徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:辻村深月著、『鍵のない夢を見る』(文春文庫)~第147回(2012上半期)直木賞受賞作

2018年01月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

辻村深月の『鍵のない夢を見る』も直木賞受賞作品です。直前に読んだ直木賞受賞作品『海の見える理髪店』は全体の印象が「ほっこり」でしたが、『鍵のない夢を見る』の印象は「それってアリなの?」という何とも言えない違和感です。

短編集ですが、表題に相応する作品はありません。収録作品は『任志野町の泥棒』、『石蕗南地区の放火』、『美弥谷団地の逃亡者』、『芹葉大学の夢と殺人』、『君本家の誘拐』の5編で、最後に林真理子x辻村深月の対談が収録されています。お二人とも山梨出身だそうです。その対談によりますと、著者は地方の閉塞感や行き詰まりの中でこそ生まれるドラマを描きたかったそうです。『鍵のない夢を見る』とは、未来の扉を開けられない、つまり閉塞した中で夢を見る、ということなのでしょう。

 

『任志野町の泥棒』

主人公が母親と共に伊勢神宮行きの観光バスに乗ると、そのバスガイドが小学生のころ近所に住んでいた同級生の「りっちゃん」でした。そこから「りっちゃん」を巡る主人公の回想に入ります。語り手の視点が小学生高学年から高校生なので、「なんで、どうして」という疑問に答えるような説明がなく、なんとなく腑に落ちないまま話が終わります。一時期仲良くしていた友達。彼女の母親がご近所で泥棒を働くということが評判となり、ついに自宅で「現場」に居合わせてしまい、以降「りっちゃん」との間にもわだかまりができ、泣いて謝られたので仲良くはしていましたが、小学校卒業をきっかけに完全に縁が切れてしまう。主人公は彼女に対する疚しさからよく覚えていたのに対して、高校生になった偶然会った彼女の方は主人公の名前すら憶えていなかった、という虚しい孤独感。そう、自分だけ気にしてて、相手の方は全然気にしてなかったということってよくありますよね(笑)そういう割と日常的なドラマが生き生きと描かれています。

 

『石蕗南地区の放火』

主人公の笙子(36)は独身、財団法人町村公共相互共済地方支部の正職員。かつて合コンで出会い、好みでないのに一緒に横浜まで出かけてしまった消防団の大林が放火を働いて逮捕されたので、笙子は、彼が「お七」のように自分に会うために放火を働いたのではないかと勘違いします。以前にメールや電話でしつこくされたことと、火事現場が彼女の実家の目と鼻の先だったという事実を結びつけた妄想なのですが、彼との思い出やいまだに独身でいることの焦り、10歳も年下の同僚に覚えた嫉妬心など彼女の回想と気持ちの揺れがテンポよく描かれています。

笙子のように他人の目を気にして、見栄を張り、自分の思い通りに事が進まないことを気に病んでいたら、さぞかし生きづらいだろうと思わずにはいられません(笑)

 

『美弥谷団地の逃亡者』

このお話しは美衣と陽次という20歳過ぎの恋人たちが房総の海を目指して旅をする話なのかと思ったら、美衣の方はパンツの着替えも用意してない程行き当たりばったりなので、「おや?」と思っているところで美衣の回想に入ります。学校でキョンシーごっこをしたとか、友達に処女を失ったことを自慢されて、自分も出会い系で知り合った人とセックスしたとか、陽次とは高校卒業後にバイトをしたりしなかったりしていることに出会い、どういう関係だったとかそういう回想が延々と続くうちに段々不穏な雰囲気が出てきて、なぜ二人は今一緒に居るのか疑問に思っていると、陽次が殺人容疑で逮捕されます。被害者は美衣の母親。おおおっと思う話の【転】ですが、だったら美衣はなぜのんきに回想しながら、パンツを替えられないことを気にしつつその男と一緒に居たのかという別の疑問が湧いてきます。もちろん、それについての説明はありません。元DV彼氏に目の前で母親を殺され、そのまま彼に引っ張られて行ったにしても、他に考えることがあるのではないでしょうか?

