団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

美容院

2016-04-30 04:56:22 | 日記
 昨日の朝 9時半前にかみさんが美容院へ行きました。

かみさんが美容院に出かける前に「イメージ通りに出来上がらない!」と言いましたので、
「いつも似合っているからいいだろう」と言いましたら、
「もっと私のイメージ通りに出来ないかしら」と言いましたので、
「美容院でも、床屋でも自分のイメージ通りに出来ることなんてない!」と言いました。(笑)

 昼ちょっと前にかみさんが美容院から帰ってきました。
いつもよりパーマが良くかかっていました。
少し髪を短く切りすぎているのかな。
長く持たせようとしているようです。(笑)

かみさんのイメージ通りかどうかはわかりませんが、
まぁ、そんなに悪い感じではないです。

かみさんに、感想は言っていません。
ここで褒めれば私の評価も少し上がるでしょうが、
褒めることはしないですね、けなすことはありますが。(笑)









平井堅 君の好きなとこ
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親なら、できるだけの援助はしてやりたいです。

2016-04-29 05:16:46 | 日記
 先週の日曜日の中日新聞に『新貧乏物語 第3部 非正規スパイラル』
今回のサブタイトルは「⑦親の不安」という記事が掲載されていました。


 三人の孫は目に入れても痛くない。
でも、将来を考えると心配でたまらない。

 金沢市に住む神野政信さん(64)=仮名は、実家を離れて関西地方で暮らす長男(37)の
ため息が忘れられない。
「このままだと、この子らを大学に行かせられない」

 七歳、五歳、二歳。
三人の男の子を持つ長男の仕事は、日雇いの土木作業員。
妻(32)も働いているが、正社員ではなく介護施設のパートだ。
非正規同士で結婚した長男夫妻の収入は、月に二十五万円ほどと聞いている。

 孫はかわいい盛り。甘やかしたつもりはないが、神野さんは昨年、
家計を預かる長男の妻に将来への「援助」を切り出した。
自分は夫婦合わせて月に約三十万円の年金をもらっている。
そこから、孫三人で月六万円になる学資保険を積み立てる。

 話を聞いた妻は「ありがとうございます」と頭を下げた。
長男は年に二度、孫の顔を見せるために金沢の実家に帰ってくる。
ただ、片道約二万五千円かかる家族五人の交通費を払う余裕は無く、
神野さんが負担している。

 一九五一(昭和二十六)年生まれの神野さんが大学を卒業したのは、
日本が安定成長に入った七五(同五十)年だった。
事務員として医療関係団体に就職し、初任給は七万円。
仕事がうまくいかずにしかられることはあったが給料が下がったことはない。
当時はまだ、年功序列と終身雇用に守られている安心感があった。

 二十五歳で労働金庫から七百五十万円を借りてマイホームを購入した。
看護師だった妻(64)と共働き。
長男と長女(35)、次男(30)の子ども三人に恵まれた。

 「頑張れば頑張った分だけ良い暮らしができる」。
そう思うことができた。
「大学卒業まで面倒を見れば、子どもたちは自立する」と信じていた。
「ところが・・・」。
大阪の私立大に進んだ長男は、新卒での就職活動が氷河期と呼ばれた
二〇〇〇年に重なった。
唯一の内定先だった医療系の協同組合に正規の事務員として就職したが、
職場の空気にどうしてもなじめず、三年ほどで退職した。

 神野さんは「怠けて辞めたわけではない」と信じ、
詳しい理由は聞かずにいる。
退職後に就いた日雇いの仕事は組合勤務のサラリーマン時代とは違い、
毎月の年金を自分自身で納めなければならない。
日々の暮らしで精いっぱいの長男をふびんに思い、
神野さんはこれまでに六十万円以上の支払いを立て替えた。

 東京の私立大を出た長女、金沢の専門学校を卒業した次男も、
一時は非正規で働いていた。
長男を含めて三人分の年金の立て替え額は、計約三百万円。
それ以外に、長女が大学進学で借りた奨学金三百万円の
返還も神野さんが肩代わりしている。

 「これ以上の手助けはできない」。
夫婦ともに仕事を辞め、暮らしの頼りは年金だけ。
子どもたちへの援助で蓄えは減っている。
この先、自分たちが倒れて介護が必要になったら・・・。

 長女は映像製作会社の正社員、次男は行政書士の資格を取ったが、
不惑の長男は正社員になれるのか。
昔の職場の同僚にそんな不安を打ち明けると「うちも同じだ」と言われた。

 「私たちの世代は親の老後の面倒を子どもが見るのが普通だった」。
神野さんはそう振り返るが、今年六十五歳を迎える自分は今も息子の将来を
案じ続けている。

                    =終わり






 親なら神野さんのように子供達が苦労していれば、できるだけの援助はしてやりたいと思います。
でも神野さんのように、ここまで出来る親は少ないでしょうね。

この話が事実なら、私なら長男一家を自宅へ呼び戻します。
まずはご長男が安定した職業に就かないとなんともならないと思います。
日雇いの土木作業員でしたら、関西地方に住む意味合いがないと思いますし、
奥様も介護のパートのお仕事ですので、金沢でも見つかると思います。

いろんな事情があるでしょうけど、まずは家賃を減らす。
長男のお嫁さんもまだお若いから、神野さんの自宅でしたら
お子様を神野さんご夫婦に預け1日働けるのでは。

孫たちに学資保険をかけるより、ご長男に資格を取ってもらい、
日雇いの土木作業員ではなく、安定した職業に少しでも近づいてもらうように
就職活動していただいたらどうかなと思います。

