堅曹さんを追いかけて

2002年(平成14年)9月から先祖調べをはじめた速水家の嫁は、高祖父速水堅曹(はやみけんそう)に恋をしてしまったのです

都立中央図書館

2010-06-29 14:39:04 | 日記・エッセイ・コラム

ムシムシして、まさに梅雨本番ですね。

さて、昨日は久しぶりに広尾の都立中央図書館にいってきました。

あそこは駐車場もあるし、エレベーターもあるし、それから食堂もあるから、

あんまり歩けない私でも、一日いて大丈夫。


というより、オンラインデータベースを使って、どうしても調べたいものがあったのです。

個人では使えないデータベースで、各地の図書館でも、できるところとそうでないところと、

いろいろあるのです。

使用には時間制限があるので、時計とにらめっこしながら、

ものすごい勢いで集中して調べます。

あっという間に1時間が過ぎてしまいます。

しかし、収穫は大です。

おもしろいですね~。



それから次は、以前からいつかしっかり読んでみようとおもっていた研究書や、

気になる著者の本をみていきました。

特に興味はあっても値段の高い本はすぐに買うわけにはいかず、図書館で読んでからとなります。

読んでみてやっぱり買おうか、とか必要な部分だけコピーしようか、とか判断していくのです。

そしておもわぬところで、ひろいものをすることもあります。

同じ著者の新刊がでていたのを知らず、手にとってみると、すごい興味のある内容だったり。

分野別に棚に並んでいるので、これはどうかな、と未見の本を手にして新しいことを発見したり。

昨日はそれがたくさんありました。

これぞ図書館にいく醍醐味です。


ネットも便利になりましたが、私なんかのしらべているコアな世界のものは

その分野の研究会とか関係者からの情報が一番です。

ですからあまり情報を得る場が少ない私には、書店や図書館は重要です。



そんなこんなで、昨日は久しぶりに行って収穫が大だったせいもあるでしょうが、

なんかうれしくてしょうがなかったです。


黒岩比佐子さん

2010-06-23 02:20:44 | 日記・エッセイ・コラム

20日の日曜日、神田神保町の古書会館へ行ってきました。

最近手に入れた本『「食道楽」の人村井弦斎』の著者黒岩比佐子さんの最新作

『古書の森 逍遥』の発売を記念しておこなわれたイベント展示会の初日でした。


 作家・黒岩比佐子が魅せられた明治の愛しき雑書たち―日露戦争・独歩・弦斎

  6月20日(日)~6月26日(土) 於:東京古書会館


     Photo

  イベントの詳細はこちら http://www.kousakusha.co.jp/DTL/kuroiwa.html


この黒岩比佐子さんという作家を知ったのは、ほんの数ヶ月前です。

骨折の直前、2月につくばの登録有形文化財の「宮本家住宅」を見学した時(ブログ

最後に『婦人宝典』というその家の祖母の嫁入りのときもってきた古書を見せていただきました。

帰宅後その本のことを調べているうちに、当時のベストセラー作家で婦人の生活全般や実務書などの本も書いた

村井弦斎にたどり着きました。

そしてその村井弦斎のことを詳細に調べ上げてサントリー学芸賞も受賞した評伝

『「食道楽」の人村井弦斎』を書いた黒岩比佐子さんというノンフィクション作家のことを知りました。


  Photo_3 『「食道楽」の人村井弦斎』


彼女は「古書の森日記」というブログを書いており、

古書との巡り合いの楽しさや買い集めた古書の紹介などの記事をたくさん読ませてもらいました。

おもに明治大正あたりのものが多いので、私が調べている堅曹さんのことと分野は違うけれど、とても参考になりました。

そのブログに書かれた古書についての部分をまとめて本にしたのが『古書の森 逍遥』です。


  Photo_4 『古書の森 逍遥』


展示会ではブログに載っている古書類が出されるというので、とても見たいなとおもったのでした。




午前中早くに会場に着くと、まだ関係者しかきていないようで、

係の人から、今日は著者の方もいらしているんですよ、と言われ、

でもまだ数ヶ月のファンではお顔も存じあげず、驚いて、どの方ですか、などとご本人の前で聞いてしまいました。

そしてにこやかにたたずんでいらっしゃる黒岩さんに大胆にも近づき、

はじめましてと挨拶をし、評伝を読み始めてとても感動していることや

古書はほしいとおもうと買っちゃうんですよね、などと舞い上がって話をしてしまいました。


展示されている古書をじっくりとみせていただき、

とても見たかった大隈邸の台所の口絵がのっている雑誌があったり、

