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Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

あーと。→酔いどれで、イク。 ~自分を構成する「あらゆるヒト・モノ・コト」vol.15~

2012-03-16 12:42:04 | コラム
ユニクロから、デヴィッド・リンチの映画作品をイメージしたTシャツが発売されて驚いた。

少し前にはジム・ジャームッシュの映画作品をイメージしたTシャツも発表されており、映画の流れは「充分あり得る」ことだが、
リンチがくるとは予想外。早速、2枚ほど購入した。

「それだけ」が目的だったはずなのに、思わずウォーホールTシャツのバナナも手に取っちまったい。


あらゆる絵画(といっていいのか、どうか)のなかで最も好きなのが、
ベルベット・アンダーグラウンドのジャケットとして知られる、アンディ・ウォーホールによるバナナなのだった。

雑誌『芸術新潮』だったか、かなり前にウォーホールの特集を企画したことがあった。
そのタイトルが「ウォーホールさん、缶を並べて、なぜアートなのですか」だったと思う。

ほんとうに、そうだ。

ウォーホールの絵画に、完全なるオリジナルはない。有名人や有名商品を、シルクスクリーン上で表現する。
ただそれだけ。それだけなのに、すごくいい。
ポップアートとはよくいったもので、ポップ全開、生活の一部として身近に置きたくなる。だからポスターもTシャツも購入した。

アートを身近にした―たぶんこれが、ウォーホール最大の功績なんじゃないか。


それ以前の、身近とはいえないが、好きな絵画、、、というか画家。
といったら、レンブラントとロートレックを挙げる。
方向性は真逆といっていいが、どちらも映画と縁の深い画家である。

光と影の画家、レンブラントの作風は映画の照明技法に多大な影響を与えた。レンブラント・ライトという照明スタイルが編み出されたほどである。
なかでも日本にもやってきた『横顔のサスキア』(トップ画像)は、ずっと観続けていられるほど好き。
サスキアとはレンブラントの妻であり、なんというか、隅々にまで愛を感じる作品じゃないか。

ロートレックは映画のキャラクターとして何度も登場しているが、変化球の起用が『巴里のアメリカ人』(51)だろう。
この作品では、ロートレックの作品たちが、ガーシュインの名曲に乗って踊りだすのだった。


映画の見巧者であると豪語しているが、絵画と写真に関しては「ド」シロートであり、自分の直感を頼るほかない。だから「なにがいいの?」と問われても、「なんか、いいんだ」としか返せない。
でも音楽と同様、それでいいんだと思う。
極めたい―という強い思いがあるゆえ、理屈までついてきてしまう映画よりも、絵画や写真、音楽の好みのほうが「素の自分」が出ているのではないか、、、そんな風に思うことだってある。


現代で注目するアーティストは、二組。
去年の騒動? で話題をさらった「チンポム」と、

「勝負Tシャツは、ここで買う」と決めているTシャツ屋さん「ビンセント・ベガ」

トラビスやタランティーノ映画のキャラクターなどを「安くない感じ」でイラスト化してくれる、イカすデザイナーなのだ。


小学生時代、ちょっとだけ漫画家に憧れ『キャプテン隼』なんていう漫画もどきを描いたこともあった・・・が、ゴールの網やサッカーボールの模様を描き切る気力も体力もなく、さっさと諦めた。
デジカメのおかげで写真を撮ることは日常になったが、構図、光と影の重要性など考えもせずにシャッターを押している。
つまりセンスがないわけで、創りだすのではなく、創られたものを集めることに情熱を注ぐようになる。
その一例がTシャツ集めであり、縁遠かったアートは、こうして身近なものになった。

うん、やっぱりウォーホールは正しいことをやってのけたのだ。






つづく。

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明日のコラムは・・・

『酔いどれで、イク。→あし足アシ脚 ~自分を構成する「あらゆるヒト・モノ・コト」vol.16~』


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音、学。→あーと。 ~自分を構成する「あらゆるヒト・モノ・コト」vol.14~

2012-03-15 00:20:00 | コラム
去年引退したボクサー、内藤大助の入場を初めて目にしたとき、
不意を突かれたというか、
もっと本音をいえば「マジか!?」と思ったものだった。

