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「幻滅のたびに甦る期待はすべて、未来論の一章を示唆する。」(Novalis)

黒川直樹「黒鳥グラジュアル」(第二席:大谷)(4)

2008年12月17日 | DIRECT CONTACT
【この文章は、黒川直樹「黒鳥グラジュアル」(第二席:大谷)(2)のエントリーから(3)(4)と続けてお読み下さい。】

「えっと、俺ら、ってスンマセン静かに見てらっしゃったのでもしかしてこんな話しかけたりしたらご迷惑ですよね、あ、そうですか、よかった、でも集中したかったらすぐ止めるので仰ってください、あの、それでここで初めて、俺ら、彼らと、彼らが演じるなにかを見てるんスよね。それなのに、これまで見たことなかったはずなのに、もう、ここで、始まって四十五分くらい経つとはいえ俺はもう、もうなにか見たことを見て感じたことをコッキにしようとしている」
 エエ、ソウデスネ。
 「いや、俺がまだ間奏なんか聴きたくないんだって引証なんか押さないんだって、そうやってストイックにいるってことじゃなくって、もちろん禁欲としてじゃなくったって時間割いて確かめてくしかないって気はしてるんだけど、そうそう、一つ一つっス、目の前にあること、いま起きてること、これから起きていきそうなこと、それから、ウチから月島まで出てそこから歩いて来たところから、たぶんこれを見終えてそれで駅まで歩いてそこからウチに帰ってからのことまでもを、ここに座りながら一歩引く感じで見渡して、これからだってそうやって感じ得たことを反芻していくつもりではいるし、俺ははそうやってこれまでもやってきたんスけど、だけどそれで、あ、もしかしたらいまここで試されてるのって、ひょっとした彼ら彼女らに晒されつつあるのって、まさにそういった観衆なんじゃないか」
 エエ、ソウデスネ。
 「ということはもしかしたら我々は常に見てきたんじゃないのか、そうでありながら見てないことにしてきたんじゃないか?わざわざ丘をゆき海を超え川を遡って繁みに踏み入る必要など全くなくって、いつだって俺らはここに繰り広げられているどれもこれもをいつだって目の当たりにしてきたのではないか、だとしたら参条は始まりに空に粒か、役者の肌に汗や屑、ときおりの呻きに身震いと荒い息、そのうち粒が瞳のように見えたかと思いきや、見つめ合うこと疎まなければあとはペンとカメラさえあったらそれで澄むのだからと、暁には波紋だけが裸にした透明、それだってああして汚してしまった、じゃあ、どうやってせめて記憶にだけは留めておけるかっていう、今じゃ観衆そのものが着弾寸前の爆弾っスよ、いや、そっか、もしかしたら六十年前にはこうやって神体が微塵になった」という終りの数行は口に含んだまま「だっておそらく三回くらい噛み砕いて撒いた神体を沼に見ようとしたところで、翼をひろげたコッキの影絵が俺の黙視を遮るんスよ、そもそも、おかしいんスよ、ここに座ってたら視界が広がってきてるってわかってんのに、やべー、なんでなんスかね、見えなくなってきてるとしたら」
 エエ、ソウデスネ。
 「それってダメかもって」

   役者
          その足裏のチリ
     それはおそらく
     昨日の舞台にはなかった
   ひずみ

   啓示を得たんだろうか
       意思でないようにと
     意図された彼らであろうに
       その足裏にさらに偶然の付着か

   いつもそうやって逸れてくよ
     だってそうでしか
    まあ、いいけどね
       終わりまでも
     言わせてくれないか

    言いたいことなんかあるの
      言いたいこと、じゃない
   
   ああ、そうか、そうかもしれない

     言いたいことでなく
     行きたいところはあって
    そのためにはね
      そうだね
   言葉ではそこまで
   辿り着けないのだとしたら
      言葉でないものでしか
   見つけられないこと
    あるとしたら

   ここに封じられない
      とてもじゃないが捉え切れない
    でも封じられたものを
    解けるとすれば

   わさっ

      あ、動いた
    なんだろう

   懐かしい
     陽だまりみたいな
         血だまりの感じ
   付け根かな
   
   舞台では
    女「くくくくくく」
    (あきれ果てた笑いのよう。希望がない)

