杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

静岡県の朝鮮通信使研究を継ぐ者

2018-04-04 19:46:18 | 朝鮮通信使

 今朝(4月4日)の静岡新聞朝刊の訃報記事で、静岡県立大学元教授で比較文化学者の金両基(キム・ヤンキ)先生がお亡くなりになったことを知りました。朝鮮通信使の世界記憶遺産登録を日韓共同で実現させた功労者で、私にとっても朝鮮通信使学の偉大な師匠。長く闘病されておられたのは知っていましたが、2月に清見寺で開かれた世界遺産登録記念式典ではお元気な姿を拝見したばかりだったので、記事を見て思わずエッ!と声を上げてしまいました。世界遺産登録をしかと見届けての旅立ち、さすが金先生、とあえて言わせていただきます。

 

 今日は偶然、金先生も発起人のお一人として尽力された静岡県朝鮮通信使研究会の10周年記念講座レジメ集成『静岡県の朝鮮通信使』が完成し、印刷所より見本を入手しました。研究会の天野一会長が発行人となり、座長の北村欽哉先生が制作された10年分のレジメを約170頁の冊子にまとめたものです。私は編集のお手伝いをし、北村講座の受講後にこのブログで報告した内容を〈ブログ解説〉として掲載させていただきました。

 好き勝手に書いたブログ記事を、北村先生の貴重な研究録と一緒に掲載させていただくのは大変おこがましいのですが、「スズキさんのブログは侮れないですよ」と北村先生に苦笑いされました。というのも、本誌のあとがきに、静岡市美術館で開催された『駿河の白隠さん』で〈龍杖図〉と〈中寶山折床會拙語〉が並んで展示されたのは、北村講座の小島藩惣百姓一揆の解説を参考にしたようで、美術館の展示や図録で解説者がそのことに触れていないのはさびしい、と。どうやら私が北村講座の内容を聞き書きして〈駿河史秘話~小島藩と白隠禅師と朝鮮通信使〉と題してブログ(こちらこちら)で発信したのを解説者が読んだのがきっかけらしいのです。事実であれば、白隠さんの展覧会で参考にしてもらったなんて実に光栄な話ですが、利用されっぱなしの北村先生には申し訳ないかぎり…。

 

 天野会長はそんな北村先生の地道な朝鮮通信使研究を、会員のみならず出来るだけ多くの静岡県民に広報したいと願っておられました。私も同様で、知り合いの出版関係者に先生の本を出してもらえないかとお願いしたことがありましたが、時機に至らず、だったよう。昨年、北村先生は羽衣出版から『寺子屋で学んだ朝鮮通信使』を上梓されましたが、内容は先生の膨大な研究の一部に過ぎません。そんなときに白隠展の一件があって、先生が、まずは県朝鮮通信使研究会の活動記録をちゃんと作らねば、と本腰を入れられたのもうなづけます。

 

 基本的に講座で使用したレジメを講座開催順に掲載したものですから、受講していない人が読んでもわかりにくいと思いますが、江戸の庶民が政治や外交に対してどのような感覚を持っていたのか、朝鮮通信使を通して時代や地域性がじわじわ見えてくる、そんな面白さがぎっしり詰まった内容です。そう遠くないうちに北村先生がしっかりとした研究書をまとめられると思いますので、とにかく今は、せっかく世界記憶遺産に登録された朝鮮通信使について、多くの人に関心を持ち続けていただくよう、このレジメ集成を活かす方法を考えたいと思います。

 本誌を入手希望のかたは、静岡県朝鮮通信使研究会事務局(天野一事務所 TEL054-266-3343)までお問い合わせください。

 

 最後にひとつ、ぜひご紹介したいのが、本誌にも掲載された世界記憶遺産の一つ・清見寺に残る朝鮮通信使従事官・南龍翼(南壷谷)の詩〈夜過清見寺〉。このブログでも再三紹介(こちら)させてもらいました。


夜過清見寺

 日落諸天路  風翻大海波  法縁憐始結  詩句記曾過  瀑布燈光乱

 蒲圑睡味多  客行留不得  其奈月明何

(鈴木真弓の意訳)天上人が舞い降りる道に、日が落ち、風が立ち、大海原が波立っている。ここで詩を詠むことは、みほとけの縁(えにし)だろうか。滝のしぶきに灯光がきらめくのを眺めていると、心地よい眠りに誘われる。旅はまだ終わらないが、こんな月明かりの夜は、このまま留まっていられたら・・・と思わずにいられない


 この意訳を2007年制作の映画「朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録」の脚本で書いて、主演の林隆三さんに朗読していただき、痺れるような感動を得た思い出の詩。2月、金先生と最後にお会いした清見寺での世界遺産登録記念式典で久しぶりにこの詩の扁額と再会し、フェイスブックで紹介したら、金先生から「私は南壷谷の子孫」と驚きのコメントをいただきました。


 今までそうとは知らなかったので、びっくりしたと同時に、やはり先生が朝鮮通信使の研究をこの世に残されたのは天命だったんだなあとしみじみ。これから清見寺でこの扁額を見るたびに、金先生の笑顔や歯に衣着せぬ物言いを思い出すことでしょう。先生の遺志をささやかでもしっかりつなげていきたい、と噛み締めます。・・・先生、ご先祖の南壷谷さんにお会いできたでしょうか?



最新の画像もっと見る