団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

息子の結婚式のビデオを見ていて、自分の頭頂部が禿げていると気付きました。

2023-01-31 00:18:22 | 日記
 中日新聞の日曜版「おじさん図鑑」に「頭髪の歳月」というタイトルで、飛島圭介さんがエッセイを書かれていました。


 何十年ぶりかで又従弟に会ったが、それが誰だか最初は分からなかった。

 おじさんより何歳か若いのに、頭髪が抜けきって人相が一変していたからだ。

 すぐに子ども時代に戻って「チャン付け」で久闊(きゅうかつ)を叙したのだが、どうしても頭に目がいってしまう。

 彼の過ごした歳月を思わずにはいられなかった。

 その後、今度は従妹と会う機会があった。

 彼女とは何年かぶりだった。

 親戚の誰彼が亡くなっただの、どうしているのだのと話しながら、ふと彼女がこう口にした。

 「しばらく会わないでいるうちに、さしものあなたもだいぶキテるわね」と人さし指で自分の頭頂部を指した。

 おじさんは「俺ももう年だから仕方ないさ」と余裕で笑ったが、内心ドキッとした。

 帰宅してすぐ合わせ鏡で己の頭の状態を点検して、まあ驚いた!

 まるでカッパのようにはげ散らかしているではないか。

 自分で自分の頭頂部は見えない。

 前頭部と側頭部は以前と同じだったので、油断していたのだ(油断しなくとも結果は同じにしろ)。

 人ごとではない。

 おじさんは己の過ごした歳月をこそ思わずにいられない。


 以上です。

>まるでカッパのようにはげ散らかしているではないか。

 息子の結婚式のビデオを見ていて、自分の頭頂部が禿げていると気付きました。

 それでも現役時代は何もしなかったのですが、会社を辞めてからは外出時は帽子を被るようになりました。

 今は坊主頭ですが、それでも外出時は帽子を被っています。

 






Bank Band with Salyu「to U」 from ap bank fes '10
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私は、さながら我が家の「サル」である。

2023-01-30 00:09:51 | 日記
 中日新聞の「くらしの作文」に「出世しないサル」というタイトルで、74歳の女性が投稿されていました。


 夫が帰ってきたと思ったら「お〜い、サルはいないの?」と呼ぶ声がする。

 「あ! 忘れていた」と返事する。

 サルとは、豊臣秀吉が織田信長に「サル」と呼ばれていたときのエピソードをもじったものだ。

 木下藤吉郎を名乗っていたが、サルとあだなされた秀吉は「草履取り」として信長に仕えた。

 ある冬の日、信長が素足で玄関から外へ出ようとしたとき、サルはすかさず、懐で温めていた信長の草履を土間に置いた。

 殿様に冷たい思いをさせていけないとの一心だった。

 その忠義心を高く買った信長は以後、サルに目をかけるようになった。

 このエピソードのように、我が家では冬になると家族の着替えの服を炬燵の中に入れて温めておく習慣がある。

 寒い外から帰ってきて着替えるとき、温められた服を着るのは嬉しいものだ。

 これは私が子ども時代から続く習慣だ。

 母が炬燵の中で温めておいてくれた服を着るときの、何とも言えない満ち足りた幸福感を忘れられないからだ。

 夫が帰宅する前に、着替えの服を温めておく。

 私は、さながら我が家の「サル」である。

 秀吉は草履を温めたおかげで出世したが、私は主婦業から一向に出世する見込みはない。

 以上です。


>ある冬の日、信長が素足で玄関から外へ出ようとしたとき、サルはすかさず、懐で温めていた信長の草履を土間に置いた。
 殿様に冷たい思いをさせていけないとの一心だった。
 その忠義心を高く買った信長は以後、サルに目をかけるようになった。