        その近く、はいつくばる男の役者

    そんなことしたらいけなかったんだ
   けど

   わたし、いけないことから生まれた

 「見えなくなってるんじゃないの」
 妨げられていて、営みでも瞼でもない何かに、それで手前から、近いところから、どんどん霞んでくるのでしょうか。
 「ほら、やっぱりじゃない。見たことないはずのものだったんだから、君はそんなに素早くなにか口にすること、できるはずないのよ」
 そうかもしれない。今こうして目の当たりにしてるこれは僕がいままで見つけることできずにいた真諦かもしれない。
 「これまで、やってきたじゃないの。深いところに届けなくったって、あなた待って、嘴、そうやって浮かび上がるまで、待っていたじゃない」
 千切っては捨て、千切っては棄て、契っては棄ててきて、気づけば辺りが繁みでした。とにかくなにかしなければって鼻を利かせてみたけれど、フロアには錯乱しているように感じられてた役者の立ち位置と身構えに微妙なバランスが見とれ、それがこの時は左から右へなだらかな山型だったので、私はそこで肩をシーソーのように静かに傾けて、その上をするすると転がっていくにつれ「鼻でなく耳を頼ればよかった」と悔いましたので、嘴、水面にゆらいで、そういるだけだって水中じゃ両足が忙しくってさ、たた、ゆらゆらしていたんでもなかったんだけれどねって転げ落ちてから分かったんだ、やっぱり彼らみたく上手には回れなかったよ。欠けた意思だからこそ復讐を思わせる神体よ。

   男が椅子を弾き
     男がその男に触れる

 「掻き分けたとき茨で肘を傷つけたのって何時頃だったか覚えてるかな」
 ええと、もしかしたら、コンクリートの床に裸足が冷たくはありませんか、きき耳をたてるでなく、くくられた翼のまま漕ぎはじめるほうが貴方に障らないのではないかしらと、君の汗かく無言と同じだけの沈黙で追い、だけれどもしかしたら裸足にとって冷たいそれがコンクリートかもしれませんねと、一歩、二歩、三歩目からさきは人の歩みとして眺められてしまうことを識っている役者に見蕩れることもありましょうし。
 「ほら、法螺」
 そのように遠目のまま見つめた頃もありました。それに、日暮れみたく心の沈む、果てない夜更けに震える睦みというものもまたありまして。
 「法螺、ホラ、ごらん」
 汚れぬようにと逃がした心の白壁なら、どれだけ仕切られようとこの身の空くまで受け入れますけれど、
 「上手から下手へと移ろうばかりの進退でありますか」
 はざま、むざむざと、ぶざま、街路に軋む物音に、屠ったはずの私が撥ねられたのです。だから君は茶系のパンツで上半身を露にね、そうしたらコンクリートにサバンナが見えるようなるし、君の肌が褐色でよかったよ、ほんとうだ、雨のよく沁みる土であるよ。鍛え抜かれた筋肉はところどころマチズムの手触り。昔々この繁みでね、音の網にかけられた息吹があった、終わりまで語られることなかった告別を聞きなおすためにはどうしたらいいだろうと地の襞まで探し巡るうち羽ばたきを忘れてしまった音楽は今じゃ音になってしまったよ、うん、よかったよね、それであったって響き、乾いた土は地平の鱗、僕はアフリカに出かけたことがない。ところでちょっとだけ舐めてみてもよろしいか。焦げた舌先が熱り、その代わりといってはなんだけれど君には陽の汗をあげよう、そうか、あの子のこと、まだ忘れられていないんだね。でも、それならば、なぜ。
 「君はあの角を右に曲がったりした」
 そこに僕の家があると知っていたのだろうってそんなこと今になって告げるズルを聞かす記録的なレコード、ギリギリ歯軋りと役者になぎ倒されるパイプ椅子とのコード、おそらく四つの尾骶骨から延び壁際をつたって天井を超え夜を通じ記録につながっているコード、もうありったけ煩わしくって蹴破る蓄音機にどこまでも回るレコード。
 「あ。うるさかった?」
 いいよ。すこし。声、ちいさくして。
 「うん」
 もうちょっとだから。
 「肥、地位、策士の手、見て」
 そうね、きっと、誰しもがそうなんだわ。

   舞台で
      椅子にななめに腰掛けた女
         歌、はじめる

   「買ったばっかりのTシャツに穴があく

   ヤツがあ
   ロケット花火を打ち込んでたかって

   おかえしに
   (パイプ椅子を蹴るギャンギャン男)

   一束まるごと

   線香花火に火をつけて

   ビーだまくらいの
   火の玉を放ち

   起こしてやる
   (ガン、ギャンギャ)