 

『芹葉大学の夢と殺人』

「指名手配中の容疑者、女性を突き落とす?」という新聞記事から始まるこのお話しは、そこへ至る経緯がその突き落とされたらしい女性・二木美玖(25)の視点で語られます。芹葉大学工学部教授・坂下元一(57)が他殺体で見つかった事件で指名手配中の羽根木雄大容疑者(25)は、美玖と大学時代に交際していました。

工学部に入りながら、「医学部に入り直して医者になる」という夢を見る男・雄大。だけど、医者になるのは生活を安定させるためで、実はサッカーをやりたいという現実感覚ゼロの男。「何故、私も一緒になって酔うことができる範囲の夢に留まってくれないのか。「バカみたいに大きい」と語った夢が、本当にバカみたいだなんてひどい。」という美玖の思いに思わず吹き出してしまいました。

でも雄大は外見はよく、美玖は彼以外の男性を考えられない模様。大学卒業後、イラストレーターになる夢をあきらめて実家に戻り、地元高校の美術教師に収まりますが、工学部を卒業できず、医学部受験にも失敗し続ける雄大との関係は遠距離恋愛として続いていました。彼に大して好かれたり、興味を持たれたりしていないということを十分承知しながら。

「交通費三万円、ホテル代一万円、食事代三千円、お茶代千五百円。彼に抱かれて家路につくとき、私はそれらの合計の金額で雄大に抱いてもらっているのだな、と思った。」

ちーん。

いや、本当に「「好き」という魔物の感情」と描写されるとおり、理屈ではないのは分かるのですが。。。

これは、色々と興味深いお話でした。

 

『君本家の誘拐』

母親・君本良枝が大型ショッピングモールにあるショップで急にベビーカーがそばにないことに気づくところから始まるこのお話しは、26歳で「比較的早めに」結婚したのになかなか子供ができないことに悩み、パニックを起こしかけていたところに娘・咲良を授かって、産休を取ってマンションで子育てをする母親の孤独感や疲労感を描いています。良枝は出産のために実家に帰り、出産後1か月も実家で過ごしたので、特に自宅での孤独とのギャップが大きく感じられたのでしょう。満足に寝れないという、近頃話題になっている「睡眠負債」も大ポカをやらかす一因になっているのでしょうね。そういう辛さが描かれているのに、決して一面的で母親に同情的なだけでなく、少し距離を置いた視点も混じっているのが興味深いと思いました。

良枝はまだ妊娠する前に友達の結婚式で一緒に参加した友達・理彩に「子どもができない」悩みをぶちまけ、泣き出してしまったことがありました。そのすぐ後に妊娠して、咲良が生まれた後に理彩が訪ねてきて、この件が話題に上るのですが、良枝が「あの頃は、私、本当に追い詰められてた」と言い、それに対して理彩が「謝らないんだ。」「心配かけてごめんねって謝るかと思った。」と返すシーンが印象的です。その後に続く二人の対話の中で、二人の感覚の隔たりがよく表れており、良枝がそれに気づいていない、つまり視野狭窄に陥っているのが浮き彫りになります。

結局、咲良ちゃんは誘拐されたわけでなく、家の玄関前にベビーカーごと置き去りにされてただけでした。良枝は「私は、やってしまったと自分で自分にびっくりするのですが、私にはその後の自分の間違いを取り繕おうとして取った彼女の行動の方がよっぽどびっくりでした。

 

「行き詰まっている」感じは最後の2作に顕著だと思いました。確かに「行き詰まりの中で生まれるドラマ」だと。

私は東京生まれ千葉県市川市育ちなのでいわゆる「地方」とは無縁で、「上京するか地元に残るか」という選択肢で悩んだ経験もありません。東京のベッドタウンである市川市、江戸川を超えれば東京都、東京駅まで20分程度という土地柄ですので「上京」という言葉自体があまり馴染みのないものでした。今はドイツの田舎でも都会でもない、これでも一応元は一国の首都だったというボンに住んでますけど、ドイツは日本と違って地方の力が強い国ですので、現在首都のベルリンは何かを成し遂げるための選択肢の一つに過ぎないのです。だからやはり「上京か地元か」みたいな二択とは無縁です。前置きが長くなってしまいましたが、要するに、たぶん私は「地方の閉塞感」的なものはこの短編集から読み取れてないだろうということです。

 「行き詰まっている」感じ自体にも距離感はあります。私はどちらかというと「自由な」人なので(笑)

何はともあれ興味深い作品たちでした。特に一人称小説なのに客観的視点がうまく取り入れられているのが素晴らしいですね。他の作品も読んでみようという気になりました。あと、林真理子の作品も読んでみたいです。名前しか知らない作家さんですが、対談を読んでいて興味を持ちました。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村