森男の活動報告綴

身辺雑記です。ご意見ご感想はmorinomorio1945(アットマーク)gmail.comまで。

森男のイイ感じの建物探訪(その3)

2024年03月24日 | 街の建物探訪
今回は「森男のイイ感じの建物探訪」です。イイ感じ、とはまあ私の主観なのですが、要するに「ちょっと前の日本にはどこにでもあったけど今はもうだんだんなくなりつつあるような、懐かしいアレ」ですね。そういう建物を紹介します。

先日、写真フォルダを漁ってたら私の住む町内であれこれ撮ったフォルダが出てきました。散歩がてらにちょこちょこ撮ってたんですね。今回は主にそこからチョイスして紹介してみます。

まずはこちら。窓のつながり方から察するに二階がワンフロアになってるのかな?普通の住宅じゃなくて、なんかの作業所だったのかもしれない。
建物は施主の要望であれこれアレンジされるので、こういう風に正統な住宅の感じからやや外れるものがあるのがいいですね。ただ、昔のこういう2階部分はワンフロアだったりする(大昔の実家がそうだった)ので、私の推察が間違ってる可能性もあるんですが。また、2階立てですけど、こういうタイプの家は全高がちょっと低いんですね。あと庭が綺麗なのが素敵です。

こちらは履物屋さん。靴屋、じゃなくて履物屋というのがミソですね。要は草履とか下駄とか込み、っていう。

子供の頃遊びまわってた一帯にあったので、営業してた記憶はおぼろげにありますね。店名は一応消してます。昔(といっても40年位前ですが)は町の中にこういう小さいお店がいくつもありましたね。食料品はじめこういう生活雑貨屋(金物、電気、文房具、玩具などなど)は大体揃っていて何でも買うことができました。当時は普通に思ってましたけど、今ではちょっと考えられないですね。

また、こういう風に散歩してて思うのが、昔の町内には人の姿がいつもありました。どこに行っても人が外で何かしてたような。人口が減ったということもあるんでしょうけど、生活パターンが代わったというのも大きいでしょうね。買い物ひとつとっても、今は車に乗ってショッピングモールに行くのが普通ですから。

こちらは実にイイ感じの中庭、というか裏庭ですね。
勝手に生えたであろう草が素敵です。芝とかと違って、こういうのを狙って育てるわけにはいかないと思うのですが、こういうところの草ってなんか端正に生えるものですね。不思議です。

こちらは中庭というか路地というか、なんかよく分からない空間。
住んでる人がいなくなってて、往時は何らかの用途のある空間だったかもしれないのですが、今となってはもう想像も付かんですね。でも、なんかイイ、という。

これは近所じゃなくて、どこかの旅先です。
トタンと板張りの併用が素敵ですね。適当な石積みもいいですねえ。奥のヒマワリも、今となっては野生になって育ったり枯れたりを繰り返して今に至る、みたいな感じなんでしょう。そういうのもイイですね。

で、こういう家って、人が住んでるのか無人なのかよく分からないことが多いです。分かったからとてそれがどーした!なんですけど。
でもこういう風にタオル1枚でも干されてたら、人が住んでるのが分かるわけです。タオル1枚ってのがいいですねえ、、。干され方も素敵、、。あと、トイレの汲み取り蓋のつっかい棒もイイです。

このお宅はトタンの面積が多くてイイですね。
でも二階くらいはこちらの面に窓くらいつけたらいいのに、、と思いきや、真横に家があったようです。基礎だけ残ってました。ということは、この家は隣より後に建てられたってことですかね。でも隣が先に潰されちゃったという。諸行無常ですねえ、、。まあでもこの家も今はもうないんですが。

トタンともども、今はほんと少なくなったのが屋根瓦ですね。これもちょっと前までは普通でしたけど、今新築で瓦屋根を見るほうが少なくなりましたね。撮影場所は近所じゃないです。
で、いま新築でこういう瓦葺にしようとしても、高いんでしょうね。ただ、今は性能的によくてしかも安い素材の瓦(って呼びかたも変わってるのかな?)になっちゃった、ってことですね。