 ちょっと抜けていると思いました。

 草履が温かいので、信長はサルがあまりに寒いので草履の上にお尻を置いていたと思い、サルを叱った。

 サルが「あまりに寒いので懐で温めていました」と言ったことで、信長は感心してそれ以降目をかけるようになったと思います。

>このエピソードのように、我が家では冬になると家族の着替えの服を炬燵の中に入れて温めておく習慣がある。

 私も子ども時代、お袋が炬燵に下着類を温めていてくれました。

 冬 何もされていない下着を着るとひんやりしますが、炬燵で温まっていますのでほっこりしました。 

 今は炬燵がないので、着替えるときはエアコンをつけて着替えることが多いです。

>秀吉は草履を温めたおかげで出世したが、私は主婦業から一向に出世する見込みはない。

 この文章には笑えました。








「めぐり逢い紡いで」大塚博堂(菅野美穂)
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私も疲れると椅子に座り、ため息をつくことがあります。  座るときに「どっこいしょ」とは言いませんが。😁

2023-01-29 00:26:06 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「心ほぐす ため息の効用」というタイトルで、72歳の女性が投稿されていました。

 思えば五十代はよくため息をつきました。

 職場を後にするたび仕事での嫌な出来事がよぎっては「はー」と息を大きく吐き、上司から「ため息をつくと幸せが逃げるよ」と言われました。

 家でも無意識のうちにため息をしていたようでした。

 あるとき友人が「ため息は体にいいんだよ」と言っていました。

 聞けば長く息を吐こうとすることで深呼吸のように心と体をほぐす効果があるとか。

 そこで私は、子育てや人間関係で悩みが多かっただけに、ため息で自分の呼吸を整えようと考えました。

 新たに始めた子育て支援ボランティアでは仲間にも恵まれ、次第にため息は減っていき、心穏やかになったのが昨日のことのようです。

 以上です。


>職場を後にするたび仕事での嫌な出来事がよぎっては「はー」と息を大きく吐き、上司から「ため息をつくと幸せが逃げるよ」と言われました。

 自分の前でため息をつかれると嫌な気分になるので、このような「ため息をつくと幸せが逃げるよ」という話が生まれたそうです。

>あるとき友人が「ため息は体にいいんだよ」と言っていました。
 聞けば長く息を吐こうとすることで深呼吸のように心と体をほぐす効果があるとか。

 友人の言われたことが正しいです。
ネットにある病院の院長が
「実際に測定するとため息をつく前に低下していた血流はみるみる回復するそうです。しかも普通の深呼吸より効果があるようです。
 深呼吸とため息の違いは、呼気の長さです。深呼吸は吸う時間と吐く時間は同じ長さですが、ため息は吐くのに2倍の時間をかけ、腹式呼吸になりやすいのです。」

 深呼吸よりもため息の方が効果があるようです。
 自律神経を整えるようです。

 私も疲れると椅子に座り、ため息をつくことがあります。
 座るときに「どっこいしょ」とは言いませんが。😁
 やはり疲れが取れたような気がしますね。




「別涙(わかれ)」因幡晃(松嶋菜々子)
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御多分にもれず、兄さんは途中で手を離すので何度も転んだそうです。

2023-01-28 01:31:00 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「苦労した自転車の練習」というタイトルで、78歳の女性が投稿されていました。

 現在は自転車にも子ども用があって、うらやましい限りです。

 その昔、私が小学生のときは自転車のある家庭はとても珍しかったのです。

 米穀店を営むわが家には父の配達用として大きな荷台付の自転車がありました。

 私はずっと「乗りたい」と思ってきて、近くの空き地で近所の子どもと一緒に練習を始めました。

 サドルが高過ぎるため、自転車の横で片足だけをペダルに乗せ、もう片方の足で地面を蹴り、その勢いで素早くサドルにまたがるといった乗り方を何度も繰り返してきました。

 そして迎えた道路デビューの日。

 乗った直後にバランスを崩してしまい、道路脇の川に自転車もろとも落ちてしまいました。

 重い自転車を何とか引き上げ、両膝から血を流して帰宅すると、母は私の変わり果てた姿に驚きつつも、手当てをしてくれました。

 この傷痕は今も確認できます。

 苦い思い出です。


 以上です。


 私も小学生の1〜2年の頃 従兄弟が空き地へ連れて行ってくれて大人用の自転車で練習しました。

 私は怖がりなので、従兄弟が途中で手を離すと私は漕ぐのを止めてしまい、乗れるようになれませんでした。

 小学3年生の時、中学生用の自転車を親が買ってくれました。

 私の足が届いたので、この自転車で転ばずに乗れるようになりました。

 かみさんは兄さんに連れられて空き地で自転車の練習をしたそうです。

 御多分にもれず、兄さんは途中で手を離すので何度も転んだそうです。

 それでも何とか乗れるようになったようです。










20歳のめぐり逢い/SIGNAL
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「がん相談支援センター」という窓口があることをご存じない方が多いようです。

