長尾景虎 上杉奇兵隊記「草莽崛起」<彼を知り己を知れば百戦して殆うからず>

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夏目雅子 ひまわりと悲劇の名女優・夏目雅子のその生涯ブログ連載小説3

2013年12月06日 01時44分53秒 | 日記
         夏目雅子へ





  雅子は迷っていた。
 もう何日か経っていた。平日の昼間である。
 いくぶん雲がかかってみえる。平日の正午には雅子はショッピング・モールにいた。もはや学生ではないし、かといって主婦でもない。女優だが、まだまだ知られてない『売れない女優』時代である。たいしたギャランティ(給与)もないし、ひとりでぶらぶらしていた。いわゆるウィンドウ・ショッピングという訳である。
 ふと、雅子の目にお茶屋さんのウインドウにある茶道具に目が釘付けになった。
 茶ビンに赤い目のような模様がある……
 ……なんだろう?
 そのとき、
「夏目ですね」と男の声が背後からした。
 それは伊集院静そのひとだった。
 背広を着て、ネクタイをしめているが笑顔が爽やかだった。
「……伊集院さん」
 雅子は胸がバクバクと鼓動するのを感じた。
 しかし、伊集院は、
「夏目はいいですね。……主役じゃないけどキラリと光る独特の存在感がある」
「…伊集院さん。どうしてここへ?」
「いやあ」伊集院は頭をかいて、「そこの喫茶店で仕事の打ち合わせがあってね」
「…お仕事はもうよろしいんですの?」
「今、契約したところです」
 雅子はじっと伊集院をみていた。なかなかハンサムな男である。大人の魅力まである。今までいろいろな男優もみてきた雅子だったが、伊集院の不思議な魅力に浮かれてしまった。……なんだろう? どうしたのかしら、わたし…?
「…この前は母が失礼しました」
「いやあ。いいさ」伊集院は水を向けた。「それより雅子さんは広告のモデルやりたくないのかい?」
「いえ」雅子は首を横にふり「是非、やってみたいです。チャンスだと思うし…」
「ならやればいい!」
「でもママが…」
「いいかい?」
 伊集院は諭した。「もう子供じゃないんだから自分の道は自分で決めなきゃいけないよ。やりたいと思ったらチャレンジしなくちゃ」
「でも…」
「駄目で元々……なせば成るだよ」伊集院は強くいった。
「じゃあ…」雅子はハッとした。母の言葉が脳裏によぎった。
 ……どうしてもっていうのなら小達の名を捨てなさい…それなら……
「わたし、小達雅子じゃなくて……夏目…そう! 夏目雅子になります!」
「夏目雅子?」
「そう。それならいいんです。わたし是非とも広告のモデルをやりたいんです!」
 雅子は笑顔になった。
「よし!」伊集院はさらに明るく顔をゆがませ「なら今日から夏目雅子で勝負すればいい」「……はい!」
 雅子は大きく頷いた。

  こうして雅子は母親の反対をおしきってアフリカのチュニジアにロケにいった。
 現代の日本では美白がトレンドだが、かつての頃は小麦色の肌がトレンドだった。まだ紫外線による皮膚癌などもわかられてなかった時代で、化粧品メーカーもこぞって小麦色の肌……日焼けした肌の美しさを宣伝していた。
 夏目雅子の例の有名な広告もこうしてつくられた訳である。
 白いビキニの水着に小麦色の肌の夏目雅子……それはビーナス(女神)のようだった。日本中の町に張られたポスターは熱烈なファンたちに盗まれ続けたという。
  昼間頃、雅子は自宅のポストに伊集院静からの手紙をみつけて笑顔になった。
 ……雅子さん。広告は大変な人気です。あなたの魅力が存分に出ていると評判です。きっと国民もあなたの魅力の虜になることでしょう。一緒に頑張りましょう。
 その手紙で笑顔満点の雅子は、自宅へと戻った。
 そして、以外な対応を受けることになる。
「雅子!」
 母・スエは激怒のあまり顔を赤くしていた。
 そして、その怒りを爆発させるかのように娘の頬を平手打ちした。
「……マ……ママ?」
 雅子は驚きのあまり、動揺した。手で頬をおさえていたが、狼狽してどうにかなりそうだった。「…何するの?……ママ?」
 しかし、スエの怒りは消えない。
「これどういうこと?」
 夏目雅子の写真広告が載った雑誌をみせた。白いビキニの水着姿の写真だった。
「…あなたいつから娼婦になったっていうの?!」
「し…」雅子は口をよどした。「娼婦って……?」
「この写真……ほとんどヌードじゃない!? なんてことなの?」
 母の怒りに娘・雅子は口を出す余裕もないほどだった。
「ママ……」
「お友達と海水浴にいくときもいつもセパレーツだって決めてたじゃない? なのに…」 母・スエは泣き出さぬばかりだった。
 父・宗一も、
「本当だ。事前の約束と違う。パパ、伊集院さんに抗議してくる」と息も荒い。
 本当に抗議にいこうという行動に出た父親に雅子はすがった。
 雅子は「まってよ! パパ!」といい、手を抑えた。
「このままでは雅子が娼婦扱いを受ける! パパは我慢ならん!」
「まって! パパ! パパ!」
 雅子は必死に涙声で反論した。「外国人のモデルに穴があいて……それでわたしが何でもやりますって……わたしが悪いの。伊集院さんは悪くないのよ!」
「しかし…」
「わたしだって……プロなんだから………これくらい当たり前なのよ!」
「だけど…これじゃあ裸と同じじゃないか?」
 雅子は必死に首を振った。
「違うわ。ちゃんと水着だってつけてるし……娼婦だなんて…」
 その必死の反論に両親は反発を諦めたかのように息をすった。心臓が二回打つ間に母・スエは考えた。そして、
「雅子」
 と声をかけた。「庭にきなさい」
 そしていった。
「……わかったわ。あなたを信じます。娼婦まがいのことはやってないのね?」
 雅子は無言で首を縦に振った。うなずいた。
「わかったわ」スエはいった。「あなたは今日から家では小達雅子……外では夏目雅子………それでいいわね?」
「……ママ…ありがとう」
 ふたりは抱き合って抱擁した。雅子は泣いたが、母は涙を堪えた。
 何にしても誤解はとけた。そう解けたのだ。
 ……家では小達雅子……外では夏目雅子……
 勘弁してもらえたのだ。
 こうして小達スエさんのいう『ふたりの雅子』がスタートすることになる。
 家では娘・小達雅子………外では女優・夏目雅子…である。