こちらはお地蔵さんの祠の屋根。卍の向きが、、、。フィンランド祠です(笑)
建てる時気付きそうなもんですけど、まあいいか、でそのままなんでしょうねえ。

こちらもトタンが素敵な家。屋根の感じからすると、トタンは後から貼られたんでしょうね。多分元々は板張りでしょう。古い建物って全てが最初からこういうのだったと思いがちですけど、やっぱり時代を経て経てしてる訳です。
物干しの屋根も、多分当初はなかったかもですし、ツタとかが徐々に育ってるのも、経て経て、ですねえ。

これは貴重な戦中のアレ。窓ガラスの飛散防止の紙テープ。こういうの、案外残ってないですね。
これって、紙テープなのか紙にのりを塗って張ったのか、よくわからんのですよね。当時ガムテープみたいな既製品の紙テープがあったんですかね?丁寧に貼られてますね。今から思うともっと観察しとけばよかった。

で、本土決戦のジオラマを作る時、この紙テープの詳細を調べてて「あれ?」ってなったのが、当時ほとんどこのテープ貼られてなかったのでは?という衝撃の疑惑。調べても調べても、窓に貼られてる写真がまあないんです。警察署とかに貼られてる写真はありましたけど。あとは、プロパガンダ用の家庭内軍需工場の写真とか。

いろいろ考えた結論として、恐らく私たちが思ってるほどは貼られてなかったんじゃないか、と。終戦直後(ほんと直後。45年の9月とか)、米軍が撮った街中の写真(たくさんある)でもまあ貼られてないんですよマジで。遠景の街並みの建物一軒一軒を潰すようにガン見したんですけど、ない(何やってんだお前)。これ、剥がすの大変だと思うので何軒かは残っててもおかしくないんですが、ことごとく貼られてない。

多分、戦後の映画とかドラマで「いかにも戦中」という演出として便利なのでセットの窓に貼られてて、それがいつしか戦中のスタンダードとして定着しちゃったのが真相じゃなかろうかと思ってるんですけどね。みなもと太郎氏の漫画でいうところの「時代劇時代」みたいなものかなあ、という、、。

閑話休題。こちらは全壊寸前の家です。ここまで壊れちゃうともう「建物」探訪じゃなくなっちゃいますね。しかし、構造を知るにはベストな状態ではあります。
こうしてみると、日本家屋は木と土と石でできていることがよく分かります。アメリカとかでは日本家屋の表現として「木と紙でつくられた」的なことを言わてたそうですけど、紙ってほぼ使われてないんですよね。障子のイメージが強いんでしょうね。

これは一階が店舗で2階が住居という典型的な建物。窓や戸がアルミサッシになってて、ジワジワと経て経てしながら長く住まれてたことが分かります。

この家はたまたま解体中に写真が撮れて、先の本土決戦ジオラマの貴重な資料になったのでした。その際、足元に襖の内張りの新聞紙が散らばってたので見たら、1950年代のでした。

で、近所にはこの子がいつもウロウロしてて挨拶してました。野良犬じゃなくて飼い犬。放し飼い(笑) 昭和だなあ、、。「ボサ夫君」、と勝手に名付けてました。人懐こい子でした。
ずっと見掛けてたのですが、ある日を境にいなくなりました。多分あの世に召されたんでしょう。寂しいですねえ。

ちなみに、ここで紹介した町内の家はほぼ今はもうなくなってます。ほんと諸行無常です、、。

さて、このシリーズは私がいいなあと思った建物とか橋とかを紹介してるんですけど、多分かなりニッチですよね(笑)わからんひとはわからんという。「なんでこんなボロい家ばかりをドヤ顔で紹介してるんだ!」とお怒りの方もおられるかもです。すいません。まあでも、よくご覧になれば、それぞれほんとイイ感じに見えてく、、きませんかそうですか。まあでも、こういうのを見ていつしか興味を持ってくれる人が少しでもいれば嬉しいなあと思います。とはいえ、そういう人が増えたとて、何がどーなる、というわけではないのですが(笑)

というわけでお終いです。ネタはまだまだありますので、またそのうち続きをやりたいと思います。



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森男のイイ感じの建物探訪(その2)

