところを、つまみ食い的ではありますがタダで観光できるわけで。クラークフィールドなんて、まあ多分絶対に行きませんからね(笑)。フィリピンの田舎を満喫できてよかったです。面白いので興味のある方は行ってみて下さい。

閑話休題。しかしまあでも「フィリピンは南方!熱帯!ジャングルなの!!」というイメージを優先してこういう風にしました。個人的な意見ではありますが、なんつーか、模型とかジオラマって「実際」より「イメージ」を優先した方がいいと思ってます。とはいえ、資料とかをちゃんと調べて、あれこれ再現したりするのもとても大事なことで。矛盾するようですが、そういう「ウソ」と「ホント」のバランスを個々人の中でうまくとっていくのがスケールモデリングの醍醐味じゃないかなあと思ってます。

閑話休題(ほんとすいません)。で、ホロはほんとカッコイイですね。オリジナルのチハも素敵ですが、それをベースとしたホロの直線平面で構成された装甲板と、大きな十五糎榴弾砲との組み合わせがたまらんです。
なんといっても、15センチという大きい榴弾をぶっつけて敵戦車をこわしちゃれ、という直球すぎるコンセプトが男ットコ前すぎます。そもそもは、こういう大口径の自走砲って、敵の陣地攻撃のために作られるものなんです。例えばドイツのブルムベアは、元々はトーチカなどの攻撃用として開発されて、その余技のような感じで対戦車戦闘をしています。しかし、ホロはそもそも対戦車自走砲として開発されたんですね。そういうのがもう男ットコ前だなあ、と。日本軍、やるじゃん!という(笑)

なので、搭載してる十五榴はこの車両のキモなので、このキットではほんときちんと再現されてます。よく考えると、オリジナルの三八式もキットになってないのに(笑)この流れで三八式も出して欲しいなあ(コラ)。で、この写真でもわかるとおり、砲身のライフリングもキッチリ再現されてます。こういうところ、ほんと大事ですからね。ファインさん、グッジョブ!です。

左手前の枠は、照準のためのものです。操縦手はこの枠を見ながら車体の向きを判別します。砲は左右方向は3度ずつしか可動しないので、それ以上の範囲で左右に照準を動かす場合、操縦手はこの枠を見ながら車体を操作して向きを変えるんですね。当然、微妙な操作が必要で、かなりの技量を必要としたはず。でも多分ちゃんとマスターしていたはず。戦記を読むと、日本軍の兵士って、専門的になればなるほどマジで凄い技量を発揮していて、驚愕しますよ、ほんと。なんつーか、日本軍って、作り手も受け手も「職人」なんですよねえ、、。その辺の職人気質な感じは、今の自衛隊にも受け継がれてるような気がしますね。

6月28日追記・UPした当初は「砲の左右は可動せず固定されている」と書いていましたが、間違いなので訂正しました。「可動しないのは変だなあ」と思いつつ、キットを見ると動きそうに見えなかったので、そう書いたのですが、識者の方から指摘があり、判明しました。ありがとうございました。そもそも、インストにもちゃんと書かれてますね、、。お恥ずかしい限りです。

閑話休題。車体前部上面には、履帯の増加装甲を施しました。ホロが実戦でこういう風なことをしたかどうかはわからないのですが、チハや新砲塔チハの実戦での写真で、こういう増加装甲をしているものが何枚か見られます。

ドイツのⅣ号戦車も同様なのですが、装甲がかなり薄い車体前部上面は被弾に弱く、この位置に履帯の増加装甲を施しています。チハもここが弱点と認識されていたんじゃないかなあ、と。実戦写真では、ヘッドライトを避けるように、2ピースに分けて固定しているので(ゲーコマです)、この作例でもそれに準じました。

これは、車両がほぼできたときの様子。塗装はラッカーを基本に、油彩で色調に変化を付け、木粉粘土などで泥を表現。パステル粉でウェザリングの仕上げとしています。

このころ、ファインさんはチハ系の車両の履帯を、これまでのポリ製から分割式の組み立て式に変更してまして、ホロのキットでもそうなってます(同梱するのは確か最初だったかな?)。この作例ではジオラマということもあって、地形に合わせて転輪を稼動させ、履帯もそれになじむように接着しました。
そうすると履帯のコマが足りなくなるかも、と思いきや、実は全然大丈夫です。接地面のたるみを転輪にあわせて曲げたりとかして、グネグネやってたら綺麗に収まります。足りなくなったとしても、1コマくらいを足したらどうにかなる程度です。他のキット(60式自走砲など)でもやりましたが、不思議なことにまあ大丈夫です。接地状態で作っても、なんコマも余りますので、増加装甲はその余ったパーツを使っています。

それにしても、この履帯パーツはほんとありがたいですね。モデルカステンのキャタピラはまあマジで凄い出来なんですが、いつもアレを使うとなると、こっちとしては破産してしまうので(笑)。ビジョンモデルのは、質と値段がかなりつりあってて魅力的なんですが、供給が不安定だし(今も手に入るのかな?)。結局のところ、メーカーさんがこういう風にしてくれるのが一番なんですよねえ、、。さらに言うと、ファインさん独自でカステン・ビジョンモデルを足して2で割ったみたいな「チハ履帯キット」を出してくれるのが一番嬉しいんですが、、。

で、このころに履帯同様、車内パーツも追加されました。オープントップのホロではとてもありがたい配慮でした。それにしても、チハ系列の車両の車内パーツが標準装備されたというのは感涙物ですね。そもそも、チハの車内って、ちゃんとした資料がほとんどないですからねえ、、。
もちろん、砲弾や砲弾ケースなどはホロのキット固有のものです。砲弾ケースは油彩で木製っぽい表現としています。

榴弾砲なので、薬莢と砲弾は別々です。それもきちんと再現されています。
いやほんとここまでキッチリキットで再現してくれたらもうなにもいうことないですよ。嬉しいなあ、、。

砲弾はでかいので、車体後部上面にも搭載しています。もちろん、その砲弾ケースの中身も再現されています。砲弾は別パーツとなってます。
蓋を閉じちゃうので、内側の突き出しピン跡はそのままにしてます。もちろんきっちり消したいところですが、作例というのは締め切りとのタイムアタック(笑)なので、こういう見えないところはおいといてどんどん先に行ってしまうわけです。

さて、ファインさんのチハ系列のキットはとても素晴らしいのですが「ストレートで組むより、ここをもうちょっと手を入れるともっとよくなるよ」というポイントがいくつかあります。その辺を紹介します。

誘導輪の縁は、キットのままだとちょっと太いので、デザインナイフなどで削って薄くしてやるとイイ感じです。
写真は仕上げ前でちっと荒いんですけどね。でもここを薄くするとビシッと足回りが決まりますよ。

懸架ばねのカバー(B29)の出口付近も、薄くしてやるとイイです。これも、薄い鉄板ですからね。

消音機のカバー(F30.31)の縁も薄くしてやると雰囲気UP!全部を薄くする必要はないです。見えるとこだけ薄くしてあげてください。

変速機の点検ハッチ(A8)は、キットのままだとちょっと浮いてしまいます(左側)。でも、実車ではほぼツライチなのできちんと収まるように調整してみたのが右側。
しかし、実車の写真を見るとピッタリ完璧なツライチじゃないんですよ。「どないやねん!!」ですね。まあ、なんつーか、つまり「その辺の絶妙な日本軍兵器の感じを表現するのが旧軍AFVモデラーの責務である!奮闘を祈る!以上!通信終わり!」(笑)

ホロに限っていうと、装甲板の縁はちょっと削ってやるといいです。キットのままだと少し厚いので。いや、厚くてもいいんですが(笑)
2年以上も前に作ったので忘れてましたが、この写真を見るとどうも塗装が終わってから後から削ったっぽいですね。もちろん全体を削る必要は無くて、見えてるとこから徐々に斜めにしていって、オリジナルの厚みに届かせるくらいでお茶を濁してもいいと思います。オリジナルの厚みにこだわって、全部をプラ板で作り直すとかやってもいいだろうし、そういう人は尊敬しますが、大変です。なのでプラモを楽しく作るという意味では、こういう折衷案は大事じゃないかと思います。

ワイヤーは、ホームセンターで買ってきたの(店員さんを呼んで、切ってもらうアレ(笑))をガスレンジで焼きなましたのを曲げて再現してます。確か、0・45ミリのです。私の居住地はほんとの田舎で、そういう田舎のホームセンターで普通に売ってるものなので、どこの地域でも手に入ると思います。っていうか、地方モデラーはこういう風に身近なもので創意工夫するしかないんですね。で、それなりにイイ感じにできたなあ、と思えることが醍醐味、といいますか、、。
フックはキットパーツを切り出して、ワイヤーに繋いでます。曲げ曲げしながら、瞬間接着剤の点付けを駆使して固定していきます。ここは、頑張るととてもイイ感じになるのでお薦めなんですが、難易度が結構高いです。これまで何度もやってますが「この野郎!何できちんと曲らんねん!」と鼻息をフハフハしながら格闘する工程です。マジで腹が立ちます(さっきと言ってることが違うぞ(笑))。それにしても、このくらいの状態で仕上がった「チハ牽引鋼索セット」みたいなアフターパーツがあったらいいんですけどね、、。でもコスト的にも難しいかな、、。

というわけでお終いです。次回は、車両装備品とかフィギュアについて解説したいと思います。

でもうーん、ほんとホロはカッコいいなあ、、、。クラークフィールド、行ってみたいなあ、、(ウソつけ!)。

それでは。

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チーフテンMk.11 タコム 1/35 (CHIEFTAIN Mk.11 TAKOM 1/35)

2020年01月26日 | AFVの模型
今回はチーフテンMk.11の紹介です。月刊ホビージャパン2016年3月号 と「Hobby Japan next(ホビージャパンネクスト) 英国特集2017」(ホビージャパンムック) に掲載されたものです。

私は基本的にWW2の兵器が好きで、現用兵器の模型は個人的にはほとんど作らないのですが、もちろん興味はあります。でも時間的にも金銭的にもそこまで手を広げちゃうとアウト(笑)なので、こういう風に依頼の形で作らせてもらうのはありがたいですね。
いやほんと、カッチョいいです。現用戦車はWW2のそれとはまたちがうカッチョよさがありますね。ジェット機もそうなんですけど「直球ストレート」的な感じといいますか。WW1・2の兵器って見る人の審美眼とか知識・経験値が問われるというか、紆余曲折を経て初めてそのカッチョよさが分かるところが少なくないのですが、現用兵器ってパッと見でカッチョいいんですよね。いぶし銀の俳優さんと、ジャ●ー●のタレントさんの違いといいますか。でもこう書くとジ●二ーズのタレントさんを低く見てるように思われるかもですが、そういうことじゃなくって、どっちがどう、じゃないんですよね。結果的にカッチョよかったらなんでもいいんですよ!、、って、なんでこんな言い訳みたいなこと一生懸命書いてるんだ俺(笑)でも、本木さんはほんとカッチョいいですよねえ、、。映画「2/26」の公開時、プロモーションでタモリさんの番組に、青年将校の衣装でゲストで出たことがあって、メチャクチャカッコよかったんですよ。チビルかと思いましたよほんと、、って、何の話だ(笑)

