海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「銀行家の道徳」

2009年08月10日 | 国際経済
ソロモン王について次のように言われている。彼には彼に対して物事がうまく行っていようとうまくいってなかろうと、常に「これもすぐ終わります」とささやく役目を持った家来がいたというのだ。
危機は過ぎ去る、最も困難な危機であっても。しかし、現在の世界的な経済危機のあとで、元の状態に戻ることはありえないだろう。市場に対する信念が動揺させられたことは、新たな世界秩序の出発点である。われわれはいつものようにビジネスに戻ると信じている頑固な自信家も何人かいる。だが、世界共同体は、資本主義の操縦者には懺悔を政治家には行動を期待しているのだ。
現在の危機は、1929年以来最も包括的で最も危険な金融危機である。それは近代世界の歴史における大きな転換点になるかもしれない。米国の「国家経済会議」議長ローレンス・サマーズは、自由市場の最大の擁護者だったが、2009年春に、「致命的な衝撃を受けた」と告白した。同時に、銀行家の世間的体面は最低にまで落ちた。彼らの何人かが、彼らが錬金術にふけった結果、納税者にとって莫大な費用を伴う救済行為が必要にあなったのに、普通の労働者の給与の何十倍もの給与と賞与とを受け取ったという事実に関して憤激が広がった。
この新しい世界秩序はどう見えたらよいのか?
第一に、どんな二者択一もありえない。最悪の場合には、市場は、不公平で、破壊的で、危機に陥りやすいのだ。この側面をわれわれはみんな痛みとともに発見する。最善の場合には、市場は非常に効率的で資本を正しい場所に操作することができる。そのことによって、人類は大きな利益を得た。福祉に対する資本主義の意味は次の点で認識可能である。つまり、市場に基づく改革が導入されたあとで、資本主義は、中国やインドの国民経済を革新した。
 金融危機によって、第二次大戦以後はじめて、世界の国民総生産が下落したとしても、グローバル化した市場資本主義は、この20年の間に、かっては貧しかった国民経済にあった数億人の人間にとって、非常な長所をもたらした。このことはドイツにも当てはまる。経済的回復がなされれば、ドイツの開かれた国民経済とその競争力のある企業は、主たる勝利者になるだろう。危機の間は重荷になった輸出の優位は、再びドイツ経済の強みになるだろう。(中略)
第二に、われわれは時計を逆回しすることは出来ない。われわれはグローバルな資本市場以前の時代に後戻りすることは出来ない。このような考え方は、人口が稠密になっり都市化された世界では全く非現実的である。進歩と改革のためには、われわれは現代の資本市場を必要とする。
第三に、国家の監督・規制・介入は本質的な意味を持っている。市場が安定し自己規制をするだろうと信用してはならない。決定的な問題は、世界の指導者たちが、市場の力の力動性を維持し、同時に行き過ぎを抑える経済秩序についてグローバルなビジョンを見出すかどうかということである。それには、国際的な枠組みが必要になる。
最後に、経済力の重点が西から東へと移ることを受け入れなければならない。新しい現実を考慮するためには、国際的な制度が新たに創設されねばならない。先進国は、新興国に場所を譲らなければならない。反対給付として発言権を認めないで、金融危機の救済においてある役割をひきうけるようにアジアの社会に望むことは不可能である。彼らが、(中国のように、)世界通貨としての米国ドルに背を向けることを考え始めたということは決して驚くべきことではない。(後略)
[訳者の注]この論説の筆者スチーブン・グリーンは、香港上海銀行の頭取で、英国銀行協会の議長で、英国国教会の説教者だそうです。
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