2023年09月10日 | 街の建物探訪
今回は旅先などで見かけて写真に収めた古い建物を紹介する「イイ感じの建物探訪」です。何がどう「イイ感じ」かどうかは、もちろん私の主観です。でもほんとイイ感じなのでご覧になっていってくださいな。

さて昔の建物がいいのは、木がメインなところですね。中も外も、とにかく木なので、ヤレてきたときの存在感が半端ナイスなわけです。この家のヤレ具合もなかなかのもんじゃないかと。

これはどこで撮ったのかもう覚えてないですね。20年くらい前だったかと。多分地元のどっかです。

これは高山だったかなあ、、。上の家と違って、なんかお金持ちっていうか、全体的にキッチリしてますね。
外壁の板が白くなってるのが風格があっていいです。
窓の建具もそうですけど、木だと時間が経つと隙間ができたり割れたりで金属製のアルミサッシやトタン板の耐久性にはかないません。でも、だからこそ出てくる風格もあるわけで。


とはいえ、トタンはトタンでいいですね(どないやねん)。これは地元からかなり南に行ったとこの街の家。
写真を撮った場所は堤防の上の道路で、背中は海です。こうやって見ると、海の方向はあまり窓を大きくしてないのがわかりますね。

で、なんつーか、海の近くの家ってどれも似たような佇まいがありますね。
どこがどう、と総括することはできないのですが。全体的に乾いているような感じがします。この家の物干し台はイイ感じです。そういえば、物干し台自体も過去のものになっちゃいましたね。物干し台に寝そべり椅子とか置いて、ビールを飲んだりすることに憧れていたんですけどねー。

これは近所の家。今はもうありません。土手のすぐそばの家だったので、こういうアングルの写真が撮れるわけです。
瓦の具合を見てもわかりますけど、新築時は比較的豪勢な方の家だったのでしょう。ほんのちょっと前までは、こういう家ってあちこちにあったんですけど、ある時期を境にどんどん潰されてしまいました。この10年くらいが境目だったように感じます。

ご覧の通り、撮影時でも住んでる人がいなくて、かなりヤレてました。
家って、構造がよくわからないのでこういう風に少し壊れている物件は本当に有難いですね。この写真だと雨戸の収まる部分の構成がよくわかります。(わかってどうする、かもですが、、)。あとツタとかの繁殖具合が素敵ですね。

これは、近所で道に迷ったときに出会った建物。会社兼倉庫みたいな感じなんですかね。
壁に張り出した、三角の部分が珍しいですね。北海道とかにありそうな。

道に迷って困ってた時に、これに出会って「ほう」と。クルマを停めて、バシバシと写真を撮ってしまいました。そんなことやってる場合じゃなかったんですけどね(笑)
二階の部分はワンフロアになってるっぽかったです。裁縫とかそういう何かの工場だったのかもです。

で、こういうディテールも素敵でした。
電気関係のことはよくわからんのですけど、このメーターの位置って何か決まりがあるんですかね。あとメーターの後ろには大体こんな木の板があります。これも何か理由があるんでしょうね。

こちらは私の住んでる県のかなり山奥にあった建物。撮影時期は20年ほど前です。今もあるのかなあ、、。
山奥って、今でもこういう建物が普通にありますね。とはいえさすがに減ってはきてるでしょうね。

ここは多分、台所。レンガをあしらってるのが素敵です。
タイル壁の下のスリットとか、レンガを一部斜めに積んでたりとか、ほんと興味深いディテールが詰まってます。

そういえば、この地域の廃部落に足を踏み入れたことがあります。聞けば部落の人口がどんどん減ってきて維持できなくなり、もっと便利のよい山のふもとに一斉に移住したとのこと。でも建物はそのままで畑も区分けが残っていて、ほんと不思議な場所でした。写真も撮ったはずなんですけど見つからなかったです。

マリーセレステ号じゃないですけど、ふっと一瞬で村から人が消えてしまったような感じで、なんかちょっと怖い気がしました。古い建物だけじゃなくて、ガードレールとかコンクリの排水路とか、最近のものも残ってたというのも大きかったですね。人の気配があちこちに残って漂ってたっていうのがポイントだったのかなあ、と。それが20年ほど前でしたから、今はさらにそういう場所が増えてるのかもしれません。だからなんなんだ、ですけど、、、。