閑話休題。キットはストレート組みで、ディテールアップはしていません。
組み立ては特に難しいところはなくて、サクサクと作れました。今のキットって、メーカーに関係なく作るストレスはほぼ無くなりましたね。「合いが悪い」「隙間をパテで埋めて」とかいうフレーズはもう完全に過去の話だなあと。

チーフテンというと、タミヤのMk5のイメージが強いのですが、Mk11は別の戦車に見えますね。砲塔の増加装甲の形状でかなり印象が変わってるように思います。
なんつーか「やったるでぇ!」みたいな凶悪な感じがたまらんです。

WW2の戦車に比べると現用戦車は、あちこちに「謎の装置」や「謎の収納箱」が多いのもいいです。これらはただの物入れなのか、何かはいってるのかもよくわかりませんが「まあなんかいいなあ」と。砲塔左側の「謎の装置」は、熱線視察・射撃装置(TOGS)なんだそうです。しかし、「TOGS」といわれても「あー、そうなんですか、、」とかしかいいようがないくらいの知識レベルなんですね私。
MK11ですから、11回も更新してるわけです。Ⅳ号戦車でいうとK型です。結構な更新です。こういう息の長い車両ってあれ足しこれ足しでゴタゴタしてるのがいいですね。ちなみに、英軍のチーフテンは95年に退役しています。中東では現役で使われてるとか。

さっきから現用現用と書いてますが、戦後の戦車をひと括りに「現用」とはとてももう呼べないですね、、。第一次大戦の菱形戦車のMk1から第二次大戦終了まで約30年。戦後から現在までが約75年ですものね。戦後に登場して、すでに退役している戦車はたくさんありますが、それを現用とは呼べないんですけど、慣習としてついそう呼んでしまうという。なにかこの辺の世代の戦車にピッタリの呼び方がないかなあ、と思うのですがなかなかないです。「戦後戦車」「戦後世代戦車」?ちょっと違うなあ、、。区分しようとするからおかしくなるのかなあ、、飛行機は「レシプロ機」「ジェット機」で分けられるから分かりやすくていいよなあ、、とかとかいらんことを考えてます(笑)

閑話休題(2回目)。塗装は、ラッカーを基本に、油彩で色調に変化を付けて、パステル粉で泥埃を表現してます。単品での発注で、かつ締め切りまで比較的時間の余裕があったので塗装を出来るだけ頑張ってみました。

現用戦車って、例えばⅣ号戦車のようにボロボロになるまで使い込まれることがないのでそんなに汚れてないような印象なのですが、写真をみると案外そうでもなくて、各所はそれなりにヤレたり錆びたりしてます。でも、ウェザリングをやりすぎるとそれっぽくなくなってしまいます。その辺の按配がむずかしいところですね。

錆びるにしても、赤錆じゃなくて、黒い錆にして、エッジはキラッと光るくらいがいいのかな?とかとか考えながら汚していきます。
エッジの光ってる部分は鉛筆を使ってます。

ちょっと汚しすぎかなあ?という感じですが、この辺もまあ好みの問題ですね。

踏み台の滑り止めや、ハッチの端のてかりも鉛筆です。
鉛筆は、ほんといいマテリアルだと思います。そこらへんに転がってるというのがいいです(笑)

砲塔の白い線は塗装です。先に白を吹いてマスキングしてから迷彩色を吹いてます。
この塗装・マーキングは、カナダでの射撃訓練時のものです。イギリスは狭いので、カナダで長距離射撃の訓練をやってるんですね。日本と同じですね。

「10」のマークは塗装じゃなくて、訓練時のみのシール的なもののようです。なのでピッタリと貼らずに、凸凹の部分は浮かしてたりしてます。雨だれによる錆の線や、泥汚れは、どこまでやったらいいのか判断に迷うところです。あまりやりすぎるとそれっぽくなくなってしまいますからね。
ジオラマだともっと激しくやってもいいのですが、単品だとこれくらいが限界かなあ、と、いう「ちょうどいい塩梅」を探り探り進めていくわけです。まあでも、単品としてはちょっとやりすぎかもしれません。が、まあこの辺はほんと好みですね。

泥汚れは、100均の「木粉ねんど」をお湯で溶いたものを塗布して表現。それに油彩の泥色を染みこませて、Migのピグメントで細かいところを仕上げてます。
泥の跳ね飛びはアクリルシンナーで溶いたピグメントを筆につけて、爪楊枝でピッピッとはじいて付けてます。メッチャ原始的な手法ですが、とても効果的なのでお薦めです。

マフラーの汚しもピグメントです。WW2の車両だとマフラーは赤錆でそれっぽくなるのですが、現用だとちょっとやりすぎな感じになりますので難しいところです。とはいえ、そういうさじ加減もあくまで「それっぽい」というところを探る感覚的なものです。WW2の戦車でもマフラーが錆びてない(錆びる前に壊されちゃうとか)車両もあるでしょうし、現用でも赤錆でガビガビの(大きい戦闘がない上に、予算のない軍隊だと交換せずそのまま何年も使われ続けちゃうとか)車両もあるかと思います。結局のところ、実際のところはどうなのか、というよりも、モデラー共通のイメージとしての「あるある」がどの辺なのかを探るのがキモなのかな?という気がします。「リアル」と「リアルっぽい」の違いといいますか。
模型誌をみてても、年代によって「リアルっぽさ」の基準は変わってますよね。一時は「これが最適解だ」と思われてた作風が、ふと気が付くと時代遅れになっちゃってる、で、次に何か別の作風があらわれて、という繰り返しのように思います。それって、作り手、受け手双方の基準が流動的に変わっているということですよね。そういう「今の世間の最適解」を狙うのに主眼を置くのか、「自分なりの最適解」を求めていくのか、っていうのは作り手のスタンスとして大事なことだと思います。

おっと、なんか偉そうなことを書いてしまいました(笑)。まあ、なんであれ自分なりに「とにかくオレはこういうのがカッコいいんだ!」という想いをプラモにぶっこむのが、この趣味の醍醐味なんじゃないかなあ、と個人的には思ってます。

閑話休題(3回目)。単品でも、ところどころに木の枝とか葉を置いてやることで、ジオラマと同じような空気感・存在感を出せるんじゃないかと思ってます。戦車でもダンプでも、大きい車両の角にこういうのが溜まってるので、そういうのを表現するとリアルになるんじゃないかと。
燃料タンクの給油口付近の黒い染みとかも、戦車という機械の表現方法としてはとても効果的じゃないかなーと。とはいえ、燃料が漏れてもここまでこういう風に黒くなるか、というと微妙なところですけど、これも雰囲気優先ですね(笑)

タイトルプレートは、銀色のシールに文字をプリントして透明プラ版を上に置いて真鍮釘で固定したもの。シールは、パソコン用のもので普通に売ってます。模型クラブの仲間のT山氏に教えてもらいました。メチャクチャ簡単で効果的なのでほんとお薦めです。

冒頭でも書きましたが、現用戦車ってほんとカッコイイですね。最近作ったM1A1と並べてみました。こうやって比較してみると、Mk11はロシアの戦車みたいにも見えますね。
しかし、イギリスは昔から今に至るまで、自国の戦車をコツコツと作って「オリジナル」を築き上げてきました。Mk11を見ているとそういう「歴史」をとてもよく感じることができます。「自国の兵器に対する誇り」みたいなものがビンビン伝わってきます。もちろん、アメリカにもありますね。日本にもあります。そういうのが、多分なんかとても大事なことなんだろうな、と。そういうことが、なんとなくでも理解することができるのが模型のいいところだと思います。

というわけでお終いです。あれこれ書きましたが、結局何がいいたかったかというと「カッコイイものはとにかくカッコイイので、褒め称えましょう。そのプラモを作るなら、そのカッコよさを個々の出来る範囲内で再現するように頑張りましょう」ということですね(笑)
いやほんと、この戦車カッチョいいです。

というわけでまた。

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1/12  スクラッチフィギュア 「Machinegun Girl and Beautiful Flag -Tokyo 1946-」(番外編)

2019年10月05日 | AFVの模型
先日、写真を探してフォルダを漁っていたら、以前スクラッチしたフィギュア作品のフォルダが出てきました。何の目的で撮ったのか記憶がなくて「?」なのですが、以前エントリーで紹介したのとは色合いが違ってて(多分背景の布の色のせい)、「このままほっとくのはもったいないなあ」と思ったので紹介します。って言うとそれっぽいんですけど、でも、まあ、今ちょっと忙しくてネタが準備できてない、というのもあるんですが(本音を書くな!)

