8月1日(木)、(一社)静岡県ニュービジネス協議会の視察で、大井川の上流域に行ってきました。この春、新入会員になった上中農場(川根本町)の上中通寿さんが、井川湖の南、三ツ峰(1350M)と七ツ峰(1533M)の間に位置する下別当(げべっと)地区で計画中の蕎麦づくりを視察し、山間地の耕作放棄と過疎化の問題解決に挑むアグリビジネスを応援しようというもの。ニュービジネス協議会の視察で農業がテーマになるのは珍しいのですが、ニュービジネスやベンチャービジネスってITや新技術ばかりでなく、第一次産業も“ニュー”の要素はぎっしり詰まっているんだって実感しました。
標高1000メートル以上の高地に位置する下別当(げべっと)は井川土地改良区に指定され、林道が整備されているようですが、地図で見る限り、本当に山の中にただ道があるって感じ。・・・実は、7月末の大雨によって途中の山道に土砂崩れの危険が生じ、この日、下別当まで行くことはできませんでした。
天気はよかったのですが、自家用車を乗り合って集まったニュービジネス協議会会員9名、県志太榛原農林事務所から5名、地元蕎麦打ち愛好会の皆さん8名、全員の安全を考え、現地視察を断念。代わりに、犬間にある川根本町資料館で上中さんの解説をうかがうことになりました。
現在、上中さんは、川根本町徳山にある自園で、お茶、路地野菜、蕎麦を栽培しています。蕎麦は面積の割りに収穫量が少なく、収益ビジネスにするには出来るだけ広い土地が必要です。
しかも、上中さんが手掛ける幻の品種「しずおか在来」や優良品種「会津のかおり」は、他品種との交雑を避けるため、ミツバチの行動範囲4km圏内に他の品種は植えられません。単独品種の“純血”を守れる広い栽培面積を確保しなければ、勝負が出来ない、というわけです。
そこで農林事務所の勧めで着目したのが下別当地区。林道は通っていても、有効な活用がされていない手つかずの土地であり、標高1000mを超える蕎麦の育ちにとっては理想の環境です。下別当と書いて「ゲベット」と発音するって、なんとなくアルプスっぽいし!
ただし、人間が耕作するのに大変な土地であるのは間違いありません。
そんな、「わかっちゃいるけど手が出せない」場所での蕎麦づくりを成功させるため、上中さんは自園の一角で「しずおか在来」と「会津のかおり」の試験栽培に着手し、今年はこれまでに4ヘクタールで2.4トンの収穫。次は8月お盆過ぎに播いて、紅葉の名所である奥川根・寸又峡温泉の観光シーズンに新そばとして提供すると意欲満々で報告してくれました。
蕎麦づくりのイロハをよく知らないので、ピンと来なかったのですが、最近では、播種後、75日ぐらいで収穫する“早採り”がトレンドなんだそうです。75日頃というのは、蕎麦の白い花の下にこげ茶色の実が3~4割つく状態(黒化率30~40%)とのこと。早めに刈ることで、香りと味がよくなるんだそうです。
収穫後の蕎麦の実は、1週間ほど天日干しにし、水分量を15~16%ぐらいに調整します。14%以下になると麺にする時、つながりにくくなり、商品価値が下がってしまうとか。
電動の石抜き機や脱皮機等を駆使し、玄蕎麦もしくは蕎麦粉状態にして販売しますが、この秋収穫する新そばを剥き身状態のまま真空パックし、12~13℃で低温貯蔵しておくと、年末の年越し蕎麦のときにグンと美味しくなるとか。蕎麦も日本酒のように一定期間熟成させ、“冷やおろし”にするんだ~!!と目からウロコでした。
川根本町資料館やまびこで解説を聴いた後、歩いてすぐの、大井川鉄道南アルプスあぷとライン「接岨峡温泉駅」前にある温泉民宿『森林露天風呂』で昼食休憩。若返りの湯として知られるナトリウム炭酸水疎塩泉・接岨峡温泉を初めて体験しました。
温度はあまり熱くなかったけれど、お湯から上がってからも身体がズーッとポカポカ状態。いい年をしたおばちゃん女子たちが、飛んで来る蜂にキャアキャア言いながら、癒しタイムを満喫しました。
大井川鉄道南アルプスあぷとラインに乗るのも、実は初めてです。アプト式鉄道とは、歯型のレール・ラックレールを使って急勾配を登り降りする鉄道。大井川鉄道の長島ダム駅とアプトいちしろ駅の区間は、1000分の90という日本一の急勾配です。
私たち一行は接岨峡温泉駅から長島ダム駅を経てアプトいちしろ駅まで、アプトを体験乗車し、長島ダム駅では、アプト式電動機関車を先頭に取り付ける作業も見学できました。みんないい大人なのに、こういうのを見ると子どもみたいにワクワクしちゃいますね。
長島ダムも、電車の窓から全景を眺めると、実に美しい。過去、コンクリートのダムは造らせないと主張した政権がありましたが、手つかずの自然遺産とは違う意味の、森と川と人間の造形物の調和・・・これも人類の進化を許した地球の美しさではないか、と思いました。
アプトいちしろ駅で待機していた車に分乗し、川根本町徳山にある上中農場へ。そろそろ収穫という黒化率3割ぐらいの蕎麦の花畑を観賞し、次いで、鳥獣被害対策に電動柵を施した上中さんの路地野菜畑を見学しました。
最後は、上中さんの蕎麦が食べられる中川根『四季の里』で試食会。蕎麦のおいしさはもちろんのこと、コクのある蕎麦湯も非常に印象的でした。喩えるなら、おいしい酒の、酒粕もまたおいしい、という感じでしょうか。上中さんの蕎麦は、藤枝の『ながいけ』、静岡の『たがた』でも味わうことが出来るそうです。
大井川沿いの川根街道を、“蕎麦街道”にしたい、というのが、上中さんの夢だそうです。大井川水系の湧水で醸す志太の地酒とコラボさせ、大井川の恵を大いに堪能できる夢街道に育てて欲しいなあと思います。
さらに言えば、静岡県中部のこのエリアは、JR東海道線、東海道新幹線、大井川鉄道、SL、アプト式鉄道と、いろいろな鉄道を連続実体験できる“リアル鉄道博物館”みたいなところ。これにバス、飛行機、フェリーをつなげれば、日本の旅客輸送技術を一度に体験できる“乗り物ワンダーランド”です。
参加者は「この土地の持つ潜在能力を、もっともっと活かさなければ」と、スケール感あふれるビジネス談議で大いに盛り上がりました。
私のレベルで考えるならば、とりあえずは、大井川鉄道で蕎麦と緑茶と地酒のお座敷列車かな(笑)。
酒飲み宴会列車は過去、いろんな例がありますが、どんちゃん騒ぎして終わり、ではもったいない。電車に乗りながら地域の魅力を真面目に考える“鉄道大学”みたいな企画だったらやってみたいなあと思います。
この地がダム建設や林業・木工業で活況を見せていたのは過去の話。・・・それでも、今、こうしていろんな夢を描ける地域って、それだけポテンシャルがあって、必ず再生できるはず。そんな思いを抱いて帰りました。
上中さん、視察をアテンドしてくれた皆さん、ありがとうございました。