というわけでブラート襲撃車の話の続きです。
前回までのあらすじ
蘭印軍が使用していた装甲車に魅せられた森男は、その絵を描こうとする。んが、その車両の名前「Braat overvalwagen」の意味がよく分からない。幸い、オランダ在住の後輩W氏がいたので、その辺を問い合わせることに。すると、あれこれ興味深い内容があることがわかってきた、、。詳しくは前回のエントリーをご覧下さい。
というわけで続きです。まず「overvalwagen(オーバーファルワーヘン)」の意味からでしたね。W氏によりますと、overvalはやはり英語ではraidやattackの意味だそう。wagenはご存知の通りcar、ですね。要するに、アサルトカーでいいわけです。翻訳としてはブラート突撃車、攻撃車が妥当なところでしょう。
ところが独語や蘭語は単語をつなげると独立した単語になることがあるようで「overval wagen」と「overvalwagen」ではまた違う意味になるとのこと。「?」ですが、でもわからないでもない。どの言語にもあることかもです。
日本語では「新幹線」が分かりやすいかも。「新」と「幹線」は別の単語です。それぞれ「新人」「幹線道路」などといった別の単語と組み合わすことでいろいろな意味を持ちます。しかしこの2つを組み合わせた「新幹線」という単語は、あの列車しか連想しないし、事実上固有名詞です。そういうこと、、じゃないかな、と(すいません今思いついて適当に書きました)。
で、W氏が「overvalwagen」で調べると、3つの意味が出てきたそうです。在蘭歴の長い同氏ですが、この単語を調べるのは初めてだったとか。W氏はミリタリーマニアでもなんでもないカタギですからね。まあ、そうでしょうね、、。
その意味は以下の通り。
1)「警察官のグループが迅速に現場に向かうための車両」
2)「多数の被拘束者の輸送に使用する車両」
3)「強盗で使用される車両」
1)は屋根のないトラックっぽい車両にわさっと警官が乗り込んでる画像が出てきたと。銭形突撃隊のCMPみたいな感じだそうです。
2)はトラックの荷台に拘束者を複数乗せてるようなイメージ。フーリガンや暴動などで大量に出た拘束者を載せるバスっぽい車両も該当するそうな。
3)犯罪者が強盗に向かうに当たって、仲間とギュウギュウになった自分たちの車を揶揄して表現するような単語、いわゆるスラングの類のようです。
というわけで、大枠では「警察が使う人員輸送車」みたいな意味があるようです。意味として近いのは1)っぽいですね。
3)は要するにそういう車両があることが前提としてのスラング、ということでしょう。なので、前回書いた翻訳サイトの「強盗車」というのはある意味で正しかった、ということです。うーん、ディープ●、侮れんな、、(褒めるなら伏字にするなよ)。
それはそれとして、どうも語彙的に軍用車というより警察車両のようなテイストがある気がします。でもoverval単独の意味として攻撃・突撃などの意味があるのならば、その辺も加味したい。そもそも、ですが蘭印軍(KNIL)にはどうも警察軍のような性格を持っていたようです。植民地軍ですから、その任務は外国の侵攻に備えるだけでなく、国内の治安維持もあったでしょう(むしろこっちが重要なのかも)。この辺は資料に乏しくてなんとも、なのですが。
というわけで警察軍、として考えると警察で使う名称を冠してもおかしくはないわけです。逆に、軍用車のような名称だと変になるかな?とも。
そこで「ブラート襲撃車」という呼称を考えてみました。襲撃なら、攻撃よりは穏健な表現ですし、警察車両的なニュアンスがあったとしても妥当な線かな?と。そして私が単純に九九式襲撃機が好きだという(笑)
そこでシッポナさんにこれまでの経緯込みで相談してみました。快く賛同してくれました。
というわけで、2人の談合の末、めでたく「ブラート襲撃車」と決定したのでした。要するに勝手に命名しちゃったわけです(笑)
しかし、こういうのってほんと大事だと思うんですよ。とりあえずでも、まず誰かが日本語表記しないと、ずっと「Braat overvalwagen」のままですし、それではいつまでも日本では浸透しない(いや、浸透しなくても別にいいっちゃいいんですが)。
でも、魅力的な車両なのでもっと知って欲しい!のですね。なので先陣をきってあえて命名しちゃったわけです。後日、どなたか専門家の方が妥当な訳を当てはめてそれが一般化しても全然別にいいわけですからね。先週も書きましたが何よりもまず、自分の中できちんとすっきりする形で心の中に収めたかった、というのが大事なので。
うーん、それにしても「ブラート襲撃車」ってなかなかイイ感じの名称だと思いますけどね。鹵獲した日本軍がいかにもそう呼んでそうでもありますし(笑)
というわけで一件落着、、、、と思いきや、まだ宿題は残っていたのでした。
ブラートの装甲車は、実は何種類かありまして、しかもそれぞれ形が違う上に名前も別です。
こちらが「Braat stadswacht overvalwagen」
装甲の面構成や車体長など、完全に別の車両です。そのためか名前も変わっています。ベースとなったトラックも、キャブオーバー型じゃなくてボンネット型でしょうね。
これはブラート襲撃車の対空型、と呼ばれているものです。
飛行場などの防空用車両のようです。中央の機銃はブローニングM2の水冷型。水冷型は米海軍などが艦艇用に装備していたものです。周囲のはビッカースです。
防空用ならM2のみでいいような気もするので、必ずしも防空専用、というのではなかったのかもしれませんね。車体の装甲板の面構成が似てますが、ホイールベースが少し長いです。また、前面下部に襲撃車には見られないスリット状の装甲グリルのようなものも見えます。なので、そんなこんなで別の車両と捉えていいようです。
しかし固有名称はないようで、ただ「Braat overvalwagen」の対空型、となっているようです。
さて、「Braat stadswacht overvalwagen」です。
「stadswacht」 という新たな単語が出てきました。これまたW氏に問い合わせます。ここまでに何度もW氏とやりとりしてて、ほんと迷惑極まりなく申し訳なかったのですが、いきがかり上仕方がないのでW氏もあきらめてくれたようです。人をタダ働きさせるコツは「いきがかり上という土俵に持ち込んで巻き込む」、という点です(ほんと嫌な先輩だな!!)
