団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

私も「らしさ」と言う呪縛に囚われています。

2019-10-30 02:31:06 | 日記
 中日新聞の「おじさん図鑑」に「らしさ」というタイトルで、飛島圭介さんがエッセーを書かれていました。


 若き日のおじさんは「らしさ」を強要されることに反発を感じていた。
「子どもらしく」「学生らしく」「若者らしく」と大人から言われると、
口をとがらせて「らしさ」の中身や意味を問いかえした。

 大抵の大人は問いに応えず、「だからおまえはダメなんだ」と怒るのだった。

 「らしさ」は、たとえば「あんなことするなんて、あの人らしいね」というふうに
”独自性”を表す言葉ではなかろうか。

 子どもや若者を、よくある類型イメージにはめこんで、
「らしくない」と批判するのは、独自性とは真逆の言葉になってはいないか。

 「こうでなければいけない」とか「こうあるべきだ」とかの考え方に
われわれはどうもとらわれがちだ。

 つまり、その方が楽だからだろう。
「みな同じ」の同調的な姿勢が「らしさ」を強要する根源のような気がしてならない。

 「男らしさ」や「女らしさ」にしても同様だ。
中身を検証すれば、確定的な正解はなかろう。

 だから、「男らしくない」とか「ジジイらしくない」といわれてもおじさんはビクともしない。
ただ、「そんなこと言うなんて、”おまえらしく”ないな」と批判されると、シュンとしてしまう。


 以上です。




 私も「らしさ」と言う呪縛に囚われています。
 子どもの頃、母方の祖母から、「男らしくしなさい!」、「男のクセに怖がりだね」、
「男の子は泣かない!」といわれたりしたものですから、いまだに「男はちょっとやそっとでは、泣いてはいけない」と、
思っています。

 女の人にも「女らしい」人を求めていますね。
もの言いの優しい女性や気がきく女性に接すると、「あの子は女性らしいね」と褒めたりします。(笑)

 男性はこうあるべきだ、女性はこうでなければいけないなんて、狭い考えは捨てないといけないですね。










(デビュー当時)トワ・エ・モア/「空よ」(本人歌唱) 1970年
コメント (12)
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