堅曹さんを追いかけて

2002年(平成14年)9月から先祖調べをはじめた速水家の嫁は、高祖父速水堅曹(はやみけんそう)に恋をしてしまったのです

姫路 先祖の墓(夏休みの旅)

2008-09-10 13:45:26 | 旅行

旅行も3日目(9月2日)となりました。


近江八幡から東海道本線の新快速という電車に乗り、

京都、大阪、神戸、と通り2時間ちょっとで姫路に到着します。


  Cimg4527 東海道本線 姫路駅


姫路でも早速、自転車を借り(無料でした)、町中へでていきました。



ここを訪れた理由は、姫路城を見るためではありません。

速水家の先祖、3代目の政勝さんのお墓を探してみたかったのです。

堅曹さんの書き残した『速水家累代之歴史』という古文書に

政勝さんのお墓は、姫路と書かれてあります。

お寺の名前はありません。


もし、姫路に行くことがあったら、遠い先祖たちが藩士として住んでいた

姫路の町をみることと、お墓をさがしてみようとおもっていたのです。



まず、堅曹さんの姉のご子孫Nさんが『前橋藩松平家記録』から探しだしてくれた

記述をもとに、姫路藩士のお墓のありそうなお寺をリストアップしました。


「善導寺」「大法寺」「慈恩寺」「正明寺」

そしてお殿様の松平明矩のお墓のある「景福寺」も行くことにしました。

いずれも姫路城の外堀に沿うように現存しています。



自転車にのり、地図を片手にお寺を目指します。

すると、とある神社のところに出ました。

  Photo 男山八幡宮 石鳥居


石の鳥居があり、立て札を読むと、なんと松平直矩の建立したものでした。


  Photo_2 案内板


以前ブログでとりあげた、「引越し大名」の異名をもつ松平家殿様です。

姫路には松平家は在住期間も短いこともあって、

他のお殿様の遺跡は多くのこされているが、松平家のものはほとんどない

と聞いていたので驚きました。

これは幸先がいい、と一人喜んでしまいました。


その神社、男山八幡宮は山の上にあるので、階段を登っていってみました。

姫路城の西北に位置する山の上からは、城が同じ高さで目の前に見ることができました。

きれいでした。


  Photo_3 神社境内より


昔、先祖たちも自分たちのお殿様が建てた鳥居を通り、

ここをお参りしていたんだろうなあ、と思いを馳せました。



さて、お墓探し再開です。

すぐそばに「慈恩寺」がありました。


  Photo_4 慈恩寺 山門


墓地にいくと、一角に古い無縁の墓石が壮大に集められ、その数何百基でしょうか、

祀られていました。


 Photo_5 Cimg4563 慈恩寺 無縁墓


読めそうな戒名は見て回りましたが、とてもみつけることはできませんでした。

丁寧にお参りしました。



次はお殿様のお墓がある「景福寺」です。

  Photo_6 景福寺 山門


とても大きなお寺で、榊原家とか他の大名のお墓もあるそうですが、案内板によると、

「北の景福寺山には、姫路城主松平明矩の墓所と姫路藩士たちの墓石がある」

と書いてありました。


  Photo_9 景福寺 案内板


見上げるような山です。

カンカン照りで暑いし、さっきも山を登ったばかりだし、

お腹も空いてきて、今回は断念しました。



お昼ごはんを食べて、今度は姫路城の東南方向にあるお寺へ向かいます。


「善導寺」


  

  Cimg4581 善導寺 山門


立派な掃除の行き届いたお寺でした。

墓地に行ってみると、無縁のお墓に今年3月から有縁の方を捜している

旨の札がたててあり、白いテープを巻いて目印としていました。


  Photo_10 善導寺 無縁墓


ちょうどよかった、とおもい、片っ端から、そのテープのついているお墓を見て歩きました。

もう古いものがおおく、彫ってある字もくずれているものがだいぶありました。

3代目政勝さんの戒名と照らし合わせ、似ているな、これかな、などと

蚊にさされながらも、懸命に探しました。

でも、これ!、というのは見つかりませんでした。

丁寧にそれらにお参りをして、次のお寺に向かいます。



「大法寺」


  Cimg4619 大法寺 山門  


このあたりは「寺町すじ」となっていて、古刹がならんでいます。

ここには、無縁の墓石は塀際に集められており、それらを丹念に見ていきました。


  Cimg4625 大法寺 無縁墓


やはり、それらしいものはなく、またお参りだけして、次にむかいました。



  Cimg4630 寺町すじ


「正明寺」


  Cimg4631 正明寺 山門


こちらには古い無縁の墓石は全くありませんでした。



結局、3代目政勝さんのお墓はみつからず、残念でした。

でも260年も前のお墓で、建立された後、姫路から遠く関東へ国替えになって、

速水家としても姫路を訪れたりすることはなかったとおもわれます。

わからなくて当たり前、みつかれば奇跡というものです。


ただ今回こうして5軒のお寺をまわり、

多分このうちのどれかに先祖のお墓があったのではないかと

感じることができたので、これで良しとしました。

どこも丁寧におまいりができて、気持ちに納得がいきました。



あとはゆっくりと姫路城をみて、


 Cimg4637  Cimg4640


 Cimg4670  Cimg4674


内堀に沿ってまわりの公園の中を気持ちよくサイクリングしました。