徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:東山彰良著、『流(りゅう)』(講談社文庫)~第153回直木賞受賞作

2018年01月15日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

直木賞受賞作ということで、東山彰良の『流(りゅう)』を読んでみました。

プロローグは中国山東省、主要舞台は台北で登場人物が中国人・台湾人なので、最初名前の読み方に戸惑い、なかなか話に入りづらかったのですが、慣れてくると面白くて止められなくなる素晴らしい筆致です。

1975年の台北で、内戦で敗れて台湾に渡った「不死身」と言われる祖父が自らの経営する布商店のバスタブに沈められて殺害され、その犯人を見つけるために、そして自分自身を見つけるために主人公・葉秋生(イエ・チョウシェン)が紆余曲折を重ねるというストーリーです。本編は1987年の大陸訪問解禁の3年前で終わり、エピローグは大陸訪問解禁3年後となっているので、殺人事件から25年後ということになりますね。葉秋生の半生というには短いスパンですが、その分祖父とその兄弟分たちの抗日戦争や内戦の回想が入るので、語られるタイムスパンは90年近くになります。

登場人物たちのキャラが濃厚なのも魅力ですが、1970年代~80年代の台北のいかがわしい界隈の雑多な音やにおいが本当に聞こえたり匂ってきたりしそうなほど鮮明な描写も素晴らしいです。暴力シーンの描写もかなり鮮明なので、それは個人的にちょっと…とは思うのですが、ハードボイルド小説ファンにはきっと魅力的なのでしょう。

葉秋生の叔父・葉明泉(イエ・ミンチュエン)は楽して金儲けしようとするどちらかと言えば「ろくでなし」の部類に入る人物で、「法螺吹き」としても知られるキャラ設定ですが、この人の法螺話はユーモアたっぷりなものもかなりあり、思わず「ぷっ」と笑ってしまいます。この小説になくてはならないキーパーソンですね。

また、祖父・葉尊麟(イエ・ヅゥンリン)が共産党に包囲されて絶体絶命の状況に陥った時に、奇跡的に彼を助け出したという狐火・お狐様が孫の代まで敬われ続けているところも面白いです。ごく当たり前のように狐火が現れたり、幽霊も登場してしまうあたりが、物語の「雑多性」を高めているように思います。その雑多な感じが台北のごちゃごちゃした感じによく似合っており、大陸の祖父のルーツである山東省の荒涼とした風景との対比を際立たせています。バブル期の東京は、主人公の仕事の場として、また台湾から大陸へ渡るための中継点としては重要ですが、絵的にはお飾りみたいな感じがします。

著者が台湾出身で日本で作家活動をしており、祖父は山東省出身の抗日戦士、父は教師とのことなので、この小説は彼の人生に重なるところがかなりあるのかなと思います。

祖父・葉尊麟の犯人を追うミステリーが主軸になっていますが、比較的早い段階で犯人が予想できてしまうので、ミステリー作品として見るといまいちですが、主人公のハードな成長記として見れば実に魅力的な小説だと思います。

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