これは自宅からすぐの場所の空き地。これまた今はもうありません。建物が主役じゃないんですけどね。
建物と空き地と壁が作り出すこんな空間っていいですよね。クルマともどもいい場所だったんですけどねえ、、。ジオラマでこういうの作りたいですがほんとに「作ってどうする」ですねえ、、。

これは岡山の奉還町の商店街の入り口。多分ここは今もほぼ変わってないはず。
いいですよねえ、、、。この商店街はわりと活気があって、歩いててとても楽しかったです。懇意にしてもらってる岡山の模型クラブさんがこの近くで毎年展示会をしてて、この商店街の定食屋さんとかラーメン屋さんとか激シブの食器屋さんとかに行ってるうちに、なんか馴染みになってしまったという。

入り口右側の二階の事務所っぽいスペースが素敵です。こういうところで探偵事務所とか開きたいですね。
商店街で毎週起こる珍事件を解決したりするのも楽しそうです(笑)

というわけでお終いです。今回の物件もそうですが写真を選んでるときに「ああ、ここもうなくなっちゃったなあ」ってことが多いです。残念ですが仕方ないですね。

このシリーズ、とっても地味なんですけど楽しいのでまた続きをやりたいと思います。まだまだ写真あるんですよね。最近出不精に磨きがかかってるのですが、また出かけて新作(笑)も収穫したいです。

それでは。


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森男のイイ感じの建物探訪(その1)

2023年01月15日 | 街の建物探訪
今回は、これまで私が撮影したイイ感じの建物をいくつか紹介します。イイ感じ、というのは当然ながら私の主観であります。

対象は建物に限らず、橋など建築物やそれに付随するもの全般を含みます。去年の画像フォルダのお蔵出しの回で書きましたが、ほんとたくさん撮ってるので、少しでも紹介していきたいな、と。

ただ、以下見ていただければ分かりますが、建築物に興味のない人は当然ながら、建物が好きだとしても少しでも好みが違う人からすると「なんじゃこれ?どこがイイ感じやねん」ってなるかもしれません。でもまあ、当ブログをこうやって読んでくださってる方は多分分かっていただけ、、る、、と、思い、、ま、す(歯切れ悪いな)。というわけでスタート!あと、場所とかは書いたり書かなかったりしてます。よく覚えてないのもあるもんで。

この家は門構えといい木の建具といいなかなかのものです。しかし何年も前に潰されてしまいました。

二階正面の窓ガラス、1段目のは表面が波打ってて、電柱の写り方が2段目と違うのが分かるでしょうか。この波々は戦前戦中期までの板ガラスの特長なんですね。他のきちんとした板ガラスは戦後交換したのでしょう。

波打ってるのは技術的な理由だそうです。古い建物やガラスを使う家具の見極めポイントのひとつ。もちろん戦後すぐに技術が一斉に革新されたとは思えないのであくまで目安、なんですけど。なのでこの家も戦前戦中期のものかどうかは分かりません。門を見ると戦後かなあ、という気もしますが家自体がなくなった今、もう意味のない疑問になってしまいました、、、。

文化住宅。いいですねえ、、。これも潰されて今はないです。
こういう住宅、あちこちにたくさんありましたけど、これまた気が付くとじわじわと確実になくなりつつありますね。要は今の住人(まあ高齢の方)がいなくなったら、次住む人がいないってことですね、、。

燐県の港近くにあった小屋。私牡蠣焼きが好きなんですけど、どのお店も大体は港の近くなので(当然ながら)、ちょっとウロウロするとこういうイイ感じの小屋とか建物がたくさんあってほっこりします。
掘っ立て小屋、と思いきやよく見ると板をきちんとうってますね。こういうのがあるから油断できない(何が?)

