文献レビュー PART2 新型コロナウイルスの救急・集中治療
ジャーナルクラブ
COVID-19の嗅覚障害と味覚障害について
猫によるSARS-CoV-2伝播の可能性
救急科指導医・専門医
集中治療専門医
松田直之
NAOYUKI Matsuda MD, PhD
新型コロナウイルスSARS-CoV-2およびCOVID-19の管理にお役立て下さい。
救急一直線「COVID-19への集中治療・診療バンドル2020」を考える参考文献の解説とします。
トピックス COVID-19の嗅覚障害について
文献 1. Jitaroon K, Wangworawut Y, Ma Y, et al. Evaluation of the Incidence of Other Cranial Neuropathies in Patients With Postviral Olfactory Loss. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. 2020 Apr 2.
文献 2. Eliezer M, Hautefort C, Hamel AL, et al. Sudden and Complete Olfactory Loss Function as a Possible Symptom of COVID-19. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. 2020 Apr 8.
ウイルス感染は嗅覚障害の原因の一つであり,インフルエンザウイルス感染症やおたふく風邪などでも臭覚異常が経験されます。末梢性の神経障害の可能性がありますが,ウイルス感染後の嗅覚損失と神経障害の研究報告があります。救急外来における臭覚障害では,① 慢性副鼻腔炎,② 鼻内形体変化(外傷歴含む),③ ウイルス感染症,④ 薬剤服用歴,⑤ 職業歴(金属メッキ作業など),⑥ 中枢性(腫瘍等)の6つをポイントとして指導しています。
文献1. 2015年1月から2018年1月までの3次医療鼻科クリニックで症例対照研究として,ウイルス感染後の臭覚異常と頭蓋神経障害の発生率が評価されています。ウイルス後の嗅覚消失群として91症例,対照には100症例が評価されています。ウイルス後の嗅覚消失を伴う91中10例(11%)に脳神経障害を認めた結果であり,臭覚障害を伴う場合の脳神経学的異常のオッズ比は6.1(95%CI 1.3-28.4)とのことです。結論として,ウイルス感染後の嗅覚の喪失は,他の脳神経障害の発生率が高くなる可能性に注意します。
以上の関連して,COVID-19に併発する臭覚障害について,嗅覚裂の炎症性閉塞が関与するとする放射線学的異常の報告(文献 2)があります。症例は,40代女性であり,COVID-19の診断がRT-PCRでついています。鼻腔の閉塞がないにもかかわらず,味覚異常はなく,嗅覚機能のみが急性喪失したとのことです。嗅覚テストでは,フェニルエチルアルコール(フラワーローズ),シクロテン(キャラメル),イソ吉草酸(山羊チーズ),ウンデカラクトン(果物),スカトール(肥料) の5種類が評価されていますが,これら臭気物質のどれもが識別されなかったという結果です。
鼻腔のMRI像では,嗅球には異常を認めず,嗅覚裂の両側性炎症性閉塞が認められたとのことです(MRI 引用)。このような場合においても,上述の文献1のように,中枢症状の発症に気をつけなければならないのかもしれません。今回は,ウイルス感染症後の臭覚異常は約11%であり,意識障害などの脳神経学的異常にも注意しなければならないという内容のレビューとしました。アウトカム評価に加える一つの内容(COVID-19における臭覚・味覚障害の発生頻度/COVID-19における臭覚・味覚障害と神経学的予後)かもしれません。
引用 MRI : Eliezer M, Hautefort C, Hamel AL, et al. Sudden and Complete Olfactory Loss Function as a Possible Symptom of COVID-19. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. 2020 Apr 8.
