ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

べンチャーキャピタリストにお目にかかりました

2010年05月25日 | 汗をかく実務者
 先日、独立系ベンチャーキャピタルのベンチャーキャピタリストにお目にかかりました。ウォーターベイン・パートナーズ(東京都世田谷区)の代表取締役・パートナーズを務める黒石真史さんです。黒石さんはバイオテクノロジー系の大学発ベンチャー企業に対象を絞って投資し、その企業の経営がうまくいくように支援しています。



 黒石さんにお目にかかったのは、約7年ぶりでした。初めてお目にかかったのは2004年1月です。ウォータベインは、JR市ヶ谷駅から靖国神社方向に5分ほど歩いた新しいビルに入居されたばかりでした。引っ越し直後で、オフィスに真新し机が置かれ、段ボールがまだ開封されていない状態でした。ウォーターベインは約23億円の投資ファンドを2003年12月に組んだ直後で、その投資活動の拠点として新オフィスを構えたところだっのです。がらんとした新オフィスの中で、黒石さんは精力的に働いていました。

 お会いしてすぐに、タフなネゴシエーターとの印象を受けました。笑顔を絶やさず、好感度の印象を与えつつ、私の質問に言葉を選びながら分かりやすく答える姿の中に、難問を粘り強く解決する人物と感じたのです。

 当時は、日本のベンチャーキャピタルが大学発ベンチャー企業に盛んに投資していたころです。この「大学発ベンチャー企業」は日本独特の表現です。ベンチャー先進国の米国では、新規事業起こし・新産業振興を担うベンチャー企業の基となる事業シーズを大学から持ってきた場合でも、特に“大学発”という冠は付けません。ベンチャー企業はいろいろな所から事業シーズを持ち込み、それを事業に仕立てる所に意味があるからです。

 これに対して日本が“大学発”を付ける理由は以下のことからです。1990年代に“失われた10年”に入り、企業は事業利益を上げられず、産業振興が滞る時代を迎えました。新事業を起こし、新産業振興を図る新しい仕組みを考えた行政は、米国のベンチャー企業の隆盛に着目しました。そして、ベンチャー企業をつくる事業シーズの供給先として着目したのが日本の大学・大学院や公的研究機関だったのです(以下、「大学」は「大学・大学院」の一体を意味します)。

 日本の研究者の3人に1人は大学と公的研究機関で研究開発しています。日本の大学は社会に人材を供給する教育機関としての役目を果たしていました。これに対して、「研究」は研究を通して研究のやり方を学生に習得させる教育の一環と考えられてきました。優れた研究成果は学会などで発表して終わっていました。大学教員・研究者は学術的に高い評価を受けることを目指したものでした。

 当時でも、一部の独創的な研究成果は特許などになりましたが、その特許の権利は知り合いの企業に渡すことが多かったのです。日本では、研究成果から生まれた特許を誰が所有するのという課題はあまり関心が払われない情況が続いてきました。

 1990年代後半に経済産業省や文部科学省などは、大学・大学院の優れた研究成果を企業に技術移転する仕組みをつくり、新産業振興を図ろうとしました。新産業振興のタネを大学・大学院の研究成果から見い出そうと考えたのです。このために、大学・大学院の優れた研究成果を特許などの知的財産として権利化し確保する仕組みをつくりました(いろいろ問題があるのですが、ここではその議論を棚上げします)。この結果、経産省と文科省は1998年に大学等技術移転促進法(TLO法)をつくったのを受けて、有力大学はTLO(技術移転機関)を設立しました。この経産省と文科省の支援を受けるTLOは「承認TLO」と呼ばれています。

 大学・大学院の研究成果を特許などの「知的財産」に変換して技術移転することを始める一方、大学・大学院の独創的な研究成果を直接事業化するやり方として、大学発ベンチャー企業という仕組みも考案しました。この結果、有力大学は多くの大学発ベンチャー企業をつくりました。経産省が実施した平成20年度(2008年度)「大学発ベンチャーに関する基礎調査」実施報告書によると、大学発ベンチャー企業は平成21年2月の調査時点で1809社が活動中と報告されています。設立された累計数は2121社にも達したそうです。

 大学発ベンチャー企業は優れた研究成果を基に新しい製品・サービスを実用化し、新規事業を起こそうとします。大学教員・研究者は研究のプロですが、事業のプロではありません。このため、事業の仕組みを開発できる人材を経営人に加えます。大学の教員・研究者は本来、研究者のネットワークは持っていますが、経営人材のネットワークは一般的には持っていません。こうした場合に、その教員や研究者の研究成果に新規事業の可能性を感じたベンチャーキャピタリストは経営人材の紹介などを図ります。場合によっては、自分が投資先の大学発ベンチャー企業の取締役に就任し、事業企画や事業運営、財務などを支援します。ウオーターベインの黒石さんも投資先の2、3社の取締役を務めているとのことです。

