「恵里香(えりか)にもやっと来たわけね」愛子(あいこ)は半(なか)ばからかうように言った。
「そんなんじゃないわ。ただ、あの人とちょっと手が触(ふ)れたとき…」
恵里香はその時のことを思っただけで、胸(むね)が高鳴(たかな)り頬(ほお)を赤らめた。
「ねえ、どんなシチュエーションで手を握(にぎ)ったのよ」
愛子は恵里香の手をとって言った。でも、恵里香はそんなことまったく耳に入らず、
「ねえ、どうしたらいいと思う? 私、これは運命(うんめい)だと思うの。だって、佐藤(さとう)君の手に触れただけなのに、ビビって、まるで電気(でんき)が走ったみたいに…。私、頭(あたま)の中がまっ白になっちゃった」
恵里香は一般常識(いっぱんじょうしき)がずれているというか、天然(てんねん)なところがあった。愛子は、そこのところは心得(こころえ)ていて、バカなことをしないようにいつも注意(ちゅうい)をはらっていた。今度も、愛子はさとすように言った。「あのさ、それって、きっと静電気(せいでんき)だと思うよ」
「そんなことないわ。だって、ビビって…。ビビってしたんだから、ほんとに」
「恵里香、運命なんてそうそうあるもんじゃないわ。それに、佐藤には好きな娘(こ)いるわよ」
「だって、これは運命よ。ビビってきたんだもん」恵里香は口をとがらせた。
「いい。よく考えなさい」愛子は恵里香の肩(かた)をつかんで言った。「恵里香は、男に免疫(めんえき)がないんだから。好きになる人は、もっと慎重(しんちょう)に選(えら)ばないとダメだよ」
<つぶやき>いつも思うんです。運命の人を見分(みわ)ける方法(ほうほう)があったらいいのになぁって。
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古(ふる)ぼけた洋館(ようかん)。建てられた当時(とうじ)はハイカラな住まいだったが、百年近くたった今となっては見る影(かげ)もなかった。広い庭(にわ)も雑草(ざっそう)や木々(きぎ)が生(お)い茂(しげ)り、うっそうとした森と化(か)していた。
その洋館を前にして一組の一家が呆然(ぼうぜん)と立ちつくしていた。中学生の娘(むすめ)が誰(だれ)に言うともなくつぶやいた。「あたしたち、ここに住むの…」
「そうね」妻(つま)は戸惑(とまど)いをあらわに言った。
「こんなにひどいとは思わなかったわ」
夫(おっと)は取(と)り繕(つくろ)うように、「すっごい屋敷(やしき)だろ。子供のときさ…」
「あなた、どうしてちゃんと確認(かくにん)しなかったの」
妻は静(しず)かに言った。しかし、その声には身(み)も凍(こお)るような冷(つめ)たさがあった。
「いや…。子供の頃、ここに来たとき、ほんとワクワクするようなところでさ」
「それ、何十年前の話なのよ。もう、私たち戻(もど)れないのよ、前の家には」
「お前だって、大きな屋敷に住めるって、喜(よろこ)んでたじゃないか」
「それは、あなたが大叔父(おおおじ)の遺産(いさん)がもらえるって、大はしゃぎするから…」
「ねえ」娘が話に割(わ)り込んで言った。「中に入ろうよ。どんなだか見てみたいわ」
「ああ、そうだな」夫は鍵(かぎ)を出しながら、「きっと、お前も気に入ると思うよ」
「明日から大変(たいへん)よね。きれいに掃除(そうじ)しないと」娘は楽(たの)しそうに言った。これから始まる新生活に胸(むね)を躍(おど)らせているようだ。「ねえ、友だちができたら、呼んでもいい?」
<つぶやき>どこまでも前向きでいたいよね。それが幸せにつながるのかもしれません。
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風になりたい
あなたから遠く離(はな)れても いつもあなたを見守(みまも)っていたいから
あなたが淋(さび)しくて涙(なみだ)するとき 暖(あたた)かな風でそっとあなたの髪(かみ)をなでてあげる
どんなに辛(つら)いことがあっても あなたはひとりじゃないんだから
風になりたい
あなたと会えなくなっても いつもあなたのそばにいたいから
あなたがやるせなくむせぶとき 優(やさ)しい風でそっとあなたをつつんであげる
どんなに苦(くる)しいことがあっても あなたなら乗(の)り越(こ)えられるはず
風になりたい
あなたのことを忘(わす)れないように いつもあなたを感じていたいから
