友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

りんごのふるさとは

2007年07月23日 23時57分40秒 | Weblog
 お元気でしたか。この2日間、ブログを休みましたので、どうしたのですかと電話をいただきました。ご心配をかけて申し訳ありません。私の姉は、今年の3月で77歳になったのですが、どういうわけかいまだに好奇心が旺盛で、テノール歌手の秋川雅史さんのファンクラブに入り、そのコンサートが7月21日に河口湖であるから連れて行って欲しいというので、行ってきました。

 コンサートは秋川さんのものではなく、森山良子さんのコンサートにゲスト出演するというものでしたが、なかなか見ごたえのある企画でした。森山良子さんは、この河口湖で毎年コンサートを催しているようで、今回で13回目だそうです。会場となった富士河口湖町の河口湖ステラシアターは、町の誇る円形の野外コンサート施設で、3千人が収入できると聞きました。舞台の中央に丁度富士山が見えるように設計されているようなスケールの大きな文化施設です。

 しかしこの施設は残念ながら、春から秋の期間しか利用できないのが難点なようです。会場はローマのコロシアムを思わせるようなせり上がった石の施設で、背もたれが無い分だけ観客としては疲れてしまいます。森山良子さんはこの施設が気に入っているようでしたから、音響効果は抜群なのだと思います。姉たちの席は舞台の真ん前で、とてもいい音で聞こえたと言っていましたが、私は運転手として付いていったので、最後列に近い高い席でしたので、音はまあまあでしたが舞台はちょっと遠い気がしました。

 聞けばこの日の観客数は3千人だそうです。全席一律に6千円ですから、1千8百万万円の興行です。ゲストは姉の大好きな秋川雅史さんの他に、押尾コーターロウさん、葉加瀬太郎さんという豪華な顔ぶれです。こうしたコンサートにたくさんのファンが押しかけるのは、それぞれのゲストのファンが押しかけるからだとよくわかりました。私の後のご婦人方は森山良子ファンで、私の斜め前の若いお母さんは葉加瀬太郎さんのファン、私の隣の横の方は押尾さんのファンでした。大阪や兵庫からやってきた人もいれば、東京からやってきた人もいます。追っかけなる人々のパワーを見せ付けられた気が致しました。

 姉が大好きだという秋川雅史さんは、持ち歌の「千の風になって」の他に、1952年にヒットしたという「津軽」を歌いました。どうしてなのかわかりませんが、私はこの「津軽」を聞いているうちに涙が流れて止めることができませんでした。津軽平野はこれまでに一度しか行ったことがありません。それも春の穏やかな気候の時でした。田植えの準備をしていた津軽平野の後には岩木山が聳え立っていました。誰も摘み取らない土筆が枯れていました。私は、太宰治もこうして岩木山を仰ぎ見ていたのだろうか、そんなことを思い出しました。私が津軽平野の思い出を東北の人に話したら、「それは冬の、雪が地面から吹き上げてくる恐ろしさを知らないからだ」と言われてしまいました。

 冬の「津軽」を見たならば、よりいっそう「津軽」の思いがわかるのではないか、そんな気がしていました。「りんごのふるさと」で始まる「津軽」の冬に思いが馳せていたのかもしれません。秋川さんの歌声は、私の心に響きました。姉を連れてきたことでむしろ私の方が素晴らしい出会いを致しました。姉に感謝です。
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