昨日、米国トップ大学への入学を拒否されたアジア人が訴訟を起こすケースが出てきていると書いたのですが、
もう少し詳しく、まとめてみます!
「The model minority is losing patience(模範的なマイノリティーが我慢できなくなってきている)」というエコノミストの記事を参考に。
「完璧な学業成績や業績」を持つアジア人がトップ大学を不合格になった事例
例えば、この記事にあるカリフォルニア州のマイケル・ワングさんの事例。高校の成績1002人中2番、ACT36(最高点)、オバマ大統領就任式で歌い、ピアノコンテスト全米3位、全米数学競技会トップ150位内、いくつかのディベート競技会のファイナリスト、といった「輝かしい業績」にもかかわらず、アイビーリーグ大学7校の内6校を不合格になったといいます。
これでダメなら一体誰が入学できるの?といった業績ですよね。
こうして「完璧な業績」を持ちながら、大学不合格となったワングさんのようなアジア人家族が団結し、大学相手に「人種差別」として訴訟を起こしているわけです。
訴訟への大学側の説明
大学側がこうした訴訟問題への説明として用いるのが、「入学審査は、『ホーリスティック』な見方に基づいています」というもの。「人種」は、考慮される「様々な要素の中のひとつ」であり、スポーツなどの課外活動、コミュニティーへの貢献、貧困や困難の克服など、志願者個々人を様々な面から審査していると。
例えば、「教育省市民権オフィス(The Education Department's Office for Civil Rights)」により「入学審査に人種差別はなかった」と結論付けられたプリンストン大学の事例を見てみますと、
2010年の入学申請者の内、人種に関わらず、クラスで成績トップ(valedictorians)の学生の82パーセント、そしてSAT満点(2400)の学生の50パーセントを不合格にしたとのこと。逆に、成績やSATスコアなどが低めであっても、スポーツや課外活動での活躍、貧困環境を克服して学業に励んだなどの学習背景持つアジア人学生の入学が許可されていると。
つまり、アジア人であっても、他の人種の学生同様に、様々な面を考慮に入れ審査されているということですね。
大学側の言う「ホーリスティックな審査」に含まれるもの
この「様々な面を考慮に入れ審査しています」というのは、私立大学では、「親か祖父母がその大学の卒業生」だったり、「多額の寄付金を出せる」といったことも、入学枠として確保されています。つまりアカデミックがちんぷんかんだろうと、親族が新しい校舎を建てられるくらいお金があるならば、子息は入学許可されるわけです。そして、これらのほとんどが白人。
「不公平」というか、私立ですしあくまでも「大学側の主観というか都合」が優先されるわけですね。
また、一定の「アフリカンアメリカン」「ヒスパニック」枠も考慮されています(affirmative action)(アフリカンアメリカンとヒスパニックの場合、この枠があることで入学率が上がるけれど、アジア人の場合「モデル少数者」と呼ばれるように全人口に占めるハイアチーバー率が高いため、枠組みがない方がむしろ有利)。
ということで、アカデミックに秀でたアジア人の子に残されたスポットは少ない、ということになっているのですね。
アジア人の学生はSATのスコアで140ポイント以上、他の人種の学生より高い点を取らないと、周りと同じ地点に立てない、というような数値も巷に出回っています。ハイアチーバーぞろいのアジア人内で熾烈な競争が必要になってしまうんですね。
では、人種を考慮しないとどうなるか?
カリフォルニア州では、人種を入学審査に考慮することを禁じています。
するとどうなるかというと、この記事の中のグラフ、とても分かりやすいんですが、カリフォルニア州にある全米トップ大学のひとつ「カルテック」では、学生の半数近く!をアジア人が占めているんですね。
一方、アイビーリーグのグラフを見ると、全人口に占めるアジア人人口がめきめきと増えている中でも、アジア人入学許可人数は過去23年間、横ばい。
なぜアジア人は学業面に秀でている?
