徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:綾辻行人著、『水車館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

2018年12月16日 | 書評ー小説:作者ア行

『水車館の殺人〈新装改訂版〉』(2008)は館シリーズの第2作で、岡山の山間に今は亡き建築家・中村青司によって建てられた3つの水車を持つ館「水車館」で起こる連続殺人事件の物語です。館の主人藤沼紀一(ふじぬまきいち)は有名な幻想画家藤沼一成(ふじぬまいっせい)の息子で、事故で傷ついた顔を下面で隠し、病死した一成の弟子の娘由理絵を形ばかりの妻として世間から隠れるように暮らしていますが、1年に1度、一成の命日である9月28日だけは一成と昔馴染みである4名を水車館に招き、絵画コレクションの鑑賞を許すことになっていました。1985年9月28日は、客たちが全員到着する頃には台風による暴風雨が始まっており、そんな中で住み込み家政婦が当のバルコニーから水路へ落ちて亡くなります。道路が土砂で不通となり、警察が翌朝まで来れないその夜、客の一人である古川恒仁(ふるかわつねひと、島田潔の友人)が「消失」し、さらにコレクションの一つの絵が無くなり、誰かが逃げる姿を見たと言って追いかけて行った館の居候・正木慎吾が翌朝焼却炉の中でバラバラにされた焼死体となって発見されます。その焼死体が正木のものと推定されたのは、焼却炉前に落ちていた左手の薬指が指輪の跡や血液型が彼のものと一致したからでした。警察では古川が正木を殺害し、絵を盗んで逃走したものとして捜査されますが、未解決のまま1年が経ち、古川を除く客たちがまた水車館に招かれます。そこへ友人の嫌疑に疑問を持った島田潔が招かざる客としてやってきます。そして、過去の事件を検証する間にもまた新たな殺人が起こります。

焼死体(顔のない死体)、残された身元証明のための指、行方不明者、そして仮面の男、と来れば、ミステリーを読み慣れている人ならすぐに「被害者と加害者の入れ替え」「バールストン先攻法(ギャンビット)」などの王道のトリックが思い浮かび、大筋の見当がついてしまいますが、この作品の面白いところは「犯人は誰か」という謎解きではなく、カラクリを依頼主に内緒でよく仕込んだといわれる変わった建築家中村青司による人里離れた館、そして嵐に閉ざされているという舞台設定の醸し出す雰囲気と、どんなカラクリが水車館に仕込まれているのか、そしてそれがどのように犯罪に利用されたのかを探るところにあります。1年前の事件と現在の状況・事件が交互に語られるところも面白いです。

最後に藤沼一成の最後の大作となったずっと非公開だった絵がついに明かされるところがファンタジックで印象的です。ずっと非公開だった理由はそれだったのか!と納得できる物語の締めくくりとなっています。


書評:綾辻行人著、『十角館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『水車館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『迷路館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『人形館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『時計館の殺人〈新装改訂版〉上・下』(講談社文庫)~第45回日本推理作家協会賞受賞作

書評:綾辻行人著、『黒猫館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『暗黒館の殺人』全4巻(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『びっくり館の殺人』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『奇面館の殺人』(講談社文庫)


書評:綾辻行人著、『十角館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

2018年12月16日 | 書評ー小説:作者ア行

『十角館の殺人』(1987、文庫は2007年発行)は文藝春秋の東西ミステリーベスト100(2012)の第8位にランクインしている日本の本格ミステリーの一つで、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』をなぞったオマージュ作品、無人島に集まった男女が外界との連絡手段がないまま次々に殺されていく話です。もちろん動機や使われたトリックも違いますし、犯人が死なないという点も違います。

舞台となるのは角島と呼ばれる個人所有だった小さな島で、そこでは半年前に所有者中村青司とその妻および使用人夫婦が青屋敷と呼ばれる本館で殺害された上焼死体となって発見された曰く付きの場所。この四重殺人の犯人はその事件以来行方不明となっている庭師と推測されているものの腑に落ちない謎が多く残っている状況です。その島には建築家であった中村青司が自ら建てた十角館と呼ばれる別館が残っており、その物件を不動産業者が買い取り、その甥が大学のミステリー研究会のメンバーに島を訪れることを提案します。こうして5人の男と2人の女が角島へ集まって1週間滞在することになります。彼らは本名ではなく海外のミステリー作家の名前を渾名として呼び合っており、それ自体が犯人を読者から隠すトリックとなっています。

角島に行ったミステリー研究会のメンバーとは別に、元メンバーである江南孝明(かわみなみたかあき)のもとに「お前たちが殺した千織は、私の娘だった」というワープロ打ちの手紙が死んだはずの「中村青司」から届きます。ちょうど春休みで暇を持て余していた彼はこの手紙の謎を追及する過程でこの館シリーズの探偵(?)島田潔と知り合い、共に半年前の事件の解明に向かいます。

ストーリーは島の状況と本土での調査状況が交互に語られながら進行していきます。次々に殺害されていく様子は『そして誰もいなくなった』に似ているところがかなりありますが、磁器の人形が壊される代わりに「第一犠牲者」「第二犠牲者」「第三犠牲者」と書かれたプレートが犠牲者の部屋のドアに貼られて行きます。これらのプレートは島に上陸した翌朝に十角館の中央ホールに並べられます。「犠牲者」のプレートは5人分で、後は「探偵」と「殺人犯人」と書かれたプレート。それが本当に殺人予告なのかミステリーファンならではのただのいたずらなのか議論になりますが、残念ながら本物の殺人予告であったことが翌朝に明らかになります。

犯人の独白が最後にあり、一見裁きを逃れたかに見えるのですが、最後の最後で「審判」が来るところが物語として引き締まった終わり方で素晴らしいと思いました。探偵の島田が「犯人を突き止めた」と明言せずに暗示に留めているところもすっきりしていい印象を受けました。


書評:綾辻行人著、『十角館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『水車館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『迷路館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『人形館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『時計館の殺人〈新装改訂版〉上・下』(講談社文庫)~第45回日本推理作家協会賞受賞作

書評:綾辻行人著、『黒猫館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『暗黒館の殺人』全4巻(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『びっくり館の殺人』(講談社文庫)

書評:綾辻行人著、『奇面館の殺人』(講談社文庫)