だってC-C-Bなんだもの。
いや自分だって好きだったよ、レコード持ってたし。

明らかに音痴なドラムまで歌いだすという素敵なバンドだったが、
これから殴りあうひとが聴く曲ではない・・・と誰もが思うはず、しかし内藤だけはちがった。
「元気が出る」のだという、なるほど、その点では誤りともいえない。

そんな自分だって、内藤を笑えるような「ハイ」センスの持ち主というわけではない。

「もしプロ格闘家だったら、入場曲をなににする?」
という質問には、東京事変の『閃光少女』と即答する。

瞬時に関節技・絞め技を極める―という目標があって「閃光」が相応しいと思っているのだが、
少女を歌った曲を、きったねーザーメン野郎が選んじゃダメでしょう。林檎ちゃん、ごめんなさい。

少しでも格闘技に興味がある男子には、この質問(=入場曲をなににするか)を投げかけることにしている。
その結果、最も多く票を集めたのは、なんと『残酷な天使のテーゼ』だった。
なるほど、世代でしょう。


センスのある映画監督は、大抵「耳がいい」といったのは、井上ひさし。
確かにそうで、スコセッシやキューブリック、フィンチャーにタランティーノ・・・みんな、内藤とはちがった意味で「えっ」と思わせるオドロキの選曲をやってのける。

そういう意味では自分、いい映画監督になれそうもない。
自分が選んだ曲がダメダメという意味ではなく、その一貫性のなさが末期症状、、、ということである。


最初に買ったレコードは、おニャン子クラブのファーストアルバムだった。
現在では恥ずかしげもなくザーメン臭がすることを誇って? はいるものの、自分にだって思春期はあり、

「先生、授業が始まっちゃうからダメよ」

なんていう歌詞を女子大生が歌う曲を、台所で夕食を作る「かーちゃん」に聴かれるのは恥ずかしかった。

現在のAKB現象を批判的に見る向きのなかに「その軽薄さ」を挙げるひとが居るが、おニャン子に比べれば歌唱力があるし、曲も基本的には前向きソングだ。
「下着で歌わせるPV」にナンヤカンヤいうひとに対しては、「真ん中もっこり、夕焼けニャンニャン!」といわせていた当時のテレビ番組を突きつけてやりたい。

おニャン子の次が、斉藤由貴と中森明菜。
由貴の太目の足首や明菜の暗いエロスに発情しつつ、ちゃんと曲そのものにも感情移入するようになる。だから真の意味で「音楽との出会い」となると、このふたりを挙げるのが正しいのだろう。

そんなJアイドル? Jソング? 漬けだった中学生の自分が洋楽ロックを聴き始めるのは、映画の影響によるものだった。

ザ・ローリング・ストーンズ
ドアーズ
R.E.M
マドンナ
トーキングヘッズ
セックスピストルズ

「ズ」が多いが、半分以上はスコセッシ映画の受け売りといっていい趣味性となっている。

というわけで現在でも、映画から新しい音楽を発見する―という流れが基本である。


現在までに「いちどでも」ライヴに行ったことのあるアーティストは・・・


おニャン子クラブ
中森明菜

マイケル・ナイマン(オーケストラ)
村治佳織(ギター)
キャンディ・ダルファー(サックス)
吉田恭子(ヴァイオリン)

Perfume
ウルフルズ
ザ・イエローモンキー
椎名林檎、あるいは東京事変

ナイン・インチ・ネイルズ

ザ・ローリング・ストーンズ
マドンナ
ビョーク

・・・・・となるか。


アイドルから洋楽ロック、クラシックまで。
繰り返すが一貫性はまったくない、ないが、いいものはいい―ということなのだと思う。

そのなかでインストゥメンタルではない、つまり「歌詞あり」で5曲を挙げるとすれば、こうなる。


(5)『モルヒネ』(椎名林檎)

♪ あたしの脳のなかで、麻薬物質が、
とめどなく とめどなく、ながれゆき ♪ だよ、たまらない。

(4)『マイ・ウェイ』(シド・ビシャス版)

(3)『借金大王』(ウルフルズ)