 黒石さんは仲間3人のパートナーとウォーターベインの経営チームを組んでいます。3人のパートナーもそれぞれ最初は大手企業や大学などに就職され、その仕事を通して実務を学んだ後に、転職を経てベンチャー企業への投資業務の実務者になっています。黒石さんがベンチャーキャピタリストになった直接的なきっかけは、米国のニューヨーク大学大学院の経済学修士(MBA)のコースに入学し、インキュベーションの講義を受けたことだとのことです。ベンチャー企業の経営者が教員を務める、その授業は新規事業起こしの仕事内容を具体的に教えるものだったそうです。

 新規事業起こしの面白さに目覚めた黒石さんは、コンピュータシステム開発会社大手のCSK(現・CSKホールディングス)がベンチャーキャピタルを創設することを偶然知り、参加したいと考えたそうです。1996年12月に黒石氏は転職してCSKベンチャーキャピタルに入社し、取締役・産学インキュベーション室長に就任しました。同社はバイオテクノロジー系の大学発ベンチャー企業数社に投資しました。ここで実績を上げ、黒石さんの実力が業界に知れ渡りました。

 当時の多くのベンチャーキャピタルはバイオテクノロジー系の大学発ベンチャー企業に投資ししました。バイオテクノロジー分野は大学の研究成果から生まれた特許などの知的財産が強みを発揮する分野だったからです。黒石さんは、大学発ベンチャー企業をしっかり育成するには、投資先の大学発ベンチャー企業と長く付き合い、新規事業をうまくつくれるように、しっかり議論したそうです。その場合に、お互いに信頼感を持つように務めたようです。

 大学発ベンチャー企業と長く付き合いには、「意志決定が迅速にできる独立系ベンチャーキャピタルの方が継続的な投資ができる」と考えた黒石さんは、独立系ベンチャーキャピタルとして、ウォーターベイン・パートナーズを仲間3人と創業します。2002年9月のことです。

 ここまでの黒石さんの行動を考えると、自分がやりたいと思ったことを実現し続けています。自分の生きたい人生設計通りに節目ごとに決断し、実行しています。この点で、努力し続けるタフなネゴシエーターであることが分かります。その実現のためによく考え、多くの汗をかき、何とか解決策を見い出します。このことは、難問が次ぎ次ぐと出てくるベンチャー企業の経営に通じるものがあると思います。

 5月14日午前に黒石さんにお時間をいただき、インタビューした最後に、「元の大手企業にいた方が生涯賃金は多かったのでは」と意地悪な質問をすると、「生涯賃金はその方が多かった可能性はあるが、自分の人生はやりたいことをする方が楽しい」と言葉を選んで答えてくれました。1回きりの人生は楽しくやりたいことをするのに限るとお答えになった気がします。ベンチャーキャピタリストほど楽しい商売はないともお答えになった気がしました。

 ここ数年は多くのベンチャーキャピタルが大学発ベンチャー企業に投資過ぎたと考え、その反動で投資額を少なくしているといわれています。こうした時こそ、独立系ベンチャーキャピタルは長期的な視点で、投資を継続的に実施し、大学発ベンチャー企業を育成し、新規事業を成功に導いてをいただきたいと考えています。苦しい時こそ、知恵を絞り、解決策を見い出してほしいと思います。明るい気持ちで、困難に立ち向かうイノベーター(起業家)がこれからの日本を救います。そのためには、イノベーターのネットワークを適時強化し、人的な“新結合”による突破口をつくることが重要と考えています。


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1 コメント

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電子書籍流通のパピルスがIPO (JAFCOウオッチャー)
2010-12-23 21:23:24
最近話題を集めている電子書籍を流通させる事業を手掛けているパピレスは、2010年6月に大阪証券取引所(JASDAQ市場)に株式を上場するIPOをしました。同社に事業資金を投資したのは、ベンチャーキャピタル(VC)大手のJAFCOです。
創業者の天谷幹夫氏が、富士通の社外ベンチャー制度(社員の起業を支援する制度)を利用し、平成7年3月に、ネットワークによる電子書籍販売を事業とする株式会社フジオンラインシステムを設立しました。その後、株式会社パピレスに商号を変更しました。同社が、IPOに成功した縁の下の力持ちはVCのJAFCOです。
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