これは2013年ごろに製作したもので、エポパテのフルスクラッチです。製作過程などを書いたエントリーのアドレスは最後に貼ってるのでそちらを参照にして下さい。でも、簡単に解説します。重複するばかりもなんなので、あとで知ったこと、分かったこととかも書いてみますね。

フルスクラッチですが、足元の薬莢だけは、1/35の真鍮製20ミリ機関砲弾のを流用してます。十一年式軽機は口径6.5ミリ。なので20÷35×12=6・85という、奇跡的な一致なんですねえ、、。錆びたトタンの隣の燃えた木片は、マッチの軸です。こういうのって、ほんとに燃やしちゃった方がリアルにできますね。当然ですけど(笑)。トタンは、釣り用の板鉛です。トタンとかブリキ板の類は、焼夷弾空襲時にほんと恐ろしい凶器になったそうです。炎の上昇気流で舞い上がって、高速で回転しながら降りてくるとか。で、それが体に当たるとどうなるか、、、。首が飛んだ、という話を読んだこともあります。お、恐ろしすぎる、、、。

1/12となると、かなりディテールが作りこめるので困ります(笑)。セーラー服の襟のラインも、立体的に造型してます。これ、メッチャメンドクサカッタです。
襟の三本ラインは「ネルソン提督が3大海戦(トラファルガーとか。でも全然知らないのでググッてね)にちなんでデザインした、という逸話があるけど、実は時期的に怪しい」というコラムを吉原昌宏氏が著作で書いてました。要するに、以上のウンチクは今読んだ人の脳のメモリーを無駄にしたというわけです(笑)。でも、そういう逸話、興味深いし面白いですよね。

あと「セーラー服の襟は戦闘中に立てて、命令を聞きやすくするため」という有名な話もありますけど「ほんまかいな?」という気もしますね。そいういうのも、ググッたらいろいろわかるんでしょうけど、メンドクサイのでググらないんですけどね(笑)

十一年式軽機は、大好きなので可能な限り頑張りました。しかし、三八式などの小銃と違って、出版物で日本軍の軽機がきちんと紹介されたことは実はほぼありません。今はネットの情報が凄いので難なく手に入りますけどね、、。十一年式も、ホッパーのある左側の写真はたくさんありますが、右側の資料って、ほとんどなかったんですよ。「帝国陸海軍の銃器」(ホビージャパン) でカラーで詳細に紹介されて、やっとスクラッチすることができました。
で、十一年式は「欠陥銃」みたいな評価となってますが、それほどでもなかったんじゃないかなあ、と個人的には思ってます。

そもそも、傑作といわれる九六式が採用されてからも、昭和16年まで製造(資料・「日本の軍用銃と装具」)されています。もし本当にダメだったら、九六式が出てきた時点で製造中止となっていたんじゃないかと。

製造ラインを簡単に止められないとか、製造済みの部品や冶具の廃棄などコストの問題もあったであろうことは分かるのですが、それでも九六式と製造の重複期間が5年もあったのは不可解です。

で、ユーチューブでこの動画を見て、びっくりしました。
メチャクチャ調子がいいです。編集とかはしていると思いますが、動画中の作動不良はありません。反動が軽く、発射速度も低めだったこともあって、かなり扱いやすい銃だということが分かります。戦闘に次ぐ戦闘で砂塵にまみれているわけでもないですし、調整とかをかなりきちんとしているとは思いますが、それでもこの銃の基本性能の高さが伺えます。ちなみに、この動画の個体は「昭17.4」という刻印があります。前述の資料よりも長く作られていたんですね。つまり20年間も製造されてたわけで、銃自体に根本的な欠陥があったとはとても思えんです。

つまり、十一年式は要するに「欠陥銃」ではなくて「使い手を選ぶ銃」だったんじゃないかと。映画「土と兵隊」では、十一年式の射手が病気のために他の兵隊に引き継ぐカットがあり「突っ込み(作動不良)が多いから気をつけろ」云々のセリフがあります。戦中の映画でそんなセリフが検閲を通ってたのは不思議(だって自軍の兵器の欠点を公にしてるわけで)ですが、それは検閲側も「十一年式あるある、だよね」とスルーする程度だったのでは。「上海陸戦隊」は十一年式が大活躍します。銃口を見ると、ブランクアダプター的なものがないので、どうも実包を発射しているようです。で、劇中ではたまにチャージングハンドルをガチャガチャやってますが、全体的に問題なく使えているような印象です。

そんなこんなで、まあとても「最高の軽機関銃」とは言えないまでも「欠陥銃」だったとはとても思えないなあ、という印象です。まあ、要するに「こんなにカッコいいんだからダメな銃なわけがない!」って言いたいだけなんですけどね(笑)。でも、真面目な話「根本的に問題のある銃なら、20年間も作り続けるわけがない。そこまで日本軍はバカではない」と。それは九四式拳銃についても同様ですね。

前述の動画でもありますが、アサルトライフルのように立って構えて撃てるくらいの軽量な銃です。撃ってるのは体格のいい白人男性ですけど、日本人の女性でも頑張ったらできるような感じです。なのでこの作品はそんなにリアルじゃないこともない、、、わけです。九六・九九式もそうですけど、日本の軽機関銃って「アサルトウェポン」なんですよね。小銃を持った歩兵と一緒に突撃できるだけのポテンシャルがあるわけで。ほんとは、全兵士に九六式を持たせたかったんだろうな、と。もしそれが実現してたら日本は戦争に勝っ(略)
64式小銃は、そういう「全兵士に九六式!」というコンセプトで作られたと何かで読んだことがあり、なんか妙に納得してしまいました。小銃としては過剰装備な2脚や、変なストライカー式の撃発装置(64式がセミオートではともかく、フルオートでは驚異的な(多分)集弾性能を持つ理由の大きな一つ)なども、そのつもりで見たら「あー、、なるほど、、」と、、。でも、結局アメリカのNATO弾の押し付けでアジャパー(死語)になっちゃったという、、、。NATO弾じゃなかったら傑作になっていたであろうG3やFALともども、ほんとお気の毒であります、、。NATO弾で潰された若い才能、どんだけあるんや、、という。で、結局アメリカはM14がベトナ(略)

閑話休題。右腕には「麻生区 女子学徒挺身隊」という袖印(架空)を付けています。民間人が戦闘に参加する場合、こういう印は不可欠です(戦時国際法違反になるので)。でも、製作時は日本がそういう準備をしているかどうか分からなかったので適当にやりました。で、その後「日本本土決戦」(潮書房光人社)という、本土決戦の決定番的な資料が出て、政府がその辺も事前に想起制定していたことを知りました。国民義勇戦闘隊は、右胸に「戰」と書かれた徽章を付けることになっていたとのこと。

この本を読むと、政府は本土決戦を見据えてかなり本気で準備していたということがよく分かります。国民義勇戦闘隊というのは、後方支援が主任務だった国民義勇隊を戦闘部隊に格上げ(?)したもので、その手当金や弔慰金(!)など、事細かに決められています(ちゃんと実施できたかどうかは別にして)。この本を読むと、ほんとに本土決戦がなくてよかったなあ、と思いますね、、。

もんぺの造型は結構大変でした。それっぽくするのが難しくて何度かやりなおしました。「なんでかな?」と思ったのですが、要するに日ごろ見たことが無いからなんですね(笑)。日常で目にしてるものだとちょっとしたことで違和感を抱くので、造型にも反映されるのですが、もんぺは、、、ねえ(笑)
ちなみに、セーラー服にもんぺという組み合わせは案外ありません。当時の写真を見ると、まあ大体はへちま衿にもんぺです。

へちま衿というのはこういうのです。これも過去にUPした絵ですね。過去作のUPばっか(笑)
戦前の女学生の制服はセーラー服がかなり多いんですけど、戦中になるととたんにへちま衿ばかりになります。「なんで?」と思ってたのですが、その後「近代日本学校制服図録」(創元社)という本に出会いまして、疑問が氷解しました。昭和16年に文部省がへちま衿の全国統一型を示しまして(多分資源の節約のため)、多くの学校がそれに倣ったということだそうです。ううむ、余計なことしやがって、、、。

で、もんぺという和服由来のボトムと、セーラー服(そもそもかなりな専門職の制服)という欧州由来のトップの組み合わせは、客観的に見るとメッチャ変ですね。歴史的な紆余曲折がわかってる日本人だと「あー、あれとこれがこうなって、そうなったのね」と理解できるのですが、海外の人にはどういう風に見えてるんでしょうか。多分、わけわかめじゃないかと思うのですが、、。でも、だからこそ、これは、そのころの日本をなんかイイ感じで象徴しているスタイルじゃなかろうか、と私は声を大にしていいたいわけです!!セーラー服がどうこうとか、そういうんじゃないんです!!勘違いしないで下さい!!(おちつけ)


で、これは戦前のセーラー服をできるだけ表現してみようと描いてみたものです(いや、だから、お前、、)。戦前の制服って、男女問わずかなり「ヘタッ」としてるんですよね。化繊じゃないからだろうなあ、と思うのですが、それにしても今のそれとの「似て非なる感じ」というのは、かなりありますね。化繊の誕生は、衣服の歴史的に凄いことだったんだなあ、と門外漢の私でもそれがよくわかります。

で、セーラー服ともんぺに話を戻すと、どの国の歴史も文化も、こういう変で奇妙な「結節点」を象徴する「もの」があり、とても興味深いです。例えば、アメリカでは南北戦争で余剰になった管楽器(無線などの通信手段が無かった昔の軍隊は、戦場で音を鳴らして命令を伝達するのがとにかく大事だったので、楽器は大事な兵器だったそうです)が大量に放出されて、それがジャズの土壌になったとか。そういう、なんか象徴的な「もの」っていうのはとても魅かれる「オーラ」があるんじゃないかなあ、と(と、いかにも的なウンチクで説き伏せようとする私)。

で、この組み合わせを私は「セーラーもんぺ」と勝手に銘々して悦にいってたんですけど、どうも同時発生的にできてた名詞みたいで、私が最初ではないみたいですね(誰でも思いつくワードだし、最初だからってそれがどうしたよ!という、、)。でもまあ、なんであれ、これからもっと「セーラーもんぺ」がメジャーになってくれるといいなあ、と思ってます、、、が、無理か、、。斬新だと思うんですけどねえ、、。

というわけで、あれこれ書きましたがお終いです。以上に書いたように、作った後でいろいろ新しい情報を得られたのは本当に有難いことです。この作品には反映できませんでしたが、次に何かを作る際にはかなりの参考になるわけで。
「これが分からないから作るのはやめよう」と思って実際に止めちゃうことは多々あるのですが、そういうんじゃなくて「分からないなら分からないなりに、とにかく、今作ろう!」という姿勢も大事なんじゃないか、と。今回のように後から昔の作品を振り返ると、ほんとそう思います。って、なんか上手くまとめたな俺(笑)

で、この作品のモチーフは、一回だけに終わらせたくなくて、あれこれ考えてます。この間UPしたこの絵もそのひとつです。

今は、ほんとにいろいろ「分水嶺」ですね。いや、もうそういうポイントはすでに越えちゃってるのかも、、。この数ヶ月で「戦後」が終わってしまった(と断言せざるを得ない、、)のでびっくりしてます。自分なりに、作りたいものを作っていられるうちに、作れるだけ作っていくしかないのかなあ、としみじみしています。最後に突然シリアスになってすいません(笑)。でも、今がどうこうとは関係なく、好きなものを好きなように作れる残りの時間って、そもそも自分自身が思ってるよりもかなり少ないんじゃないかな、と常々思ってるのであえて書いてみました。だから、皆さん頑張りましょうね!「セーラー服と機関銃」っすよ!兄貴!(笑)

過去のこの作品紹介のエントリーはこちらです
第1回→
第2回→
第3回→


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ルノーFT17 BC自由学園仕様 メンモデル 1/35 (Renault FT17 Ver. team BC libres High School MENG MODEL 1/35))

