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末期高齢者になってしまった老人の日記

我が家の花の写真を中心に、日々の暮らしの中で起きたこと等を書かせていただきます。

庄内5つの紅葉巡り その3 荒川峡と玉川渓谷までの途中の景色

2015-11-11 13:04:40 | 困った事
荒川峡


荒川峡標識

新潟県・岩船郡関川村から山形県小国町までのにある荒川峡は、

約20kmの峡谷で、峡谷沿いを走る国道113号は「荒川峡もみじライン」と呼ばれている紅葉の名所です。

渓谷と紅葉

荒川渓谷と紅葉

荒川渓谷と紅葉

そして一番の見所は、新潟県景勝100選に選定されている鷹の巣つり橋で、

紅葉、清流そして青い空の織り成す自然の一大パノラマは圧巻です。

鷹の巣つり橋

つり橋の手前には黄色く紅葉した大きな木があります。

つり橋手前の紅葉

比較的大きなしっかりしたつり橋です。

鷹の巣つり橋

つり橋の先の両側の紅葉も見事です。

左側の紅葉

右側の紅葉

橋の手前の道路にあった緑・黄・赤の葉が混じった素敵な紅葉

多色の紅葉

次に訪れた玉川渓谷までの途中の景色

バスの中から撮った写真ですから、おかしな物が写っている事もありますが

紅葉の様子が分かりますので掲載します。

渓谷と紅

渓谷と橋と紅葉

渓谷と紅葉

ダム施設と紅葉

渓谷と紅葉

湖面に映る紅葉


湖面に映る紅葉

湖面に映る紅葉

湖面に映る紅葉

山の景色


紅葉と緑が混じる山


多段階の紅葉と緑の森

今回のツアーでは同じ場所から2台のアスが出ました。

次の写真は手前を走るお仲間のバスと遠くの山


お仲間バスと遠くの山

                                                             以上








五智国分寺 その2

2015-10-27 14:42:19 | 困った事
今日は五智国分寺境内にある竹之内草庵を中心に、

其の他境内にあったものをご紹介します。

竹之内草庵

1207年、専修念仏禁止の弾圧により、親鸞聖人は越後の国に流罪となりました。

その時、国分寺住職は、聖人とは比叡山で同学の友であったので、

国司に申し出て境内の五仏のそばに草庵を結び、この国分寺にお住まい頂きました。

その草庵は、竹林に囲まれていたので竹之内草庵と呼ばれるようになりました。

竹之内草庵入口付近

草庵内部

また、草庵には聖人が関東に旅立たれる際、別れを惜しむ同行の心根を思い、

国分寺の北にある鏡ヶ池に姿を映し刻まれた親鸞聖人坐像が安置されています。

座像が安置されている所

座像は見えませんので国分寺のHPから座像の写真をお借りして掲載します。

親鸞上人座像

其の他境内のもの

親鸞上人像

竹之内草庵の手前には親鸞上人像がたっていました。

親鸞上人像

その側には親鸞上人が腰かけられた石もありました。

親鸞上人が腰かけられた石

座ってみたいと思ったものの、つい遠慮してしまいました。

芭蕉の句碑

山門を入ると直ぐと、本堂の手前とに芭蕉の句碑があります。

山門近くの句碑には「薬欄にいずれの花をくさ枕」が刻まれています。

この句と芭蕉のこの地の旅等について解説している立札

山門近くの芭蕉句碑

本堂手前の句碑には「古い池や蛙飛こむ水のおと」が刻まれています。

本堂手前の芭蕉の句碑

変な像

境内のどこにあったか忘れましたが、変な像がありましたので掲載します。

変な像

像の横には、この像を拝むと功徳がありそうな事が書いてあります。

小生拝んだかどうかは忘れました。

功徳を表示











あけぼの山農業公園 その2 と我が家の花

2015-10-23 16:02:03 | 困った事
あけぼの山農業公園



公園には池もあり、沢山の鯉が泳いでいました

沢山の鯉

一番大きな鯉



アメジストセージでしょうか。賑やかに咲いていました。



我が家の花 

花壇

花壇にチューリップの球根を植え込みその上に花を植えましたので賑やかになりました。

賑やかになった花壇

花壇の花のいくつかのアップ







ハイビスカス

golfunさんが大分前にハイビスカスの花を掲載されましたが、

我が家のハイビスカスがやっと開きました。蕾が沢山ありますのでこれから楽しめそうです。


ハイビスカスの花

ハイビスカスの株






江戸城天守

2015-07-05 10:29:20 | 困った事
江戸城天守

4日に上野の東京国立博物館のミュージアムシアターで「よみがえる江戸城」という

バーチャルリアリティーで江戸城天守を表現したものを大変興味深く見てきました。

江戸城天守閣復元写真(ネットから借様

たまたま昨日の日経新聞に「なるか 天守復元」という記事が出たため、その記事等を利用して、

江戸城天守について少しご紹介したいと思います。

調べると「江戸城天守を再建する会」があり、そのホームページhttp://npo-edojo.org/ のトップページに

「江戸城寛永度天守「復元図」CGがあり、それをご覧頂くと天守の外観や内部の状況がお分かりになれます。

