まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

Q.マクドナルドの「ハッピーセット」はハッピーだと思いますか?

2016-06-23 14:19:57 | 哲学・倫理学ファック
一昨日、3問いただいた質問のうちのQ3に答えることができませんでした。

一気に答えられると思っていたのですが、申しわけありません。

こんな質問でしたね。

Q3.マクドナルドのメニューにある 「ハッピーセット」 は
   自分の意志で買って食べて幸せを感じていると思うので 「ハッピー」 は適さないと思います。
   先生は 「ハッピーセット」 について適切だと思いますか?

そもそも論を述べてしまいますと、人であれ物であれ何かに新たに命名するという場合は、

どんな名前を付けようと命名者の自由というか、名が体を表していなくとも別に問題はないわけです。

名前負けしている人や商品はたくさんありますし、

政党名とかも、君たちはこんな政治をやってるくせによくぞまあこんな素敵な名前を付けたまま、

いつまでも変えずにいられるもんだなとあきれ果ててしまうような政党がいくつかありますが、

残念ながら何と名乗ろうと本人たちの自由なわけです。

ですから商品名に関していちいちその名前は適切かなどと考えてみてもどうしようもありません。

いちおうそのことは前提として踏まえておいてもらった上で、

たぶん今回の質問者の方は私が講義で話したことを誤解しているようなので、

その誤解を解くためにQ3にもお答えしておこうと思います。

講義では、どうしたら幸福になれるかということに関してざっくり2つに分けると、

(1) 幸福はたまたまの偶然によって (神の必然でも可) 外からもたらされる

(2) 幸福は個人または社会全体の主体的努力によって獲得される

という2つの考え方があるというお話をしました。

で、(1) の説明をするときに、happy (幸せ) の語源は happen (たまたま起こる) であり、

人間は幸福というものをたまたまの偶然によってもたらされるものと考えていたのだ、

ということが語源からもわかりますね、というふうに説明させていただきました。

語源に遡れば happy (たまたま起こること) と lucky (運のいいこと) は同じだったんだ、

ということも申し上げたと思います。

しかし、こういうふうにも付け加えておきました。

現在では、happy (幸福) と lucky (幸運) は別のものだからちゃんと区別しなきゃいけません、と。

その例として、宝くじに当たったらラッキーだけど、

当たったことによって必ずハッピーになれるとは限らなくて、

持ちつけない大金を手にして生活が変わり不幸になる人もいるとか、

お金持ちの家に生まれてきたらラッキーだけど、泥沼の遺産相続争いなどに巻き込まれて、

アンハッピーになることもある、といったようなことを挙げたりしました。

ちょっとこの例が悪かったんでしょうね。

ただでさえ複雑な話がよけいこんがらがって、この件に関しては他にも質問が出されていました。

それにはまた別に答えることにして、今回の質問者の方は happy の現在の意味 (幸せ) ではなく、

元々の語源の意味 (たまたま起こる) のほうを強く記憶に残してしまったのではないでしょうか?

だから、マクドナルドの 「ハッピーセット」 に関して、

「自分の意志で買って食べて幸せを感じていると思うので 『ハッピー』 は適さない」

と感じたのではないでしょうか?

「ハッピーセット」 がもたらす幸せは 「(1) たまたま外から与えられ」 たのではなく、

「(2) 個人の主体的努力 (=自分の意志で買う) によって獲得」 したわけですから、

happen ではないと感じられたのでしょう。

それはそうなのですが、happy という言葉は現在では happen という語源を離れて、

ただ 「幸せ、幸福」 を表す言葉になっています。

ですから現在では 「(1) たまたま外からもたらされる」 場合であれ、

「(2) 個人の主体的努力によって獲得する」 場合であれ、どちらも 「ハッピー」 と言っていいのです。

というわけで、そもそも論は置いておいて、とりあえずQ3には次のようにお答えしておきましょう。


A3.マクドナルドの 「ハッピーセット」 は、自分の意志で買って食べて幸せを感じるのであれば、
   それでもう十分 「ハッピー」 だと思います。


これが 「ハッピーセット」 ではなく 「ラッキーセット」 という名前であったなら、

たしかに自分でお金を払って買ったのですから 「ラッキー」 は適さないということになったでしょう。

(買うとたまに何か賞品が当たるというのであればまさに 「ラッキーセット」 ですが…)

現在では 「ハッピー」 と 「ラッキー」 は別の概念になっているということは確認した上で、

しかしもともとハッピーはラッキーと同じような 「たまたま起こること」 と捉えられていたのだ、

ということを覚えておいてください。

私の授業ではよく語源に遡って概念を考えていくことがあります。

それは現在の意味が元々の語源の意味から離れて使われてしまっていることが多いから、

その変遷をたどるために原点に帰ろうとしているわけです。

ですので、現在の意味だけであるとか、元々の意味だけを覚えてしまうと、

私の授業は理解できなくなってしまいますので、歴史的変遷の全体を捉えるようにしてください。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