昨日(7月30日)は虎ノ門にある東京中国文化センターで開催された歴史講座『永遠のシ ルクロード~天山南路・音楽の旅』を聴講しました。
私は過去ブログでも紹介したとおり、大学では東洋美術史を専攻し、卒業論文では天山南路・クチャにある『キジル石窟』の壁画を取り上げました。シルクロードに興味を持ったのは、多くの人がそうであったように、30年前、高校生のときに観たNHK特集『シルクロード』が直接のきっかけ。シリーズ中、クチャを取り上げた回では、クチャに伝わるウイグル族の民族音楽が主にフューチャーされていました。キジル石窟の壁画に、楽器を演奏する伎楽飛天の絵がたくさん残っていたからです。
オンエアのときは、敦煌など他の石窟美術をメインにした回のほうが印象に残っていて、キジル石窟を勉強したのは卒論のテーマを考えているとき、ゼミの先生に勧められたから。そのときはキジルやクチャのことを、「NHKのシルクロードで民族音楽を取り上げたところだった」と、後から気づいた程度でした。
そんな、深いような浅いような思い出のあるNHKシルクロードとクチャの音楽。今回参加した講座は、その、元NHKシルクロード取材班団長の鈴木肇 さんと、正倉院復元楽器の演奏集団『天平楽府』主宰の劉宏軍(リュウ・ホンジュン)さんのお話と演奏が聴ける、大変貴重な勉強会でした。劉さんはNHK『シルクロード遥かな調べ』の音楽をはじめ、坂本龍一氏に協力して映画『ラストエンペラー』の作曲・演奏を担当した中国アジア民族音楽の第一人者。今年10月8日には平城遷都1300年祭の記念式典で演奏されます。
鈴木さんからは番組制作者ならではのトリビアを聴かせていただきました。NHKシルクロードの音楽といえば、今や世界的なシンセサイザー奏者となった喜多郎。私も当時、サントラLPを何枚も買いましたっけ! その喜多郎さんも、当時はLPを1枚やっと出したばかりの無名アーティストでしたが、新聞で、NHKがシルクロードの大型特集番組を制作するという記事を見つけ、アポなしでNHKを訪ね、受付に「自分の音楽をぜひ使って」と名刺とLPを置いて行ったとか。
その後、音楽を選ぶ段階になって、鈴木さんたちは取材映像をまとめた90秒のパイロット版を作って、10人の作曲家に打診しました。その際、「そういえば受付へ売り込んできたのが一人いたな」と思い出し、喜多郎さんを合わせたつごう11人から試作曲を集め、作者の名前を伏せた状態で番組スタッフが視聴し、スタッフ10人中8人が選んだのが喜多郎さんだったそうです。
「シンセサイザーのような電子楽器は当時はまだ珍しく、歴史紀行番組には似つかわないように思われたが、彼の音楽はシルクロードの空間の大きさを見事に表現してくれた」と鈴木さん。NHKシルクロードといえばあの音楽、というように、切っても切れない組み合わせになった意味でも、喜多郎の採用は大成功でしたね。映像と音楽の融合がいかに大事か、改めて考えさせられます。
伎楽飛天が数多く描かれたキジル石窟第8号窟は、制作当時(7世紀)、インドから中央アジアへと伝来された楽器の記録図にもなっています。その中のひとつ・五絃琵琶の現物が、奈良正倉院にたった一つ残されています。もちろん世界でただ一つです。
五絃琵琶の工芸技術は、中国・呉の国、ペルシャ、インドの技術が融合したもの。本体は紫檀の木で造られ、螺鈿の鮮やかな文様が施され、美術工芸品としての価値も計りしれません。正倉院に伝わる楽器を研究し、その復元と演奏を手掛ける劉宏軍さんは、「紫檀も螺鈿も今は輸入禁止だから、完全な復元は不可能」としながらも、可能な限り現物に近いものを復元し、演奏会で披露しています。
講演会では、劉さんが手掛けた四弦琵琶や呉竹笙などの復元楽器を間近に見せていただき、実際に演奏もしていただきました。 演奏する際も、当時の楽譜というのはお経みたいに漢字に縦書きで書かれているので、これを今の音楽家が読めるように五線譜に“変換”しなければなりません。これも、口で言うほどカンタンではないそうです。
とにもかくにも、テレビの画面上でしか、あるいは正倉院展のガラスケース越しでしか見たことのないシルクロードの古代楽器が、実際にどんな音色をしているのか、当時の人をどんなふうに感動させたのか、こうして疑似体験できるなんて、30年前にNHKシルクロードを一視聴者として観ていた頃には想像もしていませんでした。
キジル石窟に描かれた、世界で唯一の五絃琵琶(現物)は、今年10月下旬から始まる奈良正倉院展で久しぶりに展示されるそうです。
また、劉さん率いる『天平楽府』の演奏会が、1月7日(金)18時30分から、東京文化会館(JR上野駅公園口前)で開かれます。詳しくは企画会社アーツ・プラン(TEL 03-3355-8227)までどうぞ。