徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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ドイツ:ヘイトスピーチを取り締まるネット執行法発効、最初の削除対象はAfD副党首のツイート

2018年01月02日 | 社会

フェイクニュースやヘイトスピーチが野放図に拡散されるSNSの無法状態に終止符を打つためにできたドイツの新法「ネット執行法(Netzwerkdurchsetzungsgesetz)」が2018年1月1日に発効しました。

ネット執行法とは

「ネット執行法(Netzwerkdurchsetzungsgesetz)」の正式名称は「ソーシャルメディアにおける法執行改善のための法律(Gesetz zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken)」といい、正式略称は「NetzDG」ですが、Facebook法とも呼ばれることがあります。この6条からなる法案は2017年6月30日に可決されました。

同法の適用範囲は、ユーザーが任意の内容を投稿できるプラットフォームを提供するいわゆるソーシャルメディアのプロバイダーで、報道機関等のジャーナリストによる投稿しか許されないサイト、個人通信のためのプラットフォームや特定の内容の発信のためのプラットフォームはソーシャルメディアとは見なされず、同法の対象外となります(NetzDG第1条第1項)。

ユーザーが2百万人以下のソーシャルメディアのプロバイダーは同法第2条及び第3条の報告・削除義務が免除されます(NetzDG第1条第2項)。

報告・削除対象となる「違法な内容」とは、ドイツ刑法が定めるところの違憲団体の宣伝材料の拡散(刑法86条)、違憲団体のトレードマークの使用(刑法86a条)、国家を脅かす重大な暴力行為の準備(刑法89a条)、国家を脅かす重大な暴力行為の手引き(刑法91条)、売国的偽造(刑法100a条)、違法行為への公開呼びかけ(刑法111条)、違法行為を行うという脅迫による治安紊乱(刑法126条)、犯罪組織の結成(刑法129条)、テロ組織の結成(刑法129a条)、国外の犯罪およびテロ組織との関わり(刑法129b条)、民衆扇動(刑法130条)、暴力の表現(刑法131条)、違法行為に対する報奨およびその容認(刑法140条)、信教、宗教結社、世界観結社に対する侮辱(刑法166条)、放送・テレメディアを通じた児童ポルノ的内容の提供(刑法184d条)との関連での児童ポルノの拡散・取得・所有(刑法184b条)、侮辱(刑法185条)、中傷(刑法186条)、名誉棄損(刑法187条)、画像撮影による個人の生活領域の侵害(刑法201a条)、恐喝(刑法241条)および証拠となるデータの偽造(刑法269条)に抵触する内容です(NetzDG第1条第3項)。

こうして見ると、必ずしもヘイトスピーチやフェイクニュースだけが取り締まり対象ではないことが明らかになります。

同法第2条でソーシャルメディアのプロバイダーの「違法内容に関する苦情」の報告義務(年間100件以上の場合)が定められ、第3条で「違法内容に関する苦情」の取り扱い方、すなわち苦情が来てから24時間以内に「明らかに違法な内容(offensichtlich rechtswidriger Inhalte)」を削除することなどが規定されています。

同法第4条は罰金規定。最高5百万ユーロまでの罰金が可能です。

同法第5条にはソーシャルメディアのプロバイダーがドイツ国内に通達委任者を置き、その連絡先をプラットフォームに分かりやすく明記することなどが義務付けられています。

第6条は過渡的規定で、第2条の報告は2018年の上半期に対するものを最初の報告とする旨や、第3条の違法内容に関する苦情の取り扱い態勢を同法発効後3か月以内に整えることが規定されています。

 

ネット執行法の問題点

ネット執行法案は議会でもかなり議論が紛糾しましたが、様々な変更が加えられ、法案が可決された後も批判の声は収まっていません。IT業界団体であるBitcomは同法を「法執行に繋がるどころか法令による刑法執行妨害だ」とこき下ろし、ドイツ基本法およびEU法に違反していると鋭く批判しています。