トピックス 猫によるSARS-CoV-2伝播の可能性
文献1. Luan J, Lu Y, Jin X, Zhang L. Spike protein recognition of mammalian ACE2 predicts the host range and an optimized ACE2 for SARS-CoV-2 infection. Biochem Biophys Res Commun. 2020 Mar 19. PMID: 32201080
文献2. Jianzhong Shi, Zhiyuan Wen, Gongxun Zhong, et al. Susceptibility of ferrets, cats, dogs, and different domestic animals to SARS-coronavirus-2. BioRxiv 2020 Mar 31
アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)は,肺,心臓,肝臓,精巣,腎臓,腸などに広く分布しています。コロナウイルスSARS-CoVは,その受容体としてACE2に接着します。 ACE2は猫や犬にも存在しますので,SARS-CoVが猫や犬を介して伝播する可能性について,今後も注意や警戒が必要となります(文献 1)。
文献2は,中国農業科学院(CAAS)のハルビン獣医学研究所(HVRI)のバイオセーフティレベル4の施設で実施された動物研究だそうです。フェレット,ネコ,犬,豚に対して,SARS-CoV-2を暴露した結果が記載されています。猫と犬は人間と密接に接触しているため,COVID-19の制御のために,動物のSARS-CoV-2に対する感受性を評価したという報告です。
まず,猫においては,8か月齢の5匹の近交系飼育猫に105 pfuのCARS-CoV-2株(SARS-CoV-2/CTan/human/2020/Wuhan:CTan-H)を鼻腔内に接種させています。猫から糞便を収集し,安楽死後に各臓器のSARS-CoV-2のウイルスRNAを確認したという研究です。猫においては,CTan-HのRNAは,主に鼻甲介,軟口蓋,扁桃腺,気管で検出され,肺胞領域や小腸からは回収されにくいという結果です。猫は,ヒトに頬ずりしてきたりしますので,SARS-CoV-2の伝播の一つとして気をつけねばならないかもしれません。
一方,ビーグル犬に105 pfuのCTan-Hを鼻腔内接種した検討では,糞便中には検出されたけれども,臓器や血液には検出されず,犬はSARS-CoV-2にかかりにくいという結果となっています。猫や犬の種類にもよると思いますが,猫などの鼻汁や頬ずりには引き続き,SARS-CoV-2の伝播における予防学的かつ疫学的観点から注意が必要と考えています。
トピックス 亜鉛と味覚障害/亜鉛のウイルス抑制
コロナウイルスは,RNAウイルスであり,ACE-2(コロナウイルス受容体の1つ)などを産生するヒトの細胞表面に接着したあとに,ヒト細胞質内にRNAを導入し,自己増殖していきます。この作用を抑制する分子として,亜鉛(Zn2+,Zinc)が知られています。また,亜鉛は炎症期に補充しないと亜鉛欠乏症が進行する可能性があります。一般に,集中治療では創傷治癒にも関与する亜鉛を微量元素群としてルーティンに補充しています。
COVID-19の治療においては,過剰な亜鉛投与には急性亜鉛中毒としての注意が必要ですので,COVID-19の管理重要項目に含めていませんが,亜鉛やセレンなどの微量元素やビタミン全般の補充療法は,栄養管理における常識的基盤ですのでご注意下さい。亜鉛欠乏で,味覚障害が進行すること,SARS-CoV-2の増殖速度が高まる可能性にご注意下さい。集中治療領域では,通常の微量元素補充に注意します。
文献1. Serkedjieva J, Stefanova T, Krumova E. A fungal Cu/Zn-containing superoxide dismutase enhances the therapeutic efficacy of a plant polyphenol extract in experimental influenza virus infection. Z Naturforsch C J Biosci. 2010 May-Jun;65(5-6):419-28.
Cu/Znスーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)の高発現により,インフルエンザウイルス複製が抑制されたり,インフルエンザウイルスによる炎症活性が低下するというヒト培養細胞を用いた基礎研究です。細胞腫には,human lung epithelial cell line A549と Madin–Darby canine kidney (MDCK) が用いられています。SOD1は,その活性酸素消去の活性中心に銅を含み,その構造の安定化に亜鉛が必要とされています。亜鉛欠乏症では,インフルエンザなどになりやすく,かつ炎症活性が強く生じる可能性が示唆されています。集中治療室では,一般的に経腸栄養剤に微量元素を含むものを用いており,急性期といえども消化管活動を維持できるようにすること,また早く経腸栄養を完成させることとしています。そのような中で,手術後や出血などを含む消化管障害がある場合には,亜鉛やセレンなどを含む微量元素の静脈内点滴による補充をルーティンとしています。文献2に続けます。
文献2.te Velthuis AJ, van den Worm SH, Sims AC, Baric RS, Snijder EJ, van Hemert MJ. Zn(2+) inhibits coronavirus and arterivirus RNA polymerase activity in vitro and zinc ionophores block the replication of these viruses in cell culture. PLoS Pathog. 2010 Nov 4;6(11):e1001176.