2019年09月22日 | AFVの模型
今回はメンモデルのルノーFTを紹介します。ご覧の通り、ガルパン仕様です。前回のエントリーで、ARL44を買ったことを書いてたら必然的に最終章第2話を思い出し、「あ、それなら次にこれ紹介しよう」となったというわけです。
今はプラッツからガルパンバージョンのキットが発売されてますね。これは、モンモデルの通常版です。それをBC自由学園仕様に改造しました。なので、プラッツ版とちょっと違うかもです。月刊ホビージャパン2018年2月号に作例として掲載されたものです。

ご存知の通り、ガルパンの劇中車は各車とも実物とちょこちょこ違うところがあります。このルノーも例外ではありません。編集部からいただいた設定資料(といっても特別なものでなく、公式HPに掲載されているものです)を元に出来るだけ忠実に作ったつもりです。
資料を見ると、結構たくさん差異があり、ピックアップするのがなかなか大変でした。でも工作自体は特に難しいところはなかったように思います。記事にそれなりに詳しく変更点と改造方法を書いてますので、興味のある方は誌面をご覧下さい(すいません)。まあでも、ちょっとだけアレコレ書いてみます。記事と重複してる箇所もありますが、あらかじめご了承下さい。

車体色は、劇中ではもっと色が濃くてジャーマングレーみたいな感じなのですが、好みで青を強くしました。小さい戦車かつディテールが細かいので、色が濃いといろいろと全体的に埋没しちゃうんですよね。
しかしちょっと青すぎたかも、、。と思いつつ、これくらいの方がBCの制服の青に合うんじゃないかなあ、と悦に入ってたり(笑)。塗装は全体的におとなしめにしています。ウェザリングもほとんどしてません。劇中では泥や埃で汚れたりしてませんから、ハードなウェザリングはやっぱ似合いませんよね。

記事にも書きましたが、この車体上面後部(マリー様の座布団が置いてあるあたり)と車体側面の合いがもひとつです。私の作り方が悪いのかなあ、と思ってたのですが、キットを作ったことのある人からも同様な話を聞いたので、まあそんな感じのようです。多分、車内のパーツが干渉してるんじゃないかと。モンモデル版の車内はこんな感じです。メチャクチャ凄い再現度です。ルノーFTの決定版キット、と言っていいんじゃないかと思います。

で、干渉しているのはラジエターのパーツだったような、、。でも、記憶がおぼろげです。プラッツ版はエンジンパーツその他がないそうなので、隙間なく組めるのかな?

製作時は、最終章の第1話公開前でしたので、どういうキャラが乗って、どういう風に活躍するのか知りませんでした。知ってたら、フィギュアはともかく座布団くらい置きたかったところです(笑)


キャタピラは、1ピース1パーツのはめ込み式なので組み立ては簡単です。ガンメタル(クレオスのシルバーとブラックを混ぜたやつ。こうすると塗料の伸びと発色がよく、筆でも普通に塗れるのでお薦め)を塗ってから、鉛筆でエッジをこすって光沢を出してます。平面部は、綿棒でムラをならすとイイ感じです。鉛筆は、手近で簡単な割にとても効果的なマテリアルなのでお薦めです。
タイトル部は、ザラ紙に文字をプリントしただけのもの。それに校章のデカールを台紙ごと切り取って(立体感を出すため)貼り付けてます。デカールはモデルカステンのもの。カステンのBCの校章は、なぜか中央部のぎざぎざが透明になってます(劇中では白)。なので、そこをアクリル絵具でタッチアップしてます。プラッツ版では白になってるのかな?

ワイヤーは近所のホームセンターで売ってたやつ。ガスコンロで焼くと、すぐまっ赤になりますので、水にジュッとつけてやります。それくらいいぢめてやると、それなりに柔軟になってくれます。
ハートマークのデカールはガイアの「おうちdeデカール」で自作。なので拡大するとちょっとガビガビです。ほんとは、このハート部分にL字型の金具が3つ付いてるんですが、付け忘れてしまいました。作例を編集部に送って、原稿を書いてるときに気付いたんですが「細かいところだしまあいいか!ワハハ!」と済ませてました(コラ)。

んが、その後劇場に第1話を観にいったら、このハートと金具が大アップになってるカットがありました(笑)。それを見て椅子からずり落ちそうになったのはなんかいい思い出です(遠い目)。

尾ソリの部分もちょこちょこ変わってます。オリジナルのこの辺はなんだかんだでメンドクサかった(以前作りました。後述)ので、かなり楽だったような記憶があります。

劇中車では転輪カバー中央部にある銘板がありません。銘板は案外大きくて、あるとないとで見た目の印象が変わってくるような。
銘板は文字がアレコレ入ってるので、なくしたのは作画の効率をよくするためめかと思います。しかし、劇中車としての個性を出す目的もあったのかな、とも。ご存知の通り、ガルパンのこの辺の設定ってかなり細かいのでひょっとするかもですね。

銘板のモールドは凸だけじゃなくて凹部分もあるので、パテを盛るなどちょっとメンドクサイ加工が必要です。でも、やるだけの価値はある箇所じゃないかと思います。

というわけでお終いです。ルノーFTはとても好きな戦車です。なんというか、可愛いですよね(笑)。これの前に、オリジナル版もHJ誌の作例で作らせてもらいました。WWⅠのジオラマです。

モンモデルのこのキットは、とても素晴らしくて「また作りたいなあ」と思ってたので、ガルパン仕様でも作ることができてほんと嬉しかったですね。

このジオラマも過去のエントリーで紹介してますので、よろしければご覧下さい。
その1
その2

ルノーは日本軍バージョンでいつか作りたいなあと思ってます。とても好きなキットなので実は在庫がまだ1つあるという(笑)。

話をガルパンに戻すと、第2話もよかったですね。マリー様はただのあんぽんたんな隊長(ごめん)かと思ってたら、いざというときにバシッと決めてくれてちょっと感動。押田と安藤が、やっぱ仲悪かったというのも良かった(笑)

「んじゃ、模型の写真ばっかもなんだし、その辺のキャラを誰か描くか」と思ってグリグリやって、ふと気付くと出来上がってたのが知波単の玉田(笑)

日本軍って、やっぱ頭固いし精神主義だし弾もないし(笑)そりゃ負けるよねー、とか思いつつも、でも、やっぱ、だからいいんだよな、と思っちゃう自分がいることも否定できないわけです。玉田は知波単の中でも、そんな日本軍っぽいファナティックなキャラなので、とてもいいなあと(笑)。「なんだと貴様ぁ!!」って、女の子の言うセリフじゃないし(笑)。

以前の知波単は、とにかく何がなんでも「突撃一番!」(コラーっ!!)って感じでよかったんですけど、最近なんか知恵が付き出して(笑)つまんないといえばつまんないですね。でも、福田ちゃんがいろいろ心配するのもよく分かるし、、、というわけで、そんなこんなで第3話で知波単がどんな散華っぷり(決定事項かよ!)を見せてくれるのか楽しみでありますね。

というわけで「ルノーFTはいいなあ!」と思ってます、ほんと。

あ、最後にもう一つ。前回のエントリーで告知しました徳島モデラーズ倶楽部の展示会は盛況のうちに無事終了しました。来場して下さった皆様、本当にありがとうございました。

で、このブログの読者という隣県の中学生の子が、告知を見て作品を持って来てくれたんですよ。びっくり&めっちゃ嬉しかったです。日本戦車が好きだそうで、大したもんだと感心。将来有望であります。頑張ってや!来年も来てちょーだいね!

いやほんと「ブログやっててよかったなあ!」としみじみしましたねえ、、。これからも、頑張ってあることないことUPしていく所存であります!押忍!

それでは。





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九七式軽装甲車(ファインモールド 1/35)のジオラマ 「His last place」(その2)

2019年06月30日 | AFVの模型
というわけで、前回の続きです。とりあえず、ベースの作り方から書いていきます。

木製のベースは、まずオイルステンで塗装します。乾燥後、マスキングテープでグルグル巻きにします。その上に、100均のスチレンボードのベースを接着して、地面の基礎にするわけです。
スチレンボードは、縁をカッターで削いで、球面状にします。ただの平面でもいいんですけど、円形のベースの場合、そうすると地面の縁が角ばってしまって円との相性がいまいちな印象になります。また、地球の球体の最上部をこそげ取ったようなイメージにしたい、という意図もあります。

図示するとこんな感じです。

こうすることで、地面の広がりを表現できる、、ん、、じゃない、、かな、、と(歯切れが悪い)

で、当然ながら、地球の球形を小さいベースの上で再現できるはずがありません。あくまでイメージ、ですね。そういえば、松本零士氏の漫画「紫電」で、服部中尉が「1万メートルの成層圏を飛ぶと地球の丸みを感じられるようになる」と言ってましたね。なのでまあ、かなりのディフォルメだと思ってもらえれば(笑)

余談ですが「紫電」は戦場漫画シリーズの中でもとても好きな話のひとつです。「男の誇りを賭けた空戦や。一番大事なもののために戦う空戦や」、、。泣けるなあ、、。

閑話休題。いま読み返してて泣きそうになっちゃいました。酒飲んで読んだらあかんですね、これ(笑)。で、えーと、スチレンボードの話ですね。スチレンボードは接着が難しいですね。木工ボンドだと付いてくれるのですが、きちんと圧着しないと乾燥するまえに浮いてしまいます。でも圧着が難しい、、。なので、私は両面テープを圧着用&固定用としてます。両面テープが密着の仮固定の役割を果たし、その間に木工ボンドが乾燥して本固定してくれるわけです。
こうやって見ると、なんか別の星のお好み焼きみたいにも見えますね(笑)。何味なんだろう、、。って、そうじゃなくて、えと、まあ、こうすると確実にベースに固定できるってことです。

スチレンボードにはまず紙粘土を盛り付けます。紙粘土は100均の安物でOKです。っていうか、私は100均の商品が基本ですね(笑)。100均の紙粘土は質が低くて毛羽立ちが凄く、例えば建物の壁などを作るのには向いてないのですが、こういう地面は後で土の表現をして完全に隠れてしまうので100均のでいいわけです。
この地面の製作のときに、車体の位置とか傾きを決めてしまいます。あらかじめ大体の大きさにスチレンボードを掘り下げておいて、紙粘土が半乾きのときに、車体を埋めてしまうわけです。土地の気候にもよりますが、破壊されてから時間が経っている車両の場合、地面に埋まったようになってるのが多いですからね。

で、セオリーとしては車両をある程度完成させてから地面に埋めて、そこからベースの作業に移るものなんですけど、前回に書きましたがこのミッションは2週間というタイムアタックとなっております。今回は時間的にそういうわけにもいきません。両方を同時並行して進めないとアカンわけです。