表現及び報道の自由を定めるドイツ基本法第5条第1項には「検閲は、これを行わない(Eine Zensur findet nicht statt)」とあります。その一方でこの権利は絶対不可侵というわけではなく、同条第2項で「これらの権利は一般法による規定、青少年保護のための法規制および個人の名誉権に関する法によって制限される(Diese Rechte finden ihre Schranken in den Vorschriften der allgemeinen Gesetze, den gesetzlichen Bestimmungen zum Schutze der Jugend und in dem Recht der persönlichen Ehre)」というように一応限定可能な権利です。このドイツ基本法との整合性を保つために重要なキーワードが上述の「明らかに違法な内容(offensichtlich rechtswidriger Inhalte)」です。つまり「ネット執行法はあくまでも違法行為の取り締まりのための法律であって、検閲ではない」ということを表すのが「明らかに違法な内容の削除」という限定性なわけです。

しかしながら、一番問題とされているのが、投稿内容が違法であるか否かの判断が一私企業に委ねられていることです。SNSのプロバイダーはとにかく苦情が来てから短時間で対応し、苦情対象となった内容を削除しないと罰金が科せられるため、慎重な判断よりも疑わしきは削除するという方針をとる可能性が大きく、これによって言論の自由が制限されると懸念されています。この判断責任を最も嫌がっているのは当のプロバイダー自身です。「自己規制に関する公的機関」に苦情のあった投稿内容の判断を預けた場合は削除するまでに24時間ではなく7日間の猶予が与えられることになっていますが、まだそのような機関が存在していないので、プロバイダー側は過剰削除に走らざるを得ない状況です。

また、「明らかに違法な内容(offensichtlich rechtswidriger Inhalte)」の解釈というか、境界線がやはり曖昧であることが問題です。そこには対象となっている違法行為の定義自体の曖昧さ、例えば侮辱・中傷・名誉棄損や画像撮影による個人の生活領域の侵害の判断の難しさも含まれます。

 

最初の削除対象はAfD副党首のツイート

新年早々大騒ぎになったのは、右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」副党首であるベアトリクス・フォン・シュトルヒのムスリムを侮辱していると見られるツイートが削除されたことでした。

事の起こりはケルン市警察が新年のあいさつをドイツ語・英語・フランス語以外にアラビア語でもツイートしたことです。


それに対して「ドイツのための選択肢」(AfD)副党首のベアトリクス・フォン・シュトルヒが「いったいこの国では何が起こっているの?なぜノルトライン・ヴェストファーレン州の公式な警察サイトがアラビア語でツイートするの?そんなことで野蛮なムスリムの集団強姦する男どもを大人しくさせられるとでも思っているのかしら?(Was zur Hölle ist in diesem Land los? Wieso twittert eine offizielle Polizeiseite aus NRW auf Arabisch. Meinen Sie, die barbarischen, muslimischen, gruppenvergewaltigenden Männerhorden so zu besänftigen?)」とツイートで批判しました。この「野蛮なムスリムの集団強姦する男ども(die barbarischen, muslimischen, gruppenvergewaltigenden Männerhorden)」があっという間に炎上し、Twitterは彼女のアカウントを「ヘイト内容に関する規則に反する」として12時間閉鎖しました。

フォン・シュトルヒは自分のツイートのスクリーンショットをFacebookにも投稿しましたが、そこでは「ドイツ刑法第130条民衆扇動に相当する」として投稿記事が削除されました。

ケルン市警察は昨年も同様にアラビア語で新年のあいさつをツイートしていたため、今回の騒ぎには驚きを隠し得ないでいます。これまで数百件のフォン・シュトルヒに対する告発が提出されているとのことですが、実数はまだ明らかにされていません。ケルン市警察は既にフォン・シュトルヒに対して違法告発をし、民衆扇動罪の疑いで捜査を開始しています。

AfD議員団代表のアリス・ヴァイデルはこの件に関してやはり過激なツイート「我が国の役所は、輸入された、匪賊の、手癖の悪い、殴ったりナイフで刺したりする移民暴徒に服従している。@Beatrix_vStorch (フォン・シュトルヒのアカウント)がドイツ国旗を掲げる警察がアラビア語でツイートしたことに対する批判は正当。なのにアカウント閉鎖された!(Unsere Behörden unterwerfen sich importierten, marodierenden, grapschenden, prügelnden, Messer stechenden Migrantenmobs. @Beatrix_vStorch kritisiert zu Recht, dass die (Deutschlandflagge) Polizei auf Arabisch twittert – und wird gesperrt!)」を投稿し、やはりTwitterから記事が削除されました。

