友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

古い写真はどうしたらよいのだろう

2010年12月29日 21時27分57秒 | Weblog
 若い人たち、それも不特定な若い人たちに何かを伝えるということは私には不適任だと思っている。ノーベル賞とかそんなに大それたことでなくても、伝えるべき何かを持っている人はその責任があるのかも知れないが、結果的には好き勝手に生きてきてしまった私が何かを伝えるというのは、自分を知らない行為だと思う。今、私がこうして書いているのは、私を知っているごく少ない人たちに向かってのことに過ぎない。私の子どもたちに、父親はこんなことを考え、こんなことをやってきた、あるいはやっていると語っているが、それを後生大事に子どもたちは受け止めることはないであろうし、受け止めないことが正しいと言っておきたい。

 今日は恒例になった、カミさんの実家に集まる日で、ご両親の仏前にお参りし、その後はカミさんの弟夫婦の手作りの料理をいただき、義弟が勧めるお酒を飲む。近況報告から昔話など、様々な話が飛び交うのが常だ。正午に集まって午後3時ごろまで続くのだけれど、今日は1時間半ほどもオーバーしてしまった。それほどみんなが気持ちよく話ができたということなのだろう。1月3日には私の兄弟とその子どもたちが我が家にやってくる。亡くなった兄の子どもふたりとその家族も集まるので、兄が映っている写真はないかと古い結婚式の写真を見ていたら、カミさんのお父さんとお母さんの結婚式の写真が出てきた。

 この大事な写真は跡取りである義弟が持っている方が正当だろう。そう思って持って行ったところ、「家にもある」と言う。そこで義弟が結婚式の記念写真を探し出して来たので、写真を見ながらまた一段と話が盛り上がった。義母の妹である叔母さんも毎年この集まりに参加してくれるけれど、さすがに小町と言われただけに「きれいですね」と言えば、「それは昔のこと」と大笑いになった。写真は人のつながりや人生の変遷を物語り、時間の変化を読み取ることができる。けれども問題はこの写真をどうするかである。

 私も父親が残した写真アルバムをたくさん持っている。けれども、私や姉や妹が見れば多少は記憶が残っているけれど、カミさんや子どもたちが見ても誰なのかさっぱり分からないだろう。こういう古いものをどう処分したらよいか、話題になったけれど、それぞれに考える以外にはないようだ。義弟の嫁の実家は尼寺で、住む人がいないので放火でもされてご近所に迷惑をかけるようなことは避けたいと、取り壊したそうだ。その責任を長女の婿である義弟が負ったわけだが、どう処理するかでは相当に悩んだと言う。平安時代らしき仏像もあったけれど、その判定は難しく教育委員会に相談しても明快な答えは出なかったそうだ。

 義弟の定年退職に合わせて嫁さんも退職し、ふたりは海外旅行に年2度3度出かけているが、「働いていた時はどこにも連れて行かなかったのだから、今、ふたりで楽しむのは当然のこと」と言う。部屋にはスイスやカナダやトルコやペルーや、世界中の名所旧跡でふたりが映っている写真が飾られている。来年はどこへ行くのか、ちょっと聞き逃してしまった。でもまた、話は聞けるだろう。

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