じゃあどうするか、というとこういう風にするのですね。
車体を先にベースに埋めて、車体を後からいじれるように切り取ってしまうわけです。こうすると、両方を同時に進めることができます。

地面の境界線は、もちろん最終的に処理してやらないといけないのですが、作業量としてはこのように境界線のみで済むわけです。今回は草で覆われてしまうのでほとんど見えにくくなってしまうので、こういうやり方としてはとてもやりやすいシチュエーションなんですね。
私はこれを勝手に「ユニット工法」と呼んでます(笑)

地面は、紙粘土の上に木の切り粉をまぶして表現。接着は水溶き木工ボンドで。タミヤアクリルのバフ的な色で塗装してから、麻紐を短く切ったものを植えつけて下草にします。千枚通し的なもので、地面にしっかり穴をあけて、穴に麻紐の株を瞬着できちんと固定していくのが大事です。
左側が植えつけただけの状態。そこから右側のようにピンセットなどでほぐしていきます。接着が甘いと、ほぐすときにバラバラと地面から外れて「キィーッ!!」となるんですね。とにかくしっかり接着するのがキモです。

下草の段取りが大体終わったら、車体、草ともども塗装に入ります。草はクレオスの「ルマングリーン」です。いろいろ試しましたが、この色が一番いいですね。瓶生でOKなのもポイント高しです(笑)草って、ちょっと緑が濃いと途端にトーンが暗くなっちゃうんですよね。

車体は、とりあえずマホガニー的な色を吹きます。さっきから「的な色」を連発してますけど、手元の塗料ケースから適当な色を取って塗ってることが多いので、そういう説明になってしまうんですね。すいません。

あと、手持ちの未組み立てキットに手をつけるまい!と固く誓ってたのですが、履帯は再生不可能な状態だったので、とうとう未組立キットのを使ってしまいました、、。しかも、履帯が外れてるので各ランナーの1枚づつのばっかり、、、。うう、、。虫食いキットばかりが増えていく、、。

車体の基本色が塗れたら、パステル粉にアクリルシンナーを混ぜたもので錆の表現をします。写真のこの状態から、水を含ませた綿棒でそれっぽくなるまで拭き取っていくわけです。
もちろん転輪のゴム部は、きちんと塗り分けておきます。飛行機の場合、ジュラルミンやアルミ、鉄、ゴムなどいろんな素材が使われるのでどこがどう錆びるのか悩みまくりですが、戦車は基本全部鉄なので楽ちんですね(笑)

大体拭き取れたら、つや消しクリアーなどを吹いて、全体をなじませます。最後に、アクリルシンナーで溶いたピグメントで土ぼこりが角に溜まったような表現をしてやります。塗装は全体的にもうちょっと頑張りたいところですが、時間がないのでこの辺で終了です。

地面の方は、下草の上に雑草を植えて、花も加えていきます。

雑草は、近所の空き地で採取したものです。あれこれいいのを探してて、行き着いたのがこの草です。とても細かくて、草っぽくて気に入っています。何よりタダなのがいいです(笑)。でも、採取するときはただの不審者なのでなかなか勇気が要ります。40男がビニール袋片手に一心不乱に雑草を採ってるって、まあ通報案件ですからね(笑)

で、これはなんていう草なのかわかりません。「雑草という草はないんですよ」(by昭和天皇)なんですけど、調べたくても素人にはよくわからないんですよね。目とか種とか科とか、それすらもチンプンカンプン(死語)ですからね。お分かりの方、ご一報下さい。

花は、スポンジをピンセットでちみ切った(方言・つまんでちぎった、の意)もので表現。それをオランダドライフラワー(これは市販品)に木工ボンドで接着して、ちょっと薄めたクレオスのピンクを染みこませて塗装してます。
ピンセットはちなみに35年くらい使い続けてるタミヤのです。こうやってみると、実に安くあげてますね私(笑)。でも、ジオラマって身近なものでイイ感じに作れたらとても嬉しくなりますよね。そういうのがとても楽しいなあと思いながらやってます。

これが花のアップです。花に限らず、植物ってとにかく密度が凄いので「これでもかこれでもか」と足していくのが大事なような気がしてます。
散歩とかしてて、空き地とか山の植物の植生の複雑さを見てると、そのディテールのもの凄さに頭がクラクラします。「これを再現するのはまあ無理だなあ、、」と。でも、そういう印象を出来るだけ再現したいなあと思いながらやっているわけです。

自然と車体のつながりもできるだけ意識してやります。戦車に限らず、自動車でも建物でもなんでも、人の手を離れたモノには周囲の植物が生えたり絡みついたりします。そのことで、なんというかモノが自然と溶け込んだ風にみえます。
今回は時間がないので断念しましたが、砲塔やエンジンルームから木が生えてるようなのもやってみたいなあと思ってます。

車体後部のツタは、山の沢で採取したコケです。ツタの雰囲気としてはこのコケが一番いいように思います。これまた名前もわからんのですが、、。
先にも書きましたが、自然ってもの凄いディテールと密度で成り立ってます。なので、ジオラマを作るときも「これでもか!」的に頑張らないとリアルになってくれません。今回はベースが小さいこともあって、時間の制約がありながらもできる限り密度を高くするようにしてみました。

タイトルの札は、ザラ紙に文字をプリントアウトして、縁をちぎるようにして破き、もみくちゃにして油絵具などを染みこませてます。手抜き、といえば手抜きなんですけど(笑)、なんか気に入っててよく使います。
というわけで、なんとか完成しました。2週間ギリギリでした(汗)。うーん、やればできるもんですねえ、、。

さて先日、屋外に撮影に行きました。自然光で撮ると、やっぱとてもイイ感じになってくれますね。
この写真のときは、撮影直前までは陽が照ってたんですけど、いきなり曇天となってしまいました。まあでも、これはこれで気に入っています。

これはその翌日、リベンジで撮ったもの。うーん、やっぱり太陽が出てるほうがいいですね。
兵器って生きているときは非常にケンケンした「モノ」です。でも、死んでしまったら、その刺々しさが抜けて、草花とかの自然に違和感なく溶け込んでいるように見えます。死ぬことではじめて「義務」から解放されて、リラックスしているような。でも主人がいなくなって、寂しがっているようにもみえます。

兵器に限らず「モノ」って、なにか心があるように感じることがあります。もちろん人が作った無機物なので心があるわけがないんですけどね。でも、そう感じてしまいます。

自転車でも車でも、長年乗ってたりあれこれ整備したりすると親近感のようなものが沸きますよね。でも、例えば旅先でちょっとだけ乗るタクシーにはそういう感じを抱くことはありません。しかし、そのタクシーの運転手さんは、自分の車にかなりの愛着を抱いているはずです。こういう感覚って面白いですよね。

兵器だとそういう感覚がかなり強くなるような気がします。例えば戦車ならそれを設計したり作ったり整備したり乗ったり戦ったり殺されたりした、たくさんの人たちの「念」みたいなものが「モノ」に伝わって染みこんでて、それに私たちが感応してるんじゃないかなあ、と。関わった人の「運命の重さ」がそういう力を強めているのかもしれません。松本零士氏の戦場まんがシリーズが素晴らしいのは、「人間と兵器との絆」が、キッチリと、かつ切なく描かれてるからなんだろうなと。

ちょっと話がずれますが、絵でも音楽でも小説でも映画でもなんでもそうですけど、私たちがそういう芸術に触れたときに心が動かされるのは、その作った人の「念」に感応しているからなんじゃないかなあと思います。ある人はそれに感動しても、別の人はまったく心が動かない、ということは多々ありますけど、それは作り手と受け手の波長(みたいなもの)が違ってて、シンクロしないということなんじゃないかなあ、と。また、作品がよくできてるとか、できてないとかはその次のことなんじゃないかなあ、とも。

例えば壁の落書きに「ドカーン!」と来て、自分の中にかなりの影響を与えられちゃうこともあれば、国宝級の絵画を見ても「なんじゃこれ。アホらし」と感じて、それきり忘れちゃうこともあるわけです。要するに、客観的な評価や位置付けは個人にとってはあくまで参考程度なんじゃないかな、ということです。あ、でも、この辺の話って、とても奥が深いと思うので軽く聞き流してくださいね(なら書くな)。

あ、話がずれちゃいましたね。えーと、まあ、要するに、兵器には人の「念」みたいなものが強くこもってて、私はそれに惹かれてる部分もあるんじゃないか、と考えているわけです。死んでしまった兵器は、その念がさらに強くなってるんじゃないかなあ、とも。乗ってた人の「死」も乗っかってるわけですから(もちろん生還している場合もあるでしょうけど、それも込みで)。

なので、タイトルの「His last place」の「His」は、車両のそれでもありますし、乗員のそれでもあるわけです。なら「Their」が正しいんですけど、なんか語呂が悪いので「His」にしました(笑)

今回は限られた時間でしたが、上であれこれ書いたような感じをできるだけ出したいなあと思いながら取り組みました。自分なりには気に入った作品にできたように思ってて、満足してます。壊れたキットもこれで成仏してくれたかな?

こういう残骸をテーマにした作品はまた作りたいと思ってます。実は、そのつもりで取ってある過去の壊れた模型、何点かあるんですよね(ほんと、安く上げようとしてるなあ、、)。

それでは。




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九七式軽装甲車(ファインモールド 1/35)のジオラマ 「His last place」(その1)

2019年06月15日 | AFVの模型
今回は最近製作したジオラマの製作記を書きたいと思います。お題は、ファインモールド 1/35 九七式軽装甲車です。タイトルは「His last place」。

以前のエントリーでもちょっと書きましたが、これは今年の4月に開催された中四国AFVの会のコンテスト出品用として製作したものです。ここ何年か、同会ではお手伝いの仕事がいろいろあって、コンテストには出品することができていませんでした。しかし「いつまでもそんなんではアカン!今年こそは製作するぞ!」と決意を固めていたのでありました。

しかしながら、AFVの会のお手伝いはなんだかんだとあれこれあって、その上個人的にもあれやこれやとなんだかんだあって(笑)、「俺フリーダム!自由時間はなにしてもいい!」という状態になったのは開催日の2週間前。1つの模型を完成させるには最低でも1ヶ月、下手すると1年単位で掛ってしまう私にとっては、あってないに等しい時間です。「うおー!今から作っても何もできねえよう!」と夕日に向かって叫ぶしかないような感じだったのでした。

通りすがりの猫たちに「ワシはどうすればいいんじゃろか?」と聞いても
「僕たちにはなんのことかよくわかりません。そんなことよりなんか食べ物を下さい」といわれる始末。ああ、そうだよね、、。「猫元気」あげるよ、、。。

