さて、日曜日、真壁・登録有形文化財を完全制覇したところで、
まだ、明るいからと、自動車で20分ほどのつくば市の蚕影(こかげ)神社へ向かいました。
実は3年ほど前、筑波山のほうから1人で行ってみたのですが、道に迷って断念したことがありました。
それからいつかもう一度、とおもっていました。
この蚕影神社というのは、蚕影山神社ともよばれています。
各地にある蚕影神社はすべてここの御分霊で、ここが本社のようなもの。
だから「日本一社」と拝記されています。
それはここが古から伝えられているお姫様が蚕となった「金色姫伝説」の地であり、
故に養蚕の発祥の地といわれているからです。
筑波山の麓にある田井小学校横の道の突き当たったところに神社はありました。
案内の看板にはすでに万葉集にこの地の繭の句があると記されています。
道からすぐに急な石段になっていて、かなり上のほうに社殿はありそうです。
どこまで続くか先が見えない、手すりもない古い石段の下に立って、
なんかやばいな、と。
Sさん、トントントンと登っていきます。
最初の鳥居までは何とか。
でも足が上がらない。
真壁でさんざん5時間も歩き回っているから、私にとってはすでにオーバーウォーキング。
Sさんに
「どんどん先に行ってください。あとから行きますから」と言うのが精一杯。
2番目の鳥居の所までくると、息も上がってきた。
上から
「鳥居を3つくぐると神社まできました!」という声が。
そうか、まだ半分だ。
自分ひとりだったら多分ここで戻っている。
がんばって、やっとこさ到着。
あとで調べたら205段あるのだそうです。(ふぅ~)
山の上の神社です。
拝殿はそれほど傷んでいないが、だ~れもいない。
寂れています。
すぐ下の休憩所は家屋が壊れている。
拝殿の隣の額堂には奉納された立派な額が中にも外にも飾られている。
昭和50年代までのものが確認できた。
ここは特に養蚕、蚕種業の人々に信奉されていたので、長野や栃木あたりからのものもある。
一気に衰退した養蚕業とおなじように、あっという間に参拝者が途絶えた感じがした。
養蚕の本山ともいえるこの神社の拝殿に手をあわせました。
「富岡製糸場が世界遺産になりますように。・・・」
下りは足元にもっと気をつけて、慎重に降りました。
入り口にあるお土産屋さんでは、土産物以外に御札も売っていて、
名物の蚕影羊羹を買いました。
さて、この近くの北条という地区に登録有形文化財が1ヶ所あるというので、
そこにも行ってみることにしました。
「宮本家住宅」です。
江戸時代からの醤油醸造の店蔵で全部で8棟が登録されています。
外観を写真に収めてから、建物に近づいてみると、中に入れそうです。
すぐに家人の方が出てこられて、いろいろと説明をしてくださった。
奥のほうに蔵がいくつもあり、一つは一昨年音楽演奏ができるホールに替えて
ウイーンフィルのコンサートもしたという。
ご主人も出てこられて、奥までどうぞ、ということで登録されている物件をすべてみせてくださった。
穀蔵だったものを、音蔵(音楽ホール)にかえた中も案内された。
普段は特大のスクリーンを備えた、ご主人のAVルームとなっています。
すばらしい!
しばしサラ・ブライトマンの歌声に酔いしれる。
店蔵へ戻って、江戸時代から使っていた銭函や秤などの商売道具や
当時のシャッターといえる揚戸(あげど)をおろしてみせて下さったり、
最後は祖母の嫁入りの品という風呂敷に包まれた明治42年刊の『婦人宝典』を拝見。
まあ、本当に貴重なものを次から次へと見せていただき、とても楽しかった。
ご主人ありがとうございました。(ご主人のブログにはこの家のことが書いてあります)
外にでると、とっぷりと日は暮れて暗くなり、大急ぎで家路につきました。
ご一緒させていただいたSさん、本当にありがとうございました。
一日をフルに活動して、たくさんの文化財を見ることができ、とても勉強になりました。