  自宅での朝は平凡なものだった。
 朝日がカーテンの開けられた窓からきらきらと差し込んでいた。それはしんとした静かな輝きだった。雅子と兄弟と両親は朝食をとっていた。
 しかし、スエはあるものを見付けてカチンときた。
 それは雅子の出演するドラマの台本だった。
 母・スエはそれを手にとると、ゴミ箱へ捨てた。
「な? ………何するの? ママ?」
 雅子は唖然とする。
 母は当然のように「小達雅子にあんなものは必要ない筈よ」という。
「でも……」
「…夏目雅子は外で……約束したでしょう?」
 雅子は無言になった。
  そしてTV局の楽屋である。
 夏目雅子は一計を講じた。台本をカバーで隠して家にもって帰るのだ。
「……どうしたんですか、それ?」
 AD(アシスタント・デレクター)の女がきいた。
 すると雅子は茶目っけたっぷりに微笑んで、
「これで…日記帳にみえるでしょう? これで捨てられないわ」といった。

  やがて夏目雅子は頭角を現しだす。
 家のトイレで台本を丸暗記して、ドラマでは演技もうまくなってまさにプロの役者に成長してきたのだ。こうなると世間も業界もほうっておかない。

「カット! グッード!」
 ロケでも演技が光った。「いいじゃない?! 雅子ちゃん!」
 監督は満点の笑顔だ。これは凄い。まるで別人だ。
 TK(タイム・キーパー)の女も監督に、
「すごいでしょう、監督? ……雅子ちゃんセリフ全部暗記して…頭入っているんです」と太鼓判を押す。まさにプロである。
 だが、母・スエは認めない。
 雅子が化粧を落とすのを忘れて自宅に帰ってくると、
「雅子! 夏目雅子で帰ってきたわね?!」
 と御機嫌をそこねて、怒鳴った。「夏目雅子を家に入れる訳にはいきません!」
 夏目雅子は門前払いを受けた。
 外で父親の宗一とあった。
「…どうしたんだい? 雅子」
 父はきいた。
「………夏目雅子を家にいれないって…」
 宗一は深い溜め息をついた。「そうか…まあ化粧を落とせばいいじゃないか」
「…そうだけど」
「化粧落とすやつもってないのかい?」
「…もってるけど…」
「じゃあ、落として……ママもイジ悪してるんじゃないんだよ、きっと…」

  化粧を落として自宅に入れてもらうと、雅子は腕捲りをした。
「…雅子、キッチンの皿洗いしなさい」母は当然のようにいう。
「はいはい、かあちゃん」
 宗一は、
「ママ……雅子は疲れてるんだよ」と心配気だ。
「これはママと雅子との約束なの。自宅では小達雅子だもの。皿洗いくらい当然でしょ?」「でも………このままじゃ雅子は倒れてしまうよ?」
「いいえ」スエは微笑んだ。「丈夫な娘だもの。これくらいで倒れるものですか」

  その夜、雅子と母・スエは語りあった。
 小達雅子は目をきらきらさせていった。
「現場で素敵な男のひとにあった。プロデューサで結婚してるけどカッコイイの。それに優しいのよ」
「雅子……結婚している男のひとは優しくて女の扱いもうまいし素敵に見えるけど…騙されては駄目。何か魂胆があると思わなければ…」
「魂胆?」
「そう。……大人の男は美人の女なら誰でもいいって思ってるものなの」
「そうかなあ?」
「そうよ」
 ふたりは笑った。これが平凡だが、母娘の団欒であった。



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