作業部屋に戻って、ない知恵を絞って思いついたのが「以前作ったプラモを再生する」というアイデア。実に後ろ向きな発想ですが、でも、まあ、それくらいしか手段がないわけです。「それはそれでいいとして、んー、どうするかなあ、、」と考えてて、思い出したのがこれ。
20年くらい前に作った、ファインモールドの九七式軽装甲車です。棚から落として壊しちゃって、でも再生するには当時の技量の低さが目に付いて「もういいか」となっていたもの。とはいえ捨てるのも可哀想なのでずっと保存してたのです。これを、草原で破壊され、放置されたままになっている情景にすることにしました。まあ、壊れたものを壊れた状態にするわけですから、話が早いわけです。

とはいえ、そういう後ろ向きな理由だけでなく、錆びた状態の戦車のジオラマを以前から作ってみたかったということもあります。なので、なんだかんだで丁度いいかも、というわけで着手しました。迷ってる暇はないのであります。

とりあえず、全体の構成を考えます。構成といっても草原の上に車体を置くだけなのでほぼ一瞬でできちゃうのですが(笑)。ベースは、たまたま以前作りかけてたのがあった(我が作業部屋にはそういうのが割とゴロゴロしてるのです)のでこれまた流用することに。面積も丁度いいです。

2週間というタイムアタックなのでいろいろ逆算すると、これくらいのベースならいけるかな?と。模型って、製作時間は結局のところ表面積と比例するわけで。欲張って大きくすると時間がかかるわけで、、。小さい戦車のほうが、大きい戦車よりも早くできるわけで、、(もうええか)。

まずは、塗装を全部落とします。これはもうとにかくラッカーシンナー攻撃しかありません。100均のごわごわ気味の筆でガシガシ落としていきます。しかし、筆塗りだったので塗膜が厚く、なかなか落ちてくれません。一気にやろうとせず、じわじわ責める(誤字)のがコツのようです。
黄色だけが落ちにくく、帯が残ったようになってしまうのが不思議でした。染料の関係かもしれませんね。あと、生意気に真鍮砲身を使ってますね。

シンナー攻撃の利点(?)としては、接着面も剥がれることが多い、というところ。あるタイミングでぽろっと外れてくれます。でもこれはきちんと接着してなかった、という証拠の証明でもあるのですが。


今回のような場合、車内も塗りなおしたかったのでありがたかったです。このキットは、車内の再現もキッチリされている上に、車体のほぼすべてのハッチが開いた状態にできますのでなおさらです。

キットでは操縦手用の前方ハッチのみ、閉じた状態で一体化されてます。ここは最初の製作時に開口して、ハッチを自作していました。偉いぞ!昔の俺!でも、そのハッチは行方不明。偉くないぞ!ちょっと前の俺!
銘板やハッチのヒンジ部などは、ディテールが潰れてしまっていたのでプラペーパーと板鉛のリベットで再現しました。車体のリベットも同様です。向かって右側のフェンダーも、ポロポロ欠けてしまったので板鉛で継ぎ足してます。

で、ここらあたりで事件が発生。マフラーカバーがどっかにいってまいまつた。上の写真の状態では確かにあったのに、、。探しまくりましたが見つからない、、。実は未組み立てのキットが1つあるので、そこからチョッパってくることもできるのですが、もったいないのでそれだけはしたくない、、、。
なので、パーツを見ながら真鍮メッシュと板鉛で再生しました。あー、メンドクサイ! 目の前に「それ」があるのに手が出せない悔しさたるや、、。何やってんだ!今の俺!

しかも、完成後にマフラーカバーがみつかった、という模型あるある。もー!!

というわけで、ジタバタしましたが車体は何とか目処が付きました。次回は塗装&ベース編(完成編)を予定しています。
とはいえ、2回に分けるほどの内容じゃないんですけどね(笑)。でも1回にまとめると長くなりすぎるし、もったいないし(笑)。

ただ、次回が2回目になるかどうかはわかりませんのでご了承下さい。別のネタを挟むかもしれません。

最初の写真と、この写真は屋外で撮影したものです。やっぱ、自然光はええですねえ。
果たして2週間で完成できるのか!?俺!

結論をいうと出来ました。(コラ!)

というわけでまた。

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「義烈空挺隊員」 1/12 フルスクラッチ (その4)

2018年10月30日 | AFVの模型
義烈空挺隊員のフィギュアは、もうちょっとで塗装に入れるところまで進みました。やれやれ、、と思いきや、驚愕の展開に!続きはこの後すぐ!(笑)

軍跨の造型は「その3」(リンク先は最後に貼ってます)から何度かやり直しました。「その3」でも書きましたが、日本軍のオーソリティのS氏に「日本軍の軍跨っぽくないね」という指摘をいただきまして、なんだかんだで3-4回は作りなおしたかも、、。



お尻の部分もだらんとした感じです。なので、その辺を念頭に置いて再度造型してみました。


なんとかそれっぽくなったかな?とも思いますし、まだまだかな?という気もします。

でも、やり直しすぎて訳がわからんようになってしまいました。「立体版ゲシュタルト崩壊」、みたいな(笑)もうギブアップです。これでいきます。再々ではありますが、指摘してくださったS氏には感謝の言葉もありません。振り返ってみると、以前の造型ではかなりもうひとつだった、ということがよくわかります。ほんと、ありがとうございました!

というわけで、造型についてはほぼ目処がついて、あとは全体の仕上げをすれば塗装に入れるところまできました。

振り返ると、着手してからもう2年半以上が経ってます。「やれやれ、、」と思ってたまさにその頃、こういう本が出ました。

「義烈空挺隊の晴姿」(大木浩明・著)という本です。いわゆる自費出版の同人誌です。

40ページほどの冊子です。この本、メチャクチャ凄いです。義烈空挺隊の装備が、当時の写真や現存の装備などを交えながら、オールカラーで非常に詳しく解説されています。

私のフィギュアの製作に当たって、疑問に思ってたことが逐一解説されてまして、なんというか「目から鱗」を、「絵に描いて額に入れて壁に掛けたような」(by金田)本です。著者の大木氏は、膨大な資料と知識を元に、隊員の各種装備を解説しており、不明点や疑問点についての論考も実に明確・公正なのも素晴らしいです。やー、ほんと凄いです。今手に入るかどうかはちょっとわからないのですが、今年8月の発行ですので、入手できる可能性は高いと思います。興味のある方は探してみてください。

以前の製作記のエントリーではイラストを交えて、装備についてあれこれ書きました。でもほとんどが推測憶測、という「なんちゃって解説」でした。今回、この本で知った点について書いてみます。イラストの番号に対応していないところはパスして下さい。

まずは全体。

3・軍衣跨の迷彩は墨を塗ったもの、というのがこれまでの定説でした。しかし、実際は緑色のペンキを塗ったという可能性が高いようです。当時の証言や、出撃の様子を書いた新聞記事では「緑」という記述があるとか。この辺については、大木氏は断定を避けてはいますが、少なくとも「緑色で塗られた迷彩服」は存在したようです。本を読んだ私の感想としては「墨塗りの迷彩はなく、全て緑のペンキだった」んだろうな、と。これを知ることができただけでも大収穫でした。氏の「墨か緑のペンキか」という考察は非常に興味深いです。ミリタリー雑誌の紹介記事や過去のオークションに出品された「現物といわれる軍衣」に対する論考は、かなり鋭くてかつ読ませるものでした。読んでて「うわー、俺はやっぱアマちゃんだなあ!」としみじみしてしまいましたね(笑)

4・九四式拳銃と弾倉・弾薬を収納する「二式弾帯」は、正しくは「九四式拳銃弾帯」なんだそうです。「二式」は、小銃弾を収納する「一式」のようなものだったとか。

5・銃剣は、やはり三十年式でした。前期・後期型が混在してるそうです。

6・一〇〇式機関短銃の装備数は指揮班・攻撃班(120人くらい?)の中では37丁と、思ったよりも少なかったです。それ以外のパイロットを含む3独飛や、中野学校からの派遣隊員の装備数は不明ですが、写真などから見ると3独飛の装備率は高そうだ、とのこと。

7・吸着爆雷は形状が違ってました。吸盤は、本体側面の出っ張りに付いてます。

ここまでは作ってたのですが、もちろん、作りなおし(笑)。でも、詳細がわかってほんとよかったです。

イラスト2

4・略帽の後ろの札みたいなものは、やはり識別用のものでした。夜光塗料が塗られてたそうです。

5・リュックは英軍のP37でした。これは、別の資料ですでに知ってたのですが、確証が得られました。でも、大小の2種類があったのは知りませんでした。太平洋戦争の緒戦で、ラングーンで挺身第一連隊が鹵獲したものが、義烈空挺隊(母体は同連隊)に回ってきたとのことです。

イラスト3

2・機関短銃の弾帯は弾倉10本入りとのこと。

4・袖のポケットは爆薬の点火具や雷管などを入れておくためのものらしいのですが、手榴弾を入れている隊員もいる、とのこと。

という感じです。で、本を読んで一番「困ったなあ」となったのが機関短銃の弾倉嚢でした。

手持ちの資料でははっきり判別できなかったので、なんとなく「6本差しでいいか。ドイツとかも6本だし」とそうしたんですね。要するに、作り直しです。ああ、、、。また、サスペンダー状のベルトが付いていたようです。そのつもりで資料を見ると、確かに付いてます。弾倉嚢の総重量を考えると、ないとちょっとキツイですよね。これも、また作りなおしです、、。うう、、。


とはいえ、ほんとに10本差しだったのかな?という疑問はあります。10本だとちょっと多すぎて、資料写真のような感じにはならない気がするんですね。

こういうときは実際にやってみるのに限ります。モデルガンの弾倉を、10本分型取ってみました。

で、これを腹に巻いてみると、収まるのは収まりそうです。でも、弾倉の間隔は写真で見るともう少し広いので、わき腹まで届きそうな感じです。私は大柄な方なので、当時の日本人の体格だと、下手すると背中側にまで届くかもです。なので、やっぱちょっと多いかもなあ、と。現実的に考えると、8本くらいが妥当かなあという気がします。しかし、大木氏は「10本」と断定されてます。本の中の氏の記述は、とにかく考証に考証を重ねておられ、推測を元に断定されることは極力避けられているような印象です。なので、その根拠となる写真があったのだと思います。あるならぜひ見てみたいですね。

しかし、ここでは個人的な考察をあえて書いてみます。私の手持ちの資料(関連書籍はもちろん、写真をネットで集めたり、小柳次一氏の写真展に行ってメモをしたり、知人にDVDをお借りしたり、という感じです)「日本ニュース 252号」の「義烈空挺隊」https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300380_00000&seg_number=002の回の中で、機体に乗り込む隊員を、機内から写したカット(5分32秒ごろ)があり、私の知る限り、これが弾倉嚢を一番よく判別できるものです。