評伝を書くためにつくったというノートも飾られていて興味深く、堪能させてもらいました。


全部見終わってまた黒岩さんの所に行き、評伝を書こうとおもったきっかけを尋ねたり、

写真を一緒に撮らせてもらったりと、お会いできた嬉しさにとんでもない行動ばかりしてしまいました。

でも、たおやかで微笑みをたやさず、私が速水堅曹という人物をしらべている話を少ししたら、

ぜひがんばってください、とこちらのほうが励まされてしまった。

ああ~、いい歳してはずかしい。


その後は千代田図書館でも黒岩さんの集めた歌舞伎座に関する古書が展示されているので、

それを見に行き、ついでにいろいろ資料となる本を読んできました。

忘れられない一日になりました。


アンコールワット展 石澤氏の講演

2010-06-16 00:57:45 | 勉強会、講演会

13日の日曜日、群馬県立近代美術館で行われている

  「世界遺産 アンコールワット展 アジアの大地に咲いた神々の宇宙

を見てきました。


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この日は上智大学学長の石澤良昭氏の講演会があり、

多分足も何とかなるだろうという予想のもとで申し込んで当ったもので、

とても楽しみにしていました。



石澤氏の講演は「世界遺産アンコール・ワットの謎に挑戦」 というタイトルで

  はじめにカンボジアが海のシルクロードを通じてインドの文化、宗教、制度が入ってつくられた国であることや、

  雨季と乾季だけがあり、自給率100パーセントのお米ができる豊かな国であること。

  そして衣食足りると人々は来世を考え、極楽浄土に功徳をするためお寺を造るようになり、

  それがアンコールワットのような巨大な寺院の造営になっていった。

  とその国の成り立ちから歴史、宗教観、寺院の構造、その意味など実にわかりやすく話してくださった。


  そして自分がどうしてアンコールワットに関わってきたか、について

  1961年から一緒に修復をしていたカンボジア人の友人たちがポルポトの虐殺により皆亡くなってしまい、

  彼らの御霊(みたま)にこたえるためにずっとやってきたという。


  1980年からは大学で調査研究をはじめ、その後現地に研究所もつくり、

  カンボジア人が自分たちの遺跡を自分たちで修理保存していけるように人材養成をつづけてきた。

  その結果16年かかったが、一から教えた人々が一人前になり、自分たちで修復保存できるようになったという。


  そしてその研修の途中に偶然274体の仏像が発掘され、歴史的な発見となり、

  多くの支援により博物館がたてられ展示できるようになったという。



これら石澤氏の50年にわたるアンコールワットの修復保存にそそがれた軌跡はたいへんに心打つものでした。

実にいい講演で、感動しました。



もう10年も前でしょうか、まだ学長にもなられていない、プロジェクトXにも取り上げられていない時期の

石澤先生の講演を上智大学で聞いたことがあります。

猛暑の現場で学生やカンボジアの人たちと一緒になって

アンコールワットを並々ならぬ思いで修復活動をしていることを語られました。


その時のことばで、いまでも鮮明におぼえているのは

「私はアンコールワットのことになると“きちがい”のようになってしまうのです。」という言葉。

日本人の誰もそんな修復や保存をやろうとおもわないし、周りからはおかしいとさえ思われていたという。

まさに一人でやり続けた仕事です。


一つの事に賭けるというのは、

自分でも抑えられないそのものに対する気持ちが湧きあがり、

その情熱をかけ続けていくことなのだと知りました。

のちに速水堅曹のことをしらべ、彼もまた器械製糸をやりはじめたころは、

人々から“きちがい”といわれていたことを知り、

先駆者とはそのぐらいの強い熱意と夢中になってやれる人物しか成り得ないのだとおもった。



あれから10年たち、活動がいろいろないい形で結実してきたことを、この講演で聞かせていただいた。

274体の仏像が発掘された頃、

カンボジアの研究所でずらりと床に並べられたその石仏を拝見させてもらったことがある。

あの時はこの先この仏像たちがどのように保存されていくのか一切決まっていなくて、

いつか本当に展示される時がきて、又見ることができるのだろうか、と夢のようにおもったものでした。


それが今回日本で巡回展がおこなわれ、5年ぶりに対面することができて、このうえもなくうれしかった。

1時間の講演予定が2時間にもなり、しかも立った方が授業で慣れており声もでますので、とおっしゃって

