団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

無事卒寿を迎えて頂きたいです。

2021-12-03 03:32:13 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「支え合う友と 来春卒寿」というタイトルで89歳の男性が投稿されていました。


 今でいう小学校で同級生だった友人から月に数回手紙が届きます。

 十月、友が住む東京で大きな地震があった事がつづられていました。

 そえぞれ別の学校に進んだ一九四四(昭和十九)年十二月に東東海地震、翌四五年一月に三河地震が相次いで起き、戦時中だったこともあり地震のことは口外しないように軍人からきつく言われたことを思い出したようです。

 はがきいっぱいに友の達筆の細かな字が並ぶのを、私は拡大鏡を使って懸命に読んでいます。

 その都度返し、我が近況や街の変遷の様子を報告しています。

 思えば、友人には長男の就職先を紹介してもらい、昨年妻を亡くした際大いに励ましてもらいました。

 来年は共に九十歳。

 「互いによく頑張ったね」と褒め合いたです。

 以上です。


 小学校からのお付き合いだということは竹馬の友なんですね。
戦事で亡くなった方も多いと思いますが、お二人とも無事生き延びられましたね。

 それにしても豆ですね。
月に数回も手紙のやり取りをされるなんて。
 脳のトレーニングになりますね。
 
>思えば、友人には長男の就職先を紹介してもらい、昨年妻を亡くした際大いに励ましてもらいました。

 頼りになる友人ですね。
私もこのような友人が欲しかった。😁

>来年は共に九十歳。
 「互いによく頑張ったね」と褒め合いたです。

 無事卒寿を迎えて頂きたいです。





サイレント・イヴ /辛島美登里
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いなくなって初めて夫の良さが分かる。

2021-12-02 03:52:43 | 日記
 中日新聞の「くらしの作文」に「もう一度生まれ変わったら」というタイトルで61歳の女性が投稿されていました。


 夫が一年前に十ヶ月の療養の後に、あっけなく肺がんで亡くなった。
 六十三歳だった。

 私たち夫婦は仲の良い方ではなかった。

 夫が亡くなっても正直、あまり悲しくなかった。

 むしろ、夫は奥さん孝行で、あまり私に世話をさせずに亡くなったと思った。

 そんなある日、風呂場の水道が水漏れするようになった。

 パッキンを交換しなくちゃいけない。

 夫がいれば簡単に交換してくれたなあと思いながら、私がやってみた。

 蛇口は外せたけど、中のねじが動かない。

 こんなことで水道屋さんに頼むのも悪いと思って、姉のご主人に頼んだら「やった事がない」と言う。

 「あー、どうしよう」と困った。

 夫を亡くしたんだと、しみじみ思った。

 そういえば、器用な夫は自転車の電気や勝手口の網戸をつけてくれたり、衣紋掛けを曲げてタオル掛けを作ってくれたりした。

 いなくなって初めて夫の良さが分かる。

 私が仕事、仕事と言っておらずに、もっと旅行に行ったり、夫の話を熱心に聞いてあげたりすればよかった。

 お互い、もう少し違う生き方をしていれば、夫は長生きできたのではと後悔する。

 今度生まれ変わったら、夫と家族ともう一度、違う人生を生きてみるのもありかな、と思う。


 以上です。

>夫が亡くなっても正直、あまり悲しくなかった。
 むしろ、夫は奥さん孝行で、あまり私に世話をさせずに亡くなったと思った。

 女心はむつかしい。
 奥さん孝行のご主人だったら、ありがたいと思うのですが。😅

 パッキンの交換しなくちゃいけなくなって初めてご主人の良さに気付かれたんだ。

 ご主人の良さは亡くならないと分からないのかな?

 うちのかみさんは「一日でも私より早く死にたい」と言っています。

 残されて最後の後始末まで面倒を見なくちゃいけないのが嫌な様です。

 投稿者のご主人と違い、不器用で工具など使う作業は苦手でいつもかみさんにやらせています。

 もう面倒を見たくないという気持ちですかね。😅






ヴィレッジ・シンガーズ★バラ色の雲★
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当時はバナナ専門のお店がありました。