NHKのサイトでは、画質的にわかりづらいのですが、テレビ熊本の特番では、このニュース映像が正式に使用されてまして、かなり鮮明に見ることができました(協力して下さった某氏にはこの場をお借りしてお礼申し上げます)。今回、改めてそれを見ると、やっぱり10本は入ってそうには見えず、一番わかるコマでも数えられるのは7本です。弾倉間の間隔も、上の私の型取り写真のそれよりもかなり広いです。他のカット(機体に向かう隊員たちの姿・5分18秒ごろ)では、チラッと弾倉嚢の端が見えるのですが、前述の正面のカットと比較すると、10本収容できる全幅はないように思います。

弾倉は1丁につき10本が支給されてたそうです。なので10本差しが妥当なんでしょうけど、、、うーん、ほんとにわからない、、、。もうちょっと考え&調査はしてみますが、今のところは8本にしようかなと思ってます。2本は雑嚢などに入れてた、ということで、、。

余談ですが、一〇〇式についてはよくわからないことが多いです。そもそも、総生産数すらも判明していないんですよね。

こちらは、私の手持ちの資料です。「昭和18年 兵器学教程 一〇〇式機関短銃」(要はマニュアル)のコピー。後期型は昭和19年からの生産なので、前期型のものとなります。当然、図も取り扱い方も、前期型のものです。この時点では、1丁につき弾倉は20本が付く、となってます。

余談の余談ですが、今回改めてみて気付いたのが発射速度が700発/分という点。一般的には前期型は450発・後期型は800発とされてるんですけど、どちらとも違ってますね。うーん、わけわかめ。また「十四年式拳銃弾を使用する」となってるのですが、機関短銃用と思われる強装弾があったそうです(これは別の本「日本軍の拳銃」(ホビージャパン)で知りました)。で、その強装弾は、後期型から使われてたのかなあ?と。しかし、強装弾を使うと、九四式拳銃との共有が出来なくなります。九四式は構造的に華奢なので、強装の度合いにもよりますが、基本的に危ないんじゃないかと。じゃあ、一〇〇式も普通弾にしてたのかな?でも、こういう作戦なら強装弾の方が絶対いいよなあ、、とかとか。やっぱり、結局、わけわかめのわからんちん、です。私の考察ってほんと、こんなのばっか(笑)。

で、付属品の項目の「弾倉嚢」の解説では「10本を入れる」となってます。なので、1丁に20本付けるのは後期型でも変わらず、隊員への支給は10本で、残りは予備として保管されてたのかもしれませんね。

そして、この弾倉嚢がどんな形状だったのかもわかりません。どこかに写真なり現物があるとは思うのですが、、。日本軍の機関短銃の弾倉嚢については、あれこれ思うところがあるので、また改めて書いてみたいと思ってます。

閑話休題。というわけで、弾倉嚢以外は、まあ大枠では大体このままでいけそうな感じではあります。

マスコットの人形は「日本ニュース」に登場してます。でもちょっとアレンジしてます。これを付けた隊員は「義烈空挺隊」と書いた小さな幟も付けてますが、それは再現しようかどうかは考え中です。

「輸送機を敵飛行場に不時着させ、そこから飛び降りた隊員が敵機を破壊する」という作戦は戦史上では唯一無二です。実に壮絶な作戦です。そういう作戦に、こういう人形を装備に付けて出撃した、というのはなんというか、なんともいえないというか、、。なんであれ、製作に当たっては外せない要素だ、と最初から思ってました。

突入した隊員は、当然ながら全員が氏名も階級も判明しています。このマスコットの隊員の氏名もわかるんじゃないかと。しかし、この作品については特定の隊員を再現するのではなく「義烈空挺隊全体」をモデルとして「象徴的な隊員の姿を再現する」というスタンスで取り組んでいます。なので、装備の組み合わせなどについてはかなり個人的なアレンジを加えています。いまさら、製作スタンスを書くのもアレですが(笑)、そういう感じなんですね。

一〇〇式は、以前のエントリーでも紹介しましたね。塗装してからかなり時間が経ってるので(汗)、油絵具もさすがに完全乾燥したようです。絵具のムラが木目調になってくれてます。これは予期してなかったので、ちょっと嬉しいです(笑)。

銃剣の鍔は、先が丸く曲がった初期型にしてたのですが、何度もつけたり外したりしてたら後期型になってしまいました(泣)これもまた修正しないと、、。

P37リュックは、今回の本で詳細がわかったので、あれこれ修正しなければなりません。フラップの形状と縫い目、金具の形状が違ってます。大きさはもう一回調べてみます。違ってたら全部やり直しですねえ、、。

また、破甲爆雷のケースの縫い目も違うので、これまたやり直しです。あはは。

というわけで、塗装寸前まで来てたのですが、いろいろとやり直しになってしまいました。あれこれ考えると、完成は早くても一年くらい先ですねえ、、、。でも、このタイミングでこの本に出合えて、ほんとによかったです。作品の題材的に、自分のできる限りの知識と技術を駆使しなければならないと思ってますので「もし完成してしまってたら、、、」と思うと冷や汗が出ます。「3歩進んで2歩下がる」という感じではありますが、ほんとそれくらいのつもりで今後も取り組んでいこうと思ってます。

それにしても、地道に調査・研究を重ねて、素晴らしい本にされた大木氏には感謝の言葉もありません。こういう真摯な研究者がおられるからこそ、私のようなモデラーが何かを作れるんだ、ということは常に肝に銘じておきたい、と思ってます。

製作記の過去のエントリーはこちらです。興味のある方はぜひご覧下さい。
第1回
https://blog.goo.ne.jp/morio1945/e/f0e513348ff7d038f701319848baecd2
第2回
https://blog.goo.ne.jp/morio1945/e/85fe47777882ae896d2e136f18120081
第3回
https://blog.goo.ne.jp/morio1945/e/63281e0f10b3fdd84ffbecc18a3e9e98

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M4A3 シャーマン タミヤ 1/35 (M4A3 Sherman Tamiya 1/35)

2018年08月12日 | AFVの模型
今回は、タミヤのM4A3シャーマンの完成品を紹介します。

これは5年位前に大体完成してたもので、4年ほど前、「フィギュアを絡めて製作中」というエントリーを書きました。でも、その後フィギュアと絡めるのはちょっと違うかな?と思い、それっきりになっていた作品です。で、もういいか、ということで(笑)「これで完成形!」ということで紹介させてもらいます。

キットはタミヤMMの「122番」です。基本ストレート組みですが、ちょっとだけ手を加えてます。

1981年ごろのキットですが、全然OKですね。っていうほどシャーマンは詳しくないんですけど(笑)、多分シャーマンのキットとしては優れたものの一つ、でしょう。

もともとは敵戦車研究(なんだそれ)のために作ったものです。日ごろ「にっくきシャーマン」とか書いてるわりに、実はシャーマンを作ったことがなかったのですね。「じゃあ1回作っとくか」と思ったわけです。

塗装とかもせず、「素組みでポン!」のつもりだったのですが、こういう風になっちゃった(笑)、という作品です。

お姉ちゃんのマーキングは手描きで、実際にはないフェイクです。描き方とかは後述します。


で、作ってみた印象としては「シャーマン、かっこいいじゃん!」でした(笑)写真で見てもこっそりそう思ってはいたのですが、立体で見ると改めていいなあ!と。車体の平面主体の構成と、砲塔の丸っこさのギャップがとてもいい塩梅のような気がします。

模型がいいのは、写真や図面では分からなかったり、気付かなかったりするところが、とても手軽に把握できるところですね。いやほんと、作ってみてよかったです。

結構好きなのが斜め後ろからのアングル。斜め前から見るよりも、砲塔が後ろに寄っている感じがします。こういうアンバランスなポイントがあるというのも、模型を作ってみないとわかりませんね。

シャーマンに限らず、どの戦車や飛行機でもアングルを変えて眺めてたら「あ、これってこういう風に見えることもあるんだ」と気付かされることが多いですね。それでちょっと惚れ直すこともあったり(笑) これも、模型でなければできないことです。

作ってみてつくづく思ったのが「シャーマンは本当に合理的な戦車だ」ということでした。エンジンを飛行機用の星型エンジンを流用するために車高が高くなった、というのは有名ですね。それ以外にも、足回りの合理性も凄いですね。サスペンションを外付け・独立式にすることで、車体の製造工程がかなり少なくなってるということがわかります。要するに、車体は車体でさっさと作って、同時に別のラインでサスもどんどん作って、最後に車体にペタペタっと付けてお終い、という。キットの工程がまさにそういう感じで「おおおお!こういうことだったのか!」と(笑)

ドイツ戦車とかは、車体にトーションバーサス用の穴を開けたり、それが収まる加工をしたりと かなり面倒くさいであろうことは素人でも分かります。シュペーア(ドイツの軍需相)が、「うちらの戦車もこういうのにしようよー」(意訳)と言ったそうですが、まあ、合理的な思考の人ほどそうなりますわね(笑)

もちろん、乗り心地とかそういうのはちょっと劣るんでしょうけど、そういうのも「そんなん知らんやん。よーけあったほうがええやん。お前らがちょっとしんどいだけやろ?我慢せえや」とばっさりあっさり切り捨てる合理性が働いているような気がします。エンジンのせいで背が高くなるのも同じ理由でしょう。

ちょっとしんどい戦車でも「もしティーガーとかえげつないおっさんと出会ったとて(実際、ドイツ戦車の生産数とか戦線の広がり方とかを考えると、シャーマンのかなりの多くはティーガーやパンターと出会うことはなかったんじゃないかな?と)、戦車だけやのうて、ヤーボとかバズーカとかそういうのも揃えたっとるやろ?コミコミでトントンでなんとかしなはれや」という感じなんでしょうね。で、「まあ、それでもお前らがえらい目に会うことがあるかもしれんのは重々承知や。そんときはそんときで、必死のパッチで治療したるから、頑張りなはれや」っていう、、、。大阪、、いやアメリカって、ほんと怖いと思います(笑)

前から見た姿も素敵ですね。

タイトルはマーキングから。「Get Up Lusy」は私の大好きなバンド「ミッシェル・ガン・エレファント」の曲名です。メチャクチャカッコいい曲です。なんか当時のマーキングにありそうな感じだったので使わせてもらいました。マーキングがフェイクなので、シリアスな作品ではなくなってしまいましたが、まあこういうのもいいかな?と思います。

塗装は、ラッカーを下地に、オリーブドラブに白を加えて希釈したエナメル塗料を平面の隅周辺に吹きつけて、グラデーションを表現しています。

エナメル塗料をこういう風に使うのは変則的な気がしますが、1回やってみたかったんですね。割と手軽でよかったんですけど、その後のチッピングなどの際に拭き取れないので(当たり前)やっぱりやりづらさが勝ってしまい、これっきりとなってます。

チッピングはエナメルで、錆はミグのピグメントをアクリル塗料で希釈したものをちょんちょんと塗ってます。


こうやってみると、エナメルのグラデーションは柔らかい感じで仕上がるので、塗装工程を考え直すなどもうちょっと掘り下げてやってみたいな、と思ってます。とはいえ、エナメルシンナー一発でパーになってしまうのはツライんですが(笑)

UPで見ると、タミヤのキットの凄さがよくわかりますね。パーツが少ないのに、立体感・精密感はかなりのものです。ハッチの取っ手はただの凸モールドなんですけど、気になる人は金属線で作りなおせばいいわけで。私も砲塔ハッチの取っ手は作りなおしましたが、車体ハッチのはそのままにしてます。でも、パッと見気付かないことないですか?