多重債務者だったころ、自己紹介としてカラオケで歌った。

(2)『悲しみよこんにちは』(斉藤由貴)


1位は、ぶっちぎりで、これだ。






つづく。

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文、学。→音、学。 ~自分を構成する「あらゆるヒト・モノ・コト」vol.13~

2012-03-14 00:43:23 | コラム
「二人で、夜上野を抜けて谷中へ下りる時だった。雨上がりで谷中の下は道が悪かった。博物館の前から話し続けて、あの橋の所まで来た時、君は僕のために泣いてくれた。(中略)君はなんだって、あの時僕のために泣いてくれたのだ。なんだって、僕のために三千代を周旋しようとちかったのだ。今日のようなことを引き起こすくらいなら、なぜあの時、ふんと言ったなり放っておいてくれなかったのだ」

…………………………………………

こんなツラを晒している? クセして、夏目漱石が好きだ。
すべての作家のなかで、最も敬愛している。信奉している。

ゆえに、紙幣のなかでも最も千円札を愛し、使用している・・・というのはちがうか、単に一葉や諭吉を持てぬ身分? であるというだけかもしれない。


自分の故郷は群馬の館林市。
毎年の7~8月、熊谷あたりと最高気温を競う「とことん」暑い地である。

実家は平屋で、近所と比すと、土地も家そのものも小さいほうだったと思う。
そんな小さな家の「とーちゃん」の小さな小さな部屋には、不釣合いなほど書物が置かれていた。書棚に並ぶというより、床に積み重ねられている感じ。

美保純のカレンダーが掛けられていた「とーちゃん」の部屋に忍び込んだ少年期の自分、目当ては『週刊宝石』などのヌードグラビアであったが、
「そこ」に辿り着くためには、数々の書物を「どかさなければ」ならなかった。
そうして手に取った書物のなかに、漱石の作品群があったわけ。

きっちりヌードグラビアを「盗み」つつ、漱石全集もまるごと「盗んで」やった。
教科書に載っている「超」有名作の全文はもちろん、随筆まで読み込む日々。

冒頭に引用したのは『それから』で、自分を「書く」世界へと導いたバイブルのような作品である。

代助と三千代、三千代の夫・平岡―簡単にいえば不倫、昔でいう姦通の物語だが、これほど切なくなる物語をほかに知らない。

高等遊民を気取っていた代助が、三千代との暮らしのために生まれて初めて働こうとする。そこで物語は終わるが、読者の誰もがふたりの将来に光が射さないことを知っている。
代助がきっちり労働出来るように思えないし、身体の悪い三千代は「すぐにでも」死んでしまいそう、、、だから。

10度以上読んだ『それから』―自分がモノカキを目指したのは、この小説を映画化してみたい、そう思ったから。
すでに天才モリタが映像化しているし、しかも驚くべきごとに成功作とはなっているが、自分ならこう描く、、、というビジョンがはっきりと頭のなかに浮かんでいたのである。
それを文字にするためには、映画の脚本の書きかたを学ばなければ―こうして、モノを書き始めた。

だがすぐに、自分の文章力の低さに眩暈を覚えるようになる。
こりゃいかん、書くことを継続させながら、いろんな書物に触れなくては・・・「とーちゃん」のコレクションは純文学から大衆文学、世界の名作までオールジャンルを網羅していたが、なぜだか純文学に魅了され、とくに川端康成や三島、そして中島敦を熱心に読み込むようになった。


現在、物語を中心にモノを読むことは少なくなった。
話題作や芥川・直木・谷崎賞を取った作品くらいは注目しているが、ノンフィクションやルポルタージュ、批評ばかりを読んでいる。
影響を受け易い人間だから、敢えて避けている、、、ところがあるのかもしれない。


けれども。

『それから』だけは特別な作品で、新作を読むことに疲れる? と、必ず手に取ってしまう。
というか、『それから』の文庫を何冊買ったか覚えていない。少なめに数えたとしても、15冊以上は買っている。
部屋を見回すと角川や新潮版の『それから』が4冊ほど確認出来るし、なにかというと、ひとに贈るからである。