2021-12-01 02:48:52 | 日記
  中日新聞の「くらしの作文」に「バナナ」というタイトルで65歳の女性が投稿されていました。

 「はい、お駄賃」。

 母がニコッと笑って、私にバナナを一本くれた。

 私が小さかった頃、バナナはまだ高価だった。

 ある時、叔母が私を岐阜市の柳ヶ瀬に連れて行ってくれた。

 そこで新聞紙にくるんだバナナを一房買ってもらい、片手に持って叔母と町を歩いた。

 そこは威勢のいい掛け声が飛び交う活気のある町だった。
 
 田舎暮らしの私には、何もかも珍しく、夢見心地だった。

 ふと気付くと、私の手には新聞紙しか無かった。

 慌てて引き返したが、バナナはもうどこにも無かった。

 よほど悲しかったのか、今でもそのことをずっと覚えている。

 今、バナナはいくらでも買える。

 母も好きなので「これはばあちゃんのだよ」と渡しても、忘れて私にくれようとする。

 「ばあちゃんのだから、食べやあ」と返すと、少し寂しそうな顔をした。

 それから母は、だんだん笑わなくなり、言葉も出にくくなった。

 そんなある日、デイサービスから帰ってきた母が、バナナをくれた。

 何のお駄賃か分からないが、久しぶりの笑顔がうれしかった。

 「ありがとう」と受け取った。

 母には小さい頃の私が見えているのだろうか。

 そのバナナは甘く、おいしくて、涙が出た。

 以上です。


 いいお話ですね。

 昔のバナナは高かったですね。

 昔 子どもの頃 母とバナナを買いに行った事があります。

 八百屋さんではなく、バナナ屋さんへ。

 当時はバナナ専門のお店がありました。

 バナナだけを売っているのです。

 おじさんが出てきて地下室からバナナを一房持って来られたのを憶えています。

 いかにも美味しそうな台湾バナナでした。

 今はスーパーでバナナは安く買えますが、昔の台湾バナナの方が美味しかったように思います。






亜麻色の髪の乙女 ヴィレッジ・シンガーズ
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自分が稼いで家族を支えるのがどんなに大変かを痛感する日々だ。

2021-11-30 02:33:04 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「亡き父へ『お疲れさま』」というタイトルで、43歳の男性が投稿されていました。


 父は十三年前、肺がんで他界した。

 中小企業の営業マンで部長職だったが、脳梗塞で体を壊し定年まで数年残してリストラされたようで会社を去った。

 父の最後の出勤日、母から「『お疲れさま』と言ってあげてね」と頼まれたものの、大学生だった自分は声を掛けることができなかった。

 父はうつ病も発症し、いら立ちや悲壮感も加わって紫煙ばかりくゆらせる姿が痛々しかったこともあり、つい反発してしまったのだ。

 やがて自分も社会人になって二十年がたった今、4歳と1歳の息子二人の父親となり、亡き父の偉大さを少しは理解できるようになった。

 自分が稼いで家族を支えるのがどんなに大変かを痛感する日々だ。

 今なら天国の父には「お疲れさまでした」と言ってあげられる。

 新型コロナウィルスの感染が落ち着いたら北海道に帰省し墓前で伝えたいと思う。


 以上です。


 投稿者さんも4歳と1歳の息子二人の父親となり、亡き父の偉大さを少しは理解できるようになったようですね。

 稼ぐということは大変ですよね。

 たとえ困難な仕事でもやり遂げないと飯の食いあげです。
 頑張ってやり遂げる以外ないです。

 バイト先の先輩とバイト帰りに、コーヒーをよく飲みに行きました。

 先輩が「奥様にたとえ百円でも稼いで見よ」と言われたそうです。
 百円稼ぐのも大変ですよね。
 一度も外で働いた経験がない人には。

 朝 出勤姿の会社員を見ますと、大変な土砂降りでも出掛けられます。
 稼ぐために皆さん頑張っていらっしゃるんだと年金暮らしの私はそう思います。




薬師丸ひろ子LIVE 薬師丸ひろ子&平井堅 Woman 'Wの悲劇 2011
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昨日の午後 息子が結婚記念日のケーキを持って来てくれました。

2021-11-29 04:19:29 | 日記



 昨日の午後 息子が結婚記念日のケーキを持って来てくれました。

 私は下段のモンブランを夕食前にいただきました。

 前日 息子が購入した中古の住宅をかみさんと息子の家族と一緒に見に行きました。

 やはり中古ですので間取りなどは古いです。

 リフォーム中ですがしっかりした建物ですし、部屋数も孫たちに一人ずつ渡せるだけの数がありました。

 私はいっせんも援助していません。

 息子と嫁さんの努力の賜物ですね。

 息子はある程度貯金がありましたが、不動産屋さんは「貯金は使わずお子様たちの進学費用に回して、全てローンにした方が良いですよ」とのアドバイスをいただいたようです。

 ローンに全て回せば、住宅ローン減税を利用する際戻りが多いとのことでした。

 なるほど、素人の発想とは違いますね。

 私が出来なかった住宅購入を、息子は中古とはいえやり遂げました。

 住宅ローンを払うのは大変ですが、無理なローンは組んでいないのでなんとかなると思います。

 その際 息子に「新しいmacを買った」と言いました。

 息子宅のパソコンが壊れてしまったので、息子が古いmacをもらうということになりました。

 ということで、昨日息子が取りに来ました。

 息子に渡して私の机には新しいmacのみになり、机の上がすっきりしました。

 息子が「ちょっと遠い市街に有名なケーキ屋さんがあり、とても美味しいから今度持って来てあげる」行って帰りました。

 ちょっと楽しみです。☺️






幸せな結末  大滝詠一 我が心の大滝詠一
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