徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:東山彰良著、『罪の終わり』(新潮社)~第11回中央公論文芸賞受賞作

2018年01月29日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

直木賞受賞作品『流』から1年後に書かれた『罪の終わり』(新潮社、2016年発行)は第11回中央公論文芸賞受賞作ということもあり、読みごたえはあるのですが、ページをめくる手が止まらない程ストーリーに引き込まれるということは残念ながらありませんでした。

2173年6月16日、ナイチンゲール小惑星が地球に衝突したことによって、一種の「終末世界」が出現するという設定はSFとしてはそう珍しいものではないかと思います。旧世界がほぼ壊滅し、社会が機能しなくなると生存者の間で略奪や抗争が始まり、また食料不足が深刻になるにつれてカニバリズム(食人)が横行するようになるのも、まあ想定内と言えます。

この作品の変わっているところは、常態化する食人に対する人々の葛藤と宗教観にスポットを当てていることです。舞台はアメリカなので、キリスト教徒たちの葛藤ということになりますが、一方で食人を絶対に認めず、食人を推奨するような危険人物を次々と「ヒットリスト」に載せて抹殺していく「白聖書派」とよばれる過激派、他方で新たな「黒騎士伝説」を作り上げる食人肯定派が台頭し、両者の概念的対立が浮かび上がります。両者を隔てるのは「キャンディー線」と呼ばれる防護線で、その内側ではまだ食料配給があり、その外側では食料配給がないという決定的な違いがあります。つまり食人を否定しても生き延びられる余裕があるかないかの差がそこに歴然と現れていることになります。

もう一つこの作品の変わっているところは、上記の状況を臨場感を持って語るのではなく、ネイサン・バラードという白聖書派の一人がキャンディー線の向こう側である食人鬼を追って数か月過ごした自らの体験と出会った人たちから聞いた話を基に、「黒騎士伝説」の成立過程と伝説化したナサニエル・ヘイレンの人物について本を書く、というもう一歩距離を置いた語り方であることです。この分析的距離感がこの小説を読みづらくしているような気がしてなりません。

人が危機的状況でどのような行動をとり、どのような選択をするのか、またその選択に至るまでの葛藤や、選択した後の疑問や後悔や罪悪感とどう折り合いをつけていくのか、「罪を以て罪を贖う」とは単なる自己正当化なのか否か等、実に興味深い問題提起が小説の中でされています。面白くないわけではないのですが、小説としてのエンタメ性は不足しているように思えます。

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書評:東山彰良著、『流(りゅう)』(講談社文庫)~第153回直木賞受賞作