自分にとって、『タクシードライバー』(76)と同じ効用? があるのかもしれない。


映画ではスコセッシと黒澤、
文学では漱石、
では、音楽となると誰を挙げるだろうか―。

…………………………………………

―たちまち赤い郵便筒が目についた。するとその赤い色がたちまち代助の頭の中に飛び込んで、くるくると回転しはじめた。傘屋の看板に、赤い蝙蝠傘を四つ重ねて高くつるしてあった。傘の色が、また代助の頭に飛び込んで、くるくると渦をまいた。四つ角に、大きい真っ赤な風船玉を売っているものがあった。電車が急に角を曲がるとき、風船玉は追っかけて来て、代助の頭に飛びついた。小包郵便を載せた赤い車がはっと電車とすれちがうとき、また代助の頭の中に吸い込まれた。煙草屋の暖簾が赤かった。電柱が赤かった。赤ペンキの看板がそれから、それへと続いた。しまいには世の中が真っ赤になった。そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりと炎の息を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼けつけるまで電車に乗って行こうと決心した。

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※『夢十夜』であれば、やはり第一夜が最もインパクトがある。






つづく。

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男も女もハダカ→文、学。 ~自分を構成する「あらゆるヒト・モノ・コト」vol.12~

2012-03-13 02:15:00 | コラム
肥満児だったから、柔の道へ―あきらかに間違った選択だが、中学入学の日、“ただ校内を歩いていただけ”なのに先輩から、

「柔道やるために生まれてきたような身体だよ、ぜひ」

と勧められ、断る理由もないので入部したのだった。

しかしそのころは、格闘技そのものに興味がなかった。
小学生時代は、全盛期を迎えていたプロレスに夢中にはなった―スタン・ハンセン! ロード・ウォーリアーズ!!―が、
ガチンコ勝負、しかもそれを自分が、、、などとはとてもじゃないが考えられなかった・・・のに。

当然、そんな肥満児が強くなるわけもない。
受け身までは必死になって練習したが、映画に夢中になっていたころだから「早く終われ、早く終われ」と願い祈りつづけた毎日の部活動だった。

そんな自分が、なぜマッチョ主義? に??


格闘技に熱狂していく過程は、二段階に分けられる。

第一次成長期? が、16歳のころ。
ボクサー、マイク・タイソンの出現による。

リングに上がらなかったら傷害事件ばかり起こしそうな(というか、実際に起こしまくりだった)ヤンチャくんの、圧倒的な強さ。
痺れた。憧れた。

そして第二次成長期が、18歳のときに訪れる。

新聞奨学生をやっていた自分、朝刊配達中に酔っ払いのキチガイあんちゃんにからまれ、200部くらい新聞が積まれた自転車を蹴り倒され、自身も胸のあたりを「どつかれた」のである。
しかし怖くて、なにも出来なかった。
その一部始終を、ちょっと好いていたマクドナルドの女子店員に目撃された。
早番? の彼女が出入り口を掃除しているその数メートル先で、コトが起こったからである。

やり返せなかったこと―そのものよりも、彼女の視線が堪えた。
そうして、強くなりたいと思った。
時代は総合格闘技PRIDEと、立ち技格闘技K-1の全盛期。
その波に乗って? 道場に通いだしたのだった。

その結果、こんな感じになった。


というわけで。
今宵は、自分のこころを動かした格闘技の試合を3つ挙げてみたい。
最も好きなのが総合格闘技(世界基準では、MMAという)だから、自然とこういう結果になる。

3つ目はリアルタイムで観たわけではない、、、って当然か、これは自分の生まれた年に「誕生」した伝説の試合だが、いま観ても興奮するので敢えてチョイスしておいた。


(1)アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ VS ミルコ・クロコップ(2003、11.09 PRIDE GRANDPRIX 2003)

2R 1:45、腕ひしぎ十字固めでノゲイラ勝利。
世紀の大逆転劇。この場に居た幸福を、いまでも思う。

(2)桜庭和志 VS ホイス・グレイシー(2000、05.01 PRIDE GRANDPRIX 2000)

6R終了時、セコンドからのタオル投入により桜庭の勝利。
ヒーロー誕生、その瞬間の歓喜!

