徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:夢枕獏『陰陽師』のすべて(文春文庫)

2018年12月06日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

この『『陰陽師』のすべて』には本当にありとあらゆる夢枕獏の『陰陽師』に関わる対談やインタビューや座談会やエッセイなどが集められており、改めて30年間(2016年当時)継続したシリーズの影響力が実感できる1冊です。マンガも映画も見てないので、この本を読むまでその広がりを実感することはなかったのですが。

私が読み続けているもう一つの陰陽師シリーズ、結城光流の『少年陰陽師』も夢枕獏の『陰陽師』の映画化の後にブームに乗って出た話だったと知って、ちょっと驚いたり。結城光流のインタビューも掲載されています。『少年陰陽師』を書くにあたって、夢枕獏の『陰陽師』のイメージに引きずられないように原作を読むことをしなかった、という告白になんか納得してしまいました。夢枕獏は壮年期の安倍晴明を描いているのに対して、結城光流は晴明の孫・昌弘(架空の人物)を主人公にして、晴明は昌弘にとって「くそじじい」であり、すでに「妖のくくり」に入っていると妖どもに思われているような人物として描いています。年齢の違いがあるせいか、両者のイメージに得に矛盾は感じられません。強いて言えば『少年陰陽師』における安倍晴明には家族臭が強いということでしょうか。夢枕獏が安倍晴明の私生活をわざと排して、生活臭を漂わせないようにしている(酒とつまみ以外に食事していない、奥さんや家族が登場しない)のと対照的です。

『『陰陽師』のすべて』には、刊行済み作品の総解説もあって、また壮観です。

陰陽師・安倍晴明などの怪奇譚の文学的源泉は今昔物語集にあるらしいですが、そうすると安倍晴明伝説は日本版アーサー王伝説のようなものと言えるかもしれませんね。長く語り継がれているばかりではなく、題材として様々に咀嚼され、解釈されて、文学ばかりでなく映画や漫画、果てはゲームにまで利用されているところが共通しています。


書評:夢枕獏著、『陰陽師』1~4巻(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第5巻 生成り姫』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第6巻 龍笛ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第7巻 太極ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第8・9巻 瀧夜叉姫 上・下』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第10巻 夜光杯ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第11巻 天鼓ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第12巻 醍醐ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第13巻 酔月ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第14巻 蒼猴ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第15巻 螢火ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第16巻 玉兎ノ巻』(文春文庫)


書評:夢枕獏著、『陰陽師 第16巻 玉兎ノ巻』(文春文庫)

2018年12月06日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

 『陰陽師 第16巻 玉兎ノ巻』は、「邪蛇狂ひ」、「嫦娥の瓶」、「道満月下に独酌す」、「輪潜り観音」、「魃の雨」、「月盗人」、「木犀月」、「水化粧」、「鬼瓢箪」の9編を収録した短編集。

「邪蛇狂ひ」は、やたらと使用人を刀にかける渡辺元網という人が蛇と死んだ使用人の霊たちに憑りつかれる話。陰陽師が活躍するよくあるパターンですね。

「嫦娥の瓶」は、藤原兼家の屋敷の観音堂でとらえられた日ごとに体毛の色が変わり、人語を話す不思議な兎の話。月に棲む玉兎のエピソード。

「道満月下に独酌す」はタイトルの通り道満が酒を飲む話ですが、萱鼠にお囃子や踊りを踊らせたりして微笑ましいメルヘンタッチ。

「輪潜り観音」は身寄りがなく乳母と二人で暮らす綾子なる女性が男が通わなくなったことを嘆いているうちに、菩薩観音が現れて、頭に通す輪を貰うが、小さすぎて通せず、毎夜少しずつ大きな輪を貰うという話。乳母が心配して晴明に助けを求めます。

「魃の雨」は、漁師が丹波の山の中で得体の知れないものを捉え、そのうわさを聞き付けた藤原兼家がそのものを都に持ってこさせたら、以来梅雨なのに日照り続きになったという話。そのものは「魃」という黄帝の娘で、行く先に旱魃をもたらすという。

「月盗人」は、西の京に庵を結んで乳母と暮らす玉露という女性が病で行き倒れていた男を助け、看病してもなかなか容体が良くならないので、すぐ近くの破れ寺にある十一面観音に病平癒を祈って酒を供えたら、たまたまそこにいた蘆屋道満が例によってその酒を飲み、礼として男を治す方法(満月の夜に月の光を受けた滴を集めて男に飲ますことを3月続けて行う)を授け、困ったことがあれば晴明に相談せよと言い残したので、3月目に神泉苑に入ると月が隠れ、そこを出ると月が出るという問題が起きた際に晴明に助けを求めに行くという話。寂しい女の葛藤を描くエピソード。

「木犀月」は、月がひときわ大きく明るく見える日に博雅の笛と蝉丸法師の琵琶で合奏をしていると天から斧が落ちてきたという不思議な話。その斧は月で木犀を切り倒そうとする斧を振り続ける神仙・呉剛のもので、笛と琵琶の合奏に聞きほれてうっかり落としたというちょっとおまぬけなおとぎ話。

「水化粧(みずけわい)」は、在原清重という男が通っている女・明子のところへ10日ごとくらいに恐ろしい顔をした女が夜に枕元に現れて恨み言を言うので、清重が待ち伏せして確かめてみると、実はこの女は清重が昔通ったことのある女だった、という話。白狐の毛でできた百済川成という絵師の筆の不思議な力が発揮されます。

「鬼瓢箪」は、一夜にして白髪になり、瞼の裏に泥が詰まり、急に腹が膨らんで虫が出たり、米が食えなくなるという奇妙な病にかかり、10日ほどすると墩炳(東平)という法師が現れて鬼祓いをして治るということが3件続き、4人目に藤原兼家がこれにかかってしまったので清明が乗り出すことになるという話ですが、基本的なパターンは『蛍火ノ巻』の「むばら目中納言」にそっくりです。唯一新しいのは博雅が梅の香りと酒の薫りを堪能しながら「呪」を持ち出したことくらいでしょうか。普段は晴明が呪の話をし出すと嫌がる博雅ですが、長い間共に行動しているうちに少なからず影響されたようですね。

どの話も悪くはないですが、メルヘンタッチの「道満月下に独酌す」と「木犀月」がほのぼのしていて気に入りました。


書評:夢枕獏著、『陰陽師』1~4巻(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第5巻 生成り姫』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第6巻 龍笛ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第7巻 太極ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第8・9巻 瀧夜叉姫 上・下』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第10巻 夜光杯ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第11巻 天鼓ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第12巻 醍醐ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第13巻 酔月ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第14巻 蒼猴ノ巻』(文春文庫)

書評:夢枕獏著、『陰陽師 第15巻 螢火ノ巻』(文春文庫)