新型コロナウイルスSARS-CoV-2の繁殖において,亜鉛がRNA増幅を抑制する可能性,つまりSARS-CoV-2の繁殖を抑制できる可能性が知られています。
ジンクピリチオンのような亜鉛イオノフォアで細胞培養培地の亜鉛濃度を増加させると,ポリオウイルスやインフルエンザウイルス(文献1で紹介)など,さまざまなRNAウイルスの複製速度が減少するそうです。この文献2の研究は,2 µmoL/Lレベルの低濃度亜鉛に亜鉛イオノフォアを組みあわせて,SARS-CoVの複製が阻害されることを提案しています。しかし,このデータでは,亜鉛濃度を2 µmoL/Lレベルから8 µmoL/L(51.6 μg/dL)(注:亜鉛原子量 64.5)に上げてウイルス増殖が抑制されていますので,このデータを私は,亜鉛濃度を高濃度に持ち込むのがよいという解釈ではなく,「亜鉛欠乏状態ではSARS-CoV-2の繁殖が高まることに気をつけるべきである」,「急性期管理においても通常の亜鉛摂取を継続しましょう」という内容として捉えています。亜鉛100 µmoL/L(645μg/dL)レベルでは,SARS-CoVの複製が完全に抑制されるデータも示されていますが,この亜鉛濃度645μg/dLや半濃度(50μmoL/L:322.5μg/dL)は中毒濃度です。
血清亜鉛濃度は,60 μg/dL未満で亜鉛欠乏症,通常生活における血清亜鉛濃度は100 μg/dLレベル(正常:80~130 μg/dL)です。血清亜鉛濃度は70 μg/dL未満から,味覚障害が出現しやすくなります。創傷治癒も,遅延傾向となります。以上を含めて,亜鉛欠乏があれば亜鉛を必ず補うようにし,亜鉛欠乏のサインの一つは味覚障害かもしれないことに注意します。その上で,味蕾のACE-2発現様式は,心機能低下や高血圧併存疾患,また年齢や栄養と関係する可能性があり,より細かな今後の病態学的研究が必要となります。亜鉛欠乏状態では,甲状腺治療薬,シクロオキシゲナーゼ阻害薬などの薬剤や果物の味が変わることも知られています。味覚障害がある場合には,まず,亜鉛欠乏の可能性を評価して頂き,SARS-CoV-2の繁殖増強に注意するようにお願いしています。そして,口腔内を観察し,乾燥舌あるいは唾液過多,舌変形などを合わせて評価します。
※ ジンク(Zn)ピリチオン:ジンク(Zn)ピリチオンは,昔,メリットシャンプー(花王)に含まれていました。しかし,花王は,ジンクピリチオンに環境ホルモンの可能性があるとして,ジンクピリチオンの配合を止めてしまい,現在はグリチルリチン酸(肝臓)の配合にに変更されているようです。現在,ジンクピリチオンは,H&Sのヘッドスパシャンプーに配合されています。頭皮を含む脂漏性皮膚炎の抑制として,ジンクピリチオンは期待された時期がありました。
※ 亜鉛ジンクのRNAウイルス抑制の機序:亜鉛とSARS-CoV-2関連の面白い論文が2つありますので,ご参照下さい。
Lee CC, Kuo CJ, Hsu MF, Liang PH, Fang JM, Shie JJ, Wang AH. Structural basis of mercury- and zinc-conjugated complexes as SARS-CoV 3C-like protease inhibitors. FEBS Lett. 2007 Nov 27;581(28):5454-8.
Joseph JS, Saikatendu KS, Subramanian V, Neuman BW, Brooun A, Griffith M, Moy K, Yadav MK, Velasquez J, Buchmeier MJ, Stevens RC, Kuhn P. Crystal structure of nonstructural protein 10 from the severe acute respiratory syndrome coronavirus reveals a novel fold with two zinc-binding motifs. J Virol. 2006 Aug;80(16):7894-901.
味覚障害のポイント
味覚障害→亜鉛欠乏の可能性・顔面神経の評価→総合ビタミン及び亜鉛補充を考慮
初版:2020年4月8日,追記:2020年4月10日,2020年4月12日