   少年花火

   夏の
   夜、夏

   少年花火

   夏の(ギャンギャン椅子をギャン暴れる男)夜

   腹が立ったからといって人を傷つけては
   (ガガンギャ)
   いけないよ
   でもなにも(ガンンギャガッ)
   へらへら笑っている僕よりはギャンッギャギャぼうなんだ
   (パイプ椅子をギャンギャンけり倒す男)

   たとえば
   ここをギャギャガンギャン曲がらず

   走りぬギュアけていガンギャくバイクの少年は

   恥ずかしながら
   いつまで経っても、ぼくの
   (パイプ椅子をガンガン蹴るギャン男と床に倒れてる男)
   ヒーローなんだ」

     女、うた、終わる

   いいや終わったのか

     ここで聞き取れた言葉
   これまで口にされることなかった言葉
   
     響き
   歌として

    歌として?
    
   どうだろうね
    どこからが会話で
       誰かと誰かはたぶんそれで繋がれて

   繋がる?繁る?

     どこかで誰かがそれを聞いていて
    歌われたとして
      歌としてみるけれど

     それのどこからが?
     それのどこからを?

   どうして歌といえるの
         ねえ、いまのなあに?
       うん
       いまどこ?

    うん、もうちょっとだから

   行って
   待ってて

   待っていて

     ああ、そうだったよ
  
    ふわぁ、ふさっ

  まるまるのだ

 もうみんな一緒に泥沼に沈めちゃおうかなと、だって見えないしいいじゃないねと、思ってもいないこと口にするかわり身振りを揺らす女の足踏み、そこは南、三つの白波、ひとりはどこにいったんですか?ああ、弓なりの男、蛙とびの女、舞台上に視線は交わらず、睦んだ頃だってあったんです、男も女もないんじゃない?そうね、今頃はあのひと、どこかできっと毛繕いしていて、揺らした身振りに揺さぶられる女、もうひとりはどこいった?もちろん覚えてるよ、君が口ずさんだフォークはいま猪の肉に碑、そうじゃなければ新体なんかなかったのかもしれないしね、ああ、どこへいくの、見つかったっていうの、そうでないならば、また新しい所へ届くかな、いつか出した手紙のこと思い出したりしてね、宛名は覚えてないけれど、もちろん忘れてはないの、そうね、みんなそうだった、見えない底、抜け落ちた羽、いつか届くかもしれないわ、忘れずにね、ここに来たこと、ここから飛んでいくということ、あなたがかつてここに草を食んだこと、露のような汗をかいたこと、もがくなら水中がよかったね、浚われたから晒した、いつからだったろう、泳ぐだけじゃだめだったから「いつか撃つから、必ずと、それは約束だから」ねえ、そのときまで待っていられるかな、沈まずにここに居られるかな、どうですか、させてくれますか?と沈黙を解いたところでなにも届かないよだって宛名を記した言の葉なら枯れた、いつかふたりで聞けるとしたら、絶滅した鸚鵡だけが囀ることできたという愛のよろこび、ところで嘴はいつか骨になるのかしら、それとも、ああ、そうなの、そうだったのね、ううん大丈夫よ、それに、書けなくなるまでの君がそうしていたように印を矩する「わたし」であるのだから。

   取っ組み合う男
      ふたり男
   たち
         戦う
     格闘する
       組み合う

   歌の
    女のそばで
     一人の女
     二人の男

    フロアに二人の男
            倒れ、倒され
     ひとりづついなくなってく

       息切れ
         痺れ

     途切れ

     舞台に、喘ぎ
     椅子をなぎ倒した男も

   午後九時三分

    「大橋可也&ダンサーズ
            パフォーマンス
         ブラックスワン」

     ここを捨てるように
        車の音がして

    男は出てく
   
              出て行く
            押される
          導かれる

        ひかれる

      こっち?

    懐かしい

   ぬくい
   
 ここは白くて窓をあければ風があって、そろそろ秋だからわたし半そでを仕舞い長そでを備え、君はどこかに失くした懐中時計に狽えるんだ、ううん。でもいいの、そんなのね、啼きかたなんかね、アァ、クアなんだってカアカいいの啼きかたなんかァクアただこうして鳴いているクカァそれだけクワなのアクアァクァよ、それだけとしてのクイアであるよ。

夜闇を眠る形影も、羽ばたきその投影も、鎮める沼に湖の沈み、どれも一様にみな黒鳥よ。

   バリバリッ、ふふわぁ。

 くぁ。






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