立ったまま滔々と話された。

その講演は10年前とは違う印象を受けた。

それは大きな仕事を成し遂げられ、まわりへの感謝をもたれ、

カンボジアの仲間たちのおもいに応えられたという感慨の深さが

聞いているものにとても穏やかですがすがしい印象となって感じられたからであろう。


久しぶりの原三溪研究会

2010-06-14 00:35:22 | 原三溪市民研究会

12日は3ヶ月ぶりに原三溪市民研究会に出席しました。

まだ電車で何回も乗り換えていくのは自信がなかったので、車でいき、

行楽日和のせいか、朝から渋滞箇所がおおく、結構時間がかかりましたが、

高速を走る抜ける爽快感を久しぶりに味わいました。

打ち合わせや運営委員会などが午前中からあり、お弁当持参の一日仕事は、

すっかり体のなまっている私は大丈夫かしら、と気持ちをしっかりもって臨みました。



さて、午後2時からの例会は三溪園の学芸員Sさんの「原三溪と美術」という講演でした。

三溪さんと美術に関することを4つのテーマでわけて考察したものでした。


  ①古美術蒐集 ②作家支援 ③美術研究(資料集成) ④制作


彼の美術解説はすばらしいものだという。

しかしその解説本が完成目前で震災で焼失してしまったのは返す返すも残念なことです。


そして三溪さん自身の作品は三溪園が所蔵しているもので

書が70点、絵画が120点あるそうです。

その絵は蓮や小動物、旅先の生活風景がおおく、ホワンと柔かい優しい感じのものばかりです。

「画格がある」という評がおおかったというのを聞き、

あのやさしい印象は絵に品格があらわれているからなんだ、と納得、

きっと三溪さんの人となりを絵が雄弁にかたっているのだとおもいました。


   139 『原三溪翁伝』口絵から


三溪さんの作品をあつめた『三溪画集』が図書館にあるので、

近いうちにじっくりとみたいです。


彼のつくった漢詩にもその人となりがあらわれているということです。

実業の世界の人という面と、自分で絵筆をとり漢詩を著す美術の世界の人という

両方の面をもつ三溪さんの人間性を

その残された作品から探っていくことがこれからの研究会のひとつのテーマとなるでしょう。



この3ヶ月間メールやネットを通じて研究会と関わりを続けてきて、

自分なりにいろいろ考えてきた事をこの日にたくさん話しました。

やはり大勢で相手の顔を見ながら意見交換をすることの大切さを実感します。

そして久しぶりに皆と会い、喜んでくれたことがとてもうれしかった。


わが家で歴史WG 3回目

2010-06-10 23:59:39 | 勉強会、講演会

今日、我が家で3回目の歴史WGの勉強会をおこないました。

私が骨折したために、遠いところを仲間たちがきてくださいます、手土産までもって。

ありがたいです。

皆で、勉強会のおわりに楽しみに食べるんですけれどね。


まあ、そんなこんなで、ひと月に一度、楽しく学んだり情報交換したり。

この3ヶ月どこにも行かなかった私にはとても貴重な意見交換の時でした。



先月で『六十五年記』の通しの読解は終って一息つきましたが、

今月からはその現代語訳の校正をはじめました。

堅曹さんの文章は明治時代のものなので、言葉も文章もとても難解。

それを読んで内容を理解し、現代語に直してきました。


つぎは今の若い人が読んで、「すっと理解できる文章」をめざして手直ししていきます。

これがなかなか難しい。

単語は自分たちは使うけれど大学生くらいだと使わないかもしれないね、なんて言いながら、

今普通に使われている言葉になおし、

文章は原文の良さは生かしながら、意訳で読みやすくを心がけています。



それと並行して、今日は小諸で見つけた堅曹さんの手紙を読みました。

これはもっと難しい。

予習で調べておくのですが、私なぞは端から読めない。

わりとちゃんと書いてある漢字を辞書で調べるしか能がない。

崩し字の「候」とか「之」や「の」などはただ棒をひいただけみたいで、ほんとうにお手上げです。


今日はどうしても読めない漢字がひとつあり、

偏はごん偏か、このハネは何の略か、と皆で当てはまりそうな漢字を辞書で探しまくりました。

手紙の内容も考えて当てはまりそうな漢字。。。

う~ん、わからない。

結局ペンディングとしました。



私にとっては未知の領域の勉強になりますが、

とにかく読んでみたい、何か書いてあるか知りたい、の一念で

数こなして読むしかありません。

そのなかで皆から教えてもらって少しづつ読めるようになれたらうれしいです。

頑張るぞ。