泥汚れは100均の「木粉ねんど」をお湯で溶いたもので表現。枯れた草やドライフラワーの破片を揉みほぐしたものを混ぜ込んで塗ってみました。泥って草などの破片も混ざりこんでますので、こういうのもいいかな?と。

キャタピラはキットのものです。やっぱりちょっとツライので泥で誤魔化してます(笑)キットのは寒冷地用のダックビル(っていうんでしたっけ?)が付いてるのでそれを切り落としてます。切断面が目立つので、左右を逆にして切断面が内側になるようにしてます。

車体後部のスコップとかは、ほんとはオリーブドラブ1色らしいんですけど、変化を付けるために木と鉄色にしてます。

こういうアレンジ、ついやっちゃうんですよね(笑)事実を優先するのか、模型栄えを優先するのかっていつも悩みますけど、やっぱり模型栄えしたほうがいいなあ、と思っちゃうんですね。

お姉ちゃんのマーキングは、油絵の具で描いてます。文字はラッカーです。

油絵の具が乾燥した後に、ラッカーのクリアーをアホほど吹いて、完全に乾燥してから目の細かいペーパーで平面に慣らします。そうするとこの写真のようなムラが消えてしまいます。

これがその状態。それにしても、下着の描き込みが実に執拗でイヤラシイですね(笑)表情などもうちょっと上手に描きたかったんですけど、このときはこれが限界でした。またそのうちこういうのやってみたいですね。

左手に持ってるのが十四年式拳銃なのが我ながらゲーコマです(笑)

というわけでお終いです。タミヤのMMシリーズはほんとにいいですね。今回のように「ちょっとアレが気になるなあ」というとき、そのアイテムがラインナップにあると非常にありがたいです。5000円とかそれ以上の他社のキットだと、こんな風に気軽に簡単に作れませんからね。

シャーマンのように「作ってみたらカッコいいじゃん」っていう車両はいくらでもあるんだろうなあ、と思ってます。そんななこんなで作ったことがないキットがたくさんあるので、また挑戦してみたいと思ってます。

※こういう手描きマーキングの描き方は、以前別の作品(アリイの1/48 コルセア)の製作の際に紹介してます。興味のある方はこちらをご覧下さい。
https://blog.goo.ne.jp/morio1945/e/4b7169efea523dfb211b9d82aabe447d

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ベルグマンMP18/Ⅰ フルスクラッチ 1/16 (その2)

2018年05月05日 | AFVの模型
ベルグマンの製作記・その2です。前回のエントリーでも書きましたが、このベルグマンは先日の中四国AFVの会の会場で頒布したカンパのお礼グッズです。今回は複製作業について書きます。この写真は、複製したパーツを塗装したものです。あと、今回も長いです(笑)あらかじめご了承下さい。

前回はこの辺くらいまででしたね。複製する場合、ディテールを細かくしてしまうほど失敗する可能性が高くなります。なので、ここからできる限りディテールダウンしていきます。


バレルジャケットの穴は凹だとダメなので、球面状の凹にします。ボルトハンドル用のスリットも同様です。あと、入り角もちょっとだらすようにします。

要するに、急角度の凹形状は綺麗に複製できたとしても、すぐゴムがどこかに食い込んで千切れてしまうんですね。もっと攻めてもいいような気もするのですが、この辺の感覚はもっと数をこなさないとわからないだろうなあ、と。私は複製の経験がほんと少ないので、恐る恐るやってるような感じです。

トリガーガードとトリガーも難しいポイントです。突き抜けていたらまあ多分失敗するので、一体化してます。

とはいえ、この空間を埋めているバリは0.14ミリのプラペーパーなので、針で突いたら貫通する程度です。下はマガジンとマガジンポーチの原型。

マガジンポーチは資料が無いのでオミットしようかなあ、と思ってたら、ある日ある方がミニアートのドイツ軍装備セットをプレゼントしてくれまして(ありがとうございます)その中にはMP28/Ⅱとマガジンポーチがありました。

精密な絵できちんと描かれてるので、ありがたく参考に。

裏側のベルト固定用のディテールもキッチリ再現されてましたので、これまた参考に。

というわけで、これはMP18用じゃなくてWW2のMP28用なんですね。でも、WW2ではMP18も使われてたはずですから(未確認。ベルグマンの写真ってMP28のも少ないですね)、このマガジンポーチだったんじゃないかなーと。で、このキットいろいろ渋くていいですね。アストラが嬉しい、、。

しかし、MP18とMP28のマガジンは似てますけど、互換性はないようです。どうも、MP28のマガジンはMP38やMP40と同じものらしく、モデルガンのを比較するとMP18のがちょっと大きいです。なので、マガジンポーチが使えない可能性もあるんですが、まあ、あくまで「おまけ」ということで(汗)

これが原型の完成形です。マガジンポーチは、今見返したらフラップ固定用のベルトがちょっと太いですね。すいません。


型取りは、まず木粉ねんどでシミュレーションしてみます。レジンの空気だまりがどうやったらなくなるかを考えて、角度を決めていきます。

今回のポイントは、マガジンハウジング部の処理ですね。ここが一番難所かな?と。でもまあ、これくらいの感じで何とかなりそうです。

次に、レジンの流れ込む出入り口に枝を付けていきます。これも、どこから入ってどう出て行くのかを考えながら位置を決めます。ここで間違うとパーなので頑張って考えます。バリもプラペーパーで最初から作って、レジンがきちんと流れるようにします。


そして、油ねんどで埋めていくわけです。


で、このころはごく控えめにいって、ケツに火がついているような状況でした。なのできちんと過程を写真に撮れてませんのでご了承下さい。というわけでいきなりゴム型の写真。しかも、このゴム型は2代目のもの。初代のは30個ちょっとくらいで壊れてしまい、もうちょっと量産したかったので2代目を作ったのです。


レジンはこういう風に流れるわけですね。前述のバリが効いているのがお分かりになるんじゃないかと、、。

モノが小さいので、各出入り口が狭くなってしまい、レジンの抜けはそれなりでした。予想通り、マガジンハウジング周辺が弱点となり、二代目のゴム型も30個ほどで壊れました。ゴムはレジンの硬化熱で徐々に硬くなって割れるのですが、今回はそうなる前にゴム型がちぎれるという壊れ方でした。うーん、ほんと難しいです。

最初のものがきちんと抜けたときはほんと嬉しいですね。「あー、よかった!」とほっとします。

形もまあ納得できるレベルで、やれやれです。

後はもうどんどんどんどん量産していくわけです。同じものがたくさん並ぶと、なんかもうそれだけでニコニコしてしまいますね(笑)


それにしても、ベルグマンってほんと綺麗に並ぶんですね。モデルガン1丁だけだとわからないことではあります。マガジンハウジングが横に出てるタイプの銃は、どれもこんな感じに並べられるんでしょうね。

うーん、なんかいいなあ、、。製造工場みたいです。

楽しいのであれこれ遊んでしまいます(笑)井桁に積むと、途端に廃棄待ち、みたいな雰囲気に。


こっちは武装解除みたい(笑)


遊んでる場合か、ということで量産の目処がついたらパッケージの製作に入ります。これも、パーツと同じくらい出来るだけ頑張ります。小さなものなので、パーツだけではバリューもボリュームも足りないので、なおさらです。

イラストはハガキとなってまして、おまけです。こうすると、なんかそれっぽくなったような、、。パッケージを考えるのはほんと楽しいです。

インストも、出来るだけ頑張ります。もっと頑張りたかったんですけど、時間的に限界でした。

モデルガンではありますが、ディテール写真もつけてます。

というわけで、何とかできました。あー、やれやれです。こういうパッケージもたくさん並べると楽しいですね。

AFVの会の会場では、30セットほどお嫁に行ってくれました。カンパしてくださった皆様には感謝の言葉もありません。残り(15-20セットくらい)は、来年の会場でも頒布しますので、興味のある方はぜひどうぞ。

で、製品レベルに満たなかったB品がゴロゴロ私の手元にあるわけです(うう、、、)。せっかくなのでいろいろ遊んでみたいと思ってます。とりあえず、ストレート(笑)で製作してみました。

加工はバリを取って気泡を埋めたくらいです。ラッカーで基本塗装、油彩で仕上げました。木目の表現は油彩が一番やりやすいですね。

ガンマニアのはしくれとして、マガジンと本体の色合いを変えるのにこだわってみました(笑)


今はディテールUPバージョンを作ってます。こっちはできる限り作りこんでみたいなあ、と。


スケールが大きいので、あれこれできるのが楽しいですね。

(その3)ではこれの製作記を書いて、お終いにしたいと思います。次回ではなくてまたそのうち、になるかもですがご了承下さい。

あと、手のひらに載せてるのはべつに小ささを誇示してるんじゃなくて、こうやると自在に距離と角度が変えられて写真がとても撮りやすいからなんですね。そこんとこ誤解なきようよろしくお願いします(笑)

というわけでお終いです。複製というのは、モデリングと使う筋肉が違うのでいろいろと大変です。けど、モデリングとは違う面白さがあって、やっててほんと楽しいです。また機会を見て挑戦したいと思ってます。そのうち自作のキットも作って売ってみたいなあと、あれこれ企画を練ってます。まあ、これもある程度固まったらここで紹介させてもらおうと思ってます。

それでは。

ベルグマンの(その1)のエントリーはこちらです。よろしければどうぞ。
https://blog.goo.ne.jp/morio1945/e/847c260f794040db63737f6b6ce35fd3

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