2023-01-27 01:08:01 | 日記
 中日新聞の連載



【がんがつなぐ足し算の縁】笠井信輔(28) 活用したい相談窓口  
2023年1月24日 
治療情報の宝庫 すぐにでも電話を

「私も行きました。一人で抱えていたものを吐き出し、大泣きし、そしてプロのアドバイスをもらって、スッキリし心が楽になりました」
 とてもすてきな経験談です。

 これは私の講演会に来てくださったがん経験者の方からのお便り。

 どこで「心が楽になった」のか? それは「がん相談支援センター」。

 全国453カ所のがん拠点病院の中にあり、がん患者でも、その家族でも、がんになっていない人でも、患者さんの友達でも、恋人でも、誰でも利用できます。

 自分の通っている病院以外の相談センターに聞いてもOK。

 電話して自分の名前を名乗らなくてもいいのです。

 がんになった人にとって重要なものは2つ。「お金」と「情報」です。

 そして、令和時代はますます「情報」が重要になってきています。

 病院によって治療結果に格差が生まれているので、「経験値の豊かな病院を選びたい」と誰もが思います。

 「治療法は手術? 抗がん剤? 放射線? どれを選べばいいのか?」「お金が足りない、どうすれば?」「セカンドオピニオンを受けたいが、どこに診てもらえばいいのかわからない」。がん患者やその家族の悩みはつきません。

 こうした相談になんでも乗ってくれるのが「がん相談支援センター」。

 「そんなつまらないこと聞かないでください」なんて絶対にいいません。

 私は、「笠井信輔のこんなの聞いてもいいですか」というがん啓発のユーチューブ番組に3年前から出演しています。

 その番組で相談員の方にお話を聞きました。

 意外と多い相談が「主治医とウマが合わない」「主治医の治療方針に委ねられない」という相談。

 医師も神ではないので、患者さんとうまくいかないこともあるんだそうです。

 自分の病院の先生の苦情なので、相談しにくい場合は、どこかよその病院の相談センターに電話してみるのもいいでしょう。

 しかし、意外と効果的なのは自分の病院の相談センターに相談することだとか。

 そうした先生は、苦情のような相談が複数寄せられていることがあるので、相談員が間に入って、問題解決の道筋をつけるなんてこともやるそうです。ほんとにありがたい窓口です。

 先日、とある大きな有名病院で偶然、「がん相談支援センター」を見つけたので訪ねると、すいているのになかなか対応してくださらない。するとやっと現れた相談員が「すみません。相談員私1人なんで」。驚きました。

 病床数は1000以上。1日の外来者数2000人規模の病院にがん相談支援センター相談員がたった1人! 

 以前は人数も多く、よい場所にあったのに規模縮小。実はこれ、この病院に限ったことではないそうです。

 認知度も低く、利用者が少なければ縮小されていくのが世の常です。

 しかし、無駄でも、無価値でもない。

 こんなに素晴らしい「無料」の相談窓口が全国にあることを知らない人が多すぎるのです。

 何か困ったり、不安に思ったりすることがあったら、すぐに電話してみてください。

次回は2月7日です。
 かさい・しんすけ 1963年生まれ。フジテレビのアナウンサーとして情報番組「とくダネ!」などを担当。フリーになった直後の2019年、血液のがん「悪性リンパ腫」のステージ4と診断された。現在は、がんが体から消える「完全寛解」の状態。59歳。

 以上です。

 前回も「「がん相談支援センター」の事が書かれていました。

 どうもあまり利用する方がいないようです。
 
「がん相談支援センター」という窓口があることをご存じない方が多いようです。








青春 松山千春
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