まずはご長男が一家の大黒柱になることが、一番の方法ではないかと思うのですが。
資格を取ったからといって、就職につながらないかもしれませんが、ないよりは
あった方がと思います。

親はいつまでも子供達の面倒を見ることはできません。







Perry Como - And I Love You So
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毎日が日曜日、最高です。(笑)

2016-04-28 05:23:58 | 日記
 今は一番しあわせですね。
1日中ぶらぶらしていても、人から何も言われない!
定年後のおじさんは、働いていなくても他人から何も言われない。
文句を言うのは、かみさんだけ。(苦笑)
これがしあわせでなくて、何がしあわせでしょう。(笑)

 40代の時に、2度目の椎間板ヘルニアで半年入院しました。
親戚からは「もう復帰復帰不可能では」と言われて、かみさんが落ち込んだこともありました。
2回目の入院の前に、3ヶ月間腰が痛くて自宅療養していました。
たまに気晴らしで、かみさんに車で喫茶店へ連れて行ってもらいました。
やはり平日に休んで喫茶店へ行っていますと、周りの目も気になりました。
団地に戻って来た際、たまたま団地の人に出会った時も罰が悪かったです。

 それが今や堂々とぶらぶらしていましても、何も言われない。
毎日が日曜日、最高です。(笑)







BEE GEES - First Of May -( Primeiro De Maio) legendado em portugues
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若い女性も不動産屋のプラカード持ちのバイトをするようです。

2016-04-27 05:57:11 | 日記
 この前の日曜日 車でスーパーへ向かっている時、助手席から外を見ていますと、
不動産屋のプラカードを持って、若い女性が椅子に座っている姿を見ました。

この不動産屋のプラカード持ちのバイトっていつ頃から始まったのでしょう。
昔は学生のような男性や、私より少し若い中年の5、60代の男性が、プラカードを持って座っている姿を
よく見かけました。
今は時々若い女子大生風の方までやられているようです。

若い女性はじろじろ見られるので、恥ずかしい思いをするのではと思うのですが。
大昔はサンドイッチマンというバイトがありましたが、それに似ていますね。
サンドイッチマンは、プラカードを持って動きまわりますが、今のプラカード持ちは
1ヶ所で椅子に座ったままです。
これはきついバイトだと思うのですが。
当人はどう思っているのでしょうか?
エコノミー症候群になりはしないか心配です。

詳しくは知りませんが、土、日、祝日の仕事で、
勤務時間10:00から17:00とか18:00まで実働6時間~7時間という募集が多いようです。
日給は7000円から10,000円くらいのようです。
面接は無いみたいです。
電話での申し込みで即決のようです。

夏は暑い、冬は寒い。外でずっと6時間~7時間黙って座っていなければいけません。
不動産屋さんのプラカードには、幹線道路でも目立つ2メートルを越えるほどの看板もあるそうです。
突風が吹いたりして、そんな大きさの看板を持つはめになった時は大変ですね。

看板をきちんと持っているかどうかのチェックも入るようです。

不動産屋から「スーツ着て看板持って欲しい」という指示があった場合、スーツで1日中いなければいけないようです。
私の街では建売業者のプラカードが多いです。
バイトさんは、建売物件の近くで座っています。
お客さんに場所を聞かれたら案内やチラシも配ったりするようです。

楽そうに見えて、実態は大変なバイト。
私なら遠慮しますが。




Frank Sinatra - Fly Me To The Moon (lyrics)
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佐賀県有田町からの「今夜も生でさだまさし」を見ました。

2016-04-26 05:20:13 | 日記
一昨日 録画しました『今夜も生でさだまさし』を見ていました。
今回は佐賀県有田町が会場ということで、さださんも神経を使われる場所でした。

熊本を中心として、地震が続く中での中継。
地震から近い場所ということで大変気を使われたと思います。

いつもはハガキを中心に話を進められますが、今回はファックスやメールでも受け付けられるということでした。
地震が起こる中で、皆さんがどのように過ごされているのかなども知りたいということでしょうね。

さださんが「亡くなった方も生き残った方も」と語られた時、
一緒に見ていたかみさんが「生き残ったという言い方はないよね」と言いました。
私もそう思ったのですが、さださんも地震に近い場所での放送で、
言葉がうまく出なかったのではと同情しました。

本当ならば中止にしてもおかしくない状況での放送だったように思います。

さださんは会場に入る前に熊本の避難場所へ行かれたようです。
なんとカステラ1000個とどら焼き1000個 約210キロぐらいの重さのお菓子を持ち込まれたようです。
避難された方達にとって、甘いものが食べたいと考えられたようです。
その思いが素晴らしい。

 放送中 子供が「僕の大好きなチョコレートをあげるから、地震を止めて」ちょっと
うろ覚えなので間違っているかもしれませんが、さださんがその文章を読まれました。
音声担当の住吉さんが思わず泣かれてしまい、しばらく声が出なかったです。
子供の気持ちが住吉さんの心を打ったようです。

 最後に歌う予定がなかったのに、さださんが「主人公」を
歌われました。
この時期にピッタリの選択だったと思います。

 かみさんが「この歌、知らない」と言いますので、
「さださんの代表曲、俺が大好きな歌」と言いましたら、
「私、さださんのファンでないから」と、言いました。(苦笑)









さだまさし - 主人公
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