両者は「検閲の犠牲者だ」と記者会見やSNSで主張しています。

両者のツイートは私から見れば偏見に満ちた実に低俗な内容ですが、「明らかに違法な内容」であるかと言えば、決してそうとは言えないと思います。ドイツの警察がアラビア語でツイートしたこと自体に対する批判は言論の自由の範囲です。問題の「野蛮なムスリムの集団強姦する男ども」は、必ずしもムスリム全体を指した差別的発言とは言えませんし(差別的内容と解釈する余地ももちろんあります)、文脈からこれらの人たちに対して何らかの攻撃を正当化して呼びかけるような民衆扇動と解釈するのには無理があります。同様にヴァイデルの「...する移民暴徒」も移民全体を指した差別的発言ではなく、あくまでも「そういうことをする移民」という限定的な解釈が成立するため、一概に中傷や侮辱と解釈できませんし、全体の内容はケルン市警察とTwitterに対する批判であるため、民衆扇動的な要素を証明するのはかなり難しいと思います。

今後この新法がどのように運用されていくのか厳しく観察してかなくてはなりません。


参考資料・参照記事: 

buzer.de, "Gesetz zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken"(法文)

golem.de, 01.01.2018, "Das große Löschen kann beginnen(大規模な削除が始まる)"

Frankfurter Allgemeine, 31.12.2017, "Löschgesetz verlangt Facebook-Nutzern viel ab(削除法はFacebookユーザーに多大なる要求を突きつける)"

Die Welt, 02.01.2018, "Muslim-Tweet: Strafanzeigen gegen AfD-Politikerin von Storch(ムスリムツイート:AfD議員フォン・シュトルヒに対する告発)"

Frankfurter Allgemeine, 02.01.2018, "Von Storch und Weidel sehen sich als Zensuropfer(フォン・シュトルヒとヴァイデルは検閲の犠牲者だと主張)"


放射線治療の準備(がん闘病記18)

2018年01月02日 | 健康

明けましておめでとうございます。

新年早々ですが、ドイツでは1月2日は全く普通の平日ですので、病院も通常営業です。というわけで、放射線治療計画のためのCT撮影に行って参りました。

ここ、聖マリア病院の放射線科では患者がバスタオルを持参することになっています。他の病院では使い捨てのシートをCT撮影などに使用しますが、こちらではCTにも放射線照射の直線加速器にも患者持参のバスタオルを敷くのです。環境にやさしく、病院のコスト削減にもなっているのはよく理解できますが、面倒くさいのは否めません。

少し待ち時間がありましたが、CT撮影自体はかなりあっけなく終わりました。ポジショニングのためのマーキングをお腹につけられ、透明な防水絆創膏を貼られてしまったので、お風呂禁止です。シャワーはOKだそうですが、夏はともかく冬にシャワーだけというのは辛いですね。

もう一つ事務的な面倒なことがあります。抗がん剤治療を受けたがん専門クリニックからの紹介状は年末で有効期限が切れてしまうので、今四半期のためにもう一度紹介状をもらって聖マリア病院に提出しないと健康保険組合との清算ができないため、私個人に請求書を出さざるを得なくなるというのです。紹介状をもらって最初の診察が12月28日だったので、非常に理不尽な感じがしますが、四半期毎の清算サイクルは動かせないので仕方ありません。がん専門クリニックに新しい就労不能証明書を取りに行くついでに紹介状も再発行してもらうことにします。

 

ところで、11月21日に受けた最後の抗がん剤はどうやら体からほぼ抜けたようで、12月30日からわずかに頭髪が生え始めました。今日は眉毛もちょっぴり復活して来ているのが判明しました。

