杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

意志ある美しき人

2010-01-14 00:15:54 | NPO

 寒波襲来で、連日真冬らしいお天気です。一昨日(12日)は浜松、昨日(13日)は御前崎と、風の強いまちを取材で走り回り、肌がガサガサになってしまいました。…こんな日の夜は酒風呂に限ります!

 

 

 さて、昨年末のブックレビューの記事に、「市井で努力する“意志”を応援したい」と綴ったばかりですが、この2日間でとてつもなく価値ある“意志”と出会いました。知的障害児のエイブルアートと、特別養護老人ホームのおむつゼロ―これを静岡で実践している人々です。

 いずれもその分野では名のある方々で、知っている人から見れば「何をいまさら」と思われるかもしれませんが、私はとにかく知らなかったし、知ったことで、世の中捨てたもんじゃない!と心から実感することが出来ました。ここでは無知を恥じずに、素直に出会い知り得て感動したことを綴っておきたいと思います。

 

 まず、一昨日訪れた浜松のNPO法人クリエイティブサポートレッツ。障害や国籍、性差、年齢など、人間社会を仕分けするあらゆる「ちがい」を乗り越えて、人間本来が持つ「生きる力」を引き出す場を作ろうと努力している団体です。

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 代表の久保田翠さん(左から2番目)とは、実は私が駆け出しライターの頃からの知り合い。翠さんのお母様である画家の高木淑子さんを取材したのがきっかけで、淑子さんのご主人である建築家高木滋生さんはじめ、長女翠さん、次女の高木敦子さんとも親交を持ち、姉妹が設立したプロダクションAMZからコピーワークのお仕事をいただいたりもしました。武蔵美の建築学科と東京芸大大学院環境造形デザイン科を修了している翠さんは、建築&環境学の若きプロパーとして、また静岡を輝かせる女性として注目の旗手で、同い年ながら私には眩しく美しい、あこがれの存在でした。

 

 その後、翠さんは和食料理人の久保田優さんと結婚し、浜松へ。高木滋生建築設計事務所の浜松事務所長を務め、優さんも鹿谷町に季節料理の店『久保田』を開業。この店は、静岡新聞社発行の『地酒をもう一杯』でも取材させてもらいました(現在は休業)。

 

 

 

 翠さんの生活が一変したのは、重度の知的障害を持つ長男・壮(たけし)くんを授かった1996年から。96年といえば私は『しずおか地酒研究会』を立ち上げた年で、好きなジャンルの活動に無我夢中だった頃。翠さんの境遇を思うと、酒の業界で物議を醸す存在になってアタフタしていた当時が、なんとお気楽呑気な時代だったかと恥ずかしくなってきます・・・。

 知的障害児の子育てに悪戦苦闘する中、エイブルアートと出会い、「目からうろこが落ちた」という翠さん。「重い障害を持つ子に出来ることは限度があるけど、その、ありのままの姿を認めてあげる場を創りたい」という強い“意志”を持ち、同じように障害児を持つお母さん仲間とレッツを立ち上げます。

 

 私が今回、翠さんに改まって取材する上で一番聞きたかったのが、NPOを立ち上げようとした、その、意志のありかでした。

 知的障害児の子育ては、ハタから想像しても、想像を絶する苦労があると思うのですが、家庭の中で抱え込むのではなく、社会につなげようとした。その意志は、生半可なものではないでしょう。何か特別、大きなきっかけがあったの?と訊くと、「認めてあげる場を創りたかった」と。…ちょっと胸を突かれました。障害があるから何か特別大きな理由が必要だったわけじゃなくて、人間だれしも願う、他者からのアテンションなんですね。

 

 

 2000年、ボランティアグループとしてキックオフしたレッツは、もともとパワーのある翠さんが指揮するだけに、多くのクリエーターや支援者を巻き込み、ハンディのある子とない子が一緒になって表現活動をする講座やエイブルアート作品展、バリアフリーコンサートなどを次々と開催し、2004年にはNPO法人化。アートを切り口に、人間社会のさまざまな「ちがい」を吹き飛ばす画期的な活動を展開します。

 

 

 05年には浜松福祉協働センターアンサンブル江之島に移転し、障害を持つ人の就労にと、カフェの運営にも着手。フロアの半分はアートスペース「みんなの居場所レッツサロン」として活用を図りましたが、地理的ハンディと、公共施設を大規模法人と共有利用する難しさに直面。翠さんは伏せ目がちに「“協働”という言葉の意味を、深く考えさせられた」と振り返ります。

 …私の想像ですが、障害者支援に当事者家族かつ実践者として臨むレッツと、お役所組織の意識のズレみたいなものが、当然、あったのではないかと思います。私の酒の活動と比較するのは申し訳ないのですが、私にしても、川下の底辺で地酒の価値を伝えていこうとする実践活動の担い手と、当事者意識があるのかないのかわからない、川上のお役所的な組織の人たちとは熱の入れ方が違うって感じますもの・・・。

 

 

 2010年4月からは入野町に拠点を移し、障害者自立支援法に基づいたケアハウスの運営に着手するという翠さん。子どもも大人も関係なく、障害のある人の自立訓練や余暇活動をサポートしていく予定です。

 「いろいろ悩んでいたときに、アドバイスをもらった先輩NPOの方から、“気がついちゃった人がやるしかないのよ”と言われて肩の力が抜けた」そうです。…そうなんですよね、べつに義務でもなんでもなく、自分がやらなくてもいいことなんだけど、気がついちゃったら看過できない、やらずにはいられないという思い。そこからスタートする意志の力が尊いのです。

 

 

 翠さんと話をしながら、お遊びみたいな自分の酒の活動も、やればやっただけのことがあるかもよ、と、認めてもらえたような気がしてきました。

 

 

 なんだかレッツの活動のちゃんとした紹介になってなくてすみません。詳しくは情報満載のこちらをぜひご覧くださいね。

 「おむつゼロ」のお話は次回に。

 

 


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