神奈川在住のEさんから情報がはいりました。
日経新聞神奈川版 4月5日の記事です。
日本の開港当時横浜に「シイベル・ブレンワルド商会」というスイスの商社がありました。
慶応元年(1865)スイス人のヘルマン・シイベルとカスパー・ブレンワルドが横浜で創業しました。
当時「横浜甲90番館」と呼ばれていたその商館は日本の生糸取引の中心となり、「生糸王国日本」を築き上げる上で大きな役割をはたしています。
その創業者のブレンワルドさんが日本にスイス政府の通商使節団の一員として来日した1862年から16年間の日記が翻訳されることになったのです。
この「シイベル・ブレンワルド商会」というのは堅曹さんとたいそう関わりのある商社です。
明治3年(1870)に前橋で最初の器械製糸所をつくりましたが、その時堅曹さんが相談したのが、シイベルさんだったのです。( 2007.10.29ブログ記)
シイベルさんは自分の商会をもちながら、なおかつスイスの領事でもありました。
そして器械製糸の技術を持つものとしてミウラーを紹介しました。そのミウラーを前橋につれてきて日本最初の器械製糸所を開設したのです。
4ヶ月後ミウラーを解雇してあとは自分たちだけで操業を続けていきますが、その間もその後もシーベルやミウラーらスイス人と行き来をしています。
今は堅曹さんの日記から当時の出来事を辿っているだけですが、それがシイベルと一緒に商会をしていたブレンワルドさんの日記が翻訳されれば、スイス人側からの日本の生糸貿易、器械製糸の嚆矢に関することがらが明らかになる可能性があります。
そしてスイス人からみた堅曹像なんていうのもでてくるといいのですが。
日記は全5冊で翻訳には3年ほどかかる予定です。
すごく楽しみです。