最後の抗がん剤投与から6週間で頭髪などが復活するのなら、確かにそれを何十人あるいは何百人の患者さんで何十年も確認してきたドクターからすれば、抗がん剤による脱毛は「些末事」と言えるでしょうね。私にはもちろん初体験なので、「また生えて来るから大丈夫」と言われても、若干不安でしたけど。ちょっと頭皮がかゆいのですが、嬉しいかゆみですよね(笑)

がん闘病記19


唐突ながん宣告~ドイツの病院体験・がん患者のための社会保障(がん闘病記1)

化学療法の準備~ドイツの健康保険はかつら代も出す(がん闘病記2)

化学療法スタート(がん闘病記3)

抗がん剤の副作用(がん闘病記4)

え、緑茶は膀胱がんのもと?(がん闘病記5)

ドイツ:傷病手当と会社からの補助金(がん闘病記6)

抗がん剤投与2回目(がん闘病記7)

抗がん剤投与3回目(がん闘病記8)

医者が満足する患者?(がん闘病記9)

マリア・トレーベンの抗がんハーブレシピ(がん闘病記10)

抗がん剤投与4回目(がん闘病記11)

化学療法の後は放射線治療?!(がん闘病記12)

抗がん剤投与5回目(がん闘病記13)&健康ジュースいろいろ

抗がん剤のお値段とがん代替治療の死亡率(がん闘病記14)

抗がん剤投与6回目&障碍者認定(がん闘病記15)

化学療法終了…その後は(がん闘病記16)

放射線腫瘍医との面談(がん闘病記17)

書評:Kelly A. Turner著、『9 Wege in ein krebsfreies Leben(がんが自然に治る生き方)』(Irisiana)


書評:木内昇著、『櫛挽道守(くしひきちもり)』(集英社文庫)中央公論文芸賞・柴田錬三郎賞・親鸞賞受賞作

2018年01月02日 | 書評ー小説:作者カ行

直木賞受賞作品『漂砂のうたう』に続く木内昇作品『櫛挽道守(くしひきちもり)』(集英社文庫)を一気読みしました。この作品は中央公論文芸賞・柴田錬三郎賞・親鸞賞受賞というトリプル受賞作。

舞台は幕末の木曽山中の藪野という宿場町。神業と呼ばれるほどの腕を持つ父に憧れ、櫛挽職人を目指す登瀬(とせ)。しかし女は嫁して子をなし、家を守ることが当たり前の時代で、櫛挽は男の仕事と決まっていたので、世間は珍妙なものを見るように登瀬の一家と接していました。才がありながら早世した弟、その哀しみを抱えながら、周囲の目に振り回される母親、閉鎖的な土地や家から逃れたい妹、無口で職人気質の父親、その父に弟子入りして挙句に登瀬の婿に収まってしまう実幸。幸せとは何かを問う作品です。

この作品では、登瀬の半生、弟・直助の死の半年後で登瀬16歳の辺りから第1子誕生後の33歳辺りまでが描かれています。彼女の世界は非常に限られており、早世した弟への思い、父への憧憬、櫛挽の技術の獲得・向上がすべてと言っても過言ではありません。母や妹への家族愛もあるにはあるのですが、タイプも違い、相容れない考え方・感じ方の相違のせいで結びつきは弱く、彼女の感情世界への影響力もあまりありません。

亡くなった弟がどういうわけか草紙を作って旅人に売っていたということが分かり、母も妹もその事実を受け入れようとしない中で登瀬だけが弟の遺作に興味を持ち、できれば集めたいと願います。これは一人前の父のような櫛挽職人になりたいという願いと同列ではないかもしれませんが、かなり重要なモチーフで、彼女の強い行動理由となっています。

詳細は省きますが、尊敬してやまない父についに職人として認められる感動、ずっと気にかけてきた弟の思いに草紙を通して出会えた感動、そしてそれまでかなり謎な、しかし天才的な職人である夫と通じ合えた感動がこの作品のハイライトでしょう。泣けました。

私はこの作品の方が『漂砂のうたう』より好きです。

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書評:木内昇著、『漂砂のうたう』(集英社文庫)~直木賞受賞作