あなたが楽しそうに微笑(ほほえ)むとき 木々(きぎ)をゆらして音楽(おんがく)を奏(かな)でよう
どんな時でもあなたの笑顔(えがお)は きっとまわりを幸(しあわ)せにできるはず
風になりたい
あなたが前に進もうとしていたら 力いっぱい背中(せなか)を押(お)してあげたいから
あなたが夢に心踊(こころおど)らすとき すがすがしい風で送(おく)り出してあげよう
いつでもどこでも未来(みらい)を開くのは ほんの少しの勇気(ゆうき)と信念(しんねん)なのだから
<つぶやき>人間はとっても小さな存在(そんざい)だけど、大きな可能性(かのうせい)を秘(ひ)めていると思います。
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「うーん」探偵(たんてい)は首(くび)をひねった。「これは…」
と言ったなり黙(だま)り込(こ)む。そばにいた警部(けいぶ)は心配(しんぱい)そうに、探偵の次の行動(こうどう)を見守(みまも)った。
探偵はいくつもの難事件(なんじけん)を解決(かいけつ)にみちびき、警察(けいさつ)からも一目置(いちもくお)かれていた。その彼をもってしても、今回の事件は先(さき)が見えなかった。何ひとつ、手掛(てが)かりになるものがないのだ。
「どこかに出口(でぐち)があるはずです。この問題(もんだい)を解決(かいけつ)する」
「出口……見つかりそうですか?」
警部は探偵を見つめた。もし、この事件が解決できないと、警部の命運(めいうん)も尽(つ)きてしまう。
「まず謝(あやま)るべきです」
探偵はおもむろに口を開いて、「きっと奥(おく)さんもわかってくれます」
「それができないから、こうして頼(たの)んでるんじゃないですか。あいつは、うちのやつはですね、そんな生易(なまやさ)しいやつじゃないんです」
「鬼(おに)警部と恐(おそ)れられているあなたよりも…、ですか?」
「私なんかね、あいつの前ではネコ同然(どうぜん)ですから」
「しかし、この状態(じょうたい)では…」探偵は足の踏(ふ)み場(ば)もなく散(ちら)らかっている部屋を見回(みまわ)した。
「どうしても思い出せなくて、つい…。でも、この部屋にあることは間違(まちが)いないんです」
「まず落ち着いて、ゆっくり思い出しましょう。結婚指輪(けっこんゆびわ)をどこに置(お)いたのかを…」
<つぶやき>あなたは好きな人からどう思われてますか。優しい気持ちを忘れないでね。
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「これ、美味(おい)しいね」ステーキをほおばりながら、由香里(ゆかり)は嬉(うれ)しそうに言った。
「そうでしょ」百合恵(ゆりえ)は得意気(とくいげ)に、「この料理(りょうり)で三千円よ。しかも、食べ放題(ほうだい)のバイキング」
「もう、あたし幸(しあわ)せすぎて」由香里の手は止まらなかった。次々(つぎつぎ)と料理を口へ運んでいく。
どこからか、かすかに声が聞こえてきた。でも、二人には聞こえない様子(ようす)。
<もう、やめなって。昨日(きのう)、あんなに後悔(こうかい)したのに。ダイエットするんじゃなかったの>
どうやら、これは由香里の心の声。由香里は聞こえているのか、それとも無視(むし)しているのか。心の声はあまりにもか細(ぼそ)く、彼女の食欲(しょくよく)に打(う)ち勝(か)つことはできなかった。
<いつまで食べるつもりよ。もう元(もと)は充分(じゅうぶん)とったんだから、いい加減(かげん)にしなよ>
由香里は取り分けてきた料理をすべて平(たい)らげてしまった。でも、まだ物足(ものた)りないのか、目の前の百合恵にささやいた。
「ねえ、今度(こんど)はデザートいかない? さっき、美味しそうなの見つけといたの」
「いいわねぇ。あたしの分もお願(ねが)い」
<冗談(じょうだん)じゃないわよ。これ以上食べたら取り返しのつかないことになるわよ>
由香里は立ち上がり、デザートの方へゆっくりと歩き出した。
<ダメよ。ダメだってば。止まりなさい。そっち行っちゃダメ! ブタになるわよ!>
<つぶやき>食べることは楽しみのひとつ。でも、たまには心の声に耳を傾(かたむ)けましょう。
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