徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:酒見賢一著、『ピュタゴラスの旅』(アドレナライズ)~中島敦文学賞受賞作

2018年12月02日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『ピュタゴラスの旅』も恩田陸の『小説以外』というエッセイで紹介されていたので買っておいて数か月放置していました。表題作を含む5編の短編集です。

・そしてすべて目に見えないもの
・ピュタゴラスの旅
・籤引き
・虐待者たち
・エピクテトス

「そしてすべて目に見えないもの」は推理小説の約束事に挑戦するような作品で、警察内の取調室で「自然死」を遂げた18歳くらいの少女を巡って話が展開していきますが、うまい進行役が見つからず模索するという妙な展開で、結局「殺すのはいつも作者だ!」という結論に至ります。他作品に比べてさほど面白みがある作品ではないように感じました。

「ピュタゴラスの旅」はタイトル通り数理学者にして教団の指導者でもある哲人ピュタゴラスの魂の浄化を求めて果てのない旅を描いています。彼の後継者として育成中のテュモスが旅の段取りをしてお伴しながら、師ピュタゴラスに疑問をぶつけて議論するという話ですが、古代ギリシャですから、そこには師弟関係だけではなく同性愛的な絆も当然のごとくあり、テュモスの死後、ピュタゴラスが代わりの者を認めずに一人で旅を求道の続けるというなかなか感動的なストーリーです。

「籤引き」はこの短編集の中で一番パンチが聴いていると思える話です。英仏が植民地の取り合いでにらみ合う時代にまだ植民地化されていない未開の村に総督として派遣されたイギリス人がこの村の籤引き裁判という慣習に憤慨し、実際に鶏泥棒が起こって裁判となったところに立ち会い、明らかに無実と思われる老婆がくじを引いて犯人となり、次に刑を決めるくじで「死刑」を引いたので、死刑になるという展開にイギリス的法意識がついて行けずに阻止しようとして村人と対立してしまいます。まあ、私にとっても決して納得できるような慣習ではありませんが、それが厳粛な神事であり、それを行わなければ村が滅ぼされると強く信じられており、またくじを引いて「裁かれる」者も納得づくでむしろ喜んで刑を受けているとなれば、「そういうものか」と思うだけでこのイギリス人のように力づくで止めさせようとはしないと思います。村長の息子がカルカッタまで放浪して英語を学び、そこの大学にも通ったことがあるので、イギリス人の通訳を務めますが、それはあくまでも善意の行為なので、村のものと対立するようなら止めると言ってイギリス人の暴挙を止めるのもなかなか立派です。しかも、村の者たちは「大人だから」イギリス人が来て勝手に屋敷を建てて住み着いても追い出すようなことはしないが、好き好んでイギリス人たちと付き合いたいと思っているわけではないので、村の風習が気に入らないなら出て行くがよろしいと突っぱねてるところが痛快な感じです。また、籤引き裁判に関する見解も「目から鱗」で、村人たちはめったに起こらないとはいえ犯罪が起こればその罪を犯した者を「大人だから」許すが、村を守る神様はそれを許さないから籤引き裁判をするというのですね。そして真犯人は自分で犯人のくじを引けばいいですが、そうならない場合は他の者が彼の罪の裁きを受けるという状況を甘んじて受けねばならず、自分が裁かれなかったこと、その代わりに他人が刑を受けたことに対する罪悪感に悩ませられることになるので十分な心理的な罰に値するらしいです。

このイギリス人男性の若い奥さんは現地の文化を柔軟に受け入れ、分け隔てなく付き合いますが、仲良くなりすぎたようで、旦那に殺されてしまいます。かくしてこのイギリス人は自分が最も唾棄していた籤引き裁判にかけられることとなり、強烈なしっぺ返しを食らうことになります。でも、村人たちは「大人だから」刑を受けるに値しない異人を縛り付けることはしない、と彼を死ぬ前に解放します。驕り高ぶり、自分の価値観でしか物事を測らず、違う価値観を受け入れないばかりか侮蔑し否定することしかしなかった人にはいいお仕置きですね!

「虐待者たち」はどちらかというとファンタジーで、飼い猫がある日ひどい虐待を受けて命からがら帰宅したので、飼い主が会社を休職してまで(本当は辞職するつもりだった)復讐をしようとする話です。猫に惚れられた男の因果みたいな?なんとも不思議な話です。

「エピクテトス」はストア派の哲学者である奴隷のエピクテトスの伝記のような話です。自分の力の及ばないことに対しては全て諦めて受け入れるという哲学とかなりの忍耐力を持ったエピクテトスは嗜虐趣味のある者たちに一種の恐怖を与える存在となっていく過程の描写が非常に興味深いです。

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書評:酒見賢一著、『語り手の事情』(アドレナライズ)


書評:酒見賢一著、『語り手の事情』(アドレナライズ)

2018年12月02日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『語り手の事情』(2001)は、恩田陸の『小説以外』というエッセイで紹介されていたので買っておいたのですが、何か月も放置してました。ここのところ立て続けに推理小説・探偵小説を読みまくり、アガサ・クリスティーの『Sleeping Murder』を除いてストックしてあった分はすべて読破してしまったので、別のジャンルのストックに手を付けることにしたわけですが、この『語り手の事情』はどういうジャンルに分類してよいものやら悩むところです。ポルノまたは官能小説というには「官能」の部分がほとんどなく、性行為や生殖の原理の描写が妙に生物学的で冷静でありすぎて、また主人公の「語り手」と最初に15歳の少年として登場したアーサーの10年越しの純愛を描く「恋愛小説」と解釈できなくもないのですが、それにしては恋愛的な心理描写があまりにも少ない感じです。「語り手」という正体不明の存在や「妄想を想像に高めて現実のものとする」力が云々とか、性と生殖を司る地母神のような「ルー」という存在、アーサーがインキュバスに取りつかれてしまうこと、または結末で「どこでもない世界」に行くところなどから、性と生殖に関する考察と若干恋愛的要素を含むファンタジー小説といっても良さそうです。

テーブルの脚すらも包み隠しほど性倫理に厳格なヴィクトリア時代の英国で、性妄想を抱いた紳士だけが招かれる謎の屋敷が舞台で、そこにひっそりと時空を超えて住んでいる「語り手」が様々な事情を語るという展開ですが、ヴィクトリア朝文化における性に対する抑圧がかえって不自然な背徳的妄想を生み出している感じが、その謎の屋敷を訪れる紳士たちによって伝わってきます。最後に語り手の「事情」がより自然な「情事」に変えられてゆくところが興味深い点かもしれません。

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