これくらいの時点で、W氏は森男機関の在蘭諜報員W、に勝手に任命されました。森男機関とは「誰やお前?的な機関長の超個人的な興味本位の物事を適当にかいつまんで調べ、確たる根拠のないあやふやな情報を、さも真実のように誰も読まないブログにUPし、グーグル検索に引っ掛かりもしないのに世界中に撒き散らした気になって悦に入るのを目的とする」という非常に恐ろしい組織なのです。
さて、それはそれとして「stadswacht」です。英語サイトではcity guard と訳されています。W氏もこの置換は妥当だとのこと。要するに「市内(ないしは都市)警護車」のような意味になります。日本語だと「スタッツワフト」と表記するのが妥当なそうです。
この単語には、市内警備の補助(駐禁取り締まり、パトロールなど警察の下請け的な位置)というニュアンスもあるようです。
さらに、ウィキのstadswachtの項目には1980年代のオランダ、ベルギーでは地方自治体の監督者、執行者という意味で使われ出しているようです。でもこれは比較的新しい例です。
W氏は「じゃあこれ以前はどうだったのか?」と調べると、中世の街の警護っぽい意味合いで使われていた例がベルギーであったとか。
そもそもwachtには英語でいうところのgaurdの意味が含まれている。「場所など何かを守る人」というニュアンスがある。レンブラントのあの名画「夜警」はオランダ語では「De Nachtwacht」だそうです 。なるほど、、。
なので「これらの車両が作られた当時の人には、stads+ wachtと聞けば脳内にはなんとなくレンブラントの夜警的な、ああいう集団がイメージされたのでは」「1914年の刊行された本に兵隊言葉で、警備員的な意味で使われていたらしい」(W氏の報告より)うん、いいぞいいぞ諜報員W!
以上の報告から、改めて写真を見てみると、確かに軍用車というよりは重装甲の警察車両、というのがぴったり来る気がします。固定武装もないし、恐らく天井は開いているでしょう。日本の警察の装甲車がありましたけど(あさま山荘で使われたやつ)、あれに似たオーラがあるようなないような、、。結局、先に書いたように、警察軍のようなイメージがついてまわるんですよね。
で、まあなんであれこれらの調査結果をシッポナさんに報告。また談合タイム(笑)
以上の経緯を鑑み、シッポナさんはこの車両に関しては、overvalの訳を「襲撃」から軍・警察が共に用いる「遊撃」に訳し直し、「遊撃警戒車」という呼称を提案。いやそれはメチャカッチョいい!ということで満場一致で「遊撃警戒車(遊警車)」に決定。
というわけで、こちらもやっと名前が決まったのでした。
言葉というのは、身近で何気なく使っているものですが、よくよく考えると不思議なもので、単語一つとっても改めて見直してみるといろいろな気付きがあります。最初にあげた「新幹線」もそうですが、バラバラにすると普通の単語なんですけど、組み合わせると一つの意味にしかならない。そしてそれは単に言葉という括りだけではなく、その言葉を使う国の歴史の流れの中で意味が付与されていく(こともある)。面白いですよね。
つまり言葉って、勝手に突然ポンと産まれるものではなく、政治や経済、文化、自然などなど人間の関わる、あらゆる環境や状況によって徐々に形作られていくわけです。それは外国でも同じことで、先につらつら書いたように、いろいろな物事を経て「もの」に「名前」が付いていく。そういうのを出来るだけきちんと把握したいなあと思っています。なので、こういう風にこだわっているわけです。
でも、今回実は私は何もやってないんですけどね(笑)お気づきでしたか。ワハハ。
で、諜報員Wの報告はそれ以後も続き、そもそもは装甲車の名称を調べるはずだったの話がさらに膨らんでいきます、、、って、まだ続くのかよ!
でもまあいきがかり上しかたないと思って(笑)よろしければもうちょっとお付き合い下さい。
写真はシッポナさんから頂戴したものです。シッポナさんからは資料提供含め、多々示唆を頂きました。W氏には翻訳作業などいろいろと協力して頂きました。両氏に改めてお礼申し上げます。