(3)モハメド・アリ VS ジョージ・フォアマン(74、10.30 ボクシング)

いわゆる、キンシャサの奇跡。
パワーで圧倒するフォアマンの頭に血を上らせるため、ラウンド中、罵倒を繰り返すアリ。
やたらめったら打ちまくるフォアマンが疲れた8ラウンド、アリの逆襲でKO勝利。


道場の練習で知り合ったプロ格闘家が、ひとり居る。
現在は引退し、作家・解説者・ミュージシャンとして活躍する須藤元気である。

彼は格闘家のなかではたいへん珍しい読書家で、そーとー本を読んでいる。

少し苦しい繋げかたではあるが、
明日は、自分と文学について。






※そういえば行方不明だったK-1王者、ブアカーオ・ポー.プラムック(タイ)が見つかった。

事件に巻き込まれたのではなく、
「2009年ごろからずっと怪我があって休みたかった」ということ。

とりあえず、えがった。
ゆっくり休んでね。


つづく。

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「疼かせる」女人たち→男も女もハダカ ~自分を構成する「あらゆるヒト・モノ・コト」vol.11~

2012-03-12 13:25:30 | コラム
異性の友人に魅かれる・・・ではなく、「確実に」引かれるのは、
その昔、卒業アルバムの部活動紹介のページをネタにして、同級生で自慰をやっていたこと。

ソフトボールのユニフォームを着ているKちゃんとか、バスケットボールのユニフォームを着ているMちゃんとかが、その被害者である。

あぁそうだよ、その程度の? 男だよ自分は。

映画『ザ・コミットメンツ』(91)で、セクシーな衣装を着てステージに上がったコーラス美女たちは、

「明日から、あたしたちはコキネタになるのかもね」

と笑っていたが、そういう風に名誉なことだと思ってほしいんだけれどもね、勝手な男子の意見をいってしまえば。


というわけで。
夢中になり、なおかつ自慰ネタにも「使用させていただいた」著名人を、なんとなくジャンル別に、なんとなく年齢別に(つまり厳密には分けられていない)挙げてみる。

アイドルだけじゃない、
本業はアーティスト・アスリートと呼ばれる非グラビア系のひとも多く含まれ、本人にとっては辱め以外のナニモノでもないが、キチガイの恥さらしな文章だと思って軽蔑してくれれば、それでいい。
ただイイワケのようになるが・・・
もちろん、本業のほうも「しっかり」触れている、、、はず。


~10代なかごろ~
中森明菜
斉藤由貴
高井麻巳子(おニャン子クラブ)
姫乃樹リカ
森高千里
田村英理子
グロリア・イップ(香港の女優)

~10代後半、20代前半~
奥菜恵
ビビアン・スー
八木亜希子
裕木奈江
一色紗英
中井美穂
河野景子
酒井法子
秋沢淳子
中嶋朋子

~20代、30代前半~
吉岡美穂
小松彩夏
井川遥
小倉優子
前田亜季
インリン・オブ・ジョイトイ
高島彩
小野真弓
上原多香子(SPEED)
石川梨華(元モー娘。)
フェイレイ
小島聖
エレーナ・リアシェンコ(フィギュアスケート)
上村愛子
綿矢りさ(作家)

~ここ最近~
樫野有香(Perfume)
フォンチー(元アイドリング)
高橋愛(元モー娘。)
秋山莉奈
柏木由紀(AKB)
小嶋陽菜(AKB)
北乃きい
新垣結衣
中川翔子
吹石一恵
RENA(格闘技)
田中理恵(体操)
潮田玲子(バドミントン)

あと最近、ゴルフの斉藤愛璃も気になっている。


以下は、夢中になったAV女優。
少なくとも彼女らは、建前では「ネタに使ってもらえて、うれしい」といってくれる。


朝岡実嶺
井上詩織
涼木もも香
吉井愛美
舞田奈美
沢口あすか
西条加奈
つぼみ
朝美ほのか
やまぐちりこ


男も女も、ハダカがいちばん。
とはいっても、男のハダカを愛でる嗜好は持ち合わせていない。

格闘技の話である。

映画小僧のアイドル狂は、格闘技マニアでもあったのである。






つづく。

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