イイ感じの建物というと、トタンははずせないアイテム。


錆び方がすばらちい、、。手前左のとって付けたような補修箇所もいい、、。

こちらも素敵なトタンぶり。雨がどういう風に流れるのかがよく分かるのが素敵。


庇の下側は全く錆びてないのがわかりやすいですね。雨の流れが可視化されている、といいますか。

ビルの谷間の住宅。
恐らく、手前の駐車場に隣接した建物があって、そのために換気扇用のダクトを屋根まで伸ばしてたんでしょう。奥のビルなど含め、周囲がどんどん変わって、この家だけ取り残されちゃったという。

で、謎なのが1階のドア。
どうも下半分を埋めちゃったようなんですけど、なんで上を残したのか、、。それとも最初から上半分の窓ドア(造語)だったのか、、。全然理由がわからないし、知らない方がいいような気もするし(笑)

これも、隣がなくなっちゃった系ですね。先に隣があって、後でこっちを立てるときにアレコレ足したり引いたりして階段をでっちあげたような、、。
それにしてもこの屋上楽しそうですね。日光浴しながら読書とかしてみたい。こういうとこ憧れます。

こういう路地も好きです。
私は、都会とかビルの多い街を歩いてたらつい横を見て路地とか隙間を見てしまうのでした。そういう人案外多いんじゃないかと(そんなことはない)

これも隙間といえば隙間ですが、手前のビルが壊されたから見える隙間なのでちと違うか(何が?)。
でもイイ感じですねえ、、。ブレードランナー、って感じ(ちょっと違うか)。

小物も好きです。これはタイルの流し(っていちいち説明せんでもわかるか、、)。

元々は台所用の一軍だったのに、ステンの流しが颯爽と登場。二軍落ちして外用になったんだろうなあ、という哀愁漂う感じがイイですねえ、、。

こっちのは、元から外用のやつですね。
手前のコンクリのフタといい、こういうのどこにでもありましたけどこれまたふと気付くとあんまり見なくなってしまいましたね。ちなみに、この流しは、岡山の日本陸軍の施設だった建物(将校集会所)にあったもの。戦前のものとは思えないんで後付けでしょうね。

橋もいいですねえ、、。これは実に立派。
岐阜県の古川市の橋です。もう15年くらい前に撮ったもの。これはもちろん今もあるはず。古川市は高山市の隣で、落ち着いた感じのとてもイイ街でした。

これは私の隣市にある橋と、船着場。いいですねえ。
でもよく見ると欄干部分が塗り込められてしまってます。安全上ないし強度上の処置なのでしょうか。ちと残念。

それでも往時を偲ぶことができます。素敵です。こういう凝ったものはもう作れませんね多分。作れるんでしょうけど、コスト的にも強度的にも認められないんだろうなあ、、。
なので今残ってるものを大事にして欲しいですね。とはいえ家でもなんでも、すぐ壊されちゃいますからねえ、、。

船着場も素敵。こういう水辺の造作ってうっとりしますね(そうか?)
ジオラマでもこういうの作ってみたいです。これまでも、機会があれば水辺を再現してるんですが、やっぱなんかテンションが上がるんですね。

これは燐県の。さっきの牡蠣焼き屋さんの近く。これも渋くていいです。
昔は、こういう小さい橋でもひとつひとつ丁寧に作ってたという気がします。地元の示威的効果(おらが村の橋はすげーんだぞ、みたいな)を狙ってた、というのもあるのでしょうか。今と昔で橋の存在意義・価値が違うといいましょうか。

で、この橋は海に近くて、反対側を見るとこういう感じ。
やあ、イイ感じです。この辺(香川県東かがわ市)の海沿いの風景はほんと綺麗です。そして古い建物もたくさん残ってるのでまた撮影がてら訪問したいですね。

というわけでお終いです。

テーマがあるようなないような手当たり次第な感じの紹介になってしまいました。でもまあ、こんなもんでしょう(?)

先にも書きましたけど、こういうのってほんとどんどんどんどんなくなっていってます。感覚として10年ほど前に比べるとかなり加速しているような気がしてます。

最初に書いたようにまだまだ写真はありますので、またそのうち「その2」をやりたいと思いますが、時間を作って今のうちに「新作」も撮れるものは撮っておきたいな、とも考えてます。まあ、撮ってどうする、なんですけどね(笑)

それでは。

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