江戸城天守は計3回建造されており、初代将軍徳川家康、2代秀忠、3代家光まで

代替わりごとに建て直しが行われました。

1638年に建てられた寛永度の天守は、57年の明暦の大火で焼失し、以後は幕府の財政難で天守は再建されませんでした。

「寛永度の天守」は、天守の高さが45メートル、天守台の高さは14メートルで、合わせて59メートル、

ほぼ20階建てのビルに相当する巨大なものでした。

鉄筋コンクリートで復興した大阪城でも約38メートル、姫路城天守が31メートルほどの高さですから、

天守の面積を比較しても、寛永度天守は、姫路城の約2倍、体積は約3倍と、高さも広さも、

他の城と比べて圧倒的な大きさでした。木造建築でこれ以上の高さの天守は不可能とも言われています。

江戸城天守跡

天守跡は皇居の東側に付属してある皇居東御苑の中にあります。

天守跡

東御苑はかつての江戸城の本丸・二の丸・三の丸跡に位置し、少し離れた場所の西の丸を含めて江戸城の跡です。

緑豊かな雑木林に日本庭園や皇室関連の施設、江戸城の遺構などが残されており、戦後、特別史跡に指定され

1968年から一般に公開されるようになています。小生もこの天守跡の石垣の上には上っていますが

今回初めて当時の天守の様子を知ることが出来ました。

最後に江戸城寛永度得ず絵図を掲載します。

江戸城寛永度絵図(ネットから借用)










ボケ爺さんの補聴器事件顛末記

2015-06-27 20:15:30 | 困った事
見えなくなった耳掛け式補聴器


一昨昨日の朝、補聴器をつけようとして探すと左耳用の耳掛け式補聴器が見当たりません。

前日草花を刈り取った時に、何処かに落としたに違いないと思い

早速庭の中を探しましたが見つかりません。

それでは刈り取った草花を入れた大きな袋の中に入っているに違いないと

袋の中から草花を取り出して調べてみても見つかりません。

一度目は眼鏡をかけずに調べたので、今度は眼鏡をかけて調べましたがやはり見つかりません。

この補聴器はシーメンス製の耳掛け式補聴器で、確か27万ほどしたものですから

年金生活者にとっては無くなると痛手です。

小生と補聴器

実は小生人様より早く確か60歳前に補聴器を使用し始めており、今考えると早すぎた様です。

そんな事から現在まで結構多くの補聴器を買っており、現在残って使用している補聴器は次のものです。

現在残っている補聴器

オクチオン社の耳穴式補聴器

現役で働いていた当時に最初に購入した補聴器ですから、高くても良いものをという事で

オーダーメイドで作ったため、両耳で80万でした。

写真の一番上のこの補聴器では、音の強さを4段まで切り替えることが出来、

音の切り替えも補聴器を外して調整するのではなく、

耳に入れたまま一方の補聴器に例えば一回触れると最低音、二回触れると次の音という様に

両方の補聴器の音の大きさが簡単に調整されます。小生は現在3段切り替えで使用しています。

高かっただけに調子が悪い時には購入した店に持ってゆくと無料で直してくれます。

この補聴器は現在でも外出時や、人様が我が家に見えた時に使っており、重宝しています。

シーメンスの耳掛け式補聴器

実はリタイアー後のある時、上の耳穴式補聴器が家の中で見つからなくなったため

高いオクチオン社の同様の物を購入するのは諦め、少し安価なものをと購入した補聴器で写真の2番目のものです。

所が無くなったと思っていた耳穴式補聴器が、ある時家具の間に落ちていたものが幸いにも見つかりましたので

この耳掛け式補聴器は、家にいる時にのみ使用するようになりました。

シーメンスの耳穴式補聴器

ただ右耳に入れる補聴器も必要なため、結局3種類の耳穴式補聴器を購入しましたが

現在では耳掛け補聴器と同じシーメンス製の写真3番目の耳穴式補聴器を使用しています。

其の他補聴器

講演会などでは耳穴式補聴器より、別の補聴器が良いのではと思い購入したのが集音器タイプのもので

先ず写真下の左側一台購入したのですが、その後その機種の新タイプが出たために

写真下の右側の新しいタイプも購入しました。

所が何と古いタイプの方が、なんだか音も使い勝手もよくて、今でも専ら古いタイプを使用しています。

今回の事件

こんな事で補聴器に投じた金額も馬鹿にならない金額になっており、今回見えなくなった時には

大分ショックを受けて探したわけです。

結局一昨昨日は見つからなかったため、止むを得ずシーメンスの右耳に使用していた耳穴式補聴器の左耳用を発注し

昨日午後到着して、やっと両耳に補聴器をいれる事ができました。

またもや何と見えなくなった耳掛け式補聴器が出現

今朝小生の部屋を何となく見回していると、見えなくなった補聴器が落ちているではありませんか。

でも折角耳穴式を両耳購入してしまったため、耳掛け式補聴器はお蔵入りです。

家内からは保管の仕方が悪いからと、居間と小生の部屋に補聴器を外した時に必ず入れておくようにと

比較的大き容器が置かれましたので、これからは今度の様な事は起こらないだろうと思っていますが

ボケが進んで今度は容器の存在も忘れてしまうのではと心配です。

以上恥ずかしながら、ボケ爺さんの補聴器事件の顛末です。