では、なぜアジア人は学業成績に秀でているか?というと、昨日も少し書いたのですが、周りを見ても明らかなように、アジア人の子は周りが遊んでいる間も、こつこつと勤勉に机に向かっているということのようです。
こんな調査結果もあります:ニューヨーク市大学のAmy Hsin氏と、ミシガン大学のYu Xie氏が、6000人の白人とアジア人の子供を調査したところ、アジア人の子は白人の子より生まれつき賢いわけでもないと結論付けています。では何が違うかというと、「勤勉さ(hardwork)」とのこと。白人の子とアジア人の子との間では、学校生活を送るにつれ、「努力の差」が増していくと。
そしてそれぞれの子にインタビューしてみると、アジア人の子は、数学の能力とは生まれつきのものではなく「学習されるもの」と信じていて、親も子供に白人の親よりも高い期待を寄せる、とあります。
確かに、多くのアジア人以外のアメリカン人は、より「生まれ持った才能」というような考え方をしがちですね。「ギフテッド」というコンセプトもそうですね。アジア人の方々は、ギフテッドプログラムに子供を入れるために「努力」するわけです。それでも、こちらの方々は、「能力は生まれつき」だからと手をかけないことの方が多い。
私自身は、まあ当たり前ですが、能力は生まれつきのものと環境とが絡み合って伸びていく、と思っています。
ネットワークのトップに食い込めていないアジア人
こうして学業的に明らかに優れた成果をあげているアジア人、それでもビジネス界や政界や法曹界のトップに占める人口は少ないとされています。国を中枢から動かすネットワークに、アジア人は、食い込めていない状況というんですね。
「bamboo ceiling(竹の天井)」と呼ばれる現象だそうです。専門家(27%)、マネージャー(19%)、社長(14%)と地位が上になるにつれ、アジア人人口が減っていく。
法曹界でのトップファームのリクルーターも、まずはトップ大学でのスポーツなどの課外活動をを見るといいます。そうなると、アジア人はなかなか目に留まらないとのこと。
アカデミック界でも、アジア人の教授はたくさんいるわけですが、米国の3000の大学を見ると、学長になっているのは10人以下。
議会(113th congress)でも、アジア人が占めるのは2.4%だそうです。
ネットワークに食い込めないのはアジア人としての性質や文化背景も大きい?
「何かがアジア人をシャイにしている」
「エンジニアはnerd(オタク)が多いわけだけれど、そう自覚するグループの中でも、アジア人はもっとnerd」
「謙虚であるよう育てられてきたんです。静かに、波を立てず、チームの一員であるよう教えられてきました。それでも、ビジネス界では、警笛を鳴らし音を立てることを学ばなければならない。」
「議論するな。権威に矛盾してはならない。そういった儒教的な自然の秩序を学んできた」
などなど、前線で活躍する著名なアジア人の声。
とてもよく分かります。こちら、「大きな声出したもの勝ち」的な風潮がありますから。
各界のリーダー層を占めるトップ大学卒業者
こうした文化的な背景と共に、各界のリーダー層を占めるのがトップ大学卒業者であるため、トップ大学への入学が拒否されるようならば、ますます、アジア人がネットワークに食い込むのが難しくなってしまうと危惧する声も。
過去、ユダヤ人とアイビーリーグ大学について調べたJerome Karabel’s氏によると、「アイビーリーグがユダヤ人への差別を止めたときに、ユダヤ人は政治的な力を得るようになった」とのこと。
記事の最後には、有望なアジア人学生が大学を不合格になるといった事象により、アジア人に火がつき、政治的によりはっきりと主張するようになるかもしれない、とあります。
思うに
こう書いてきてもホント、「アジア人」と一言でいっても、内側にいる私たちとしては、いかに「多様」かを思いますね。アジア人の中にも、「ステレオタイプ」からはずれた能力って、たくさんありますから。
一般的なアジア人の特徴とされる「勤勉さ」を生かしつつ、オタクを極め、細やかでありつつ、それらの良さを架け橋として繋げられる人材、創造性や大胆さ、外交術や政治力に秀でた人材も養成していく。そうして互いの得手不得手を理解しつつ、多様な才能を合わせられたら。
これから世界という舞台で日本が立ち回っていくためにも、皆が皆、机に向かっていい点をとることを目指すというシステムから、今後、ひとりひとりの特性をより伸ばしていくような「多様な学習」のあり方を実現する必要がますます高まる、そうひしひしと感じています。多様な力を伸ばすシステムが、充実していくことを願っています!
改めて、まとめていきたいです!
*アイビーリーグなどの私立大学は何千万もの学費が必要になるのだから、経済的に可能な一部の学生しか行けないのでは?という質問がありました。
こうしたトップの私立大学はほとんどの場合、親の収入により学費が免除されます。確か、親の年収が一千万円以下ならば、学費が無料になるはずです。個々の大学によって違いもあるでしょうし、どうぞ詳細を調べてみてください!